学位論文要旨



No 124621
著者(漢字) 岡本,浩一郎
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,コウイチロウ
標題(和) bcc金属基板上窒化物半導体エピタキシャル成長に関する研究
標題(洋)
報告番号 124621
報告番号 甲24621
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7055号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 准教授 杉山,正和
 東京大学 教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、パルス励起堆積法(PXD法)を用いたbcc金属基板上へのIII族窒化物エピタキシャル成長および理論計算による面内配向関係決定メカニズムの解明に関して述べたものである。III族窒化物半導体は、その優れた光学的および電気的特性から発光デバイスや電子デバイスへの応用が進められている。現在、これらのデバイスは熱的・化学的に安定なサファイア基板上に作製されているが、サファイアの熱伝導率の低さや絶縁性が素子性能向上を困難にしていた。これに対し、金属基板を利用できればこれらの問題が解決される。特に、工業的に重要な金属であるFe基板は大面積単結晶が安価に得られるため、これを基板とした高品質III族窒化物の成長を実現すれば、大面積光デバイスやその磁性を活かしたスピントロニクスデバイスなどへの応用が期待できる。しかし、III族窒化物の一般的な成長法であるMOCVD法やMBE法では700℃以上の高温で反応性原料を用いるため、金属基板と原料との反応により単結晶エピタキシャル成長が困難であった。そこで本研究では、界面反応を抑制するためにパルス励起堆積(PXD)法と呼ばれる低温成長技術を用いたIII族窒化物の成長手法の開発と、熱力学的に安定な界面バッファー層の導入を検討した。パルスレーザー堆積(PLD)法に代表されるPXD法では、金属原料に高い運動エネルギーを与えて供給することにより成長表面でのマイグレーションが促進され、大幅な成長温度の低減が可能である。また、界面バッファー層材料として熱力学的に安定なAlNとHfNに注目した。これらのPXDIII族窒化物堆積法の開発と界面バッファー層の導入により界面反応が抑制され、金属基板上へのIII族窒化物エピタキシャル成長の実現が期待される。本研究は、PXD法と界面バッファー層の導入によりbcc金属である単結晶FeおよびMo基板への窒化物成長を試み、bcc金属基板上における窒化物薄膜成長の基本特性を、理論計算と比較することによって明らかにすることを目的として行われた。

本論文は、以下に示す5章から成り立っている。

第1章では、本研究の対象であるIII族窒化物について、その基本的特性、デバイス応用、各種結晶成長法およびそれらの問題点が過去の報告例も交えて議論されている。これらの現状を背景として、本研究の目的が示されている。

第2章では、AINバッファー層を利用したbcc金属基板上へのIII族窒化物成長について述べられている。AlNバッファー層は絶縁性であるため、基板から通電しない電子デバイス作製におけるバッファー層として有望である。本研究では、bcc金属であるFeおよびMoを基板として、PXD法によりAlN薄膜の成長およびそのAlNをバッファー層としたGaN薄膜成長を試みた。

超高真空中アニールにより表面清浄化を行ったFe(110)、(100)および(111)基板上へ、PLD法により基板温度380℃でAlN薄膜を成長させた。GIXR解析から、PLD法による低温成長技術を用いることによりAlN/Feヘテロ界面における反応層が検出限界以下に抑制されていることが確認された。Fe(110)上にAlNを成長させたところ、結晶品質が高いAlN(0001)薄膜がエピタキシャル成長していることが分かった。また、その面内配向関係は8.8 %の格子不整を与えるAlN[11-20] || Fe[001]であり、最も小さい格子不整(5.8 %)を与えるAlN[1-100] || Fe[001] を30°回転した構造となっていた。さらに、そのFe(110)上エピタキシャルAlN薄膜をバッファー層として用いることによりGaN(0001)面のエピタキシャル成長が実現した。EBSD解析から求めたGaN薄膜のチルト方向およびツイスト方向の結晶方位分布の半値幅はそれぞれ0.22°および0.29°と極めて小さい値であり、Fe基板上にAlNバッファー層を介して高品質GaN薄膜のエピタキシャル成長が可能であることが示された。一方、Fe(100)上においてもAlN(0001)面が成長したが、AlN(0001)面とFe(100)面の回転対称性の違いにより、結晶学的に等価な30°回転したダブルドメイン構造を持つことが確認された。また、Fe(111)上においては基板が3回回転対称性を示し、AlN(0001)面と回転対称性を共有することから良質なIII族窒化物結晶の成長が期待されたが、多結晶成長であることが分かった。これはbcc(111)面の原子密度が小さいために表面エネルギーが高く、成長初期において安定なヘテロ界面を形成できなかったためだと考えられる。

Fe基板上AlN成長における構造的特徴がFe特有の現象であるのかどうかを調べる目的で、同じbcc金属であるMo基板上へも窒化物薄膜成長を試みた。清浄化したMo基板上に、基板温度450℃でPLD法によりAlN薄膜を成長した。GIXR解析から、AlN/Moヘテロ界面においても反応層の形成が検出限界以下であることが確認された。Mo(110)基板上においては良質なエピタキシャルAlN(0001)薄膜が成長し、その面内配向関係はFe基板上と同様にAlN[11-20] || Mo[001]であった。また、Mo(100)基板上に成長させたAlN薄膜については、回転対称性の違いにより30°回転したグレインを持つダブルドメイン構造であった。さらにMo(111)基板上についても、(111)面の不安定性により多結晶AlNが成長したことが確認された。

以上のように、Mo基板上AlN成長においてもFe基板上と同様な結果が得られた。さらに、同じbcc金属であるTa基板上でも同様の結果が報告されていることから、今回の結果はbcc金属基板上へのAlN成長の一般的な傾向であると考えられる。

第3章では、HfN導電性バッファー層を利用したbcc金属基板上III族窒化物成長について述べられている。HfNは高い導電性とGaNに対する良好な格子整合性を示すことから、基板と通電する発光デバイス作製における導電性バッファー層に適している。本研究では、このHfNをバッファー層としてMo基板上へのGaN薄膜のエピタキシャル成長を試みた。

Mo(100)基板上にパルススパッタ堆積(PSD)法によりHfN薄膜を成長させたところ、HfN(100)薄膜がエピタキシャル成長し、その面内配向関係はHfN[011] || Mo[001]であった。しかし、このバッファー層上に成長させたGaN薄膜は、回転対称性の違いにより30°回転ドメインを含むダブルドメイン構造であった。Mo(111)基板上においても、対称性から期待されたHfN(111)面のエピタキシャル成長は実現せず、bcc(111)表面の不安定性により結晶品質の低いトリプルドメイン構造のHfN薄膜が得られた。一方、Mo(110)基板上においては、(111)配向した高品質なHfN薄膜が成長した。このときの面内配向関係はHfN[10-1] || Mo[001]であった。さらに、そのHfN(111)/Mo(110)構造上にPLD法によりGaNを成長させたところ、高品質なエピタキシャルGaN(0001)薄膜が成長していることが確認され、面内配向関係は格子不整を+0.35 %と小さくするGaN[11-20] || HfN[10-1]であった。以上の結果より、HfNバッファー層を用いた場合についても、Mo(110)基板上に高品質GaNの成長が可能であることが示された。

第4章では、bcc金属基板上III族窒化物成長における面内配向関係決定のメカニズムついて述べられている。第2章で述べたように、各種bcc金属(110)基板上への高品質III族窒化物のエピタキシャル成長が実現したが、その面内配向関係は格子不整によらず、いずれの基板上においてもAlN[11-20] || bcc[001]であった。そこで、その面内配向関係が成長初期の原子の吸着過程によって決定されると考え、その可能性を検証するために理論計算によりFe(110)表面へのNおよびAl原子の吸着エネルギーをそれぞれ求めた。Fe(110)表面の4つの対称性の高い吸着サイトについて計算を行ったところ、どの吸着サイトにおいてもAl原子よりもN原子が吸着した方が大きく安定化し、特にN原子がthreefold-hollow(TH)サイトに吸着した場合に吸着エネルギーが最大となった。AlNの第1層においてN原子が全てTHサイトを占めるように配列させたところ、実験から得られた面内配向関係であるAlN[11-20] || Fe[001]が再現された。

以上のように、吸着エネルギー計算により、Fe(110)基板上AlN成長における面内配向関係が、格子不整に起因する歪みエネルギーではなく、AlN成長初期におけるN原子の吸着過程によって決定されることを示唆する結果が得られた。

第5章では、本論文のまとめおよび今後の展開が述べられている。

以上、本論文はPXD低温成長法および界面バッファー層の導入によりbcc金属基板上へのIII族窒化物エピタキシャル成長を実現し、bcc金属基板上への窒化物薄膜成長における基本特性を理論計算とともに明らかにしたものである。本研究で得られた知見により、実験がなされていない新規材料基板についても、吸着エネルギー計算から窒化物薄膜成長に適しているのかどうかを予測できることが示された。本研究で得られた知見は、今後金属基板上III族窒化物デバイスを実現し、金属基板の特性を活かして高出力化および高効率化を図るうえで重要な指針を与えるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

GaNに代表されるIII族窒化物半導体は、その優れた光学的および電気的特性から発光デバイスや電子デバイスへの応用が進められている。現在、これらの素子は熱的・化学的に安定なサファイア基板上に作製されているが、サファイアの低熱伝導率や絶縁性が素子性能向上を困難にしていた。これに対し、金属基板を利用できればこれらの問題が解決される。特に、工業的に重要な金属であるFe基板は大面積単結晶が安価に得られるため、大面積光デバイスへの応用が期待できる。しかし、III族窒化物の一般的な成長法であるMOCVD法やMBE法では700℃以上の高温で反応性原料を用いるため、金属基板と原料との反応によりエピタキシャル成長が困難であった。そこで本論文では、界面反応を抑制するためにパルス励起堆積(PXD)法によるIII族窒化物の低温成長手法の開発と、熱力学的に安定な界面バッファー層(AlN、HfN)の導入を検討している。本論文は、PXD法と界面バッファー層の導入による単結晶bcc金属基板(Fe、Mo)への窒化物成長、および理論計算によるbcc金属基板上窒化物薄膜成長の基本特性解明に関してまとめたものである。

第1章では、III族窒化物について、基本的特性、デバイス応用、各種結晶成長法およびそれらの問題点が過去の報告例も交えて議論されている。これらの現状を背景として、本論文の目的が示されている。

第2章では、電子デバイス用バッファー層として有望なAlNを利用したbcc金属基板上へのIII族窒化物成長について述べられている。PLD法による低温成長技術を用いてFe(110)、(100)および(111)基板上へ急峻な界面を持つAlN薄膜を実現している。Fe(110)上へは高品質AlN(0001)がエピタキシャル成長し、面内配向関係は、歪みエネルギーから有利な配向ではなく、それから30°回転したAlN[11-20] || Fe[001]であった。さらに、この構造上へ高品質GaN(0001)のエピタキシャル成長を実現した。一方、Fe(100)上AlN(0001)膜は回転対称性に起因してダブルドメイン構造をとった。また、Fe(111)はAlN(0001)面と回転対称性を共有することから良質なAlN成長が期待されたが、(111)面の不安定性に起因して多結晶成長であった。

Mo基板上の場合にもFe基板と同様の構造特性が得られ、さらに同じbcc金属であるTa基板上でも同様の結果が報告されていることから、今回の結果はbcc金属基板上AlN成長の一般的な傾向であることが示されている。

第3章では、HfN導電性バッファー層を利用したbcc金属基板上III族窒化物成長について述べられている。Mo(100)基板上へパルススパッタ堆積法を用いてHfN(100)エピタキシャル薄膜が得られたが、この構造上に成長させたGaNは結晶学的に等価なダブルドメイン構造であった。Mo(111)基板上においても、対称性から期待されたHfN(111)面のエピタキシャル成長は実現せず、(111)表面の不安定性により結晶品質の低いトリプルドメイン構造であった。一方、Mo(110)基板上へは高品質HfN(111)薄膜が成長し、これをバッファー層として高品質なGaN(0001)のエピタキシャル成長を実現した。HfNバッファー層を用いた場合についても、Mo(110)基板上に高品質GaNの成長が可能であることが示されている。

第4章では、bcc金属基板上III族窒化物成長における面内配向関係決定のメカニズムついて述べられている。各bcc(110)基板上へ高品質AlNのエピタキシャル成長が実現したが、その面内配向関係は格子不整によらず、いずれの基板上においてもAlN[11-20] || bcc[001]であった。理論計算によりFe(110)表面へのNおよびAl原子の吸着エネルギーを求めたところ、N原子がthreefold-hollowサイトに吸着した場合に最も安定となった。この吸着を実現する配列から、実験で得られた面内配向関係が再現されることを明らかにしている。AlN/bcc(110)の面内配向関係が、格子不整に起因する歪みエネルギーではなく、AlN成長初期におけるN原子の吸着過程によって決定されることが示されている。

第5章では、本論文のまとめおよび今後の展開が述べられている。本論文はPXD低温成長法および界面バッファー層の導入によりbcc金属基板上へのIII族窒化物エピタキシャル成長を実現し、bcc金属基板上への窒化物薄膜成長における基本特性を理論計算とともに明らかにした。

本論文で得られた知見は、今後金属基板上III族窒化物デバイスを実現し、金属基板の特性を活かして高出力化および高効率化を図るうえで重要な指針を与えるものとして高く評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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