No | 124640 | |
著者(漢字) | 志村,晴季 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シムラ,ハルトキ | |
標題(和) | 異方的イオン伝導性分子集合体 | |
標題(洋) | Supramolecular Aggregates for Anisotropic Ion Conduction | |
報告番号 | 124640 | |
報告番号 | 甲24640 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7074号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 自然界では精緻にプログラムされた分子がナノからセンチメートルスケールに至る階層的な秩序構造を形成し(自己組織化)、組織体が分子単独では持ち得ない機能を発揮している。生体では、イオンを用いる情報・エネルギー伝達は重要であり、ソフトマテリアルによりこれらを構築していくことは、材料分野において重要なアプローチである。液晶は秩序と流動性を兼ね備えていることから、常温で容易に環境や刺激に応答し、相構造や分子配向を変えるため、ディスプレイのみならず各種の機能性マテリアルに応用が可能である。本研究の目的は、動的で異方的な構造を有する超分子液晶に、「イオン伝導体」を組み込み、階層的に自己組織化することによって、特定方向にイオンを伝導する液晶性材料を開発することである。 あるイオンを、目的の場所に特定の量を供給できる高機能な材料を開発すれば、神経のような情報伝達や、計算・記憶・思考につながるイオン伝導ナノ回路へと応用できる。このための材料は、 (1) イオンを特定の方向へ、漏らさず高効率に伝導すること(異方的イオン伝導) (2) 伝導方向を制御できること(配向制御) (3) 分離や反応などが可能な機能性伝導経路の構築 が可能であることが望ましい。このうち(1)の異方的イオン伝導が達成されているが、実用レベルと比較すれば伝導度は低いものにとどまっている。 また(2)については、これまでせん断応力の印加および基板修飾という2種類の方法で液晶をマクロに配向させて制御してきた。しかしこの手段は、任意の方向へ動的に伝導パスの方向を変えることができず、また配向が熱により不可逆的に崩れるため、不完全である。本研究では、(1)異方的イオン伝導の効率化と、(2)伝導方向の制御 (3)伝導経路の機能化を目指した。第1章は序論であり、以上の本研究に至る背景を概観し、問題提起を行った。 本論第2章では、超分子を利用した1次元イオン伝導液晶について述べている。イオン液体は常温で液体の有機塩であり、高いイオン伝導性と不揮発性を有するため、電解質などへの応用が期待されている。イオン液体に液晶の秩序構造を導入し、これをマクロスケールで配向させることにより、異方的にイオンを輸送する材料を作り出すことができる。これまでに、イミダゾリウム塩部位と疎イオン性の液晶性部位(メソゲン)が 共有結合したブロック構造を有する分子が開発された。扇状のアルキル鎖を有するイミダゾリウム塩誘導体は、イオン相互作用と親・疎イオン性部位のナノ相分離により、ヘキサゴナルカラムナー液晶相(Colh相)を示す。カラムナー液晶の中央にイオン部位がチャンネルを形成し、イオンはカラムの軸方向に伝導した。 しかしイオン伝導度の値は、実用レベル(10(-2) ~ 10(-3) S cm(-1))よりも低く、室温において 10(-6) S cm(-1) 程度であった。そこで、より動的な構造を導入することで、伝導度の向上を目指した。非共有結合を用いた超分子的なデザインは、動的な機能性材料の構築に有効である。すなわち低分子量のイオン液体と、部分的に塩と複合化可能な扇状の分子を混合することにより、自己組織的にカラムナー液晶構造を形成させる設計とした。扇状のアルキル鎖と親イオン性のヒドロキシ基を有するブロック構造分子(以下プロパンジオール誘導体)を設計・合成した。これと複合化するイオン液体として、汎用のイオン液体であるイミダゾリウム誘導体を合成した。 また、参照化合物として扇状分子にイミダゾリウム部位が共有結合した液晶性イミダゾリウム塩を合成した。 プロパンジオール誘導体は7~27 ℃ において Colh 相を示すことが分かった。臭化物イオンをアニオンにもつイミダゾリウム塩は、複合体中における割合(モル比)が0.5までプロパンジオール誘導体と複合化可能であった。液晶相の温度範囲は、イミダゾリウム塩との複合化によって拡大し、等モル複合体 は-4 ~ 63 ℃においてColh 相を示した。この結果は、複合体の集合構造がイミダゾリウム塩とヒドロキシ基間の水素結合によって安定化されたことを示唆している。カラム間距離は、イミダゾリウム塩の割合が増加するにつれて、3.42 nm から4.60 nm (等モル複合体)へと増加した。イミダゾリウム塩はカラムナー構造の中心に自己組織化されていると考えられる。共有結合型のイミダゾリウム塩は、-26~180 ℃ においてColh 相を示した。 次に、イオン伝導度の測定を行った。プロパンジオール誘導体とイミダゾリウム塩の等モル複合体と共有結合型のイミダゾリウム塩に対し、くし型金電極基板上でせん断を印加することにより、カラムが一軸配向した試料を作製した。カラムの軸に対して平行(σ||)および垂直方向(σ⊥)のイオン伝導度を測定した。非共有結合を用いた複合体の伝導度は室温で10(-3) S cm(-1) に達した。複合体のイオン伝導度は、イオン液体単独の値には及ばないものの、イミダゾリウム塩を用いたカラムナー液晶では最も高い値を示した。共有結合型のイミダゾリウム塩と比較すると、イオン伝導度σ||の値は730倍に向上した。 非共有結合型の複合体のイオン伝導度が大幅に向上したのは、カラム中央のイオン液体部位のモビリティが向上したためと考えられる。液晶相においてσ||の値は、σ⊥よりも高い。これは扇状部位のアルキル鎖が、イオン絶縁層として機能しているためである。複合体のイオン伝導度の異方性σ|| /σ⊥の値 は、50 ℃ において7 であった。加熱によって等方相に転移すると、伝導度の異方性は失われた。 本論第3章では、電場応答性を有する1次元イオン伝導液晶について述べている。カラムナー液晶を1次元イオン伝導体として使用する場合、マクロスケールの一軸配向が不可欠である。イオンを流したい方向へ任意にカラムを一軸配向させることができれば、容易に異方的イオン伝導が可能となる。今まで、カラムナー液晶のせん断による水平配向・基板の化学的処理による垂直配向が達成されているが、いずれの方法も動的に伝導方向を制御することはできない。また、せん断による配向は熱により不可逆的に崩れるという問題がある。もしイオン伝導の際に電場を印加するだけで、カラムナー液晶が電場方向へと自発配向するならば、これらの問題を解決することができる。 本研究では、電池材料として使われるカーボネート誘導体に注目した。カーボネート誘導体は比較的大きな双極子モーメントを有し、リチウムに配位する。プロピレンカーボネートと扇状のメソゲンを結合した分子(以下カーボネート誘導体)を設計・合成した。カーボネート誘導体は、-13~22 ℃ で Colh 相を示した。 極性の高いプロピレンカーボネート部位は、カラムナー構造の中央に自己組織化すると考えられる。リチウム塩を混合したところ、複合体中で塩の割合が0.41まで一様な複合体を形成した。リチウム塩の割合が増加するにつれて等方相転移温度は上昇した。これは、カーボネート基がリチウムイオンに対して配位することで複合体が安定化されていることを示している。X線回折測定によれば、カーボネート誘導体とリチウム塩の 10 : 4 複合体は20 ℃ においてカラム間距離 3.7 nm のColh 相を示した。カーボネート誘導体単独のカラム間距離が 3.2 nm であることから、リチウム塩がカラム構造の内側に組織化されることにより、カラムが拡大したと考えられる。 次に、酸化インジウムスズ透明電極間における配向実験を行った。カーボネート誘導体とリチウム塩の 10 : 1 複合体に対し、2.5 Vμ(m-1), 1 kHz の交流電場を30 μm の ITO セルに対して印加すると、偏光顕微鏡の像が徐々に暗視野となり、90 分後にはほぼ光学的に等方となった。これは、電場によってカラムが電極に対して垂直に配向した(ホメオトロピック配向した)ことを示している。対照実験として電場を印加せずに観察を行うと、顕微鏡の像は変化しなかった。 複合体のイオン伝導度を測定した。 30 μmのセル中において、2.5 Vμm(-1) の電場を90分間印加すると、イオン伝導度は 4.3 倍に上昇した。対照実験として、電場を印加せずにイオン伝導度を測定すると、90分経過後も伝導度の値に変化はなかった。この結果は、電場と平行にカラムが配向することによって、一次元に組織化された伝導パスをイオンが効率的に伝導していることを示している。 本論第4章では、大環状分子を用いたキラルなカラムナー液晶について述べている。共役した大環状分子は、内部と外部を適切に修飾することにより、機能性チャンネルを有する安定な1次元分子集合体へと組織化できると考えられる。内側にオリゴエチレンオキシド鎖を、外側にキラルなグルタミン酸誘導体を修飾した大環状分子を設計・合成した。この大環状分子は水素結合により1次元に自己組織化し、5 ~ 90 ℃でColh相を示した。カラム内部には親イオン性のチャネルが形成され、リチウムイオンと複合化が可能であった。また、この大環状分子は液晶状態でCD活性であり、キラルなカラムナー液晶となることが示された。この集合体は、イオンや分子の分離や伝導・反応の場として応用が期待される。 以上、本論文では自己組織化によって、異方的・機能的にイオンを輸送する材料を構築するにあたって重要な、 (1) 効率的な異方的イオン伝導性を実現するための超分子的アプローチ (2) 電場によって配向制御を行える分子集合体の設計 (3) 伝導経路の機能化 を提案し、材料を実際に作製・評価した。本研究の成果は今後、高度な機能を有するイオン伝導性超分子材料の開発に応用できると考えられる。 | |
審査要旨 | イオンを用いる情報・エネルギーの伝達・輸送は重要である。ソフトマテリアルを用いた機能的なイオン伝導性材料の構築は、材料分野において重要なアプローチである。 本論文は、動的で異方的な構造を有する超分子液晶に、「イオン伝導体」を組み込み、階層的に自己組織化することによる、異方的イオン伝導性分子集合体の開発について述べている。相分離した液晶の動的な秩序構造を利用すれば、ある種類の特定の量のイオンを、目的の場所に供給できる高機能な材料を開発できることが述べられている。そのためには、イオンを特定の方向へ漏らさず高効率に伝導すること(異方的イオン伝導)および、伝導方向の制御(配向制御)が不可欠であるとしている。本論文は、異方的イオン伝導性分子集合体における伝導の効率化と配向制御、および大環状の分子構造を有する液晶分子の開発について述べている。本論文は以下の五章から構成されている。 第一章は序論であり、本研究に至る背景を概観し、目的を示している。 第二章では、超分子を利用した一次元イオン伝導液晶について述べている。常温で液体の有機塩であるイオン液体に液晶の秩序構造を導入し、巨視的に配向させることによる、異方的イオン伝導材料の開発について示している。過去に開発されてきた、イミダゾリウム塩部位と疎イオン性の液晶性部位が共有結合したブロック構造分子は、イオン伝導度の値が実用レベルよりも低かった問題を提起している。そこで、より動的な構造の導入によって伝導度の向上を目指したとしている。イオン液体と、部分的に塩と複合化可能な分子を混合し、自己組織的にカラムナー液晶構造を形成させる設計を行っている。扇状のアルキル鎖と親イオン性のヒドロキシ基を有するブロック構造分子の設計、及び汎用のイオン液体であるイミダゾリウム塩の合成について述べている。これらの化合物はナノ相分離と水素結合により、安定なカラムナー液晶性複合体へと自己組織化したことを明らかにしている。複合体の伝導度が室温で10(-3) S cm(-1) に達し、共有結合型のイミダゾリウム塩と比較すると、700倍程度向上したと述べている。非共有結合を用いた超分子的なデザインが、動的な機能性材料の構築に有効であると結論づけている。 第三章では、電場応答性を有する一次元イオン伝導液晶について述べている。イオンを流したい方向へ任意にカラムナー液晶を一軸配向できれば、容易に異方的イオン伝導が可能になると提案している。今まで、カラムナー液晶のせん断による水平配向・基板の化学的処理による垂直配向が達成されているが、動的な伝導方向の制御は不可能であり、またせん断による配向は熱により不可逆的に崩れるという問題を提起している。もしイオン伝導の際に電場を印加するだけで、カラムナー液晶が電場方向へと自発配向するならば、この問題を解決できると述べている。リチウムイオン電池の材料として使われ、比較的大きな双極子モーメントを有するプロピレンカーボネートと扇状の液晶性部位を結合した分子の設計・合成について報告している。リチウム塩と複合化すると、リチウム塩がナノ相分離およびイオン-双極子相互作用によってカラムナー液晶の親イオン性チャンネル内に組織化されることを明らかにしている。この複合体に交流電場を印加すると、カラムが電場と平行に配向することを見いだしている。イオン伝導度の値が印加前より4.3倍に上昇したことを報告している。これはカラムが配向することにより、イオンが効率的に伝導した結果であると述べている。このように、電場という外部刺激を用いて、液晶性一次元イオン伝導体の配向制御を達成したと結論づけている。 第四章では大環状分子を用いたカラムナー液晶について述べている。剛直な構造の大環状分子は、内部と外部を適切に修飾することにより、機能性チャンネルを有する安定な一次元分子集合体へと組織化できる可能性があると述べている。また、扇状分子を用いた一次元イオン伝導体において問題となるイオンの漏れは、環状の分子を非共有結合で積み重ねた構造を用いることで解決できると提案している。内側にオリゴエチレンオキシド鎖を、外側にグルタミン酸誘導体を修飾した大環状分子の設計・合成について述べている。この大環状分子が水素結合とナノ相分離により一次元に自己組織化し、室温を含む広い温度範囲でカラムナー相を示したことを報告している。リチウムイオンを複合化すると一様な複合体が形成され、カラムナー液晶相の温度範囲が拡大したことを示している。このように、剛直な大環状分子の機能化は、イオンや分子の分離や伝導・反応が可能な機能性材料の設計指針として期待できると結論している。 第五章は本論文の結論であり、本研究を通して得られた新しい知見および新しいイオン伝導材料の開発指針について述べている。 以上、本論文では異方的・機能的にイオンを輸送する液晶性材料の構築に重要な、 (1) 効率的な異方的イオン伝導性を実現するための超分子的アプローチ (2) 電場によって動的な配向制御を行える分子集合体の設計 (3) 大環状分子の機能化による一次元分子集合体の構築 の提案および、材料の作製・評価を報告している。本研究の成果は、高機能を有するイオン伝導性分子材料の開発に有用であるとともに、材料化学・超分子化学の進歩に貢献すると期待される。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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