学位論文要旨



No 124638
著者(漢字) 坂本,健
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,タケシ
標題(和) 自己組織プロセスを用いる無機/有機高分子複合材料の開発
標題(洋) Development of Inorganic/Polymer Composites through Self-Organization Processes
報告番号 124638
報告番号 甲24638
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7072号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 溝部,裕司
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 准教授 吉江,尚子
 東京大学 准教授 舟橋,正浩
内容要旨 要旨を表示する

第一章では序論として、生体、およびと生体に倣った人工系における結晶成長制御の考え方を概説する。ついで、本研究の特徴でもある結晶成長に伴う自己組織化の基礎事項、および本研究における戦略を平易にまとめ、本研究への導入とした。

生体は有機分子を利用して、炭酸カルシウム (CaCO3) などの無機物の形成を温和な環境下で制御し、貝殻などのバイオミネラルを自己組織化プロセスで形成している。バイオミネラルは無機結晶と高分子からなる複合体であり、精緻な階層構造と、その構造に由来する高い強度や光学的機能などの材料としての優れた特徴を有している。そのため、新たな材料作製のモデルとして注目されているが、生体のような構造制御を達成するのは非常に困難である。これまでにバイオミネラリゼーションをモデルに、CaCO3と有機高分子の複合薄膜が作製されてきた。多糖のフィルムマトリクスと溶存するポリカルボン酸、カルシウムイオンの協同的な働きによって薄膜結晶を形成する。通常は規則構造を持たない薄膜が得られるが、コレステロール導入プルラン (CHP) をマトリクスに用いた場合は、凹凸パターンを有するCaCO3薄膜が自発的に形成することが見出されていた。このような微細な構造をもった結晶の自己組織化制御できれば、省エネルギープロセスでの機能性複合材料の開発につながり、材料化学にとって大きな進歩となる。しかし、マトリクスの性質と形成する構造との関係など、規則構造を制御するための知見はほとんど得られていなかった。

本研究では、ゲルマトリクスを用いて、自己組織化による様々な規則構造を持つ複合体の作製と、それらの構造が形成する結晶成長条件と機構の解明に取り組んだ。そして、得られた知見を基にマトリクスに用いる分子や結晶成長系をデザインすることで、より精緻な階層構造をもつ複合体の開発を目指した。

第二、三、四章では、ゲルマトリクスと水溶性添加物を利用した多様なパターン構造の自己組織化と、それらが形成する条件・機構の解明を目指した。

第二章では自己組織的なポリマーマトリクス上での立体的な規則構造の自己組織化について述べる。ポリビニルアルコール (PVA) をマトリクスに利用して、結晶成長を行なった。PVAはCHPやキチンとは性質の異なるゲルマトリクスを形成するだけでなく、化学修飾や熱処理により、容易にその性質を調節できる。これらの特徴は、マトリクスを用いて結晶の自己組織化を誘起・制御するために有用であると考えた。

厚さ50 nmのPVAマトリクスを用いてポリアクリル酸 (PAA, Mw: 2.0 × 103) 16時間結晶成長を行なうと約10 μm、高さが約5 μmの凹凸パターン構造が自己組織的に形成した。この凹凸パターンは以前に得られた薄膜結晶と異なり、周期的に方向を変えながら集合した針状結晶からなる。その形成過程は二段階に分かれており、第一段階は同心円状の消光パターンを示す薄膜結晶の自己組織化である。この消光パターンは、薄膜において結晶の配向が周期的に変化していることを示している。CHPマトリクス上のレリーフ構造とは異なる新たな周期構造である。この段階では薄膜に明確な凹凸構造は見られない。第二段階では薄膜結晶がテンプレートとして働き、立体的な凹凸構造が形成した。凹凸構造の凸部分では、針状結晶が基板から垂直に成長していた。凹凸構造のXRD測定から、CaCO3のc軸が基板と垂直な方向に強く配向していることが分かった。薄膜の周期的な配向を反映した結晶が薄膜の表面で形成し、それらがc軸方向に伸張することで立体的な規則構造が形成したと考えられる。

周期的な配向の薄膜結晶を利用し、カチオン種や結晶系が異なる結晶にも規則構造の形成を誘起することができた。CaCO3薄膜を含む基板を塩化ストロンチウムや塩化バリウムの水溶液に浸漬し、PAA存在下、結晶成長を行なうと、規則的に集合した炭酸ストロンチウムや炭酸バリウムの針状結晶からなる凹凸パターン構造が形成した。テンプレートに用いた薄膜結晶の暗視野部分で、針状の炭酸ストロンチウムや炭酸バリウムの結晶が基板と垂直な方向に成長しており、これらの結晶もc軸が基板に対して垂直に配向していた。

第三章ではパターン化薄膜結晶の構造に水溶性添加物が与える影響について述べる。平均分子量が2 × 103, 4 × 103, 3 × 104のPAA (PAA2k, 4k, 30k) を用いて、CHPマトリクス上、CaCO3の結晶成長を行った。PAAは結晶成長において、イオンの濃縮と、結晶形成の抑制という2つの役割を果たしていると考えられる。分子量によってその効果の強さが異なり、同じ重量濃度で抑制効果が最も強いのはPAA2kであった。これらの違いがCHPマトリクス上に形成するパターン構造にも影響を与えた。低分子量のPAA存在下では約1 μmの同心円状凹凸パターンを持つ薄膜結晶が形成したのに対し、PAA30k存在下では周期2-3 μmのややランダムな同心円状パターンが形成した。またPAA30kを高濃度添加した場合には、パターン構造は大きく変化し、0.4 μmの周期で並んだ放射状の溝を持つ薄膜結晶が形成した。

第四章では、自己組織的に形成するCaCO3薄膜の規則構造とマトリクスの性質との関係について述べる。マトリクスによるパターン形成の制御は、多様な構造を同時に制御するために重要である。厚さ250 nmのPVAフィルムを様々な加熱条件で処理することにより、多様な性質のマトリクスを作製した。このマトリクスを用いてPAA2k存在下、CaCO3の結晶成長を行うことで多様なパターン化薄膜を作り分けた。200 ℃で10分間加熱処理したマトリクスを用いると、同心円状凹凸パターンを持つ薄膜が形成した。これまでに得られたパターン化薄膜と異なり、アラゴナイト結晶が優先的に形成したことが、XRD測定、FTIR測定よりわかった。マトリクスの加熱時間を長くすると、樹状構造を有するアラゴナイト薄膜が形成し、さらに長時間加熱したマトリクス上では、結晶の配向が規則的に変化しているカルサイト薄膜が形成した。

結晶の構造が変化したのは、加熱処理によってマトリクスの性質が変化したためである。加熱時間が30分以下のマトリクスは水中で良く膨潤したのに対し、60分以上加熱したマトリクスはほとんど膨潤しなかった。長時間の加熱処理でPVA鎖間の架橋が進行したことを示している。架橋点は加熱に伴う脱水反応などで形成した共有結合だと考えられる。さらに薄膜の断面や末端を観察すると、アラゴナイト薄膜は膨潤したゲルマトリクス内部に濃縮・浸透したイオンが反応し、主にゲル内部で形成した結晶から構成されていることがわかった。一方、カルサイト薄膜はマトリクスとの間に明確な境界を有し、マトリクスの表面で結晶が形成した様子が観察された。マトリクスの架橋度の違いが、イオンの拡散速度やマトリクスに濃縮されるイオンの量を変化させ、薄膜の構造や形成様式を変化させたと考えられる。

第五章では、これまでの知見を基にした、階層的な構造をもつ複合薄膜の作製について述べる。PVAは多糖類に比べて化学修飾が容易に行える。光応答性のスチリルピリジニウム基 (SbQ) を含むPVA誘導体、PVA-SbQを既報に従って合成し、マトリクスに用いた。SbQの親水性が高いためにPVA-SbQは柔軟なゲルを形成しやすく、また、光架橋でそのゲルマトリクスの架橋度を高度に制御できると考えた。

光パターニングをしたPVA-SbQマトリクスを用いて、PAA2k存在下、CaCO3の結晶成長を行うと、パターニングを反映した薄膜結晶が得られた。露光部では平滑な薄膜が形成したのに対し、非露光部では周期約1 μmの凹凸パターン構造が自己組織的に形成した。これらモルホロジーの違いにより、非露光部の薄膜が回折格子として働くのに対し、露光部の薄膜は光学機能を持たない。結晶の配向も変化し、非露光部の薄膜ではc軸が放射状に配向しているのに対し、露光部の薄膜結晶では基板と垂直な方向に配向した箇所を多く含んでいた。これらのモルホロジーや配向の変化は、微細な光パターニングにも対応し、幅約4 μmのラインをパターニングすることにも成功している。このような制御された微細な凹凸パターン構造は、光学特性を生かしたデバイスや細胞工学、マイクロ流路などへ応用できる。また、機能性のセラミックスでこれらの構造を作製すれば、さらに高度な機能の発現が期待される。

第六章は本研究のまとめと今後の展望である。本研究ではゲルマトリクスと水溶性添加物を用いて炭酸塩を結晶化し、自己組織化によって新たな規則構造を持つ無機/有機複合体を作製した。周期的な配向を有する薄膜結晶が自発的に形成し、さらにこの薄膜がテンプレートとして働くことで立体的な規則構造が形成する、新たな材料作製プロセスを開発した。また、水溶性添加物やマトリクスの性質の変化がパターン形成に与える影響を調べ、未解明だったマトリクスの物性と形成する複合体の構造との関係を明らかにした。そして、これらの知見に基づいて作製した光架橋性のマトリクスを利用して、階層的な規則構造を持つ複合薄膜を自己組織化プロセスによって作製した。本研究の成果は、無機物の結晶成長を温和な条件で簡便に制御する新たな手法として、多様な複合材料の創製に応用できると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

生物は無機物の結晶化を制御して貝殻や骨のような無機/高分子複合体を作り出している。これらは精緻な構造を有し、その構造に由来する材料としての優れた性質や機能を示す。貝殻のようなバイオミネラルが自己組織的に形成するプロセス、つまりバイオミネラリゼーションは、高機能・高性能かつ環境低負荷性の複合材料を作製するうえで良いモデルとなる。本論文は、機能性の無機/有機複合材料が自己組織化プロセスによって作製できることを述べており、六章から構成されている。

第一章では序論として、まず、バイオミネラリゼーションと、溶液系での結晶成長を概説している。ついで、本論文で注目する炭酸カルシウムに関して、バイオミネラリゼーションを模倣して人工的な制御を試みた既往の研究例について紹介したうえで、現状の課題を明らかにし、目的を示している。そして課題解決の新たな手法として着目している、有機高分子の協同的な効果の利用と、反応-拡散系における規則構造の自己組織化について述べている。

第二、三、四章では、有機高分子ゲルマトリクスと水溶性添加物の協同効果による規則構造を持つ炭酸カルシウム結晶の自己組織化について述べている。

第二章では、マトリクス上での立体的な規則構造の自己組織化について報告している。マトリクスにはポリビニルアルコール (PVA) のフィルムを用いている。PVAはゲルを形成し、化学修飾や熱処理によって容易に性質を調節できることから、自己組織的に形成する結晶の規則構造を制御するマトリクスとして有用であると考えている。厚さ40 nmのPVAマトリクスと水溶性添加物のポリアクリル酸を用いて炭酸カルシウムの結晶成長を行い、周期が約10 μm、高さが約5 μmの凹凸パターン構造を作製したことを報告している。さらに凹凸構造が、自発的に進行する二段階過程を経て形成することを明らかにしている。第一段階では規則的な結晶配向を有する薄膜結晶が自己組織的に形成し、第二段階では針状結晶からなる立体的な凹凸構造が形成することを見出している。顕微鏡観察やX線回折測定、炭酸カルシウムの追加成長実験の結果から、第一段階で形成する薄膜結晶がテンプレートとして働き、第二段階で形成する針状結晶の成長方向を制御していると結論付けている。そして、テンプレート成長を利用した複数種の結晶からなる規則構造体の作製についても述べている。

第三章では、パターン化薄膜結晶の構造に水溶性添加物が与える影響について述べている。平均分子量の異なるポリアクリル酸を添加物に用いて、炭酸カルシウムの結晶成長を行い、周期や方向の異なる凹凸パターン構造をもつ薄膜結晶を自己組織化プロセスにより作製したことを報告している。ガラス基板上での結晶成長の結果とあわせて、ポリアクリル酸の効果の違いについて論じ、パターン化薄膜の形成の変化について考察している。

第四章では、自己組織的に形成する炭酸カルシウム薄膜の規則構造とマトリクスの性質との関係について述べている。厚さ250 nmのPVAフィルムを、様々な条件で加熱処理することにより多様なマトリクスを作製し、これを用いて薄膜結晶のパターン構造、多形を作り分けたことを報告している。加熱処理が、膨潤挙動などのマトリクスの性質や構造に与える影響を調べ、炭酸カルシウム薄膜の内部構造の観察や溶液条件の影響とあわせて、マトリクスの架橋度が結晶成長に重要であると結論付けている。そして、パターン構造や多形が変化する機構について考察している。

第五章では、階層的な構造をもつ複合薄膜の作製について述べている。第四章までの研究で得られた知見を基にデザインしたマトリクスを用いて、炭酸カルシウム薄膜結晶の自己組織化を制御したことを報告している。このマトリクスは、光架橋性のPVA誘導体のフィルムを光パターニングすることにより作製している。マトリクスの非露光部では、規則構造を有し、回折格子として働く結晶が自己組織化するのに対し、露光部では光学機能のない平滑な薄膜が形成することを述べている。複雑な形状や微細な構造についても、光パターニングが行えることを明らかにしている。このような制御された微細な凹凸構造は、様々な機能性マテリアルへの発展が期待される。

第六章は本論文の結論であり、第五章までの研究成果を総括するとともに、将来の展望をまとめている。

以上のように、本研究では、高分子ゲルマトリクスと水溶性添加物を用いた炭酸塩の結晶化を行い、規則構造を持つ無機/有機複合体を、自己組織化を利用して作製している。これは規則構造を作製するための新たなプロセスである。本研究の成果は、多様な無機結晶を温和な条件で制御できることを示し、機能性材料の分野に新しい知見を与えるものと期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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