学位論文要旨



No 124628
著者(漢字) 宋,鍾元
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ジョンウォン
標題(和) 短距離と長距離を補正した密度汎関数法(LCgau-DFT)の開発とその応用
標題(洋) The development of the long-range corrected density functional theory including a short-range Gaussian attenuation (LCgau-DFT)
報告番号 124628
報告番号 甲24628
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7062号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平尾,公彦
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 准教授 常田,貴夫
 東京大学 教授 山下,晃一
 早稲田大学 教授 中井,浩巳
内容要旨 要旨を表示する

本論文は「The development of the long-range corrected density functional theory including a short-range Gaussian attenuation(LCgau-DFT)(短距離と長距離を補正した密度汎関数法(LCgau-DFT)の開発とその応用)」と題し、全6章からなっている。密度汎関数法(DFT)は電子密度に基づく平均場ポテンシャルを利用した非線形Kohn-Sham方程式を解いて電子状態を求める計算法である。この方法では量子論的な交換相関相互作用を電子密度の汎関数として近似しているため、電子相関を取り込んだ高精度計算が比較的少ないコストで計算できる。DFTは基底状態のエネルギーや分子構造を精度よく算出し、広く使われている。しかし通常の汎関数は長距離での電子間相互作用を含んでいないため、2次の物性の記述には問題があった。長距離補正(LC)のhybrid汎関数が開発され、幾分かは解決されたものの、まだまだ十分ではない。本論文は長距離補正の交換汎関数を改善することにより計算精度を向上させ、DFTの適用範囲を大幅に拡大したものである。

第1章は序論であり、理論化学の現状、その中におけるDFTの位置づけ、DFTの問題点などがまとめられており、本研究の目的が述べられている。

LC法では、電子間相互作用1/r(12)を誤差関数によって短距離成分と長距離成分とに分割し、短距離成分には一般化勾配型近似(GGA)交換汎関数を、汎関数形式で表現することが困難な長距離成分にはHartree-Fock交換積分をそれぞれ用いる

(1)

(2)

(3)

(1)式の右辺第1項が短距離部分であり、DFT交換汎関数で表現される。また(1)式右辺第2項が長距離成分に対応し、HF交換積分で表現される。μは長距離部分、短距離部分の分割を制御するパラメータである。これがLChybrid汎関数である。

LC汎関数は励起エネルギーを定量的に記述できるようになったものの、原子化エネルギーの精度は必ずしも良くなかった。申請者は原子化エネルギーを改善すべく、第2章ではパラメータμの最適化を図った。これまでのパラメータμは分子構造を基準として決められていたが、申請者はエネルギーをパラメータ決定の基準にし、パラメータを最適化し直した。これにより励起エネルギー、原子化エネルギーの双方の計算精度が大幅に改善された。

第2章での研究の過程で、Hartree-Fock交換は長距離だけでなく、短距離においても重要な役割を演じていることが見出された。その解析をもとに申請者は第3草でLCgau汎関数という新しい汎関数を提唱している。LCgau汎関数では1/r(12)は次のように表わされる

(4)

(1)式のLC汎関数と比較すると、LC汎関数の長距離部分にGauss型関数を導入し、長距離部分は次のように表される

LCgauのr12→∞での漸近的振る舞いはLC汎関数と同じである。しかしながらLC汎関数の短距離部分が次のようになり

短距離部分に柔軟性が確保されたことになる。LCgau汎関数はすべての物性をバランスよく表現する汎関数である。LCgauは基底状態のエネルギーや構造を定量的に記述でき、化学反応の反応障壁も大幅に改善された。Rydberg励起エネルギーや電荷移動型励起エネルギーの過小評価、電場応答量の過大評価といった問題も解決された。申請者はLCgauの成功はDFTに特有な自己相互作用誤差を減少させるためであることを数値的に検証している。

第4章では、これまでのDFTでは記述が困難であった内殻電子のイオン化や励起についてLCgauを応用している。LCgauを用いるとC,NやO原子の1s→p*励起エネルギーを平均絶対誤差、0.8eV以下で評価できる。さらに1s軌道の占有数を変化させてエネルギー変化を調べた計算により、LCgauでは内殻に存在する自己相互作用誤差を大幅に取り除いていることを明らかにしている。

第5章は、長距離補正法による分極率、超分極率の研究をまとめている。非線形応答による物性である分極率、超分極率は、電子相関の効果が計算結果に強く影響を及ぼすことが知られている。従来の汎関数による計算では分極率、超分極率を過大に評価する傾向があった。申請者はLCgau理論をpolyyneに適用し、C≡C鎖の長さに対する[H-(C≡C)n-H:n=1~8]の超分極率(β)の計算に応用している。従来の汎関数であるBLYPやB3LYPでは鎖の長さnが大きくなるにつれ、定性的にも異なる振る舞いをする。一方LCgau長距離補正法では鎖の長さが伸びるにつれてβ/nが収束していくという正しい振る舞いを再現する。長距離補正の重要性をあらためて指摘している。さらにsilyl[Pr3Si-]基やphenyl[C6H5-]基をつけたpolyynes[Pr3Si-(C≡C)n-SiPr3、C6H5-(C≡C)n-C6H5]にもLCgauを適用し、分極率、超分極率に対する置換基の効果についても詳細に検討している。

第6章は本論文のまとめであり、分子の電子状態理論、DFTに関する将来の展望が述べられている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「The development of the long-range corrected density functional theory including a short-range Gaussian attenuation(LCgau-DFT)(短距離と長距離を補正した密度汎関数法(LCgau-DFT)の開発とその応用)」と題し、全6章からなっている。密度汎関数法(DFT)は電子密度に基づく平均場ポテンシャルを利用した非線形Kohn-Sham方程式を解いて電子状態を求める計算法である。この方法では量子論的な交換相関相互作用を電子密度の汎関数として近似しているため、電子相関を取り込んだ高精度計算が比較的少ないコストで計算できる。DFTは基底状態のエネルギーや分子構造を精度よく算出し、広く使われている。しかし通常の汎関数は長距離での電子間相互作用を含んでいないため、2次の物性の記述には問題があった。長距離補正(LC)のhybrid汎関数が開発され、幾分かは解決されたものの、まだまだ十分ではない。本論文は長距離補正の交換汎関数を改善することにより計算精度を向上させ、DFTの適用範囲を大幅に拡大したものである。

第1章は序論であり、理論化学の現状、その中におけるDFTの位置づけ、DFTの問題点などがまとめられており、本研究の目的が述べられている。

LC法では、電子間相互作用1/r12を誤差関数によって短距離成分と長距離成分とに分割し、短距離成分には一般化勾配型近似(GGA)交換汎関数を、汎関数形式で表現することが困難な長距離成分にはHartree-Fock交換積分をそれぞれ用いる

(1)

(2)

(3)

(1)式の右辺第1項が短距離部分であり、DFT交換汎関数で表現される。また(1)式右辺第2項が長距離成分に対応し、HF交換積分で表現される。μは長距離部分、短距離部分の分割を制御するパラメータである。これがLC hybrid汎関数である。

LC汎関数は励起エネルギーを定量的に記述できるようになったものの、原子化エネルギーの精度は必ずしも良くなかった。申請者は原子化エネルギーを改善すべく、第2章ではパラメータμの最適化を図った。これまでのパラメータμは分子構造を基準として決められていたが、申請者はエネルギーをパラメータ決定の基準にし、パラメータを最適化し直した。これにより励起エネルギー、原子化エネルギーの双方の計算精度が大幅に改善された。

第2章での研究の過程で、Hartree-Fock交換は長距離だけでなく、短距離においても重要な役割を演じていることが見出された。その解析をもとに申請者は第3章でLCgau汎関数という新しい汎関数を提唱している。LCgau汎関数では1r/12は次のように表わされる

(4)

(1)式のLC汎関数と比較すると、LC汎関数の長距離部分にGauss型関数を導入し、長距離部分は次のように表される

LCgauのr12→∞での漸近的振る舞いはLC汎関数と同じである。しかしながらLC汎関数の短距離部分が次のようになり

短距離部分に柔軟性が確保されたことになる。LCgau汎関数はすべての物性をバランスよく表現する汎関数である。LCgauは基底状態のエネルギーや構造を定量的に記述でき、化学反応の反応障壁も大幅に改善された。Rydberg励起エネルギーや電荷移動型励起エネルギーの過小評価、電場応答量の過大評価といった問題も解決された。申請者はLCgauの成功はDFTに特有な自己相互作用誤差を減少させるためであることを数値的に検証している。

第4章では、これまでのDFTでは記述が困難であった内殻電子のイオン化や励起についてLCgauを応用している。LCgauを用いるとC,NやO原子の1s→p*励起エネルギーを平均絶対誤差、0.8eV以下で評価できる。さらに1s軌道の占有数を変化させてエネルギー変化を調べた計算により、LCgauでは内殻に存在する自己相互作用誤差を大幅に取り除いていることを明らかにしている。

第5章は、長距離補正法による分極率、超分極率の研究をまとめている。非線形応答による物性である分極率、超分極率は、電子相関の効果が計算結果に強く影響を及ぼすことが知られている。従来の汎関数による計算では分極率、超分極率を過大に評価する傾向があった。申請者はLCgau理論をpolyyneに適用し、C≡C鎖の長さに対する[H-(C≡C)n-H:n=1~8]の超分極率(β)の計算に応用している。従来の汎関数であるBLYPやB3LYPでは鎖の長さnが大きくなるにつれ、定性的にも異なる振る舞いをする。一方LCgau長距離補正法では鎖の長さが伸びるにつれてβ/nが収束していくという正しい振る舞いを再現する。長距離補正の重要性をあらためて指摘している。さらにsilyl[Pr3Si-]基やphenyl[C6H5-]基をつけたpolyynes[Pr3Si-(C≡C)n-Sipr3、C6H5-(C≡C)n-C6H5]にもLCgauを適用し、分極率、超分極率に対する置換基の効果についても詳細に検討している。

第6章は本論文のまとめであり、分子の電子状態理論、DFTに関する将来の展望が述べられている。

以上のように本論文は、密度汎関数法の課題であるとされたいたさまざまな問題をLCgauという新しい汎関数を提唱することで解決し、密度汎関数法の適用範囲を大幅に拡大したものである。理論化学、物質科学に貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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