学位論文要旨



No 124632
著者(漢字) 原,伸生
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ノブオ
標題(和) 固体高分子形燃料電池用細孔フィリング電解質膜を用いたプロトン伝導機構の解明
標題(洋)
報告番号 124632
報告番号 甲24632
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7066号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,猛央
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 大久保,達哉
 東京大学 准教授 牛山,浩
 東京大学 教授 加藤,隆史
内容要旨 要旨を表示する

本研究においては、固体高分子形燃料電池用細孔フィリング電解質膜を用いて、プロトン伝導機構の解明を行った。

固体高分子形燃料電池(PEFC)は、環境負荷が低く、比較的低温度領域で高効率な発電が可能なことから、次世代の電力エネルギー源として注目され、研究開発が精力的に行われている。PEFCの用途としては、自動車用・定置用・携帯用と大きく三種類の用途が想定されている。また、使用する燃料は水素・酸素が有望であるが、携帯用にはメタノールを用いた直接メタノール型燃料電池が想定されている。メタノールはまた、高温メタノール型として自動車用に用いることも十分に考えられる。それぞれの用途に応じて使用する燃料や作動温度が異なることから、PEFCの各要素技術はそれぞれの用途に応じて、最適な性能を発揮するように設計される必要がある。

高分子電解質膜は、PEFCの重要な要素技術の一つである。高分子電解質膜は、PEFCの正極と負極を分け、燃料である水素・酸素・メタノール等の各種物質を透過させず、さらにプロトンの高い選択的透過性が要求される。さらに実用化に向けては、化学的・機械的な耐久性や寸法変化が低いこと、さらに低コストであること等が要求される。高性能なPEFC用高分子電解質膜を開発するためには、プロトンの伝導機構に基づいて膜性能を設計することが必要と考えられる。しかしながら、現段階ではプロトンが膜中を伝導する機構については、十分には解明されてはいない。

一般のプロトン電解質膜材料は、スルホン酸基を多く含むカチオン交換ポリマーであり、含水率を高く保つことにより高いプロトン伝導性を発現するが、燃料透過性も同時に増加してしまう。一方、多孔質基材に電解質ポリマーを充填した構造を持つ細孔フィリング電解質膜は、一般の電解質膜とは異なりポリマーの膨潤を抑制することができる。これにより、高いプロトン伝導性と低い燃料透過性を両立している。細孔フィリング電解質膜においては、一般の電解質膜材料とは含まれる水の構造が異なると考えられる。また、スルホン酸基の導入量と含水量を独立してコントロールでき、特異な状況を実現できることから、プロトン伝導を詳細に検討することが可能な材料であると考えられる。

本研究では、細孔フィリング電解質膜における水とポリマーの詳細な構造を解明し、プロトン伝導のメカニズムの解明を行うことを目的とする。従来、十分に行われていなかったポリマー中におけるプロトン伝導の機構を、細孔フィリング電解質膜を用いて解明することで、今後のプロトン伝導性電解質膜材料の開発への指針の提案を行う。

第1章では、固体高分子形燃料電池の利点とそこに用いられている従来の高分子電解質膜についてまとめ、現在の燃料電池用電解質開発の問題点を明らかにした。さらに、プロトン伝導の機構について、最も基本的な水中におけるプロトン伝導について既往の研究をまとめた。電解質ポリマー中におけるプロトン伝導について既往の研究をまとめ、プロトン伝導機構の解明と電解質膜開発において現在の研究開発で不足している点を明らかにした。プロトン伝導機構に基づいた電解質膜開発が行われていない現状を明らかにして、本研究における細孔フィリング電解質膜を用いたプロトン伝導機構の解明の必要性を示した。

第2章では、従来の細孔フィリング電解質膜の作成法と性能についてまとめ、さらに従来より高い性能を示す全芳香族系の細孔フィリング電解質膜の性能と特徴についてまとめた。各種イオン交換容量の電解質ポリマーであるsulfonated pol(arylene ether sulfone) (SPES) を合成し、これらをポリマー充填法を用いて多孔質ポリイミド基材の細孔中に充填して、ポリイミド全芳香族系細孔フィリング電解質膜を作製した。充填率の解析を行い、細孔中にポリマーが高密度に充填された特殊な構造を解析した。小角X線散乱(SAXS)を用いて、ポリマーの一次構造に基づくミクロ構造の解析結果を示した。細孔中の電解質ポリマーの含水率を解析し、細孔中において多孔質基材によって膨潤が抑制され、含水率が極めて低く抑えられることを示した。

第3章では、作製した全芳香族系細孔フィリング電解質膜の水の構造について、詳細な解析を行った。極性基であるスルホン酸基を有する電解質ポリマーの近傍においては、水分子が構造化され、バルクの状態である自由水とは異なり、束縛水・不凍水という構造化された特殊な状態にある。低温DSC測定を用いて、細孔中の電解質ポリマーとバルクのキャスト膜との水の構造の解析を行った。また、メタノールと水同位体(H2(18)O)を用いた透過実験を行い、全芳香族系細孔フィリング電解質膜における物質透過性の解析を行い、透過性が極めて低く抑えられていることを示した。

第4章では、作製した全芳香族系細孔フィリング電解質膜のプロトン伝導性の詳細な解析を行った。イオン交換容量の異なる全芳香族系細孔フィリング電解質膜とバルクのキャスト膜のプロトン伝導性の温度依存性を測定し、活性化エネルギーを解析した。含水率とプロトン伝導性とその活性化エネルギーを、スルホン酸基密度と水の構造から詳細に解析することで、全芳香族系細孔フィリング電解質膜におけるプロトン伝導の特徴を解明した。

第5章では、第3章と第4章で解析した全芳香族系細孔フィリング電解質膜の水の構造とプロトン伝導の特性から、プロトン伝導のモデル化を行った。ポリマー中に含まれる自由水と構造水とを通したプロトンの伝導を、Nernst-Einstein式を用いて並列モデルで表した。実験結果からプロトンの拡散係数を解析して、プロトンの拡散係数が通常の構造水におけるものより高いことを示した。スルホン酸基が密集した特異な構造において、プロトンが構造水中を選択的に透過することを示した。また、他の基材を用いて作製した細孔フィリング膜についてプロトン伝導性の予測計算を行い、並列モデルの妥当性の確認を行った。

第6章では、本研究の総括及び今後の展望を示した。本研究においては、多孔質基材の細孔中に高密度のスルホン酸基を充填したことにより、含水率が低下し、ごくわずか含まれる水も全て構造化されていることを示した。これにより、イオン交換容量が高くなるとプロトン伝導の活性化エネルギーが低下することを確認した。スルホン酸基の密度を高め、さらに構造水のみにすることで、プロトン伝導の活性化エネルギーが低下し、プロトンが選択的に透過することを示した。本研究から得られた知見は、細孔フィリング膜だけにとどまらず、今後の電解質膜一般の開発へ応用され、さらにプロトン伝導機構一般の解明にもつながるものであると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「固体高分子形燃料電池用細孔フィリング電解質膜を用いたプロトン伝導機構の解明」と題し、高プロトン伝導性と低燃料クロスオーバーを両立することができる細孔フィリング電解質膜を用いて、充填電解質ポリマーの物性、特に水の状態の観点から、高プロトン伝導性と低燃料クロスオーバー性の発現機構を解明し、これに基づいて固体高分子形燃料電池用の電解質膜性能を向上する新しい方法論を確立することを目指した研究であり、全6章から成る。

第1章は緒言であり、本研究の背景及び目的を述べている。固体高分子形燃料電池の利点とそこに用いられている従来の代表的な高分子電解質膜についてまとめ、現在の燃料電池用電解質開発の問題点を明らかにしている。さらに、プロトン伝導の機構について、最も基本的な水中におけるプロトン伝導から既往の研究をまとめ、現状の電解質膜の開発において、プロトン伝導機構とポリマー物性に基づいた電解質膜開発が行われていない現状を明らかにし、高プロトン伝導性や低燃料クロスオーバー性を両立する細孔フィリング電解質膜を用いたプロトン伝導機構を解明することが、固体高分子形燃料電池用の次世代電解質膜性能を向上する新しい方法論を確立することにつながっていくことを明らかにしている。

第2章では、新しい全芳香族系細孔フィリング電解質膜の作製方法について述べている。本研究室で今まで開発された全芳香族系の細孔フィリング電解質膜の性能と特徴、作製法についてまとめ、これに対して本研究で新規に採用したポリマー充填法による細孔フィリング電解質膜を作製方法について明らかにしている。具体的には、充填する電解質ポリマーとして、イオン交換容量を変えたスルホン化ポリエーテルスルホン(SPES)を合成し、これらを多孔質ポリイミド基材の細孔中に充填して、全芳香族系細孔フィリング電解質膜を作製し、また対照としてキャスト膜を作製した。得られた細孔フィリング電解質膜の充填率の解析、SEM測定、小角X線散乱、細孔中の電解質ポリマーの含水率測定から、ポリマーが細孔中に高密度に充填され、ポリマー中のスルホン酸基が集合したミクロなドメイン構造を取る特殊な構造を示し、さらに細孔中の電解質ポリマーは、多孔質基材によって膨潤が抑制され含水率が極めて低く抑えられることを明らかにしている。

第3章では、第2章で作製した全芳香族系細孔フィリング電解質膜を用いて、水の構造と膜透過性の解析を行っている。低温DSC測定を用いて、キャスト膜と細孔中の電解質ポリマーの水の構造の解析を行い、電解質ポリマー中の極性基であるスルホン酸基の近傍においては水分子が構造化され、バルクの状態である自由水とは異なり、束縛水・不凍水という構造化されることを示している。さらに、メタノールと水同位体(H218O)を用いた透過実験を行い、全芳香族系細孔フィリング電解質膜においては、拡散性の低い構造水により、メタノールと水の透過性が低く抑えられていることを明らかにしている。

第4章では、作製した全芳香族系細孔フィリング電解質膜のプロトン伝導特性を解析している。イオン交換容量の異なる全芳香族系細孔フィリング電解質膜とキャスト膜のプロトン伝導度とその温度依存性と活性化エネルギーを解析し、キャスト膜はイオン交換容量の増加に伴いプロトン伝導度が増加し、高イオン交換容量においては含水率の増加のため約0.1[S/cm]の一定値を示すのに対し、細孔フィリング電解質膜はイオン交換容量に比例してプロトン伝導度が増加し、高イオン交換容量において従来の電解質膜に匹敵する0.08[S/cm] の高いプロトン伝導度を示すことを明らかにしている。プロトン伝導の活性化エネルギーは、キャスト膜においてはイオン交換容量に対して10-12kJ/molの一定値を示したが、細孔フィリング電解質膜はイオン交換容量の増加に伴い16kJ/molから9kJ/molまで活性化エネルギーが低下している。細孔フィリング電解質膜は、高イオン交換容量においても多孔質基材の膨潤抑制効果によって電解質ポリマーの含水率が極めて低く抑えられ、スルホン酸基密度が高く保持される一方、細孔フィリング電解質膜においては、電解質ポリマー中の構造水を通してプロトンが伝導し、その活性化エネルギーがスルホン酸基間距離に依存し、スルホン酸基間距離が短いほど活性化エネルギーが低下する、特異なプロトン伝導特性を明らかにしている。

第5章では、第3章と第4章で解析した全芳香族系細孔フィリング電解質膜の水の構造とプロトン伝導の特性に基づき、プロトン伝導のモデル化を行っている。ポリマー中に含まれる自由水と構造水とを通したプロトンの伝導を、Nernst-Einstein式を用いて並列モデルで表し、実験結果からプロトンの拡散係数を解析し、プロトンの拡散係数が高いことを示し、スルホン酸基密度が高い特異な構造において、構造水中をプロトンが選択的に透過することを明らかにしている。さらに、構築したモデルを多孔質ポリエチレン基材を用いて作製した細孔フィリング膜に適用し、水の構造からプロトン伝導度の予測計算と実験結果の比較から、モデルの有効性も明らかにしている。

第6章では、以上の結果を総括するとともに、細孔フィリング電解質膜において、電解質ポリマーの膨潤を抑制したことにより形成された構造水のみを含む水の構造を通してプロトンが選択的に伝導し、その活性化エネルギーがスルホン酸基間の距離に依存する、特異なプロトン伝導特性を明らかにすることによって、水の構造とスルホン酸基の密度を制御することにより、高性能な次世代プロトン伝導性材料の開発が可能であることを示し、今後の展望を明らかにしている。

以上要するに、本論文においては細孔フィリング電解質膜を用いて構造とプロトン伝導の特性を総合的に解析することで、高性能を発現する電解質膜中のプロトン伝導の機構の解明と新規なプロトン伝導性材料開発につながる知見を得ることに成功し、燃料電池工学、膜工学、さらには化学システム工学の発展に寄与するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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