学位論文要旨



No 124641
著者(漢字) 中島,永二
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,エイジ
標題(和) C末端閉環修飾ペプチドの新規翻訳合成戦略の開発
標題(洋) Development of the novel translation strategies for the cyclic modification of peptides at the C-terminus
報告番号 124641
報告番号 甲24641
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7075号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 准教授 吉江,尚子
 東京大学 講師 須磨岡,淳
内容要旨 要旨を表示する

【序】

ペプチドは生体内において、種々のタンパク質と相互作用することで、様々な生理活性を示す。これまでに、極めて多くの種類の生理活性ペプチドが同定・開発されている。例えば、高等動物体内では、多種多様なペプチドがホルモンやサイトカインとして、生体内の恒常性維持に貢献していることが知られている。また、微生物の二次代謝産物の中には薬剤の候補となりうるペプチドが多く存在し、実際にこれらの骨格に基づいた抗腫瘍ペプチド薬剤なども数多く開発されている。これらのペプチドは通常のタンパク質翻訳系によって合成されるペプチドとは異なり、D体アミノ酸などの非天然アミノ酸や環状骨格などのユニークな構造を有するのが特徴である。一方でペプチドの生理活性は、生体内での安定性に大きく依存し、in vitroで見られた活性がin vivoにおいて著しく低下することもしばしば起こる。これはペプチド鎖が、生体内に存在するプロテアーゼ等で急速に加水分解され、十分な生理活性を発揮することができないためである。しかし、NおよびC末端に特殊な修飾あるいは環状骨格が施されたペプチドは、無修飾のものと比較して多くがターゲットとの親和性に優れ、生体内安定性や細胞膜透過性にも長けている。

一方近年、我々や他の研究グループによって、特殊な翻訳系を用いて遺伝暗号をリプログラムし、複数の非タンパク質性(非天然)アミノ酸を含んだ特殊ペプチドが合成可能であることが数多く報告されている。そこで本研究では、翻訳系の応用の可能性をさらに広げるべく、遺伝暗号リプログラミングを用いたペプチドC末端修飾/環状化技術の確立、さらにその技術を応用し、これまで翻訳合成が困難であった環状化γペプチドの合成を目指した。この目的を達成するため、筆者は非天然アミノ酸およびヒドロキシ酸を含むペプチド、いわゆる特殊ペプチドをリボソームにより合成し、新たに導入された官能基を用いてペプチドを環状化/修飾する戦略をとった。

【C末端ラクタム/チオラクトン化およびチオラクトンを介したアシル化ペプチドの合成】

ペプチドC末端の環状化戦略として、まず翻訳ペプチドC末端におけるラクタム化およびチオラクトン化を検討した。固相法によるC末端修飾ペプチドの合成を行う場合、N末端や主鎖の窒素原子とレジンとを結合させフリーのC末端とラクタム/チオラクトンなどの任意の官能基とのカップリングによる手法が主に用いられている。しかし翻訳反応の場合、アミノ酸残基のC末端はtRNAと結合しているためC末端に修飾を受けたアミノ酸を直接的にカップリングさせることは不可能である。そこでペプチド内部にエステル結合を導入し、直近側鎖の分子内求核反応による環状化を誘導し、C末端に5/6員環ラクタムおよびチオラクトンをもつペプチドを合成できないかと考えた(図1)。そこでまず、側鎖のアミノ基あるいはチオール基が還元的に除去可能な保護基によって保護された4種類のアミノ酸azidohomoalaninr(Aha),azidonorvalline(Anv),2-mercaptoethanol-homocystein(Hcy(ME)), 2-mercaptoethanol-mecaptonoevaline(Mnv(ME))およびα-ヒドロキシ酸(Phe(lac))を連続的にペプチドへ導入する必要があったが、mRNA配列依存的にこれら合成するにはこれら4種類の非天然アミノ酸とα-ヒドロキシ酸を含む遺伝暗号を構築する必要がある。そこで私は、フレキシザイムとPURE systemという技術を用いる事でこれを達成し、mRNA配列依存的ポリエステル合成を達成しようと考えた。

フレキシザイムとは、当研究室で開発された人工リボザイムであり、アミノ酸をtRNAの3'-水酸基へとアシル化する反応を触媒する。このフレキシザイムは、カルボン酸を弱く活性化したアミノ酸を基質にするが、その際活性基のみを認識に使い、α位と側鎖をその認識に使用しない。従って、原則的にあらゆる側鎖構造をもつα-ヒドロキシ酸を基質にする事ができる。また、tRNAに関しても3'末端にある共通配列(5'-ACC-3')のみを認識しているため、あらゆるtRNAを基質にする事ができる。すなわち、フレキシザイムを用いる事で、望みの組み合せでのα-ヒドロキシアシルtRNAの調整が可能になると考えられる。PURE systemとは大腸菌由来の無細胞翻訳系であり、精製された翻訳因子により再構成されている。そのため、必要に応じて特定の因子を加えたり除いたりする事ができる。私はPURE systemからアミノ酸やアミノアシルtRNA合成酵素(ARS)をから除く事で、アミノアシルtRNA合成を阻害し、それによりコドンとアミノ酸の対応関係を解消する事ができると考えた。さらに、これらのアミノ酸に置き換わるように前述のα-ヒドロキシアシルtRNAを加える事で、遺伝暗号をアミノ酸からヒドロキシ酸へと書き換える事ができると考えた。

まず、上記4種類の非天然アミノ酸をThrのコドンに対応するtRNAへ、またPhe(lac)をLueのコドンに対応するtRNAへアシル化し、ThrとLueを取り除いたPURE systemへ加え、改変遺伝暗号のもとで翻訳反応を行った。MALDI-TOF MSによる質量分析の結果、それぞれの非天然アミノ酸およびヒドロキシ酸が連続的に導入された目的のペプチドエステルの合成が確認された。続いてtris(2-carboxyethyl)phosphine (TCEP)を用いて上記ペプチド内Aha, Anv, Hcy(ME), Anv(ME)の側鎖の保護を還元的に除去し、pH 9, 37℃で数時間反応させ、求核性側鎖によるC末端分子内環状化を試みた。質量分析の結果、期待通りC末端に5/6員環ラクタムおよびチオラクトンをもつペプチドの合成が確認された。

またこれら4種類の環状骨格の中でも5員環チオラクトン(ホモシステインチオラクトン, HTL)は非常に反応性に富み、そのカルボニル炭素は一級アミンによる求核攻撃を受けやすく、開環と同時にアミド結合を形成することが知られている。そこで筆者はこのHTLの高い反応性に着目し、HTLをスキャフォールドとしたペプチドC末端への一級アミンによる翻訳後修飾を試みた。まず上記のようにHTLペプチドを翻訳合成し、その翻訳溶液中に50-100 mMの多様なアシル基を有した一級アミンを添加し、室温で数時間反応させた。その後FLAGタグ精製し質量分析を行った結果、いずれの一級アミンの場合においてもC末端に修飾が施されたペプチドがほぼ定量的に合成されていることが確認された。

【チオエステル法による環状化γペプチドの翻訳合成】

筆者はC末端閉環ぺプチド翻訳合成の更なる展開として、ペプチド内チオエステル結合を介して環状化γペプチドを翻訳合成できないかと考えた。天然の生理活性物質や既存のペプチド模倣薬の中には主鎖骨格としてγアミノ酸を含むものが少なくない。中でもスタチンと呼ばれるγアミノ酸はレニン(アスパラギン酸プロテアーゼ)阻害剤として知られるPepstatinなどに含まれ、生理活性を司るキー構造となっている。したがってγペプチドには薬剤の候補化合物となりうるポテンシャルがあり、翻訳ペプチドライブリーの構成要素に加えるべき魅力をもった化合物といえる。しかしながら、ここで問題となっているのはγアミノ酸がtRNAに捕捉されにくいという事実である。筆者は予備実験において、γ位にアミノ基などの求核性官能基をもつ数種類のアミノ酸によるアミノアシル化を検討したが、いずれも十分な収率のアミノアシル化tRNAは得られなかった。tRNAと形成したエステル結合にγ位の求核基が反応し分子内環化反応とともにtRNAから脱離してしまっていることが考えられた。一方近年、相本らによって、Cys-Pro-G(OH)(GOH=グリコール酸)のトリペプチドユニットが2つのアシル転移反応を経て自発的にチオエステルへと変換することが報告されていた。また既に本研究室の川上・太田により同手法を翻訳ペプチドに応用しチオエステルが構築できることが知られていた。そこで筆者は翻訳系を用いてγアミノ酸をペプチド内に導入するために、以下のような戦略を立てた。(図2)(1) γアミノ酸-αアミノ酸のジペプチドを合成しtRNAにアシル化する。(2)翻訳開始反応によりN末端にジペプチドを導入すると同時にぺプチド内部にCys-Pro-G(OH)を導入する。(3)N末端γアミノ基とC末端チオエステルとの縮合により主鎖環状化ペプチドを合成する。まずに6種類のγアミノ酸(スタチン誘導体)を含むジペプチドの活性エステル体を合成し、フレキシザイムの基質となるようにし、フレキシザイムによるアシル化を行った。次に、C末端にFLAG配列をもったモデルペプチドのN末端にこれらのジペプチド、および内部にCys-Pro-GOHを翻訳導入し精製した。続いて、同ペプチドをpH 9、37℃、MPAA存在下で12時間反応させた。質量分析の結果、すべての基質において目的のγアミノ酸を主鎖骨格に含んだ環状化ペプチドが合成されていることが確認された。本手法の確立により、γアミノ酸に限らずこれまで翻訳導入が困難であった様々な長鎖アミノ酸をペプチド中に導入するための強力なツールになると考えられる。

【まとめ】

本研究では、フレキシザイムとPURE systemを組み合わせることで、種々の官能基を持った非天然アミノ酸を翻訳合成によりペプチド中に導入することができた。また、これらの官能基を分子内で反応させることで様々な骨格をペプチドに導入・付与することに成功した。C末端環状化および多様なアシル基による修飾反応はペプチドの安定性を向上させるだけでなく、ペプチドに新たな生理活性や機能を付与することも可能である。また、既存のスクリーニング系によって得られたペプチドアプタマーのC末端構造の最適化にも応用可能であろう。またチオエステル法を用い、これまで困難であったγアミノ酸のペプチドへの翻訳導入を達成することができた。これまでγぺプチド薬剤の開発は主に化学合成に頼られており、高多様性ライブラリーからのスクリーニングは行われていない。翻訳反応によるペプチド合成の最大の利点は、非常に高多様のライブラリーを作製できることにある。mRNA中にランダムな配列を持たせることで、安定な環状化γペプチドライブラリーを用意に構築できるであろう。しかるべきアッセイ系と組み合わせることで、アゴニスト、あるいはアンタゴニスト活性のある環状化ペプチドをスクリーニングすることが可能となるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

ペプチドは生体内において、種々のタンパク質と相互作用することで、様々な生理活性を示す。これまでに、極めて多くの種類の生理活性ペプチドが同定・開発されているが、その生理活性は、生体内での安定性に大きく依存し、しばしばプロテアーゼ等で急速に加水分解され、十分な生理活性を発揮することができないことがある。しかし、閉環構造をもつペプチドや末端に特殊な修飾が施されたペプチドは、その多くがターゲットとの親和性に優れ、生体内安定性や細胞膜透過性にも長けている。一方近年、特殊な翻訳系を用いて遺伝暗号をリプログラムし、複数の非タンパク質性(非天然)アミノ酸を含んだ特殊ペプチドが合成可能であることが数多く報告されている。この合成系はその精密な配列制御から、優れたペプチド合成法であると考えられ、さらなる応用が期待されている。しかし、翻訳ペプチドはそのメカニズム上、原則的にC末端がカルボキシル基のままであり、閉環構造や修飾を施すことができないという欠点も併せもつ。本論文では、遺伝暗号リプログラミングを用いて翻訳合成系を改変することでこの問題を克服し、ペプチドC末端修飾/環状化および主鎖環状化ガンマペプチドの翻訳合成を可能にした新技術を報告している。

第1章では、研究の背景、研究目的、ならびに本研究における基盤技術[再構成無細胞翻訳系(PURE system), 人工アミノアシル化リボザイム(フレキシザイム)]の概要について述べている。

第2章では、C末端に様々な閉環・修飾構造(ラクタム、チオラクトン)をもつペプチドの翻訳合成法の確立、および解析について述べている。

第3章では、第2章において構築したチオラクトンを活性種とした分子内・分子間反応により、大環状ペプチドおよびC末端アルキルアミド化ペプチドの翻訳合成ついて述べている。

第4章では、アジドホモアラニンをペプチド内に翻訳導入することで、第2章の手法では困難であったC末端ラクトン化ペプチドの翻訳合成を行っている。

第5章では、自律的に進行するチオエステル形成反応を用いて翻訳ペプチドを大環状化させるという手法を用いて、これまで翻訳導入が困難であったガンマアミノ酸を含んだ主鎖環状化ペプチドの合成について述べている。

第6章では、本論文の総括と展望を述べている。

以上のように、本論文はさまざまな閉環・修飾構造をもつペプチドの翻訳合成の基盤技術について述べられたものであり、今後の新規生理活性ペプチドの開発に大きく貢献するものである。本論文提出とあわせ、平成21年2月17日に提出者に対し口頭試験を行った結果、本人は博士(工学)の学位を受けるに十分な能力を有するものと認められる。よって本論文は学位請求論文として合格と判定した。

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