学位論文要旨



No 124643
著者(漢字) 平井,友樹
著者(英字)
著者(カナ) ヒライ,ユウキ
標題(和) 超分子複合システムの構造制御と機能化
標題(洋) Structural Control and Functionalization of Supramolecular Composite Systems
報告番号 124643
報告番号 甲24643
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7077号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 畑中,研一
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 准教授 舟橋,正浩
 東京大学 准教授 芹澤,武
内容要旨 要旨を表示する

生体は刺激応答性、環境適合性、多機能性などを有する次世代材料の良いモデルとなると考えられる。生体において分子は、水素結合、ファンデアワールス力などの、弱く、可逆的な分子間相互作用を介して超分子構造体を形成し、動的で高い機能を発揮している。また、多種多様な分子が階層的に組織化し、さまざまなレベルで協調することによって単独の分子では成し得ない複雑な応答性を示す。分子間相互作用を適切に設計・制御し、分子の集合構造を階層化していくことは、生体のような機能性分子システムを構築していく上で重要であると考えられる。

液晶、物理ゲルといった機能性有機分子は非共有結合によって多様な自己組織体を形成する。本論文ではこれら機能性分子の複合化について研究を行った。複合化により得られる液晶物理ゲルは、階層的なミクロ相分離構造を有するソフトな固体である。液晶と低分子ゲル化剤の協調的な自己組織化、およびそのミクロ相分離界面における相互作用により、従来の液晶複合材料には見られない動的な機能が発現する。本研究では、液晶・ゲル化剤の分子構造に電子・イオン活性部位を導入することで、液晶物理ゲルの電子・イオン機能化を行った。

第一章の序論では本論文の目的と戦略について述べた。また、関連する超分子材料について基礎的事項を概説した。

第二章では発光性分子集合ファイバーの配向制御について述べる。オリゴパラフェニレンビニレン誘導体が形成する自己組織化ファイバーとスメクチック液晶を複合化し、液晶物理ゲルを作製した。作製した複合体を平行ラビングセルに封入して観察を行うと、配向したスメクチック液晶のレイヤー方向に異方的に配向したファイバーが観察された。

配向した自己組織化ファイバーの紫外・可視および赤外偏光吸収スペクトルを測定し、ファイバー中での分子の配向方向を調べた。その結果、オリゴパラフェニレンビニレン誘導体はファイバーの長軸 (スメクチック相のレイヤー方向) と直交する方向に分子の長軸を向けて並んでいることが分かった。

オリゴパラフェニレンビニレン誘導体が形成するファイバーは比較的強い蛍光を発する。そこで、配向したファイバーの偏光蛍光スペクトルを測定した。ファイバーの発光はその長軸と一致する方向、つまり、オリゴパラフェニレンビニレン誘導体の分子長軸とは直交する方向に偏光していることが分かった。

オリゴパラフェニレンビニレン部位の遷移モーメントが分子長軸と一致することを考慮すると、このような偏光吸収・発光の挙動は通常予想される方向と異なる。この異常な偏光発光挙動は、i) ファイバー長軸と直交した単分子による偏光吸収、ii) ファイバーを通した効率的な励起子の拡散、iii) 強く凝集した会合分子へのエネルギー移動とその会合体に由来した偏光発光、といった多段階の光化学プロセスを経て生じるものと考えられる。

第三章、第四章ではそれぞれイオン伝導性液晶、液晶性半導体の自己組織化ファイバーとの複合化に関する研究を報告する。

第三章ではイオン伝導性液晶と光応答性ファイバーの複合化について報告する。剛直なメソゲン部位と親イオン的なオリゴエチレンオキシド部位からなるRod-Coil型のジブロック分子にリチウムトリフラートを添加するとスメクチック液晶性が発現し、組織化した二次元イオンチャネルを通した異方的イオン伝導性が発現する。ここに、ゲル化剤として光応答性のアゾベンゼン基を有するシクロヘキサンジアミド誘導体を複合化し、液晶ゲルを作製した。

複合体におけるゲル化剤の光異性化挙動を、紫外可視および赤外吸収スペクトル測定により調べた。その結果、ゲル化剤はファイバー中でも効率的にtrans-cis光異性化し、これに伴って水素結合が解離することが分かった。引き続き熱によるアニーリングを行うとゲル化剤のcis-trans逆異性化が起こり、水素結合が再形成された。光による水素結合の解離・形成により、マクロには可逆的なゲル-ゾル転移が観察された。

この光誘起ゲル-ゾル転移に伴って液晶ゲルの構造が変化した。紫外光照射前には大きさ約1 μm程度のポリドメイン構造が観察されたのに対し、紫外光照射後には全体に液晶が垂直配向したモノドメイン状態が得られた。このような変化は光誘起ゲル-ゾル転移とゾル状態における液晶の自発的な再配向により生じたと考えられる。

ポリドメイン状態、垂直配向状態の液晶ゲルについて、イオン伝導挙動を交流インピーダンス法により調べた。ポリドメイン状態の複合体ではイオン伝導度の異方性が観測されず、伝導度は1.2 × 10(-4) S cm(-1)程度であった。この場合、ファイバーによって誘起されたポリドメイン構造によってイオンの長距離輸送は著しく阻害されていると考えられる。これに対し、垂直配向状態の複合体ではイオン伝導度に異方性が見られ、スメクチックの層方向の値は1.3 × 10(-4) S cm(-1)、層法線方向の値は5.8 × 10(-6) S cm(-1) (異方性約20倍) となった。このように、光照射後の均一配向した液晶ゲルにおいては液晶の二次元的な親イオンチャネルを通した効率的なイオン輸送が期待される。

第四章では液晶性半導体と自己組織化ファイバーの複合化について報告する。p型半導体特性を示すヘキサアルコキシトリフェニレン誘導体と水素結合性ゲル化剤を複合化することにより、液晶物理ゲルを作製した。液晶ゲル状態においては、分散したファイバーによって1 μm程度のポリドメインドメイン構造が誘起された。ヘキサンに浸漬して液晶を取り除いた後、原子間力顕微鏡を用いてファイバーのモルホロジーを観察したところ、直径約30 nm、空孔の直径が約数百mmの分散したファイバー状ネットワークが形成されていることがわかった。X線回折測定において、ファイバー導入前後で同様のパターンが観測されたことから、ファイバー導入後も液晶のミクロなカラムナー組織構造は維持されていることがわかった。

得られた複合体についてTime-of-Flight法によりホール移動度の測定を行った。その結果、液晶単独では10(-4) cm2 V(-1) s(-1)程度であった移動度が、ファイバーネットワークの導入によって10(-3) cm2 V(-1) s(-1)以上にまで増加することがわかった。移動度向上のメカニズムについて知見を得るために、ホール移動度の電場および温度に対する依存性を調べた。その結果、分散したファイバーネットワークの導入によって液晶の分子運動の抑制され、このことが移動度の増加に重要であることが示された。

第五章ではp型の半導体特性を有するスメクチック液晶性オリゴチオフェン誘導体とn型の半導体特性を有する水素結合性ペリレンビスイミド誘導体を複合化することにより液晶物理ゲルを作製した。ファイバーと液晶の間に形成されるp-n接合界面を自己組織化により制御すれば、新しいタイプのバルクへテロジャンクションを構築できると期待できる。

複合体の相転移挙動を解析したところ、ペリレンビスイミド誘導体は液晶の等方相中で自己組織化し、ランダムに分散したネットワークを形成することがわかった。原子力間顕微鏡によりペリレンビスイミド誘導体が形成するファイバーを観察したところ、直径は約50 nm程度であった。

各種分光測定、電気化学測定および量子化学計算により液晶性チオフェン誘導体、水素結合性ペリレンビスイミド誘導体のHOMOおよびLUMOを決定した。これらの結果から、複合体においチオフェン誘導体の電子ドナー性、ペリレンビスイミド誘導体の電子アクセプター性が確認できた。

白色の定常光照射下、液晶単独と複合体の光電流を測定した。その結果、複合体では陽極照射時、正電荷に由来する光電流が約二桁近くも増大することが分かった。これは、バルクに分散したp型液晶とn型ファイバーのヘテロ接合界面においてキャリアの生成が大きく促進されたためであると考えられる。また、陰極照射時、液晶単独では負電荷に由来する有意な光電流が観測されなかったのに対し、複合体では比較的大きな値が観測された。このような両極性の光導電性はミクロ相分離した液晶とファイバーを通して、ホールと電子が独立に輸送されることを示唆している。水素結合部位を持たないペリレンビスイミド誘導体を複合化した場合にはこのような現象が観測されなかったことから、水素結合による双連続構造の形成が機能発現の鍵となっていると考えられる。

第六章では液晶物理ゲルの安定化に着目し、自己組織化ファイバーの重合を行った。ゲル化剤の分子骨格にメタクリロイル基を導入し、ネマチック液晶と複合化することにより液晶物理ゲルを作製した。開始剤を添加し、複合体に紫外光照射を行うとファイバーの重合はゲル状態で効率的に進行し、液晶物理ゲルが安定化した。

得られた複合体は安定な電気光学応答を示した。複合体はファイバーの導入によって誘起されたポリドメイン構造のため効率的な光散乱性を示す。ここに電圧を印加すると液晶が電場の方向に一軸的配向するために、光透過状態へと変化した。重合前の複合体は繰り返しの電圧印加によってコントラストや閾値特性が劣化したのに対し、重合後の複合体はこのような劣化を生じることなく非常に安定した特性を示した。

第七章では本論文の結論と展望を述べる。液晶やゲル (自己組織化ファイバー) といった複数の分子集合体を複合化していくことは、生体のような階層的な構造を有する分子システムを構築するための第一歩である。本研究においては、分子間相互作用およびナノ~ミクロンスケールの相分離を適切に利用することで、複数の機能性分子が協調的に作用する超分子システムのモデルの一例を提示できたと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

刺激応答性、環境適合性、多機能性などを有する次世代材料開発に向けて、分子間相互作用の適切な設計・制御、および分子の集合構造の階層化が重要であると考えられる。

本論文では、液晶と自己組織化ファイバーの複合化によって、階層構造を有する新しい超分子材料を開発する手法が述べられている。液晶、低分子ゲル化剤といった有機分子は非共有結合によって多様な自己組織体を形成する。これらの複合化により得られる液晶物理ゲルは、液晶と低分子ゲル化剤の可逆的な自己組織化、およびそれらのミクロ相分離界面における相互作用により、従来の液晶複合材料には見られない動的で高い機能を発現する。本論文では、液晶やゲル化剤にπ共役部位、光反応性部位、親イオン性部位といった様々な機能性官能基を導入することにより、光学・電子・イオン機能性を有する新しい複合材料を構築するアプローチが述べられている。本論文は以下の七章から構成されている。

第一章は序論であり、本研究に至る背景を概観し、目的と戦略について述べている。また、関連する超分子材料についての基礎的事項が概説されている。

第二章では、発光性分子集合ファイバーの配向制御について述べている。液晶中でオリゴパラフェニレンビニレン誘導体の自己組織化を行うと、巨視的に配向した発光性ファイバーが得られることを見出している。各種偏光分光測定によ、液晶中で配向したファイバーが特異な偏光発光挙動を示すことを明らかにし、この特異な発光のメカニズムについて考察を加えている。

第三章では、イオン伝導性液晶と光応答性ファイバーの複合化について述べている。イオン伝導性を示すスメクチック液晶を光応答性のアゾベンゼン基を有する水素結合性分子と複合化することにより液晶物理ゲルが作製できると述べている。複合体の偏光顕微鏡観察および各種吸収スペクトル測定から、液晶物理ゲルの構造が紫外光照射により変化することを明らかにしている。紫外光照射前後の液晶ゲルについて交流インピーダンス法による測定を行い、複合体の構造変化に伴ってイオン伝導性が変化することを示している。これらの結果から、複合化により階層性を導入するアプローチが、材料に刺激応答性を付与する上で有用であると結論している。

第四章では、液晶性半導体と自己組織化ファイバーの複合化について論じている。液晶とファイバーの界面における物理的な相互作用が、液晶の分子運動性や電荷輸送特性に与える効果について述べている。ホール輸送特性を示すトリフェニレン誘導体と水素結合性ゲル化剤を複合化することによって液晶物理ゲルを作製し、得られた複合体のホール移動度をTime-of-Flight法により調べている。その結果、ファイバーの導入によって、ホール移動度が最大で液晶単独の30倍近くまで増大することを見出している。さらに、ホール輸送性向上のメカニズムについて考察するために、ホール移動度の電場強度および温度に対する依存性を調べ、分散したファイバーによる液晶分子の運動性抑制が移動度の増加に重要であると考察している。

第五章では、液晶とファイバーの自己組織化を利用した、バルクでのp-n接合の構造制御について述べている。p型の半導体特性を有する液晶性オリゴチオフェン誘導体とn型の半導体特性を有する水素結合性ペリレンビスイミド誘導体を設計・合成し、これらの複合化を検討している。複合体においては、オリゴチオフェン誘導体とペリレンビスイミド誘導体がそれぞれ独立に自己集合し、液晶とファイバーからなる双連続構造が形成さることを明らかにしている。複合体の光導電性について検討し、ミクロ相分離した液晶とファイバーの界面で電荷の生成が効率的に促進されること、また、自己組織的に形成された双連続な電荷輸送経路を通して、分離した電荷が効率的に輸送されることを見出している。これらの結果に基づき、低分子の自己組織化を利用したアプローチが光電変換材料におけるp-n接合の構造制御に有用であると結論している。

第六章では、光重合を用いた液晶物理ゲルの安定化について述べている。メタクリロイル基を導入した重合性ゲル化剤とネマチック液晶の複合化により形成される液晶物理ゲルにおいて、紫外光照射により効果的に構造が固定化できることを示している。重合により得られた複合体は光散乱モードにおける電気光学応答特性を示し、その安定性が非共有結合型の複合体と比べて大きく向上すると述べている。

第七章は本論文の結論であり、本研究を通して得られた新しい知見と階層性を有する超分子複合材料の開発指針について述べている。

以上、本論文では液晶や自己組織化ファイバーといった超分子材料の複合化が、光・イオン・電子機能を有するソフトマテリアル開発に有用であることを示している。本研究の成果は今後の有機機能材料・超分子材料開発に新たな指針を与えるものと期待される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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