学位論文要旨



No 124623
著者(漢字) 桂,ゆかり
著者(英字)
著者(カナ) カツラ,ユカリ
標題(和) 新規ホウ化物超伝導体の電子構造設計と探索
標題(洋)
報告番号 124623
報告番号 甲24623
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7057号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 准教授 下山,淳一
 物質・材料研究機構 主任研究官 熊倉,浩明
内容要旨 要旨を表示する

低温で電気抵抗がゼロとなり、さまざまな量子現象を示す超伝導材料は、次世代の社会を支える基礎材料として実用化が進められているが、臨界温度(Tc)の低さや材料の均質性などがネックとなっており、新規超伝導体の発見によるブレークスルーが望まれている。Tcの記録の大幅な更新などのブレークスルーは、新しい結晶構造をもつ超伝導体の発見とともに起こっており、新規物質の創製による超伝導体の探索が求められている。

格子振動 (フォノン)は超伝導現象の起源のひとつであり、BCS理論からは、フォノン周波数ω0、フェルミ面の電子密度N(EF), 電子-フォノン相互作用定数Vが高いほどTcの上昇が期待できる。しかし、経験則のみからではこれらのパラメータの予測は困難である。

最近、コンピュータの高速化と計算コードの進歩により高精度な電子状態計算が可能となり、これを生かした新規超伝導体の探索が可能となった。電子構造の予測には原子座標が不可欠であり、合成できていない物質の結晶構造の予測には、その物質系特有の化学の理解が必要となるなど、新規超伝導体の探索には多角的な視点が必要である。

金属ホウ化物はホウ素間の共有結合や3中心2電子結合、金属-ホウ素共有結合など多彩な結合様式を持つため、構造自由度が高く、新規化合物の発見が期待できる物質群である。また、ホウ素の小さな質量は高いω0を実現しやすい上、ホウ素は金属の性質と非金属の性質を併せ持つため、高いN(EF), Vを持つ共有結合ネットワークが形成しやすい。そこで本研究では、電子状態計算、試料合成、結晶構造解析を融合した多角的視点に立ち、新規ホウ化物超伝導体の探索を行った。

第1章では、本研究の背景について解説を試みた。まず、固体電子論と電子状態計算手法にして、多くのイラストレーションを利用して直感的な説明を試みた。続いて、BCS超伝導体について、さまざまな超伝導体の電子構造を同一の計算手法で比較し、高いTcをもつ超伝導体の特徴をとらえることを試みた。最近の特徴として、共有結合性の強い物質において高いTcをもつ超伝導体が発見されており、本研究における指針として、共有結合性に着目した新規超伝導体の探索指針を打ち出した。特に、2001年に発見されたMgB2は、金属系超伝導体最高の40 KというTcをもち、Bのハニカム状共有結合ネットワークが超伝導を担っていることがわかっており、これを出発点として新規超伝導体の設計が期待できる。また、MgB2と同じ電子構造の物質として、ZnB2, LiB2の合成可能性についても議論した。

第2章では、金属ホウ化物の結晶構造や合成方法に関して体系的な理解を得るため、これまでに報告された数百種類の2元系・3元系金属ホウ化物の結晶構造や電子構造について、部分構造への分類、合成と微細組織観察、第一原理計算による電子構造解析を通して体系化を試みた。

まず、金属ホウ化物がboron-richホウ化物(MBx: x≧2)と、metal-richホウ化物(x≦2)に分類できることを見出した。

Boron-richホウ化物は1-3族元素など還元力の強い元素が形成するx≧2のホウ化物であり、三中心二電子結合の破壊によるmetal into boron反応によって生成する。Boron-richホウ化物では強固なホウ素の共有結合ネットワークがまず存在し、ネットワーク内のケージ構造のサイズが、収容可能なイオンの種類を決定している。

Metal-richホウ化物は4-10族元素など開殻のd軌道をもつ遷移金属が形成するx≦2のホウ化物であり、M-B, B-B共有結合によるboron into metal反応によって生成する。結晶構造は、M6B三角柱、M4B三角錐などの単位構造クラスターに分解して考えることができ、これらの結合によって、ジグザグ鎖やハニカム格子など金属ホウ化物独特の共有結合ネットワークが説明できる

希土類元素(RE), アルカリ土類元素(AE)などの還元性の強い元素と、4-10族遷移金属Mを含む3元系ホウ化物では、頂点欠損M6B三角柱クラスターの導入により、複雑な構造のほとんどを説明できる。このとき、M-B共有結合ネットワークの強固なケージの中に、RE, AEがイオン的に存在する電子構造が考えられ、その生成反応は、"metal into boride"反応と解釈できる。

AlB2型構造を2種の共通構造とみなす見解や、電気陰性度を用いた考察は本研究が初めてであり、金属ホウ化物の化学的性質をこれまでになく体系的に説明することに成功し、第一原理計算から、その正当性を示すことにも成功している。

さらに、ホウ素のフォノンを利用した超伝導体の実現には、ホウ素含有量が多く、対称性の高い結晶構造の実現、3元系ホウ化物ではEFがM d - B p結合性バンドに存在することが有効であると考察した。

第3章では、MgB2の電子構造の改善によるMgB2のTcの改善を目指した。前章のホウ化物生成機構の考察より、Mgサイトの置換が可能な元素はmetal into boron反応を行う必要があり、かつ反応中に液相や気相となるか、液相の金属Mgに溶解する必要がある。また電子状態計算から格子定数の伸長がTcの上昇に有効と予測できた。そこで、これらを満たす元素として希土類元素RE=La~Luの酸化物を添加してMgB2を合成した。

格子定数およびTcの変化から、MgB2のMgサイトに希土類元素というかなり大きな元素が置換することを証明する結果が得られ、MgB2の物質科学に関する常識を覆す結果が得られた。Tcは予想に反して低下しており、原因として、電子ドープによるN(EF)の低下、磁性による対破壊、結晶構造の歪みによるσ-πバンド間散乱が格子定数伸長の効果を打ち消したことが考えられる。Yb添加試料において観測された顕著なTcの低下は、小さなイオン半径による高い置換率と、磁性による対破壊の相乗効果と解釈できる。またTcの低下幅がTb-Erにおいて小さかったことは、RE置換量がイオン半径のみならず、REBx副生成物の安定性にも依存することを示唆している。以上より、RE添加MgB2バルクのTcの支配因子は、RE(3+)のイオン半径、REBx不純物の安定性、RE(3+)の磁性であると結論した。これは、MgB2の他元素置換研究における画期的な成果であり、RE以外の元素置換の考察にも適用できる有用な指針である。

第4章では、MgB2類似の電子構造が予想される物質の設計・合成によって、MgB2類似の超伝導発現機構をもつ物質を探索した。CaB6型構造ホウ化物KB6は、MgB2と同様にBの共有結合ネットワークにホールをもつが、理論と大きく矛盾して絶縁体的挙動や特異な磁化特性が報告されている物質である。

凍結フォノン存在下におけるKB6の第一原理電子状態計算からKB6の絶縁化機構の解明を試みたが、KB6の絶縁化を示唆する結果は得られなかった。また、KB6の超伝導化を期待して、ホールドープ系K(1-x)B6 (x=0.02-0.16)の合成、電子ドープ系Ba(1-x)KxB6 (x < 0.15)の合成に成功したが、これらの試料はいずれも絶縁体的挙動を示した。TEM観察からは、粒界の酸化被膜が絶縁化の原因である可能性が示唆され、本質的な挙動ではないと考えられた。KB6はMgB2以外でBの共有結合ネットワークにキャリアをもつ唯一の物質であり、さらなる高品質化と詳細な物性評価により、共有結合性と超伝導の関係について新たな知見が得られると期待できる。

第5章では、これまでに知られていない新規構造をもつ超伝導体を探索するため、多元系金属ホウ化物に着目して新規物質探索を行った。独自に開発した、元素の族番号と結晶構造の数を示す「新規超伝導体探索マップ」を利用し、RE = Y, La-Lu, AE = Ca, Sr, Ba, M = Fe, Co, Ruの組合せにおいて、新規3元系ホウ化物超伝導体の探索を行った。

まず既知ThCr2Si2型ホウ化物としてYCo2B2, LaCo2B2の合成に成功したが、これらはN(EF)が低く超伝導を示さなかった。N(EF)の高さが期待できる価電子不足組成では、対称性が低下してGd(1+ε)Fe4B4構造となった。このうちLa(1+ε)Fe4B4は不定比La組成やc軸方向にイントリンジックな電子散乱機構をもつ特異な物質であることがわかった。

また、Ca-Co-B, Sr-Co-B, Ca-Ru-B, Sr-Ru-B, Ba-Ru-B系において、新規3元系金属ホウ化物の発見に成功した。このうちCa(1+ε)Co4B4はGd(1+ε)Fe4B4型構造新規ホウ化物、Ca(1+ε)Ru4B4はPr7(Re4B4)6構造新規ホウ化物である。いずれも不整合構造をもつ1次元チャンネル構造ホウ化物であり、EFが状態密度の谷にある場合は整合構造、それよりEFが低い場合は不整合構造による対称性の低下が起こり、超伝導の発現には不利となってしまうことを見出した。

このように超伝導の発現には、対称性の低下を受け入れにくい強固な格子と高いN(EF)の両立が必要であると考えられた。ホウ化物の構造多様性は、このような物質のデザインが可能であることを暗示しており、本研究で得られた金属ホウ化物に関する膨大な知見から、さらなる新規構造および新規電子構造を開拓すれば、新規超伝導体の発見が強く期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、次世代超伝導材料の候補物質として注目される新規ホウ化物超伝導体の電子構造設計と探索に関わる研究について著したものである。金属ホウ化物は、ホウ素間の共有結合や3中心2電子結合、金属-ホウ素間の共有結合など独特かつ多彩な結合様式を有するため構造自由度が高く、新奇化合物の設計と探索が可能な物質群である。また、ホウ素原子の小さな質量は高い格子振動数を有するため、古典的なBCS理論からは大きな電子-格子相互作用が予想され、高い臨界温度を有する超伝導材料を設計、探索出来ると期待できる。いっぽう、金属ホウ化物は一般に高温で安定であるため、材料創製をするためには新たな精密合成手法の確立が必要で、材料化学、固体物理などからの多角的な視点が必要となる。

本論文は、「新規ホウ化物超伝導体の電子構造設計と探索」と題し、ホウ素を含む共有結合にキャリアが存在する金属ホウ化物において超伝導体を探索した研究結果をまとめたものであり、全6章で構成されている。すべての章において、第一原理電子状態計算を物性の予測と化学結合の理解に活用している。また、対象とする物質系の化学を積極的に調べて結晶構造設計に生かし、多くの新規化合物の合成に成功している。

第1章では、金属における固体電子論の基礎と、第一原理電子状態計算の手法を紹介し、BCS超伝導体における超伝導現象の起源と、Tcの上昇指針について紹介している。さらに、これまでに見つかった代表的なBCS超伝導体の電子構造と超伝導発現機構を紹介し、特にMgB2において高いTcが実現する理由を電子構造と電子-格子相互作用の観点から説明している。

第2章では、金属ホウ化物の化学的な性質に関して、独自の分類と体系化を試みており、特に、金属ホウ化物がホウ素リッチホウ化物と金属リッチホウ化物に分類でき、生成機構が異なるという独自の視点を紹介している。さらに、電気陰性度を用いた共有結合性の説明や単位構造の考察により、3元系ホウ化物を含む多様なホウ化物の結晶構造を説明することに成功している。また第一原理電子状態計算から、超伝導の発現が期待できる金属ホウ化物の組成について検討している。

第3章では、MgB2において超伝導を担うσバンドの状態密度を、格子定数の伸長によって改善する試みとして、MgB2のMgサイトへイオン半径の大きな希土類元素RE=La-Luの置換を試みた結果を報告している。Sc以外のREをMgサイトに置換させた初めての研究であり、置換量がREのイオン半径と生成相の安定性に依存すること、電子ドープによるN(EF)の低下、磁性による対破壊、バンド間散乱の増強によりTcが低下すること、特にYb添加試料において顕著なTcの低下が起こることを報告している。

第4章では、MgB2と同様に、ホウ素の共有結合バンドが伝導を担う金属と予測されるKB6について、本質的な物性の解明と、キャリアドープによる超伝導化を試みている。まず第一原理計算から電子構造へのフォノンの影響を評価し、KB6は金属的な物質と予想している。また、ホールドープKB6としてK(1-x)B6 (x=0.02-0.16)の合成、電子ドープKB6としてBaxK(1-x)B6 (x > 0.70)の合成を報告しているが、超伝導の発見には至っていない。また、K(1-x)B6のTEM観察からKB6が絶縁体的挙動を示す原因として、粒界における酸化被膜の存在を指摘している。

第5章では、新規3元系ホウ化物超伝導体の探索について報告している。1次元チャンネル構造をもつ不整合構造ホウ化物を中心に、Gd(1+r)Fe4B4型構造をもつLa(1+r)Fe4B4や新規ホウ化物Ca(1+r)Co4B4, Ca(1+r)Ru4B4などの結晶構造と物性を報告している。超伝導体は見つかっていないものの、これらの化合物の物性、特に不整合構造をとる原因について電子構造の観点から説明することに成功している。

第6章では、得られた知見を総括し、結論の工学的重要性と展望を述べている。

以上本研究では、第一原理電子状態計算を化学結合と物性の理解に活用することで、BCS超伝導発現の要件である金属的伝導と常磁性を満たす多くのホウ化物の設計と合成に成功している。これより、同様の手法による類縁物質の探索が新規超伝導体の発見につながる可能性が考えられ、意義深い研究であると言える。

本論文の内容は、応用化学を基礎とした物性化学、物性物理、低温工学などにまたがる融合学問分野でとして超伝導材料開発に対して大きく貢献するものと期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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