学位論文要旨



No 124639
著者(漢字) 相良,剛光
著者(英字)
著者(カナ) サガラ,ヨシミツ
標題(和) 刺激に応答する発光性液晶材料の開発
標題(洋) Development of Stimuli-Responsive Luminescent Liquid Crystals
報告番号 124639
報告番号 甲24639
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7073号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 准教授 橋本,幸彦
 東京大学 准教授 舟橋,正浩
内容要旨 要旨を表示する

近年、外部刺激に応答して多様なアウトプットを示す機能性材料が注目されている。様々な分子間相互作用を巧みに利用して単純な分子を緻密に集積し、驚くべき刺激応答機能を発現している究極の例は生体である。生体に倣い、刺激応答性ソフトマテリアルを分子集合体の概念を用いて構築するのは有用なアプローチといえる。

著者は秩序性と流動性をあわせもつソフトマテリアルである液晶に焦点をあてた。液晶は様々な分子間相互作用と分子骨格を適切に制御することで多様な分子集合状態を構築することができ、その相転移により、分子の秩序構造を大きく変化させることができる。もし熱やせん断などの外部刺激により、π共役部位を導入した液晶が相転移を起こし、その集合構造を液晶状態で相互に変換できれば、材料全体の吸収・発光特性、エネルギー移動、電荷輸送といったπ共役部位由来の機能をバルクでチューニングでき、多様な刺激応答性ソフトマテリアルが創出される。これが本論の根幹を成す、一つ目の重要な概念である。だが、一般に広いπ共役平面を持つ液晶に大きな集合構造変化を伴う液晶-液晶相転移を誘起するのは非常に困難である。ここで本論の根幹を成すもう一つの重要な概念を導入する。すなわち、従来の超分子化学の主流であった、様々な分子間相互作用の協奏効果で最安定な集合状態に分子を集積するのではなく、分子間相互作用を競合させて準安定相を発現させる概念である。

本研究ではπ共役部位の機能のひとつとして、発光特性に着目し、上記の概念に基づいて、せん断や熱などの外部刺激に応答して発光色が変化する光機能性液晶材料の開発を行った。

第一章は、序論である。液晶材料と刺激応答性発光材料の基礎事項及び背景を平易に概説し、さらに、上記の二つの概念と刺激応答性発光材料を液晶を用いて構築する際の利点を示し、本研究への導入とした。

第二章では、せん断により発光色が変化する液晶性発光材料について述べる。発光部位として比較的高い量子収率を示すことが知られているピレンを発光コアに持ち、液晶性を誘起するための側鎖としてデンドロン骨格を導入した液晶性ピレン誘導体を設計・合成した。この分子は秩序構造を構築するためのアミド部位を側鎖に持つ。このピレン誘導体は通常の昇・降温過程では広い温度範囲(-35℃から175℃)で光学的に等方なキュービック相を発現し、紫外光を照射(365 nm)すると黄色の発光を示す。このキュービック相に160℃でせん断を印加すると、偏光顕微鏡観察下で複屈折が観察され、カラムナー相に相転移した。このカラムナー相は紫外光照射下、青緑色の発光を示す。さらに加熱することでこのカラムナー相は192℃で等方相に相転移し、また冷却することで元の黄色の発光を示すキュービック相が発現する。せん断の印加により発光色が変化したことから、これはピエゾクロミックルミネッセンスである。ピエゾクロミックルミネッセンスとはせん断や圧力などの機械的刺激により発光色が変化し、加熱操作や溶媒による再結晶などにより元の発光色が回復する現象である。近年、外部刺激による分子の集合状態の変化に起因してピエゾクロミックルミネッセンスを示す化合物が報告され始めているが、いまだ例は少なく、液晶でも報告例は限られる。

示差走査熱量測定(DSC)からキュービック相が準安定な液晶相であり、カラムナー相が安定な液晶相であり、IR測定から分子集合構造の変化が分子レベルで起きていることが示された。せん断の印加前後で吸収スペクトルに大きなシフトは観察されないが、発光スペクトルは大きく変化する。カラムナー相の発光スペクトルには振動準位に基づくと考えられるピークや肩が観察されるのに対し、キュービック相の発光スペクトルはブロードで構造がない。これはエキシマー発光に起因したスペクトルでよく見られる特徴であり、このピレン誘導体がキュービック相中で示す発光もピレン部位のエキシマー形成に起因している。

以上の実験事実から、ピレン誘導体が二つの液晶相中で形成する妥当な自己集合構造を類推した。キュービック相中、ピレン誘導体は発光部位がエキシマー形成できるようにπ-スタックしており、約20分子で短い断片化したカラム構造を形成する。この構造の周りを柔軟なアルキル側鎖が包み込むことでミセルを形成し、ミセルキュービック相を発現する。ここで、一般に水素結合の距離とπ-スタックの距離は異なるので、水素結合形成とπ-スタックが両立するにはある程度乱れた集合構造を形成しなければならない。一方、キュービック相にせん断を印加すると均一な水素結合が形成され、断片化していたカラム構造が長距離で連なり、カラムナー相を発現する。カラムナー相中では発光部位はエキシマー形成できない相関配置に固定されるため、発光色が黄色から青緑色に変化したと考えられる。今回観察されたピエゾクロミックルミネッセンスはピレン誘導体が準安定なキュービック相を発現したことで達成できた。この準安定液晶相は水素結合と側鎖のかさ高さの競合で発現したと考えられる。

第三章では、温度によって発光色が変化する液晶性発光材料について述べる。さらに、第二章で得られた結果とあわせ、第一章で示した本研究の根幹をなす二つの概念、及び刺激応答性発光材料を液晶を用いて構築する際の利点を再確認した。第二章で観察されたような準安定液晶相を示す化合物の報告例は少なく、さらに、準安定液晶相を発現する液晶に機能性部位を導入し機能性材料を構築した例は全く存在せず、未開拓の分野であり知見を集積することが必須であるといえる。そこで中央の発光部位をピレンからアントラセンに変更したントラセン誘導体を設計・合成した。このアントラセン誘導体は第二章のピレン誘導体と異なり冷却過程によって発現する相が変化することを見出した。等方相から急冷すると、黄色の発光を示すキュービック相が発現する。一方、等方相から徐冷すると、青色の発光を示すカラムナー相が発現する。黄色の発光を示すキュービック相を加熱すると168℃でカラムナー相に相転移し、発光色が青色に変化する。また、168℃以下の温度でキュービック相にせん断を印加してもカラムナー相に相転移する。DSCをキュービック相を発現しているアントラセン誘導体に対して行った。昇温過程において、キュービック相からカラムナー相への相転移に対応する発熱ピークが観察された。これはキュービック相が準安定な液晶相であり、加熱により安定なカラムナー相へ相転移したことを示している。また、キュービック相ではブロードで構造のない発光スペクトルが得られた。液晶相中での発光寿命測定の結果とあわせて、アントラセン誘導体はキュービック相中でエキシマー形成をしていると考えられる。一方でカラムナー相では発光部位がエキシマー形成できない相関配置になったため、青色の発光が観察されたと考えられる。これらの発光色の変化の原因は第二章で述べたピレン誘導体とほぼ同じである。

第四、五章では、第二、三章で得られた結果を元に、より実用的な刺激に応答する液晶性発光材料の開発を目指した。

第四章では、セキュリティ材料などへ応用可能な、熱とせん断によって発光色が変化する液晶性発光材料について述べる。この液晶材料は発光部位としてナフタレン骨格を持ち、第三章で示したアントラセン誘導体と同様、等方相から急冷すると水色に発光するキュービック相が発現し、徐冷すると青色の発光を示すカラムナー相を発現する。このナフタレン誘導体は可視域にほとんど吸収がなく、キュービック相は光学的に等方な液晶相であるため、このナフタレン誘導体は等方相から急冷処理を行った後の状態ではほぼ無色透明である。この液晶性発光材料はミセル状態で有機溶媒に分散させることができ、ガラス基板やポリマーなどに均一に薄く塗布することが可能である。そのためこのナフタレン誘導体はセキュリティセンサーなどへの応用が期待される。

第五章では、せん断と比較的温和な加熱処理により、等方相を経ることなく何回も発光色を変化させることができる液晶材料について述べる。これまでに示した液晶材料は、せん断や熱刺激により変化した発光色を元の発光色に戻す際に200℃近くまで加熱し、等方相を経る必要があり実用化を考える上で大きな欠点であった。また、高温で長時間放置すると化合物が分解してしまい、その結果、量子収率が大きく低下する。この章では、発光部位に導入する側鎖を変更し、準安定なキュービック相をより安定化し、安定なカラムナー相をより不安定化することでこの問題を解決した。この章で設計・合成したいずれの化合物も室温でせん断を印加することで発光色が変化し、化合物によっては80℃で30秒程度加熱処理を行うことで、元の発光色が回復する。

第六章は本研究のまとめと今後の展望である。「外部刺激によりπ共役部位を持つ液晶分子の集合構造を大きく変化させる概念」と「分子間相互作用を競合させ、準安定相を発現させる概念」の融合は刺激応答性ソフトマテリアルを構築する際に非常に有益なアプローチである。本論では導入したπ共役部位の発光特性に着目して研究を進めたが、これは氷山の一角である。この二つの概念を融合させることで刺激応答性発光材料にとどまらない多様な刺激応答性ソフトマテリアルが創製されることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は外部刺激に応答して発光色が変化する光機能性液晶材料の開発について述べている。本論文の導入部において、近年、外部刺激に応答して多様なアウトプットを示す機能性材料が注目されていることが示されている。そのような刺激応答性材料を構築する土台として、秩序性と流動性をあわせもつソフトマテリアルである液晶に焦点をあてたと述べている。すなわち、液晶は様々な分子集合状態を構築することができ、その相転移により、分子の秩序構造を大きく変化させる魅力的なソフトマテリアルであることが示されている。様々な外部刺激によって、π共役部位を導入した液晶に分子集合構造の変化を伴う液晶-液晶相転移を誘起させ、材料全体の吸収・発光特性、エネルギー移動、電荷輸送といったπ共役部位由来の機能を制御することは興味深いと述べている。

本研究ではπ共役部位の機能のひとつである発光特性に着目し、せん断や熱などの外部刺激に応答して発光色が変化する光機能性液晶材料の開発について述べており、本論文は以下の六章から構成されている。

第一章は、序論であり、液晶材料と刺激応答性発光材料の基礎事項及び背景を概説し、さらに、刺激応答性発光材料を液晶で構築する利点を述べている。

第二章では、せん断により発光色が変化する液晶性ピレン誘導体について述べている。このピレン誘導体が広い温度範囲でキュービック相を発現し、紫外光を照射すると発光部位のエキシマー由来の黄色の発光を示すことを見出している。さらにこのキュービック相に160℃でせん断を印加すると、カラムナー相に相転移し、青緑色の発光を示すことを見出している。キュービック相中では、ピレン誘導体は発光部位がエキシマー形成できるように重なりあい、短い断片化した約二十分子からなるカラム構造を形成すると考察している。この構造の周りを柔軟なアルキル側鎖が包み込むことでミセルを形成し、ミセルキュービック相を発現すると結論付けている。一方、キュービック相にせん断を印加すると、断片化していたカラム構造が長距離で連なり、カラムナー相を発現することを明らかにしている。カラムナー相中では発光部位はエキシマー形成できない相関配置に固定されるため、発光色が黄色から青緑色に変化したと推察している。今回観察されたピエゾクロミックルミネッセンスはピレン誘導体が準安定なキュービック相を発現したことで達成できており、このキュービック相は水素結合と側鎖のかさ高さの競合効果で発現したと述べている。

第三章では、温度およびせん断の印加によって発光色が変化する液晶性アントラセン誘導体について述べている。このアントラセン誘導体は、等方相から急冷すると、発光部位のエキシマー形成に起因して黄色の発光を示すキュービック相を発現し、等方相から徐冷すると、青色の発光を示すカラムナー相を発現することを見出している。また、黄色の発光を示すキュービック相を加熱すると、168℃でカラムナー相に相転移して発光色が青色に変化し、さらに、168℃以下の温度でキュービック相にせん断を印加してもカラムナー相に相転移することも見出している。発光色の変化の原因は第二章のピレン誘導体と同様、エキシマー形成の阻害であり、液晶を用いて刺激応答性発光材料を開発する利点が示されている。

第四章では、可視領域に吸収を持たず、可視領域で外部刺激による発光色の変化が確認できる液晶性発光材料について述べている。この材料は発光部位としてナフタレン骨格を持ち、前章でのアントラセン誘導体同様、熱やせん断に応答し、水色の発光を示すキュービック相から青色の発光を示すカラムナー相に相転移することを見出している。このナフタレン誘導体は二つの液晶相中で、可視領域に吸収を持たず、無色透明な刺激応答材料であると述べている。

第五章では、せん断の印加と比較的温和な加熱処理により、等方相を経ることなく何回も発光色を変化させることができる液晶材料の開発について述べている。本章で観察された、これまでの章で述べた性質と異なるピエゾクロミックルミネッセンス特性は、側鎖をよりかさ高くすることで、キュービック相とカラムナー相の安定性を調節したことで達成されたと推察されている。

第六章は本研究のまとめと今後の展望であり、本研究を通して得られた新しい知見、および多様な刺激応答性ソフトマテリアルの開発指針について述べている。

以上、本論文で述べられた刺激応答性発光材料は、ソフトマテリアルの新しい機能面を開拓した結果得られたものであり、今後の新しい機能性材料の開発に資すること大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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