学位論文要旨



No 124635
著者(漢字) 磯田,恭佑
著者(英字)
著者(カナ) イソダ,キョウスケ
標題(和) レドックス特性を有する液晶材料の自己組織化と機能化
標題(洋) Self-Organization and Functionalization of Redox-Active Liquid-Crystalline Materials
報告番号 124635
報告番号 甲24635
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7069号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 准教授 舟橋,正浩
内容要旨 要旨を表示する

有機合成化学の発展により、材料化学は有機化学、生化学を中心とした高分子材料や新機能性材料の研究が盛んに行われている。最近、高分子のような巨大分子とは異なり、小さな分子が非共有結合を介して組織化することで、新たな機能を発現する分子集合体の構築は注目されている。著者はこれらのバルク材料の中から、秩序性と柔軟性を併せ持つ液晶に注目した。様々な集合構造の形成や機能発現を促進するため、水素結合などの非共有結合や分子間相互作用は非常に重要である。本研究では、分子の形状やそれに伴い新たに発現する相互作用の探索を目標とする。具体的には分子に様々な形状を与えるために、物質として出発は平面状分子を選択した。それらの分子に対して置換基を導入することで、形状の変化や分子の電子的特性に変化が生じる。特に分子の形状の変化は、分子内に電荷の偏りが生じるため、双極子モーメントが誘起される。これを分子の自己組織化の駆動力として利用する。また、双極子モーメントを有するπ共役分子の設計は新たな非共有結合部位の導入を簡略化できるため、非常に有用であると考えられる。

第1章では、コンセプト、およびこの研究に至った背景について述べている。

第2章では、出発分子としてアントラキノンを選択した。分子骨格は平面であるため、典型的な棒状液晶のコンポーネントとして機能する。特異的な構造を得るために、アントラキノンに置換基としてジシアノメチレン基を導入することで、テトラシアノアントラキノジメタンを得た。特徴として、4つのシアノ基と4つのペリ位の水素間の立体反発により、分子骨格がroof-shape構造をとることで分子の垂直方向に双極子モーメントが誘起されることである。本章では、テトラシアノアントラキノジメタンが有する双極子モーメントが液晶相発現にどのような影響を与えるか、研究を行った。

これらの分子の液晶性発現のため、分子の末端に1本から3本のアルコキシ基を有するテトラシアノアントラキノジメタンおよびアントラキノン誘導体を設計および合成した。テトラシアノアントラキノジメタン誘導体は、アントラキノン誘導体とLehnert試薬とのKnoevenagel縮合反応により得られた。

合成した化合物の液晶性は示差走査熱量測定、X線回折測定および偏光顕微鏡観察により帰属した。末端に3本のアルコキシ基を有するテトラシアノアントラキノジメタン誘導体は、偏光顕微鏡観察よりファンテクスチャーを示すことから、カラムナー液晶相を形成していることが分かった。またX線回折測定より、低角側に高次の反射、広角側にカラム内での分子間距離由来の約3.7 Åを示すピークが観測されたことから、高い秩序を有するヘキサゴナルカラムナー相を形成していると考えられる。一方、同様な骨格を有するアントラキノン誘導体は、液晶性を示さなかった。

テトラシアノアントラキノジメタン誘導体とアントラキノン誘導体の液晶性の違いは、コアのπ共役部位の構造および極性の違いによると考えられる。アントラキノン部位は平面構造であり、ほとんど極性を示さないため、一般的な棒状液晶として機能した。一方、テトラシアノアントラキノジメタン部位は大きく歪んだroof-shape構造であり、π共役平面に対して垂直方向に約7.3 デバイの双極子モーメントを有する。この極性部位であるテトラシアノアントラキノジメタン分子間の強い双極子双極子相互作用は、1次元的なカラムナー構造の形成を促進したと考えられる。カラム内では、テトラシアノアントラキノジメタン分子の単結晶X線構造解析の結果を反映するように、隣同士のテトラシアノアントラキノジメタン部位がアンチパラレルに積み重なった構造を形成していると考えられる。また、X線回折測定で観測された約3.7 Åの分子間秩序は隣り合うテトラシアノアントラキノジメタンの距離であると考えられる。これらの結果をサポートするものとして、テトラシアノアントラキノジメタン誘導体のゲル化試験の結果があげられる。ヘキサゴナルカラムナー相を示したテトラシアノアントラキノジメタン誘導体は非極性溶媒であるドデカン中でゲル化能を示したが、アントラキノン誘導体は示さなかった。偏光顕微鏡観察により凝集体を確認することができ、凝集体の小角X線散乱測定の結果は、ヘキサゴナルカラムナー相とほぼ同様の秩序構造を形成していることが確認された。以上の結果より、溶媒中で自己組織化したテトラシアノアントラキノジメタン誘導体の凝集体の形成はヘキサゴナルカラムナー相と同様で、分子間の双極子双極子相互作用が大きく寄与していることが示唆された。

テトラシアノアントラキノジメタンのレドックス特性を調べるために、サイクリックボルタメトリー測定を行ったところ、可逆的な電子特性を有することが分かった。一方、アントラキノン誘導体は二段階の可逆的な還元波が観測された。次にレドックス反応がテトラシアノアントラキノジメタン部位に及ぼす電子状態の変化を確認するため、各掃引電位でのUV-visスペクトルを測定したところ、負電位側への掃引に伴い、紫外可視吸収スペクトルに変化が見られた。これはテトラシアノアントラキノジメタン部位の電子状態が変化したことを示し、テトラシアノアントラキノジメタン部位のジアニオン形成に由来するものであると考えられる。また、これらは掃引電位を0 Vにすると、もとの吸収スペクトルを示すことから、これらのレドックス反応は可逆的であり、エレクトロクロミズムを示すことが確認できた。また、液晶状態でのエレクトロクロミズムを確認することができた。

以上、第2章では、分子の形状により形成される液晶構造の変化する、という現象を捉える事に成功した。また、これまで分子集合体の形成においては水素結合などの非共有結合が主流であったが、双極子双極子相互作用が分子の自己組織化において大きな働きを示すことが分かった。

第3章では、第2章で得られた「双極子双極子相互作用が分子の自己組織化の駆動力として機能する」という結果を利用し、より広いπ共役部位を有しかつ双極子モーメントを有するような液晶性トルキセン誘導体について述べている。

広いπ共役部位を有する平面状分子であるトルキセノンに着目し、置換基としてジシアノメチレン基を導入したシアノトルキセン、テトラチアフルバレン(TTF)のジチアフルベン基の導入したTTF-トルキセンを設計および合成した。置換基を導入した2種類の分子はbowl-shape構造をとることが知られている。これは置換基とベンゼン部位の立体反発によるもので、この結果として、π共役平面に対して垂直に双極子モーメントが発現する。密度汎関数法により、π共役平面に対してシアノトルキセンは約10 デバイ、TTF-トルキセンは7 デバイの双極子モーメントを有することが分かった。一方、平面構造からなるトルキセノンの双極子モーメントはほぼ0 デバイであった。これらの特性が液晶相発現にどのような影響を与えるかについて着目した。さらに分子は導入した置換基に依存したレドックス特性を持つだけでなく、広いπ共役部位を有することから、電荷輸送材料としての応用も期待できる。これらの分子の広い液晶温度範囲の発現のため、分岐型のアルコキシ部位を有するフェニル基を導入した。

3種類の分子は示差走査熱量測定、X線回折測定、偏光顕微鏡観察より室温を含む広い温度範囲でヘキサゴナルカラムナー相を形成していることが分かった。また、これらの液晶相-等方相転移温度および転移エンタルピーには大きな変化が見られた。転移温度に着目するとトルキセノン、TTF-トルキセン、シアノトルキセンと温度の上昇が観察された。これらの結果は、コアの双極子モーメントの大きさとほぼ一致している。したがって、これらのカラム構造は、カラム内での分子間の双極子双極子相互作用およびナノ相分離が駆動力となり、液晶構造の安定化が促進されたと考えられる。

これらの化合物はサイクリックボルタメトリーにより多段階の酸化還元波を示すことが分かった。また、導入した置換基の特性により、電気化学特性はチューニングすることが出来た。シアノトルキセンはフラーレンよりも第一段階の還元電位が正電位側へのシフトしたことから、非常に優れた電子アクセプターとして機能することが分かった。一方、TTF-トルキセンは電子ドナーとして機能することが分かった。

これらのカラム軸方向に関する電荷輸送特性を過渡光電流測定法により測定を行ったところ、移動度は10(-4) cm2 V(-1)s(-1)のオーダーの値を示した。これらは平面構造を有するカラムナー液晶の移動度とほぼ同様な値である。これらのbowl-shape構造を有する分子は電荷輸送特性には不利な因子であると考えられたが、同様な値を示したのは、双極子双極子相互作用や協奏するナノ相分離により分子が秩序高い構造をとっているためであると考えられる。

以上、第3章では双極子双極子相互作用を利用し、より安定な液晶材料の構築に成功した。また、これらはレドックス特性および電荷輸送特性を有することが分かった。

第4章では、本研究のまとめと今後の展望について述べている。

本論では(1)分子間での双極子-双極子相互作用が、分子の自己組織化の駆動力として機能すること」を提案し、(2)レドックス特性を有する機能性材料の構築に成功した。

審査要旨 要旨を表示する

近年、有機材料からなる半導体材料や導電性材料の研究が盛んに行われている。優れた性質を発現させるためには分子の配列制御は重要である。本論文では、代表的な電子ドナーであるテトラチアフルバレン(TTF)や電子アクセプターであるテトラシアノキノジメタン(TCNQ)からなる液晶材料の構築について述べている。特に、これらの分子の液晶性やその分子集合体の構造と性質、電子機能特性について報告している。本論文は以下の四章から構成されている。

第一章は序論であり、以上の本研究に至る背景を概観し、目的を述べている。

第二章では、TCNQとTTFのπ共役部位を拡張した11,11,12,12-テトラシアノアントラキノジメタン(TCAQ)と9,10-ビス(1,3-ジチオール-2-イリデン)-9,10-ジヒドロアントラキノン(TTFAQ)部位を有する液晶材料の合成、液晶構造および性質を報告している。TCAQおよびTTFAQ誘導体は、それぞれアントラキノン(AQ)誘導体とマロノニトリルとのクネーベナーゲル縮合反応による、また2-ジメトキシフォスフォリル-1,3-ジチオンとのホーナー・エモンズ反応による合成について述べている。合成した化合物の液晶性は示差走査熱量測定、X線回折測定および偏光顕微鏡観察により帰属している。両末端にそれぞれ3本の長鎖アルコキシ基を有するTCAQおよびTTFAQ誘導体はそれぞれ-10 ℃から168 ℃および-6 ℃から72 ℃の温度範囲でヘキサゴナルカラムナー液晶相を形成することを明らかにしている。一方、同様な骨格を有するAQ誘導体は液晶性を示さない。これらの結果から、TCAQおよびTTFAQ誘導体のπ共役部位が極性を有するため、安定な液晶相を形成すると考察している。また、TCAQ誘導体は非極性溶媒であるドデカンをゲル化し、ファイバー状の凝集体を形成することについて述べている。

TCAQおよびTTFAQ誘導体の酸化還元特性を調べるために、サイクリックボルタメトリー測定を行ったところ、可逆的な電子特性を示すことを見い出している。TCAQおよびTTFAQ誘導体はそれぞれ一段階の二電子還元波および、二電子酸化波を示すことから、電子アクセプターおよび電子ドナーとして機能することを明らかにしている。次に、酸化還元反応によるπ共役部位の電子状態の変化を紫外可視吸収スペクトルにより確認したことについて述べている。負電位側への掃引を行うと、可視光領域に新たな吸収が観測され、さらに掃引電位を0 Vに戻すともとの吸収スペクトルが得られている。これらの酸化還元反応は可逆的なエレクトロクロミズムであると推察している。また、これらのエレクトロクロミズムはバルク状態である液晶状態においても同様な挙動を示すことについて述べている。

第三章では、第二章で用いたTCAQおよびTTFAQ誘導体よりさらにπ共役部位を拡張したボール状の構造を有するシアノトルキセン(CyTr)およびTTFトルキセン(TTFTr)の合成、液晶性、レドックス特性および電荷輸送特性について報告している。CyTrおよびTTFTrでは、それぞれトルキセノン誘導体(Tr)とマロノニトリルとのクネーベナーゲル縮合反応による、また2-ジメトキシフォスフォリル-1,3-ジチオンとのホーナー・エモンズ反応による合成について述べている。CyTrとTTFTrはそれぞれ245 ℃および161 ℃に融点を有し、室温を含む広い範囲でヘキサゴナルカラムナー液晶相を形成することを明らかにしている。一方、同様の骨格を有するTrも106 ℃ に融点を有するヘキサゴナルカラムナー液晶相を示すことについて述べている。これらの液晶性の違いは化合物のπ共役部位の極性によると考察している。

次に、CyTrおよびTTFTrの酸化還元特性を調べるために、サイクリックボルタメトリー測定を行ったことについて述べている。これらの化合物は、それぞれ可逆的な四段階の一電子還元波および三段階の一電子酸化波を示すことから、電子アクセプターおよび電子ドナーとして機能することを示唆している。また、これらは拡張したπ共役部位を有することから、カラム軸方向に関する過渡電流測定法により電荷輸送特性について調べている。電子アクセプター性を有するCyTrは電子輸送性を示し、一方、電子ドナー性を有するTTFTrはホール輸送性を示すことを見い出している。これらの移動度はともに10(-4) cm2 V(-1)s(-1)のオーダーであり、一般的な平面状のπ共役分子が形成するカラムナー液晶相でのキャリア移動度と同じ程度の値であることを明らかにしている。

第四章は本論文の結論であり、本研究を通して得られた知見をまとめている。

以上、本論文ではπ共役を有する電子ドナー、アクセプター性の液晶やゲルのような凝集系のマテリアル開発を行っている。本研究の成果は有機機能材料の設計に新しい指針を与えるものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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