学位論文要旨



No 124620
著者(漢字) 小笠原,義之
著者(英字) Ogasawara,Yoshiyuki
著者(カナ) オガサワラ,ヨシユキ
標題(和) 金属水酸化物の構造制御を基盤とした高機能固体触媒の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 124620
報告番号 甲24620
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7054号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 准教授 小倉,賢
 東京大学 講師 山口,和也
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

医薬品、農薬、有機機能性材料などに代表されるファインケミカルズは多様な官能基変換を経て、多段プロセスで合成されているが、量論試剤の使用等により多量の副生成物が排出されている。そのため、これらを環境調和性高く合成するために優れた触媒技術の開発が切望されている。触媒としては、生成物と触媒の分離・回収や触媒の再使用の観点から、錯体や金属塩などの均一系触媒より固体触媒が望ましい。

本研究では、金属水酸化物の特性に着目し、(i)共沈法による複合水酸化物の調製、(ii)金属種の溶存状態を制御して金属種の構造を保持したまま固体表面へ固定化、という方法で高機能固体触媒の開発を行った。共沈法により調製した複合水酸化物では、活性種を均質に分散できるため、異種金属の複合化により生じる活性点を効率的に構築できると考えられる。金属種の固定化に関しては、単核の金属水酸化物種の同一金属原子上に存在する金属由来のLewis酸点と水酸基由来のBronsted塩基点による協奏機能に着目した。溶液のpH、金属イオン濃度の調節により金属の溶存状態を制御し、担体上への固定化により、単核の担持金属水酸化物を調製できると考えられる。また、構造制御された金属水酸化物は酸化物触媒の前駆体としても有望である。

本研究では、共沈法で調製したSn-W複合水酸化物がアルドキシムのニトリルへの脱水反応に対する優れた固体触媒となることを見出した。さらに、Sn-W複合水酸化物を前駆体として調製したSn-W複合酸化物が、種々のC-C結合形成反応に対する優れた固体酸触媒となることを見出した。また、担持単核ロジウム水酸化物がアルドキシムからのアミド合成に対する優れた触媒となることを見出した。

2. Sn-W複合水酸化物によるアルドキシムのニトリルへの脱水反応

ニトリルは、種々のカルボニル化合物、一級アミン、および種々の合成の中間体として用いられる有用な化合物である。アルドキシムの脱水によるニトリルの合成反応は、副生成物は水のみのクリーンな合成プロセスである。従来の固体触媒を用いた反応系では過剰量の触媒や添加剤が必要であるため、より高活性な固体触媒の開発が望まれる。本研究では、Sn-W複合水酸化物がアルドキシムの脱水反応に高い触媒活性を示すことを見出した。

Sn-W複合水酸化物を用いてベンズアルドキシムの脱水反応を行ったところ、1 hで86%の収率でベンゾニトリルが得られた(Figure 1)。反応途中での触媒除去により直ちに反応が停止すること、溶液中へのSn、W成分の溶出がないことから、本反応は固体表面上で進行することが明らかとなった。反応後に回収した触媒はほとんど活性の低下なしに少なくとも3回の再使用が可能であった。SnO2、WO3、およびそれらの物理混合物ではベンズアルドキシムの脱水反応がほとんど進行しなかった。Sn-W複合水酸化物は本反応に対して酸型ゼオライトやSO4(2-)/ZrO2などの固体超強酸、MgO、KF/Al2O3などの固体塩基より高い活性を示した。また、これまでの報告例にある固体触媒と比較してもSn-W複合水酸化物の活性は優れていることが明らかとなった。

また、種々の芳香族、脂肪族、不飽和およびヘテロ原子を有するアルドキシムを基質とした場合においても、対応するニトリルが高収率で得られた(Figure 1)。さらに、Sn-W複合水酸化物を用いて、アルドキシムの原料であるアルデヒドとヒドロキシルアミンから、ワンポットでのニトリル合成にも成功した。

3. Sn-W複合酸化物によるC-C結合形成反応

Sn-W複合水酸化物の触媒特性を検討していくなかで、焼成処理により調製したSn-W複合酸化物がシトロネラールの環化反応、Diels-Alder反応、カルボニル化合物のシアノシリル化反応などのC-C結合形成反応において、これまでにない高活性な固体酸触媒となることが明らかとなった。

Sn-W複合水酸化物を前駆体として、Sn/W (mol/mol)の組成比x、焼成温度t (℃)を様々に変えてSn-W複合酸化物を調製した(Sn-W-x-tと表記)。これらの複合酸化物を用いてシトロネラールの環化反応を行った(Table 1)。Sn-W複合酸化物の触媒活性は焼成温度および組成比に大きく依存し、焼成温度800 ℃、Sn/W比が2で調製したSn-W複合酸化物が最も高い活性を示した。本反応はSn-W複合水酸化物やSnO2、WO3およびそれらの物理混合物ではほとんど反応は進行せず、SnとWの複合化および焼成処理により活性が発現していると考えられる。これまでの固体触媒の報告例の多くは高温(60-110 ℃)が必要であるのに対し、本触媒はこれまでに報告されている固体触媒と比較して、20 ℃という非常に温和な条件で、効率よく反応が進行することが明らかとなった。反応途中で触媒除去により直ちに反応が停止すること、溶液中へのSn、W成分の溶出がないことから、本反応は固体表面上で進行することが明らかとなった。また、反応後に回収した触媒は活性の低下なしに少なくとも3回の再使用が可能であった。

Bronsted酸点のみに選択的に吸着する2,6-ルチジンの存在下、Sn-W-2-800を用いてシトロネラールの環化反応を行ったところ、2,6-ルチジン添加量の増加にともない反応速度は低下した(Figure 2)。Sn-W-2-800のBronsted酸量とほぼ等量の約100 μmol g(-1)の2,6-ルチジンを加えた場合反応はほとんど進行しなかった。したがって、本反応は主にSn-W複合酸化物のBronsted酸点上で進行することが明らかとなった。Sn-W-2-400を用いて2,6-ルチジンの存在下シトロネラールの環化反応を行ったところ、2,6-ルチジン添加量の増加にともない反応速度は低下したが、反応速度の低下は緩やかだった。Sn-W-2-800にはSn-W-2-400と酸強度の異なる強いBronsted酸点が形成されていると考えられる。このような焼成温度による酸強度の変化は触媒の構造に起因すると考えられる。

Sn-W複合酸化物のXANESスペクトルは焼成温度による変化はなく、Sn-W複合酸化物中のWは歪八面体型六配位構造をしていることが明らかとなった。Sn-W複合酸化物のRamanスペクトルには958-968 cm(-1)にW酸化物クラスターのν(W=O)に帰属されるRamanバンドが観測された。高温(800-1000 ℃)での焼成によりν(W=O)のRamanバンド強度は低下し、新たに結晶性WO3由来のRamanバンドが現れた。また、Sn-W複合酸化物のXRDパターンにはSnO2に帰属されるブロードなシグナルが観測され、高温(800-1000 ℃)で焼成したSn-W複合酸化物のXRDパターンにはWO3のシグナルが観測された(Figure 3)。Sn-W-2-1000のXRDパターンは結晶性のSnO2とWO3の重ねあわせとなり、Sn-W-2-1000はSnO2とWO3の混合物であると考えられる。Sn-W-2-800のXRDパターンから求めた結晶性WO3の量は、Sn-W-2-800中に含まれるWの約10%となった。したがって、Sn-W複合水酸化物の焼成処理によって、W酸化物クラスターから結晶性のWO3へ変化したことが明らかとなった。この構造変化の過程で、800 ℃で焼成した場合に形成されるW酸化物クラスターが、本反応に対して有効なBronsted酸点として機能すると推察される。

さらに、Sn-W-2-800はDiels-Alder反応およびカルボニル化合物のシアノシリル化反応に対しても優れた固体触媒となることを見出した(Figure 4)。

4. 担持水酸化ロジウム触媒によるアルドキシムからのアミド合成反応

一級アミドは様々な有機合成の中間体や、化成品の原料として利用される重要な化合物である。単核金属水酸化物種を固体表面上に創製することができれば、その金属原子に由来するLewis酸点と、水酸基に由来するBronsted塩基点の協奏機能により、アルドキシムの脱水反応とニトリルの水和反応が連続的に進行し、アルドキシムからのワンポットアミド合成が実現できると考えた。そこで、制御された金属溶存種の固定化という手法で種々の担持単核金属水酸化物触媒を調製した結果、担持水酸化ロジウム触媒Rh(OH)x/Al2O3がアルドキシムからのアミド合成反応に高い活性を示すことを見出した。本触媒反応系は不均一系で反応が進行し、触媒は再使用可能であった。また、種々の芳香族アミド、脂肪族アミドおよびヘテロ原子を有するアミドの合成反応に適用可能であった(Figure 5)。さらに、Rh(OH)x/Al2O3を用いてアルドキシムの原料であるアルデヒドとヒドロキシルアミンからの、ワンポットでのアミド合成にも成功した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「金属水酸化物の構造制御を基盤とした高機能固体触媒の開発に関する研究」と題し、全5章で構成されている。

第1章は序論であり、固体触媒開発の重要性、金属水酸化物の特徴、本研究における触媒設計指針を述べている。金属イオンの電気陰性度が金属水酸化物の酸・塩基性と相関があり、触媒設計の指標となりうることを指摘している。さらに、金属水酸化物の複合化と単核化という触媒設計指針、調製方針を提案している。

第2章では複合金属水酸化物の異種金属間の協奏作用による酸・塩基特性を生かした触媒反応系の開発について検討し、Sn-W複合水酸化物が種々のアルドキシムの選択的脱水反応に対して優れた触媒作用を示すことを明らかにしている。反応はSn-W複合水酸化物固体表面上で進行し、触媒の再使用も可能であることを示している。さらに、アルドキシムの原料であるヒドロキシルアミンと種々のアルデヒドを基質とした場合でも、対応するニトリルが高収率、高選択的に得られることを明らかにしている。

第3章ではSn-W複合水酸化物を前駆体として調製したSn-W複合酸化物の触媒特性について検討している。Sn-W複合酸化物はDiels-Alder反応、シトロネラール類の環化反応、シアノシリル化反応などのC-C結合形成反応に不均一系触媒として高い酸触媒活性を示すことを明らかにしている。なかでもDiels-Alder反応とシトロネラール類の環化反応に対しては、既報の固体酸触媒を凌駕する反応速度を示すことを明らかにしている。さらに、2,6-ルチジンを用いた被毒実験によりSn-W複合酸化物のBronsted酸点が触媒活性点として作用することを明らかにしている。また、Sn-W複合酸化物の焼成温度による構造変化をXANES、IR、Raman、XRDなどの種々の分光学的手法により検討し、アモルファス状のタングステン酸化物クラスターが高い触媒活性を有するBronsted酸点として作用することを解明している。

第4章では単核金属水酸化物の同一金属上に存在する金属由来のLewis酸点と水酸基由来のBronsted塩基点の協奏的機能に着目し、担持金属水酸化物触媒を開発している。金属溶存種の制御、およびその固定化により調製したアルミナ担持水酸化ロジウム触媒を水溶媒中で使用すると、アルドキシム、もしくはアルデヒドからの一級アミドの一段合成反応が高選択的に進行することを明らかにしている。

第5章は全体の総括である。

以上のように、本論文では金属水酸化物の複合化または単核での高分散化による触媒調製、およびそれを前駆体とした触媒調製により、高機能な固体触媒および触媒反応系の開発に成功し、さらに反応機構、活性点構造に対する考察を行っており、固体触媒設計に対して重要な知見を与えるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/23899