学位論文要旨



No 124646
著者(漢字) 藤原,大
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,タケシ
標題(和) 網羅的遺伝子発現解析による非小細胞肺がんの分類に関する研究
標題(洋)
報告番号 124646
報告番号 甲24646
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7080号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 特任教授 井原,茂男
 東京大学 特任准教授 金田,篤志
 東京大学 特任准教授 田中,十志也
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,非小細胞肺がん(NSCLC:Non-Small Cell Lung Cancers),特に肺腺がん(Lung Adenocarcinoma)の病理分類について,網羅的遺伝子発現データを活用して研究したものである.

肺がんは世界で最も一般的ながんであり,世界における年間の死亡数は、男性90万人,女性33万人に達している(World Health Organization, 2003).そのために、肺がんの正確な診断と分類が効果的な治療を行うために求められている.

非小細胞肺がんの分類の課題として,神経内分泌肺腫瘍がある.神経内分泌肺腫瘍は1999年の世界保健機構(WHO:World Health Organization)の肺腫瘍の分類で概念が進展したが,その治療法や臨床的意義について議論され続けている.

一般的な非小細胞肺がんの10~20%に,神経内分泌の形態を全くもたずに,免疫組織化学または電子顕微鏡検査により神経内分泌分化が示されることが認識されている.しかし,非小細胞肺がんにおける神経内分泌分化の臨床的および治療上の意義が強固に確立されていない.

そこで,本研究では,神経内分泌特性をもつ非小細胞肺がん,特に肺腺がんの分類とその予後について,神経内分泌マーカーの遺伝子セットを用い,非負値行列分解法による分類を行ってその予後を検討した.

その結果,神経内分泌マーカーの中でもASCL1の遺伝子セットを使って予後に差のある,肺腺がんの3群の亜分類を発見した。

以下,本論文の構成を述べる.

第1章序論肺がんの現状とその分類について述べ,現時点での分類上の課題について言及し,解の方向性を記述している.

第2章材料と方法今回,課題の解決のために用いた材料と方法について記載している.

第3章結果と考察仮説の検証のために行った,実験についての結果を示し,考察を加えている.

第4章結語データ解析の結果から判明した事実に基づき,結論を述べ,将来への展望を示している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、肺がんのうち非小細胞肺がん、特に肺腺がんについて神経内分泌特性の面からマイクロアレイを用いて亜分類を行ったものである。肺がんは世界で最も一般的ながんであり、年間100万人以上、日本でも5万人以上が死亡している。肺がんの正確な診断を行うことは、治療を行う上で極めて重要な課題である。近年、DNAマイクロアレイ技術の進展に伴い、疾患をRNAの発現によって分類することが可能になっている。学位申請者藤原大は、肺腺がんについてマイクロアレイによる分類を行った。肺がんに関しては、従来、病理組織学的な分類が存在していた。肺がんを小細胞肺がんと非小細胞肺がんに分類するのがもっともよく知られた分類である。小細胞肺がんは神経内分泌特性をもつ肺がんである。その分類が1999年に更新され、新たに分類が加わったことにより議論が提起された。1999年のWorld Health Organization (WHO)による肺がんの分類では神経内分泌腫瘍の概念が取り入れられた。肺がんを神経内分泌腫瘍と非神経内分泌腫瘍という概念で分類可能となった。さらに、大細胞神経内分泌がん(Large Cell Neuroendocrine Carcinoma)が分類に加わった。大細胞神経内分泌がんは、非小細胞肺がんであるにもかかわらず、神経内分泌特性をもち、高度に悪性の腫瘍であると認識される。大細胞神経内分泌がんを診断するのは熟練した病理医でも困難である場合があり、WHO分類の更新以来検討が行われているところである。申請者らのグループは、神経内分泌腫瘍の分類についてマイクロアレイを用いて研究を行ってきており、独自の亜分類を提唱している。また、扁平上皮がんについても、マイクロアレイによって亜分類を同定した。本学位請求論文では、非小細胞肺がんの中でも肺腺がんについて、神経内分泌特性の面から分類行っている。大細胞神経内分泌がんは診断に熟練を必要とするがんであるが、低分化の肺腺がんとの判別が困難なことが知られている。また、非小細胞肺がんの10~20%に神経内分泌形態をもたないが、神経内分泌マーカーで染色される症例が存在することが知られており、その臨床的な意義は明らかになっていない。そのため様々な側面から検討が行われており、発現プロファイルによる分類もその一側面である。そこで、当申請者は、大細胞神経内分泌がんの診断に用いられる神経内分泌マーカーであるクロモグラニンA(Chromogranin A)とシナプトフィジン(Synaptophysin)、ASCL1(Achaete-scute complex homolog 1(Drosophila))を起点として、遺伝子セット用いたマイクロアレイ分類を試みた。症例は、財団法人癌研究会附属病院で外科切除された肺がん症例262例(肺腺がん171例、扁平上皮がん56例、大細胞神経内分泌がん8例、小細胞肺がん15例、カルチノイド12例)と正常肺30例の総計292例であり、これを肺がんのデータセットとした。マイクロアレイにはCHUGAI 41k アレイ(NCBI GEO GPL 962)という40,368プローブを搭載したcDNAマイクロアレイを用いた。クロモグラニンAやシナプトフィジンは診断のマーカーとして著名な分子であるが、ASCL1は、1997年に肺における神経内分泌分化に重要であることが明らかになった転写因子である。2001年に肺腺がんの発現プロファイルの階層クラスタリングによる解析で同定された予後不良のサブクラスで高発現していることが知られている。また、In Situハイブリダイゼーションによる検討では、神経内分泌腫瘍で陽性で、小細胞肺がんの陽性群は非陽性群より予後不良ということが報告されている。申請者は、まずクロモグラニンA、シナプトフィジン、ASCL1について発現プロファイルから単プローブを抽出し、各一プローブに対して閾値を設定して分類を行い、生存解析を行った。その結果、いずれのプローブに対しても予後不良群は同定できなかった。そこで、次に、遺伝子セットによる分類を試みた。遺伝子セットは、ある共通の意味をもった、遺伝子の集合のことである。遺伝子セットを活用して、マイクロアレイデータを解析し、生物学的な発見が行われている。遺伝子セットを作成するために、申請者は、共発現という指標を用いた。すなわち、クロモグラニンA、シナプトフィジン、ASCL1と相関の高いプローブを100プローブ抽出し、共発現遺伝子セットとした。分類方法は、非負値行列分解(Non-Negative Matrix Factorization: NMF)を用いた。非負値行列分解は、1999年に提唱された独立成分分析の一種であり、データの部分的なパターンを認識することができる手法である。この手法は階層クラスタリングより遺伝子数に対して、正確でロバストな手法であり、自己組織化マップより安定である。コンセンサスマトリックスという手法から得られる共表現相関係数を指標とすることで分類の良さを客観的に分類可能である。3つの遺伝子セットに対して、非負値行列分解法で分類を行ったところ、コンセンサスマトリックスからの共表現相関係数により、ASCL1共発現遺伝子セットでは3分類が、クロモグラニンAとシナプトフィジンでは2分類が最も良い分類であることが明らかになった。それぞれの分類について生存解析を行ったところ、クロモグラニンAとシナプトフィジンの共発現遺伝子セットによる分類については生存に差がなかったが、ASCL1共発現遺伝子セットによる分類では予後に差を認めた(p=0.0075)。ASCL1共発現遺伝子による分類各3群に対して、含まれる症例を確認したところ、108例中42例に扁平上皮がんを含む群、108例中30例に正常肺を含む群、76例中13例に小細胞肺がん8例に大細胞神経内分泌がん12例にカルチノイドを含む群であることが判明した。それぞれの群に含まれる肺腺がんは、64例、77例、30例であった。ここでそれぞれの群を、SCC(扁平上皮がん)クラス、NL(正常肺)クラス、NE(神経内分泌)クラスとした。これらのクラスは、分化度、喫煙、性別に相関を認めた。NEクラスはASCL1を含む共発現遺伝子を高発現していた。次に、申請者はASCL1遺伝子セットについてさらに解析を進めた。共発現遺伝子セットとは別に、遺伝子ノックダウンによって遺伝子セットを作成した。小細胞肺がん細胞株DMS79にASCL1の2種類のsiRNAを導入し、ASCL1の発現を抑制した細胞からRNAを抽出し、GeneChip R U133 Plus 2.0 アレイにて発現量測定した。コントロールをASCL1の発現で割った値が2倍以上のプローブセット91プローブセットを抽出した。このASCL1ノックダウン遺伝子セットで肺がんのデータセットを分類したところ、3群が最もよい分類となった。同様に、各群に含まれる病理組織を確認したところ、89例中14例に小細胞肺がん6例に大細胞神経内分泌がん11例にカルチノイドを含む群、117例中29例に正常肺を含む群、86例中45例に扁平上皮がんを含む群、がありそれぞれを共発現の時と同様にNEクラス、NLクラス、SCCクラスとした。3群の生存解析では予後に有意な差が得られた(p=0.0003)。2つの遺伝子セットによる分類の重複をカウントしたところ、NEクラスは13例、SCCクラスは18例、NLクラスは60例が確認された。これら重複症例をスコアリングすることにより、「ASCL1 High Class」「ASCL1 Intermediate Class」「ASCL1 Low Class」と分類した。この3群の予後に有意差が得られた(p = 0.0007)。Gene Ontologyによる解析では、ASCL1共発現セットには細胞周期と神経発生に関するOntologyが含まれており、ASCL1ノックダウン遺伝子セットには神経ペプチドシグナルのパスウェイが含まれていた。最後に、申請者は、他施設のデータセットに対して2つの遺伝子セットを検証した。検証にはGeneChip R U95Aアレイで計測されたHarvardの肺腺がんのデータセット139例を用いた。このデータセットを用いた論文ではASCL1を高発現する予後不良のサブクラスが報告されていたが、ASCL1共発現遺伝子セットではこの予後不良のサブクラスを同様に同定できた。ASCL1ノックダウン遺伝子セットによる分類では有意差がなかったものの、2つの遺伝子セットでの重複症例13例とその他の症例の群について生存解析した結果有意差を認めた(p=0.024)。以上、本学位請求論文は、非小細胞肺がんの中でも肺腺がんについて、その神経内分泌特性と臨床上の意義について明らかにした。その方法としてマイクロアレイによる発現プロファイルを活用し、ASCL1の遺伝子セットを用いて非負値行列分解を行った。その結果、「ASCL1 High Class」「ASCL1 Intermediate Class」「ASCL1 Low Class」という予後に差のある3群の亜分類を同定した。本研究は、非小細胞がん、肺腺がんの神経内分泌性に関する臨床的意義、分類を考える上で非常に意義深いものである。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる

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