学位論文要旨



No 124630
著者(漢字) 菊池,康紀
著者(英字) Kikuchi,Yasunori
著者(カナ) キクチ,ヤスノリ
標題(和) リスクに基づく意思決定のためのプロセス設計及び評価に関する知識の構造化
標題(洋) Structuration of Knowledge on Process Design and Evaluation for Risk-Based Decision Making
報告番号 124630
報告番号 甲24630
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7064号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平尾,雅彦
 東京大学 特任教授 飯塚,悦功
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 特任教授 船津,公人
 東京大学 特任教授 足立,芳寛
 東京工業大学 教授 仲,勇治
内容要旨 要旨を表示する

Chapter 1. Introduction

環境・健康・安全に関する化学物質リスク(EHSリスク)は、現在化学物質を扱う産業活動や消費活動において重大な項目となっている。法規制による化学物質リスク削減においては、使用規制のようなハザード管理だけではなく、全ての化学物質が持つリスクを考慮する必要がある[1]。しかし、それぞれの意思決定固有の問題に対処することは困難であり、現場のプロセス設計における意思決定の枠組みが必要である[2]。

リスクや環境に配慮したプロセス設計[3]を行うためには、評価手法が不可欠である。製品ライフサイクルを対象とし環境影響を評価する手法としてライフサイクルアセスメント(LCA)がある[4]。また化学物質のリスクを、使用形態などを考慮しながら実際のリスクとして評価できる手法としてリスクアセスメント(RA)がある[5]。これらの手法はプロセス設計において定量的な指標を与える効果的なものであるが、それぞれ評価できる対象が異なる[6]ため、適切な評価のために意思決定者が十分な知識を有する必要がある。評価に加えて、プロセスを設計するためには、プロセスを理解して代替案を生成し、更に評価のために実存しないプロセスのデータをシミュレーションできる、プロセスモデルが不可欠である。以上のように、リスクに基づく意思決定のためには、プロセス設計と評価に関する様々な知識が必須となる。

本研究では、リスクに基づく意思決定を実践的に行うことを可能にするための、プロセス設計及び評価に関する知識の構造化方法を構築する。評価手法としてLCAとRAを特に取り上げ、プロセス設計の中でこれらを統合的に利用する方法を提案する。更に、機能モデリング手法IDEFとシステムの統一モデリング手法UMLを用いた、ビジネスモデルと支援情報システムの統合的構築により、リスクに基づく意思決定におけるプロセス設計と評価の知識を構造化し実践可能とする方法を提案する。論文構成をFigure 1に示す。

Chapter 2. Structuration of Knowledge for Risk-Based Decision Making

2.1.Concept of Knowledge Structuration

Figure 2に知識の構造化において必須となる知識変換の流れを示す。Knowledge generalizationは知識を規定の形式に変換して蓄積し、体系化しながら他の領域の知識とも結合させることで実行される。このとき、知識の結合方法に無数の論理的なつながりを持たせることができる。このときのつながりをより適切な形にするためには、ビジネスモデルのように、実際に知識を用いるアクティビティのモデル化を行うことで、必要な知識の構造、必要な論理的つながりを検討することができるようになる。さらに、実際に知識を用いるために必要となるメカニズムによる活性化を行うことで、特定の意思決定者におけるリスク問題を解決するためのKnowledge specificationが実行できる。これらを繰り返すことで、知識を実践的に再利用可能な形に構造化できる。

2.2.Knowledge Integration and Activation Considering Decision Making Condition

プロセス設計や評価において、ソフトウェアシステムによる支援を行うことは、様々な観点で効率を上げることにつながる[8]。システムの要件定義を円滑かつ適切に行うためには、システムを表現するコミュニケーションツールとなるモデリングが必要となる。Figure 3にシステムユーザ、開発者、及び研究者が現在行っている作業と、その中で構築されるシステム要件定義のためのモデルを示す。IDEF手法群はビジネスプロセスリエンジニアリング(BPR)分野で用いられるモデリング言語であり、これにより特定のアクティビティで必要となる制約条件や情報の流れを可視化できる。UMLはシステム開発において用いられることが推奨されているモデル群であり、システムの要件を定義するとともに設計図として利用でき、IDEF同様、BPRでの利用が期待されている。これらの手法の一部を研究者が習得し、実際にモデル化を行うことで、より実践的な知識の構造化を行うことが可能となる。

Chapter 3. Development of Scientific Solution for Problem

3.1.Problem Identification in Metal Cleaning Process

金属部品を加工する際に摩擦熱の低減や切削面の品質維持、装置の破損を防ぐなどの目的で油が塗布されるため、その加工油や切削屑を除去するための洗浄工程が不可欠である。このとき、多種化学物質を利用するために、化学物質リスクの削減が求められている。金属洗浄プロセスは、製品製造における川中産業で稼動していることが多く、そのほとんどが中小企業である。サプライチェーンの中で受ける様々な制約条件を考慮しながら、各サイトの条件に合致したリスク削減を行う自主的取組が必要とされている[7]。本研究では実際の産業現場における状況を解析するために、33の異なる実プロセスの調査を行い具体的なケーススタディとした。

3.2.Practical Method of Assessing Local Risk and Global Impact for Risk-Based Decision Making

産業プロセスの現場においては、化学物質の使用に伴うリスクが大きな問題となる。労働安全や周辺住民への影響は、現場の意思決定者にとって必要不可欠な評価項目である。一方で、地域・地球規模における環境影響は社会問題になっており、企業の社会責任として考慮する必要がある。これらの統合的評価にはLCAとRAの連携が必須と言える。実際にLCAとRAの連携を行うために、各評価手法における手順を解析し、Figure 4に示すような統合化を検討した。そして、実際の現場で情報を収集し、その結果から行った現行プロセスの評価を行った。さらに、特定のサイトに対し、経験則から代替案を生成して、代替案の評価を行った。これらのケーススタディから、局所リスクの評価を行うときの評価指標として、LCAで評価される潜在的影響としての障害調整生存年(DALY(marginal))に対して、実リスクとしてのDALY(actual)を提案し、さらに一般的なリスクの指標である暴露マージン(MOE)との比較を行い、さらに評価の目的に合わせた指標の選択方法を明らかにした。

Chapter 4. Knowledge and Technology on Process Design and Evaluation

リスクに基づく意思決定において必要となる知識を効果的に体系化するために、大きく5つの知識群に分割した。評価すべき項目の特定(RSM)、評価の実行(EvM)、代替案の導出(AGM)、代替案評価のためのプロセスシミュレーション(PSM)、そして、評価結果の解釈(RIM)の5つである。そのそれぞれが、リスク評価に基づくプロセス設計のために統合化される必要がある。互いに連携した知識を構築することができるように、それぞれの知識の役割を考慮しながら、本章においてそれぞれを体系化した。

Chapter 5. Activity and Information System Modeling

Chapter 4において体系化された5つの知識群は、リスクに基づく意思決定という一つのアクティビティの中で用いられるものである。これらが実際のビジネスモデルで利用されるときのアクティビティと情報の流れをIDEF0によってモデル化し、暗黙的に利用できる知識や技術が異なる視点の差に留意しながら、5つの知識群を支援メカニズムとなるソフトウェア情報システムをUMLダイアグラムでモデル化した。

Chapter 6. Applicability of Knowledge Structuration

6.1.Structured Knowledge on Process Design and Evaluation

Chapter 4で提案したリスクに基づく意思決定において必要となる5つの知識群は、プロセス設計において開発されてきた既往の知識を含んでいる。特に、化学プロセス設計の流れの中で利用する知識群は、5つの知識の中にマッピングすることが可能であることが確認できる。

6.2.Problem-Oriented Knowledge Structuration

Chapter 3,4,5において行ってきたKnowledge structurationの流れは、様々なリスクに基づく意思決定を支援するための方法論として一般化できる。どの意思決定プロセスにおいても存在すべきシナリオ設計と評価を支援する5つの知識群を、実際のプロセス設計アクティビティに統合化して活性化するためには、研究者による手法開発のみならず、それを実際の意思決定アクティビティに結びつけ、適切な形態に変換して供給するための、問題の適切な認識と知識のモデリングが必要となる。

Chapter 7. Conclusions and Recommendations for Future Studies

本研究では、プロセス設計及び評価に関わる知識を体系化し、リスクに基づく意思決定のために実践的に利用可能な状態へと構造化した。本研究では知識を論理的に結合する作業に加えて、実際に知識を利用すべき意思決定者が行うビジネスモデルに留意し、知識を実践的に利用可能な状態にすることで知識を構造化した。

各分野においてそれぞれ確立されつつあるプロセスを設計・評価する知識を、それらが統合的に関わりあって機能するための知識体系として5つに分類して定義し、それぞれの体系化を行った。このとき、5つの知識がリスクに基づく意思決定というアクティビティで統合化できるように、互いの関係を明確にした。

プロセス評価においては、LCAとRAを統合的に用いた評価手法を提案し、具体的なケーススタディでその重要性を検証した。プロセス評価をより実践的なものにするために、数ある評価項目や指標の中から、評価すべきものを選択するための知識体系としてRisk Specificationを手法として提案した。また、プロセス内で起きている物理現象の解析方法を検討し、さらに評価結果とその解析結果を利用した代替案生成のアルゴリズムを提案した。同時に、代替案の評価に必須となるプロセスシミュレーションのための数理モデルの構築方法を検討した。洗浄プロセス設計に対しては、実際にプロセスモデルを構築し、代替案生成のための決定表とプロセスシミュレーションのためのプロセスモデルを構築した。さらに評価結果が揃った後のリスク解釈において必要となる手順を提案し、洗浄プロセス設計における実際の解釈を行った。

構造化した知識を実際のビジネスモデルに統合化し、更に活性化するために、IDEFとUMLを用いたアクティビティモデリングとソフトウェア情報システムの要件定義を行った。これにより、LCAとRAを統合的に用いながら、リスクに基づくプロセス設計を実行するために必要となる、知識基盤の要件を定義できた。リスク評価に基づくプロセス設計の実践的な支援のために、様々な工学的知識と、意思決定者の制約条件、システムの機能を、アクティビティモデルとUMLモデルで相補的に記述することで、より具体的なシステムの設計と議論、知識の構造化を行うことができる。

[1]Russell M, Gruber M. Science. 236(4799) (1987) 286-290.[2]Sugiyama H. Dissertation ETH No. 17186. Zurich: ETH Zurich. (2007)[3]Cano-Ruiz J A, McRae G J. Annual Review of Energy and the Environment. 23 (1998) 499-536.[4]ISO14040 (1997)[5]Kolluru R V, et al. Risk Assessment and Management Handbook for Environmental, Health, and Safety Professionals. New York: McGraw-Hill (1996)[6]Hofstetter P, et al. Risk Analysis. 22(5) (2002) 833-851.[7]環境省. VOC排出抑制:産業洗浄現場におけるVOC対策事例集. (2008) http://www.env.go.jp/air/osen/voc/jirei1/index.html[8]Schneider R, Marquardt W. 2002. Chemical Engineering Science, 57 (2002) 1763-1792.

Figure 1 Structure of this PhD thesis: risk-based decision methods and structuration of knowledge

Figure 2 Knowledge structuration circulating knowledge conversion

Figure 3 Activities of each player and their relations with software system development

Figure 4 Integration of plant-specific risk and life cycle assessments

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Structuration of Knowledge on Process Design and Evaluation for Risk-Based Decision Making (和訳:リスクに基づく意思決定のためのプロセス設計及び評価に関する知識の構造化)」と題し、化学物質を扱うプロセスの設計において適切にリスクを評価し、意思決定を行うために重要となるプロセス設計及び評価に関する知識を論理的に構造化し、さらに実際の意思決定者が実践的に利用可能な形に変換するための方法論と支援システムの構築を目的とした研究である。全7章より構成されている。

第1章は緒言であり、本研究の背景及び目的を述べている。環境・健康・安全に関する化学物質リスクが産業活動及び消費活動において重要な項目になっていること、リスク評価を含めた意思決定を実行可能にする必要があることを説明している。その上で、ライフサイクルアセスメント(LCA)やリスクアセスメント(RA)などの評価手法やプロセス設計、意思決定における既往の研究を紹介している。これらの背景を受け、リスクに基づく意思決定を実践的に行うことを可能にするための、プロセス設計及び評価に関する知識の構造化の方法論を構築することを本論文の目的として示している。

第2章では、知識の構造化の概念的な方法論とともに、それを実際の意思決定の主体が実践可能な形に変換するためのアクティビティモデリングと情報システムモデリングを提案している。まず、知識の構造化において必須となる知識変換の流れを、エビデンスから始まり、形式化知識、体系化知識、構造化知識、実践的知識、実践可能な知識へと流れるサイクルで提案し、それぞれの知識への変換方法を提案している。そして、知識の論理的なつながりを検討するために実際に知識を用いるアクティビティのモデル化を行う方法論を構築している。さらに、プロセス設計や評価において必要となる情報システムモデリングを提案している。本研究では機能モデリング手法IDEF0と統一モデリング言語UMLの併用によりこれらの知識変換が達成できることを示している。

第3章では、本研究の中でケーススタディとして取り上げられている金属洗浄プロセスを概観し、発生しているリスクに関わる意思決定における問題を解析している。その上で、問題解決のための統合的なプロセス評価手法を提案している。産業現場における状況を解析するために、33の異なる実プロセスの調査やエキスパートへのヒアリング調査を行い、調査を基に、LCAとRA、経済性評価を総合的に実施してプロセスを評価する体系化知識を構築し、実際に評価を行った結果を示している。

第4章では、第3章で提案されたプロセスの評価手法を実際に実行するための、プロセス設計及び評価に関する構造化知識が構築されている。必要となる知識を、評価すべき項目特定の知識、評価実行の知識、代替案生成の知識、代替案評価のためのプロセスシミュレーションの知識、そして、評価結果の解釈の知識の5つの知識群に分割してそれぞれを体系化している。これらが互いに連携した知識になるように、それぞれの知識で必要な役割と他の知識との関係を明確化しながら構造化知識を構築している。

第5章では、第4章で構築された5つの体系化知識とそれらから成る構造化知識を利用するビジネスモデルと、それを支援する情報システムの要件定義を行っている。IDEF0によってアクティビティをモデル化し、さらにUMLにより情報システムモデルで支援システムの要件定義を行っている。

第6章では、第2章で示された方法論をもとに、第3章、第4章、第5章で金属洗浄プロセスを対象にして行った知識の構造化が、一般的なリスクに基づくプロセス設計、さらには他の意思決定に対して汎用的に応用可能であることを議論している。問題解決のために必要となる知識の構造化手順を一般的に示し、さらにプロセス設計及び評価に関する知識のテンプレートとして、5つの体系化知識で構成される構造化知識を提案し、その一般性を議論している。また、化学プロセス設計に対しての適用を行い、知識の構造化手順を実行する上で必要となるテンプレートを構築している。

第7章は終章であり、本論文で構築してきたリスクに基づくプロセス設計及び評価のための体系化知識や構造化知識の構築とそれらのビジネスモデルとの統合化、情報システムによる活性化により、リスクに関わる知識を効果的に結合することができるとしている。また問題の特徴にあわせ、シナリオベースに必要な知識を選択し結合することができる知識の構造化方法のフレームワークが示されたことを述べている。加えて、提案された知識の構造化に関わる今後の研究課題についても述べられている。

以上要するに本論文は、意思決定に対して、分散して存在する様々な知識を問題解決のために結合して一つの知識構造体とし、さらにそれを実際のビジネスアクティビティと統合して情報システムにより活性化することの方法論をケーススタディとともに示し、さらに一般化してシナリオベースのフレームワークとして提案している。これらの成果は、プロセス設計や評価だけでなく、科学的知識を統合的に用いて様々な目的関数のもとでリスクに基づく意思決定を行うために極めて有用なものであり、プロセスシステム工学、ライフサイクル工学および化学システム工学に大きく貢献するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/23923