学位論文要旨



No 124642
著者(漢字) 野田,周祐
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,シュウスケ
標題(和) ホスフィンスルホン酸二座配位子の10族金属錯体 : オレフィン重合触媒とその機構
標題(洋) Group 10 Metal Complexes of Phosphine-Sulfonate Bidentate Ligand : Catalysts for Olefin Polymerization and Their Mechanistic Insights
報告番号 124642
報告番号 甲24642
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7076号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 溝部,裕司
 東京大学 准教授 西林,仁昭
 東京大学 准教授 吉江,尚子
内容要旨 要旨を表示する

ポリエチレンなどのポリオレフィンは汎用プラスチックとして現在最も広く使用されている材料であり、官能基化を行うことで様々な機能を発現できることからその合成研究は広く注目を集めている。とりわけ極性官能基を有するオレフィン、いわゆる極性オレフィンとエチレンなどの非極性オレフィンの共重合から線状ポリマーを与える重合系の開発は、オレフィンの重合における最大の課題の一つである。これは一般的に用いられているラジカル重合では原理的にラジカルとの反応性が大きく異なるモノマー間の共重合においては各基質の導入率の制御が困難であり、また得られるポリマーの一次構造も分岐の多いものになるためである。ラジカル重合に対して、配位重合は金属や配位子の選択によって得られるポリマーの組成や構造を制御することが可能であるため、オレフィン重合系において古くから注目を集めている。

オレフィン配位重合に主に用いられるZiegler-Natta触媒などの前周期遷移金属は、酸素などのヘテロ原子との親和性が高く容易に被毒を受けるため、配位性官能基を有するオレフィンの重合への応用は困難である。一方、酸素などとの親和性が比較的低い後周期遷移金属錯体はこれらのオレフィン配位重合への応用に期待できるが、活性種における副反応であるβヒドリド脱離を起こしやすく、低分子量のオリゴマーの生成や、分岐構造の生成が問題となっていた。近年、ホスフィンスルホン酸配位子とパラジウム錯体の混合系を用いてエチレンとアクリル酸メチルの共重合により線状ポリマーが得られることが報告された。この重合系は極性オレフィンの配位重合と線状ポリオレフィンの生成という二つの課題を同時に解決しているが、反応機構や触媒活性種などは明らかにされていない。本研究ではこの触媒系に注目し重合反応機構を詳細に検討し、更なる触媒分子設計や他の極性オレフィンへの応用などを目的とした。

ホスフィンスルホン酸配位子を有するメチルパラジウム錯体を用いてエチレンの単独重合を行った結果、分岐のほとんどない線状のポリエチレンが得られた。分岐構造の確認は定量性のある(13)C NMRである逆ゲート付デカップリング法により行った。メチルパラジウム錯体をエチレン雰囲気下で反応させたところ、長鎖アルキル錯体が観測された。この長鎖アルキル錯体はエチレンを除去した後もβヒドリド脱離を起こさず安定に存在できた。以上の結果からこの触媒系はエチレン重合において、配位重合で反応が進行していることがわかった。長鎖アルキル錯体は1H NMRにおいてパラジウムのβおよびγ位のメチレン基が高磁場シフトを示した。この特異な挙動を調べるためにアルキルパラジウム錯体の合成を試みた。ホスフィンスルホン酸配位子から前駆体のクロロルチジン錯体を合成し、トリアルキルアルミニウムとのトランスメタル化からエチルパラジウム錯体およびプロピルパラジウム錯体をそれぞれ合成した。これまでアルキル錯体の合成例はほとんどなく、特にプロピルパラジウム錯体が単離できたのはこれが初めての例である。

次にエチレン重合について、本触媒系が線状のポリエチレンを生成する反応機構について理論計算を用いて検討した。簡略化した構造の配位子と、B3LYP/Lanl2DZ(Pd), 6-31G*(other)の基底系を用いて各反応の計算を行った。挿入反応においてアルキル基がホスフィンのtrans位に位置するとき、cis位の場合よりも速度論的に速く進行する。一方、βヒドリド脱離に至る反応経路の活性化エネルギーは挿入反応よりも低く、有利であった。メチルパラジウム錯体と2位を重水素化した1-ヘキセンを反応させると、1-ヘキセンの内部オレフィンへの異性化とオリゴマー化を確認した。内部オレフィンへの異性化はパラジウム‐炭素結合または、パラジウム‐水素結合へ1-ヘキセンが2,1-挿入した後にβヒドリド脱離することで進行するため、本触媒系においてβヒドリド脱離が起こることが明らかとなった。βヒドリド脱離が起こっているにも関わらず線状のポリエチレンが生成していることから、分岐構造の生成や分子量の低下の原因となっているβヒドリド脱離後の反応、すなわち分岐構造を生成する経路の反応と連鎖移動反応が抑制されているのではないかと考え、これらの経路について理論計算を用いて検討した。分岐構造の生成はβヒドリド脱離後に生成するパラジウムヒドリド錯体が脱離したオレフィンに逆の位置選択性で再挿入しエチレンが挿入することで生成する。計算の結果、再挿入後のエチレンの挿入反応の活性化エネルギーが線状のポリエチレンを作る経路の活性化エネルギーよりも高いため分岐構造の生成が速度論的に不利であることがわかった。一方、後周期遷移金属を用いたオレフィン重合における連鎖移動反応はβヒドリドトランスファーと会合的な配位子交換反応の2つの機構が提唱されている。本触媒系においてβヒドリドトランスファーの活性化エネルギーは非常に高いため進行しない。また、会合的な配位子交換反応は進行しうることがわかったが、このときの活性化エネルギーは生長反応の活性化エネルギーよりも高いため重合が進行していることを明らかにした。配位子のリン原子上の置換基を立体的に小さい置換基に変えたところ、配位子交換反応の活性化エネルギーが減少し、挿入反応よりも有利になった。このことからリン原子上の置換基の大きさが分子量に影響していることが示唆された。実際に嵩高い置換基を有する配位子を用いたエチレン重合において高分子量体が得られていることが報告されており、今回の計算結果と合致する。

次に、ホスフィンスルホン酸配位子を有するニッケル錯体の合成と重合反応への応用を行った。オレフィン重合触媒としてのニッケル錯体は対応するパラジウム錯体よりも高活性で低分岐のポリマーを生成することが知られている。合成したホスフィンスルホン酸配位子を有するニッケル錯体を用いてエチレンの重合を行ったところ、対応するパラジウム錯体に比べ、低分子量で多分岐のポリマーが得られた。この対照的な結果は、ニッケル錯体における生長反応に対するβヒドリド脱離の速度がパラジウム錯体よりも大きいことが原因と考えられる。

次に、本触媒系を用いてアクリル酸エステル以外の極性オレフィンとの共重合を検討した。シアノ基が導入されたポリオレフィンは水素化ニトリルゴムとして知られており、耐熱性や耐薬品性に優れた材料として利用されている。エチレンとアクリロニトリルの共重合は同様な構造のポリマーを生成しうるが、配位重合ではいまだ達成されていない。これは配位力の非常に強いシアノ基が強力な触媒毒となり、反応が進行しないためである。挿入反応には前駆体となるオレフィン部位によるπ配位が必要であるが、アクリロニトリルは電子豊富な窒素上のσ配位が優先する。これに対してドナー性の強い中性配位子、またはアニオン性の配位子を用いて金属原子上の電子密度を上げることでアクリロニトリルをパラジウム‐炭素結合間に挿入することに成功したという例が近年報告された。しかし、挿入後のα-シアノアルキルパラジウム中間体が会合体を形成してしまうため、それ以上オレフィンの挿入による重合が進行しないことが知られている。そこでアニオン性配位子であるホスフィンスルホン酸配位子ならばアクリロニトリルの挿入が可能ではないかと考え、エチレンとアクリロニトリルの共重合を検討した。単離したパラジウム錯体を用いた場合、エチレンとアクリロニトリルのコポリマーを得ることに成功した。アクリロニトリルの配位重合による重合はこれが初めての例である。コポリマーの構造は各種NMRおよびモデル化合物との比較から確認した。得られたコポリマーにおけるアクリロニトリルの導入位置は開始末端:内部:停止末端=1:2:1の分布になっているランダムコポリマーであった。またアクリロニトリルの連続挿入は確認されなかった。1H NMRから停止末端は2-シアノビニル基:ビニル基=4:1であったので、アクリロニトリル挿入後にβヒドリド脱離により重合が停止する割合が多いことがわかった。従って系中のアクリロニトリルの濃度を相対的に下げることで分子量の向上が達成できる。また反応条件の最適化を行うことで最高で分子量12300のコポリマーを得ることに成功した。

以上、本研究では、ホスフィンスルホン酸配位子を有するパラジウムおよびニッケル錯体を用いたオレフィンの重合を検討した。エチレンの単独重合において、理論計算から本触媒系では分岐構造に由来する反応と連鎖移動反応が抑制されていることを明らかにした。また単離したパラジウム錯体を用いて、エチレンとアクリロニトリルの共重合に成功した。

審査要旨 要旨を表示する

学位論文研究において、「ホスフィンスルホン酸二座配位子の10族金属錯体:オレフィン重合触媒とその機構」を題材として研究を行った。

ポリエチレンなどのポリオレフィンは汎用プラスチックとして現在最も広く使用されている材料であり、官能基化を行うことで様々な機能の発現が期待できる。これは極性官能基を有するオレフィンと、エチレンなどの非極性オレフィンの共重合によって達成できる。配位重合は、金属や配位子の選択によって得られるポリマーの組成や構造を制御することが可能であるため、高分子合成の観点から期待を集めている。オレフィン配位重合に主に用いられるZiegler-Natta触媒などの前周期遷移金属は、酸素などのヘテロ原子との親和性が高く容易に被毒を受けるため、配位性官能基を有するオレフィンの重合への応用は困難である。一方、酸素などとの親和性が比較的低い後周期遷移金属錯体はこれらのオレフィン配位重合への応用に期待できるが、活性種における副反応による低分子量のオリゴマーの生成や、分岐構造の生成が問題となっていた。ホスフィンスルホン酸配位子を有するパラジウム錯体は極性オレフィンの配位重合と線状ポリオレフィンの生成という二つの課題を同時に解決しているが、反応機構や触媒活性種などは明らかにされていなかった。本研究ではこの触媒系の反応機構を理論計算の手法を用いて詳細に検討した。その結果、分岐構造を誘導する反応が速度論的に不利であるため線状のポリマーを生成していることを明らかにした。更に、配位子のリン原子上の置換基の嵩高さが重合によって得られるポリマーの分子量に大きく影響することを明らかにした。これは今後の本触媒の分子設計の大きな指針となる。

また、ホスフィンスルホン酸配位子を有するニッケル錯体を合成し、重合反応への応用を行った。エチレンの重合においてニッケル錯体は同様の構造を有するパラジウム錯体に比べ低分子量で多分岐のポリマーを与えた。この結果からニッケル錯体の生長反応に対するβヒドリド脱離の速度がパラジウム錯体よりも早いことが明らかとなった。これは本触媒の金属原子選択における重要な知見である。

次に、本触媒系を用いてアクリロニトリルとの共重合を検討した。シアノ基が導入されたポリオレフィンは水素化ニトリルゴムとして知られており、耐熱性や耐薬品性に優れた材料として利用されている。エチレンとアクリロニトリルの共重合は同様な構造のポリマーを生成しうるが、配位重合ではいまだ達成されていない。これは配位力の非常に強いシアノ基が強力な触媒毒となって反応が進行しないためである。単離したパラジウム錯体を用いた場合、エチレンとアクリロニトリルのコポリマーを得ることに成功した。得られたコポリマーにおけるアクリロニトリルの導入位置は開始末端:内部:停止末端=1:2:1の分布になっているランダムコポリマーであった。また反応条件の最適化を行うことで最高で分子量12300のコポリマーを得ることに成功した。アクリロニトリルの配位重合による重合はこれが初めての例である。これは高分子合成上、非常に重要な成果と考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク