学位論文要旨



No 124650
著者(漢字) 岡部,寛史
著者(英字)
著者(カナ) オカベ,ヒロフミ
標題(和) 貴金属含有分子篩炭素の調製・特性評価・応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 124650
報告番号 甲24650
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7084号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 准教授 工藤,久明
 東京大学 准教授 阿部,弘亨
 東京大学 准教授 鈴木,晶大
 産業技術総合研究所 グループリーダー 羽鳥,浩章
内容要旨 要旨を表示する

分子篩炭素(MSC)は、窒素雰囲気下でポリイミド(PI)を熱分解することにより得られ、分子と同程度の細孔を持ち、細孔よりも小さい分子を吸着又は透過する、分子篩効果を発現する。本研究では、分子篩炭素と貴金属を組み合わせ、分子篩炭素に由来する高い選択性を有する貴金属含有分子篩炭素触媒を調製し、その選択的触媒反応を評価することを目的とした。貴金属含有分子篩炭素触媒を用いることにより、従来の分子篩触媒では困難な細孔制御や選択反応が実現可能となると考えられる。水素化触媒として用いられるパラジウム(Pd)を分子篩炭素に導入し、Pd含有分子篩炭素の調製した。水素を用いることにより、分子篩炭素中の拡散機構を解明し、分子篩炭素触媒として反応活性が期待できる熱処理温度を検討することが可能である。また、Pdは水素化物を形成するため、Pd含有分子篩炭素の反応活性を見積もることが出来る。2章においては分子篩炭素の熱処理条件を、3章においては、Pd含有分子篩炭素触媒調製に適したPd錯体を調べた。4章においては、2章、3章から得られた結果から、分子篩炭素触媒に適した構造を持つ微粒子化Pd含有分子篩炭素を調製した。5章において微粒子化Pd含有分子篩炭素の構造評価を行った。また、アセチレン及びエチレンの水素化反応実験を行い、微粒子化Pd含有分子篩炭素の反応活性及び選択性を調べた。以下に各章で得られた結果を示す。

2章においては、分子篩炭素が有する分子オーダーの細孔における、水素の拡散機構を検討することにより、気相拡散が支配的な拡散機構となる熱処理条件を探った。ポリイミド膜を窒素雰囲気下、1073 K、1173 K、1273 Kにおいて炭素化し、分子篩炭素膜を得た。水素及び重水素を用いた透過実験を実施し、それぞれの透過係数及び拡散係数比に対する温度依存性を検討することにより、気相拡散又は吸着拡散のいずれの拡散機構が支配的であるかを判断した。水素と重水素を用いる手法は、拡散機構を検討するのに有効であり、熱処理温度が1273 K以下の場合はKnudsen拡散、1373 K以上の場合は表面拡散 (吸着相拡散)が支配的になることを解明した。吸着相拡散は、気相拡散に比べ拡散係数が顕著に低下する。触媒担体として分子篩炭素を用いる場合、高い活性が求められる。従って、気相拡散が起きる1273 K以下の熱処理条件において、分子篩炭素を調製する必要があることが明らかになった。

3章においては、2章の結果から1273 K以下の熱処理温度にてPdを導入した分子篩炭素調製を行なった。PIの前駆体であるポリアミック酸(PAA)とPd錯体を混合し、熱イミド化後炭素化することによりPd含有分子篩炭素を調製し、Pd錯体が構造に与える影響を調べた。ビスアセチルアセトナトPd(Pd(acac)2)、酢酸Pd(Pd(OAc)2)及び塩化Pd(PdCl2)の三種類の錯体を用いた。Pd含有分子篩炭素中のPdは、5~40 nm程度の微粒子として存在し、Pd粒子径が熱処理条件や錯体種により大きく影響を受けた。Pd(acac)2を導入して調製したPd含有分子篩炭素(MSC- Pd(acac)2)は、他のPd錯体と比較してPd粒子の増大が抑制された。従って、分子篩炭素内のPd移動が抑えられ、細孔構造に与える影響が少ないと考えられる。また、MSC- Pd(acac)2はMSC-PdCl2 及びMSC-Pd(OAc)2と比較してPd粒子が分子篩炭素の表面にほとんど見られなかったことから、分子篩炭素触媒調製に適した錯体であることが分かった。TPD、XRD、TEMを用い炭素化挙動や構造解析を行なった結果、Pd錯体はPd含有分子篩炭素の炭素化挙動にほとんど影響を与えないことが明らかになった。遷移金属であるPdは触媒黒鉛化作用を引き起こすと考えられたが、いずれのPd錯体を含む分子篩炭素も、触媒黒鉛化作用は見られなかった。Pd含有分子篩炭素の細孔構造を解析した結果から、MSC- Pd(acac)2は、分子篩効果を発現する細孔を持つと考えられた。水素吸着実験から水素の拡散係数が小さく、MSC- Pd(acac)2中のPdの水素吸着率が低下したと考えられる。細孔が小さく、透過性が低い分子篩炭素触媒は、反応活性が低いことが予測された。従って、MSC- Pd(acac)2の透過性を向上する微粒子化処理が必要であることが分かった。

4章においては、透過性を向上させる目的で、MSC- Pd(acac)2に対し微粒子化処理を行った。微粒子化Pd含有分子篩炭素の粒子径は、前駆体である微粒子化Pd含有PIの分散状態に大きく影響を受けることが明らかになった。界面活性剤を貧溶媒に投入し、超音波照射下において調製することにより、数百 nmオーダーの微粒子化Pd含有PI得た。化学イミド化剤の投入量を抑えた調製条件においてPd含有PIを調製し、純水及びホモジナイザーを用い化学イミド化剤及び界面活性剤を洗浄、除去した。その結果、表面に露出するPd及び界面活性剤由来の炭素を除去した、微粒子化Pd含有PIの調製に成功した。

5章においては、調製した微粒子化Pd含有分子篩炭素の炭素化挙動や構造を解明し、微粒子化による影響を評価した。微粒子化Pd含有分子篩炭素は、球状微粒子でありその粒子径は270~360 nmであった。微粒子化Pd含有分子篩炭素中のPdは9~12 nmの微粒子状で、分子篩炭素内部に均一に分散しており、表面付近に存在するPdは、分子篩炭素により被覆されていることが確認された。従って、微粒子化Pd含有分子篩炭素を触媒として使用した場合、選択性を持つことが期待された。微粒子化Pd含有分子篩炭素の炭素化挙動は、化学イミド化の影響が見られたが、Pdによる触媒黒鉛化や乱層構造を持つ炭素などは見られなかった。水素吸着実験から、微粒子化した試料は、微粒子化していない試料と比べ、透過性が向上することが明らかになった。吸着実験を行い、細孔分布を検討した結果、熱処理温度の上昇に伴い、細孔径が小さくなり、分子篩効果を発現する材料であることを明らかにした。アセチレンとエチレンの水素化反応から、微粒子化Pd含有分子篩炭素が反応活性及び選択性を持つことを明らかにした。

本研究において、分子篩炭素をPdと組み合わせたPd含有分子篩炭素触媒を試作した。Pd含有分子篩炭素は、分子篩炭素に由来する分子篩効果を発現し、分子篩触媒として利用可能であることを明らかにした。本研究で確立した調製手法は、Pdだけでなく白金など他の貴金属に応用することが可能であると考えられ、触媒被毒防止や二次反応の低減など様々な選択的触媒反応への応用が期待される。貴金属含有分子篩炭素の選択性や反応活性は、貴金属の分布や被覆している分子篩炭素の厚さに大きく影響を受けると考えられるため、それらの解析及び制御が重要となる。目的とする反応に適した構造を持つ、貴金属含有分子篩炭素触媒の調製が今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

分子篩炭素(MSC)は、窒素雰囲気下でポリイミド(PI)を熱分解することにより得られ、分子と同程度の細孔を持ち、細孔よりも小さい分子を吸着又は透過する分子節効果を発現する。本研究では、分子篩炭素と貴金属を組み合わせ、分子篩炭素に由来する高い選択性を有する貴金属含有分子篩炭素触媒を調製し、その選択的触媒反応を評価することを目的としており、全6章から構成されている。

第1章は序論であり、本論文の研究背景や研究動機、本論文の概要について述べている。

第2章においては、分子節炭素における水素拡散機構を検討することにより、反応活性が期待出来る気相拡散が支配的となる分子篩炭素の熱処理条件を探った結果について述べている。水素及び重水素を用いた透過実験を実施し、透過係数及び拡散係数比に対する温度依存性を検討することにより、気相拡散・吸着拡散のいずれの拡散機構が支配的であるかを議論している。水素及び重水素を用いる手法は拡散機構を検討するのに有効であり、熱処理温度が1273K以下の場合はKnudsen拡散、1373K以上の場合は表面拡散が支配的になることを解明したとしている。一方、表面相拡散は気相拡散に比べて拡散係数が顕著に低下するため、反応活性が求められる触媒においては気相拡散が支配的となる1273K以下の熱処理条件において、分子篩炭素を調製する必要があることを述べている。

第3章においては、第2章の結果から1273K以下の熱処理温度にてPdを導入した分子篩炭素調製を行なった結果について述べている。PIの前駆体であるポリアミック酸(PAA)とPd錯体を混合し、熱イミド化後炭素化することによりPd含有分子節炭素を調製し、Pd錯体が構造に与える影響を調べた。ビスアセチルアセトナトPd(Pd(acac)2)、酢酸Pd(Pd(OAc)2)、塩化Pd(PdCl2)の三種類の錯体を用いたところ、Pd含有分子筋炭素中のPdは、5-40nm程度の微粒子として存在し、Pd粒子径が熱処理条件や錯体種により大きく影響を受けた。Pd(acac)2を導入して調製した分子筋炭素(MSC-Pd(acac)2)は、水素吸着実験やSEM及びTEM観察からPdCl2及びPd(OAc)2と比較してPd粒子が分子篩炭素の表面に存在しないことが明らかとなり、分子篩炭素触媒調製に適した錯体であることが分かった。また、水素吸着実験から、細孔が小さく、透過性が低い分子篩炭素触媒は、反応活性が低いことが予測された。これらのことから、MSC-Pd(acac)2の透過性を向上する処理が必要であると結論している。

第4章においては、透過性を向上させる目的で、MSC-Pd(acac)2に対し微粒子化処理を行った結果について述べている。再沈法を用いた微粒子化Pd含有分子篩炭素調製手法の確立を目指した。界面活性剤を貧溶媒に投入し、超音波照射下において調製することにより、数百nmオーダーの微粒子化Pd含有PI得たが表面にPdや界面活性剤由来の炭素が見られた。化学イミド化剤の投入量を抑えた調製条件においてPd含有PIを調製し、純水を用いて化学イミド化剤及び界面活性剤を洗浄・除去した結果、表面に存在するPd及び界面活性剤由来の炭素を除去した微粒子化Pd含有PIの調製に成功したとしている。

第5章においては、微粒子化Pd含有分子篩炭素の炭素化挙動や構造を解明し、微粒子化による影響を評価した結果について述べている。微粒子化Pd含有分子節炭素は、球状微粒子でありその粒子径は270~360nmであった。微粒子化Pd含有分子筋炭素中のPdは9~12nmの微粒子状で、分子節炭素内部に均一に分散していることを明らかにした。また微粒子化した試料は微粒子化していない試料と比べ、透過性が向上した。さらに、モレキュラプローブ法を用い、熱処理温度の上昇に伴い、細孔径が小さくなり、分子篩効果を発現することを明らかにした。そして、最後に、アセチレン及びエチレンの競合水素化反応を実施し、微粒子化Pd含有分子篩炭素が反応活性及び選択性を持つことを明らかにしている。

以上を要するに、本研究は、分子篩炭素をPdと組み合わせたPd含有分子篩炭素触媒を試作したところ、そのPd含有分子篩炭素が分子篩炭素に由来する分子篩効果を発現し、分子篩触媒として利用可能であることを明らかにしたものであり、本研究で確立された調製手法はPdだけでなく白金など他の貴金属に応用することが可能であると考えられ、触媒被毒防止や二次反応の低減など様々な選択的触媒反応への応用が期待されることから、本研究の成果は学術的な価値とともに工業的な利用価値も高い。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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