学位論文要旨



No 124649
著者(漢字) 末弘,淳一
著者(英字)
著者(カナ) スエヒロ,ジュンイチ
標題(和) 血管内皮細胞増殖因子による内皮活性化における転写因子Egr-3の役割
標題(洋)
報告番号 124649
報告番号 甲24649
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7083号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 特任准教授 南,敬
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 吉田,進昭
内容要旨 要旨を表示する

内皮細胞は血管内膜を構成する細胞で,血液に接することからサイトカイン,ケモカイン,増殖因子といった刺激に常に曝されている.このような周囲環境の変化に対して内皮細胞は自らの機能を変化させることで柔軟に対応し,血管の恒常性を維持している.しかしながら,病的環境下で過度の刺激を受けた際には,内皮細胞は機能不全に陥り異常活性化状態となる.その結果,炎症,動脈硬化,腫瘍血管新生といった疾患を誘発する.これら疾患が起こる過程では多くのシグナル経路が活性化され遺伝子発現を伴うことが知られている.本研究室の南らは腫瘍血管新生における遺伝子発現の変化を検討するため,臍帯静脈内皮細胞HUVECにVEGF,Thrombin,TNF-aをそれぞれ作用させることで活性化し,初期(1時間),中期(4時間),後期(12時間)の遺伝子発現をDNAマイクロアレイにより網羅的に解析した.VEGF,Thrombin,TNF-a全てに共通して有意に2倍以上誘導されるもののなかにEgrファミリー遺伝子であるEgr-1,Egr-3が含まれ,内皮活性化に何らかの役割を果たすことが示唆されたて図1).EgrはC2H2型ジンクフィンガーを有する転写因子ファミリーであり,増殖因子やストレス刺激で早期に,かつ一過性に誘導されることが知られている.1985年にForsdykeらがプロトタイプであるEgr-1を同定して以降,Egr-2,Egr-3,Egr-4という4つのメンバーが報告された.EgrはC末端領域に3つのジンクフィンガーを持ち,DNA配列

GCG(T/G)GGGCGへ結合し転写調節を行っている.現在までにEgr-1は動脈硬化,血管新生に関わることが示されているが,一方でEgr-3と内皮機能との関連については報告がなく明らかとなっていない.そこで本研究はVEGF刺激下の血管内皮細胞に着目し,転写因子Egr-3の機能解析を行うことを目的とした.

初めに臍帯静脈,冠動脈,肺動脈,真皮微小血管を由来とする内皮細胞で50ng/mLVEGF刺激後のEgr-1,及びEgr-3 mRNAの時間発現をリアルタイムPCRで検討した.Egr-1 mRNAは刺激後30-45分をピークとし,刺激前と比較して30-120倍の誘導であった.一方,Egr-3 mRNAは刺激後45-60分をピークとし,180-440倍の誘導であった(図2A)-なお,全ての内皮細胞でEgr-1, Egr-3の誘導が見られた.次に,タンパク質レベルでの経時的発現をウェスタンブロット法により検討した.VEGF刺激後0,1,2,4時間に回収した各抽出液100ugを用いたところ, Egr-1は刺激後1時間ピークの一過性誘導を示した.一方,Egr-3は刺激後2時間をピークとし, Egr-1に比してより持続的な発現を示した(図2B).このような誘導の違いが何に起因するかを検討するため,シグナル経路の化学阻害剤を用いて誘導経路の検討を行ったところ,Egr-1はVEGFR-2,

MEI(1/2,Ca++,JNI(を介し,Egr-3はVEGFR-2,MEK1/2,Ca++,JNK経路に加え,PI3K,Calcineurin,PKC,PKAを介していた.誘導経路の相違がみられたことから,Egr-3の5'flanking regionをクローニングし,ルシフェラーゼレポーターアッセイを行った.異種間で相同性の高い転写開始点上流2544bpを全長とし,5'末端から段階的に削っていくことにより責任領域を検討した.全長では未刺激時と比してVEGFにより活性が13倍上昇するのに対し,515-37bpを削ったところで活性が有意に低下した.この責任領域にどのような転写因子の結合配列が存在するかをコンピュータ予測したところ,上流側よりNFAT,CRE,SRE,CRE配列が順に配置することが示された.

そこで,これらの転写因子結合領域に変異を加えたコンストラクトを作成し検討を行ったところ,野生型プラスミドに比してNFAT,SRE配列変異によりそれぞれ50%,CRE配列変異により70%活性が損なわれ,全てに変異を加えた場合には90%活性が損なわれた(図3).次に,ゲルシフトアッセイにより転写因子の結合を検討した.NFAT結合領域をプローブとして作製し,VEGF刺激1時間後の核抽出液をプローブと混合することで,タンパクDNA複合体が形成された.さらにコールドプローブによりこのバンドは消失し,コールド変異プローブによりバンドの消失が見られないことから,NFAT配列特異的にタンパクが結合していることが示された.各種抗体によりスーパーシフトを確認したところ,NFATc1,NFATc2抗体によりスーパーシフトが見られた.以上よりNFATc1,NFATc2が特異的に結合していることが示された.同様の検討により,SRF,CREBもこれら領域に特異的に結合していた.以上より,VEGFにより活性化されたNFAT,SRF,CREBが協調してEgr-3を誘導していることが明らかとなった.

次に,siRNAを用いたEgr-3のノックダウンにより,標的遺伝子の探索を行った.ウェスタンブロット法によりVEGF刺激下でEgr-3のノックダウンを検討したところ,検出限界以下まで抑制されることが確認された.Egr-3をノックダウンしたHUVECからtotalRNAを回収し,マイクロアレイによりトランスクリプトーム解析をおこなった.独立した2回のデータを用いてVEGFにより1.5倍以上誘導,かつsiEgr-3により抑制された遺伝子を抽出してきたところ,刺激1時間において17遺伝子,4時間で12遺伝子が標的遺伝子として挙げられた.その中には内皮の活性化に深く関わるVCAM1,E-selectin,ETS1,TF,アクチンの再構成化に寄与し細胞遊走に関わるSSH1,RND1が含まれていた(図4).

マイクロアレイより内皮活性化に関わる因子がEgr-3を介して誘導されることが示されたことから,siRNAを用いて内皮細胞活性化の機能解析を行った.増殖について検討したところ,Egr-3siRNAによりVEGF刺激48時間後の細胞数がohgo1で80%,oligo2で60%減少した.次に,Boyden chamber,wound healingアッセイにより遊走の検討を行った.いずれのアッセイでもEgr-3をノックダウンすると遊走が有意に低下することが示された.さらに増殖,遊走機能が複合的に関わる管腔形成の検討をCollagen sandwich tube formationアッセイにて行った.コントロールではVEGF刺激により多くのチューブ状形態が観察される一方,Egr-3をノックダウンすることでチューブ形態が損なわれた.マイクロアレイよりEgr3ノックダウンで炎症接着因子の減弱がみられたことから単球U937細胞とHUVECとの接着に関する検討を行った.VEGF刺激4時間における接着を観察したところ,コントロールでは視野全体に単球が接着するのに対し,Egr-3をノックダウンすることで接着が有意に低下した.以上の内皮細胞の機能解析から,Egr3は増殖,遊走,管腔形成,単球接着に寄与することが示された.

次に,Egr-3の誘導を抑制可能なmiRNA発現アデノウイルス(Adv.miEgr-3)を作製し,invivoにおける血管新生との関わりを検討した.Aortic ringアッセイにて血管新生を検討したところ,VEGF処理後14日においてコントロールでは多くの新生血管が観察されたが,Adv.miEgr-3処理時には有意に抑制された(図5).次に,Matrigel plugアッセイにおいてヘマトキシリン・エオジン染色を施行し血管浸潤を検討した.コントロールでVEGF処理時に多くの血管がみられる一方,Adv.miEgr-3を加えたサンプルでは血管密度が有意に減少することが示された.同じマトリゲル由来の切片を血管内皮細胞のマーカーであるPECAM1で染色し,血管密度を定量したところ,Adv.miEgr-3処理時には50%低下していることが示された.このようにEgr3はVEGFを介した血管新生に寄与することから,腫瘍血管におけるEgr-3の発現を免疫組織染色により検討した.マウスメラノーマ細胞高転移株B16F10,マウス肺癌細胞株LLCより作製した固形腫瘍内の血管にEgr-3の発現がみられた.腫瘍血管特異にEgr-3が発現することから,Adv.miEgr-3を固形腫瘍に導入し血管新生,及び腫瘍進展の抑制を試みた.B16F10細胞をマウスの肢の付け根に皮下注射し,一週間後,腫瘍にAdv.miEgr-3を注入した。その後,2日おきに腫瘍サイズを測定した.結果,ウイルス導入2日目においてAdv-miEgr-3処理により腫瘍サイズの抑制がみられた(有意差p=0.01).その後,コントロール,Adv.miEgr-3ともに腫瘍増殖がみられるものの,8日後において腫瘍サイズの有意な抑制が観察された(有意差p=0.08)(図6).さらに,8日目の腫瘍を摘出して凍結切片を作製し,PECAM1抗体にて血管密度を定量したところ,Adv.miEgr-3処理では血管密度が90%減少していることが観察された.

以上より,VEGF刺激下でNFAT,SRF;CREBにより誘導されるEgr-3は内皮細胞の活性化に寄与し,病的環境では血管新生を誘導することで腫瘍進展に深く関わっていることが示された.

図1炎症性刺激Thrombin, VEGF,TNFaをHUVECに作用させた際初期(1時間),中期(4時間),後期(18時間)において誘導される遺伝子数及び全ての因子で共通して誘導される遺伝子名.

図2臍帯静脈,冠動脈,肺動脈,真皮微小血管由来の内皮細胞におけるVEGF誘導Egr-1,Egr-3mRNA(A),及び臍帯静脈内皮細胞におけるEgr-1,Egr-3タンパクの時間発現(B).

図3Egr-3プロモータに存在する転写因子結合領域と変異レポーターベクターを用いた活性の検討.未刺激状態を基準としてVEGF刺激(4時間)後のレポーター活性を示している.

図4Egr-3ノックダウンHUVECにおいて抑制されるVEGF誘導遺伝子.VEGF刺激1,4時間のtotalRNAを用いてDNAマイクロアレイによるトランスクリプトーム解析を行った.独立した2回のデータを用いて,VEGFにより1.5倍以上誘導(赤色),かつEgr-3siRNAにより抑制された(緑色)遺伝子を抽出してきた.

図5AorticringアッセイにおけるAdv.miEgr-3による血管新生への影響マトリゲル内にマウス大動脈を埋め込み,コントロールAdv.もしくはAdv.miEgr-3を加えたMCDB131(VEGF有無)で培養し,10日後での大動脈からの血管新生を位相差顕微鏡で観察した.画像解析により血管新生領域を抽出しチューブ長さを定量した.

図6マウスメラノーマ細胞高転移株B16F10を用いた固形癌モデルにAdv.miEgr-3を導入時の腫瘍進展への影響.B16F10メラノーマ細胞をC57BL/6Jマウスの皮下に注射し,固形腫瘍の形がわかる1週間くらいまで放置した.その後,5×109pfuのAdv.miRNAを固形腫瘍に直接注射し,8日後まで2日おきに腫瘍サイズを測定した(*:p<0.06,#:p<0.01)

審査要旨 要旨を表示する

本研究ではVEGF刺激で誘導されるEgr-3に着目し誘導機構,標的遺伝子,内皮機能に関する検討を行った.また,in vivoにおける役割として腫瘍血管新生における機能を検討した.

初めに,VEGF刺激によるEgr-3の発現解析を行った.リアルタイムPCRの解析ではEgr-1 mRNAは刺激により30-45分をピークとした一過性の誘導であるのに対し,Egr-3 mRNAは45-60分をピークとしており,時間発現パターンに相違がみられた.また,未刺激状態を基準とした誘導はEgr-3の方が高いことが示された.ウェスタンブロット解析ではEgr-1タンパクは1時間をピークとした一過性誘導であるのに対し,Egr-3は2時間をピークとした,持続的な発現パターンを示した.

次に,VEGF刺激によるEgr-3の誘導機構を検討した.化学阻害剤を用いた検討では,Egr-3はEgr-1誘導に必須なKDR,MEK1/2,Ca(2+),JNK,PKCに加え,PI3K,PKA,Calcineurinを介して誘導されていることが示された.新規合成タンパクの関与は見られなかった.Egr-3プロモータ組み込んだレポーターアッセイによる責任領域の検討では,転写開始点上流515-37 bpに含まれるNFAT,SRF,CREB結合配列が必須であることが示された.また,NFATc1,NFATc2,SRF,CREBといった転写因子がVEGFにより活性化され,Egr-3プロモータに直接結合することにより発現調節を行っていることが明らかとなった.

Egr-3の標的遺伝子を探索するため,siRNAを用いてEgr-3を抑制し,DNAマイクロアレイによるトランスクリプトーム解析を行った.VEGF刺激1時間で17遺伝子,4時間で12遺伝子がEgr-3を介した誘導であることが明らかとなった.Egr-3標的遺伝子のなかには接着因子であるVCAM1やE-selectin,血管新生に関わるEts-1,血液凝固に関わるTF,細胞遊走に関わるRND1,SSH1が含まれた.

Egr-3は内皮細胞活性化に関与する因子を誘導することから,siRNAを用いてEgr-3を抑制しVEGF刺激下での内皮機能に関する検討を行った.Egr-3抑制により増殖,遊走といった機能が阻害され,管腔形成が損なわれた.また,炎症において生じるU937単球細胞と内皮細胞との接着が低下した.

最後に,Ad-miEgr-3を用いて生体内でEgr-3の発現抑制を試み,Egr-3抑制による血管新生,腫瘍進展に関する検討を行った.マウス内皮様MS1細胞においてAd-miEgr-3はVEGF誘導Egr-3をmRNAレベルで90 %抑制した. Aortic ring アッセイ,Matrigel plug アッセイにて検討したところ,Ad-miEgr-3の導入により血管新生が阻害されることが示された.免疫組織染色による検討では,マウスメラノーマ細胞高転移株B16F10,マウス肺癌細胞株LLC内の腫瘍血管にEgr-3の発現がみられた.Ad-miEgr-3をB16F10固形腫瘍に導入したところ,腫瘍進展が有意に抑制された.固形腫瘍で凍結切片を作製しPECAM1(内皮細胞のマーカー)で免疫組織染色を行ったところ,Ad-miEgr-3導入下で血管密度の低下が観察された.Ad-miEgr-3が血管新生を抑制し,腫瘍進展が阻害されていると類推された.

以上より, Egr-3はVEGFによる増殖,遊走,管腔形成,炎症接着といった内皮機能を多岐にわたり調節していることが明らかとなった.その結果,腫瘍進展における血管新生に寄与することが示された. 本論文で示したVEGF刺激下での内皮細胞におけるEgr-3の役割はVEGFシグナルにおける新たな調節機構を示唆しており,腫瘍に対する血管新生をターゲットとした治療法に対して新たな知見を提供する.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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