No | 124653 | |
著者(漢字) | 藤原,健 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジワラ,タケシ | |
標題(和) | 状態監視保全のためのセンサネットワークの研究 | |
標題(洋) | Study on Sensor Network with Reliability Index | |
報告番号 | 124653 | |
報告番号 | 甲24653 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7087号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 原子力国際専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 原子力発電プラントにおいては現在、原子炉の稼働率と信頼性を高める観点から、保全手法としてこれまでの定期点検をベースとした時間計画保全TBM(Time Based Maintenanceから新たな保全手法として状態監視保全CBM(Condition Based Maintenance)が提案され、センサによって原子炉の状態を継続的に監視する保全手法への移行が進められている。CBMを用いることで、原子炉の稼働率を上げ、保全のコストを下げることができ、また異常を早期に検知することにより原子力発電プラント全体の信頼性を向上させることが可能であると期待されている。一方、CBMの実現においては、放射線環境下で異なる物理量を観測する多数のセンサを配置し、維持動作させていくというセンサの最適配置、比較的故障確率の高い部品であるセンサ自身のメンテナンスという別の問題が発生する。センサの一部が故障した場合には、異常信号が発生する(False Positive)か、異常信号を発生できないか(False Negative)の双方が起こるが、前者は正常に稼働中の原子炉を止めることになり、莫大な経済的損失を招く。後者は重大事故に繋がることになり、人体および環境に多大な被害を及ぼす恐れがある。CBMの導入により、このようなアラームの誤作動・不作動が頻出しては、プラント全体の信頼性・経済性に関わり、本末転倒となるので、両方に対してロバストなシステムが必要である。 本研究では、個々のセンサ間での情報交換を前提として、センサシステム全体をネットワークとして取り扱い、プラント中に網の目のように張り巡らせるセンサ全体を有効活用し、新たな機能を発現させることや、センサ間の物理的な関係をもとに、センサ自身の故障判定やプラントの各部位の健全性診断を行い、モニタリングシステム全体の信頼性向上を実現することを目指す。一方でセンサをネットワーク化することにより、モニタリングシステムが複雑化することは、故障リスクの増加、高コスト化などの問題が発生する。効率的なノード間通信手法の導入により、分散処理を行いながらも、ネットワーク全体で情報を共有し、異常診断の実現と異常部位の推定、センサ自身の故障への対処など、CBMの本格的な導入において解決すべき問題への道筋をつけるものである。 センサの部分的故障に耐性のある自己修復型センサネットワークの開発 モニタリングシステムを設置する目的は、センサによって故障を発見することだが、センサ自身の故障が発生することが考えられる。そこで,複数の診断センサを用い,各センサからの情報を統合的に判断することにより誤診断を減らす試みがなされてきた。n 個のセンサからなる安全監視システムについて,センサの誤作動と不作動により生じる損害額の期待値を評価指標とし,この損害額の期待値を最小とするセンサの最適論理構成はk-out-of-n (n個センサのうちk個以上のセンサが監視対象を異常と判断すれば,監視対象が異常であると判定する)システムであることが証明され,最適なk の計算式が導出されている。この手法は単体のセンサを用いた場合よりも、モニタリングシステムの信頼度が大幅に向上する。しかし、定期点検間隔を延長するには長期運用によるセンサ単体の信頼性が下がるので、信頼度が経年劣化により下がった場合を想定したさらなるシステムとしての信頼度の改善が必要となる。また、従来手法では局所的なモニタリングには適しているが、長期運用を考えた際に、安全性を確保するには細かな事象を早期に発見することが重要になり、広範囲のモニタリングに適した信頼性向上の手法の確立が課題であった。さらに、これら従来手法は大規模システムでは通信データのオーバーフローや、中央にリスクが集中する点が問題となる上、局所的にセンサを冗長させただけなので多数配置されたセンサを最大限に有効活用しているとはいえない。 本研究はセンサと自律分散型の情報処理部が一体となった、インテリジェントなノードでセンサネットワークを構築し、ノード間でのコミュニケーションを可能にさせることにより、配置されたセンサを最大限に活用するとともに、モニタリングシステムの高信頼性化を図るものである。センサをネットワーク化することによって、各ノードがお互いを診断・故障判定し、故障部位を排除し、ネットワークを再構成する「自己修復型センサネットワーク」にすることで、この問題を解決した。個々のノードに情報処理部を搭載し自律分散処理を行う事により、センサは同時に通信ノードとなり、自身が検出した情報を発信するだけではなく、他のノードが発した情報をノード間で通信することにより、ローカルで情報を共有し、その情報を元に自身の情報処理部で物理モデルと定性推論に基づいた信頼性評価を行うことが可能となる。情報処理部はROHM社のCMOS 0.35μmプロセスを用いてASIC (Application Specified Integrated Circuit)を開発し、開発したASICとフォトトランジスタを用いて、49ノードで実際にセンサネットワークを構築し、想定される様々な事象を人為的にセンサに故障を発生させ検証した。センサネットワークに自己修復機能を加えることにより、複数のセンサに故障が発生した場合でも、故障が適切に検知・排除されることを確認し、本システムがモニタリングシステムの信頼性向上に有効であることを立証した。また、本研究で用いた手法は単に論理ゲートを用いた排他的冗長システムと違い、信頼度に基づき多数のセンサと整合性をとることにより、放射線による偶発的エラーも回避できるようになる。 システム簡素化のための通信手法の開発 センサネットワークの構築の際に問題となるのは配線の数である。前述のように複数のノードで情報共有をさせる場合、メッシュ型ネットワークでは個々を結ぶ配線が必要となり、配線の複雑化によって新たな故障を誘発する危険性がある上、コスト面からも現実的ではない。そこで本研究ではセンシング値をToT (Time over Threshold)に基づいたPWM (Pulse Width Modulation)を用いて簡素化し、さらにそのパルスにノードの個別ID情報を持ったパルスを付加することによってパルストレインを形成する手法を開発した。これによって一つのバスラインから複数のノードからのセンシング値を識別できるようになるので、多数の構成要素で一つのバスラインを共有することが可能となり、配線トラブルによるリスクの低下と敷設の低コスト化が図れる。 センサネットワークにおける情報処理 センサから得られ情報は基本的にアナログ値であり、ネットワークで扱うにはアナログ値をディジタル値に変換するプロセスが必要となるが、バスラインの簡素化が必要とされるセンサネットワークにおいては情報処理・情報伝送を効率化する手段として、ToT (Time over Threshold)に基づいたパルス幅変調の概念が有効であると考えられる。また、ToTではセンシング値を「時間」いうどのセンサにも共通にある概念で定量化しているので、多数のノードで構成されるセンサネットワークに対し、データの信頼性を保つという意味でも有効であるといえる。 しかし、ToTでは「波高値とパルス幅の関係の非線形性」と「ダイナミックレンジの狭さ」が問題となっていた。本研究ではこの問題を解決するためにマルチレベルスレショルドの手法を開発した。さらに複数のパルスを一つのバスラインで伝送するためのエンコーディング回路を開発した。これはセンシング値を正確に伝送、システムの簡素化という相反する要求に応えるシステムである。 無線センサネットワーク 本研究ではセンサネットワークの通信手段に無線信号を用いることを検討した。無線センサネットワークは物理的な配線を必要としないので、既存の原子炉に新たにセンサを導入する際にセンサネットワーク敷設の障害が比較的少ない。また、回転機器の状態監視などへの適用や、センサネットワーク敷設の低コスト化、ブロードキャストを利用した多数のノード間の同時通信が可能となる。このような無線センサノードを用いれば、大規模な分散計測システムに有効に作用するといえるが、放射線に起因するシングルイベントによって、センシング値が正しく伝達しない可能性がある。そこで本研究では前述の定性推論に基づき、近接ノードとの通信し、比較することによってエラーを補正する手法を無線に実装することが可能であることを立証した。 本研究で提案した信頼度を導入し自己修復機能をもたせたセンサネットワークによる状態監視はCBMを実現する上でモニタリングシステムの信頼性・高機能性・経済性を満たす有力な手段と考えられる。本研究で開発したセンサネットワークの概念はその他にもピクセルアレイ型検出器のピクセル欠損等に対しても有効に作用するといえる。故障ノードの排除機能や通信部、アナログ・ディジタル変換機能を一つの自律分散型ASICに実装することで、リスクの分散、ノードの小型化、システム全体の簡素化により敷設負荷の低減を実現した。また、センサネットワークのノード間通信手法の検討を行い、無線によるセンサネットワークの可能性や共通バスラインにパルス信号を送出することで情報のやりとりを行うとともにパルス幅変調の概念を検討した。特に、パルストレインとマルチレベルToTの手法を組み合わせることにより、広範囲のモニタリングに必要となる多数のセンサで構成されるシステムにおいて、「観測点の増加」、「信頼性向上」、「システムの簡素化」、「敷設負荷の低減」という4つの相反要素を実現できる見通しを得た。 図1.開発した自己修復型センサネットワーク用のASIC (ROHM社 CMOS 0.35μm) 図2.無線センサネットワークモジュール | |
審査要旨 | 状態監視保全CBM(Condition Based Maintenance)はセンシング技術を活用して機器の状態を検査・モニタリングすることで、定期点検をべースとした時間計画保全TBM(Time Based Maintenanceに比較して、システム稼働率を高め、保全に関わるコストを下げる有効な手法として注目されている。原子力分野においても、CBMを積極的に導入して保全の最適化を進める方向で、現在研究が進められているところである。一方、CBMにおいては、検査・モニタリング技術にその基礎をおいているため、センシングそのものの効率および信頼性を高くとることが必要である。本研究では、そのような背景のもと、多数のセンサを有効利用するとともに、より多くの物理情報を高い精度で与えうる新たなセンシング技術を導入する上で有用であると考えられるセンサネットワークならびに分散型情報処理技術の研究を行ったものである。 第一章は序論であり、研究背景を説明した後、TBMとCBMの比較を行い、原子力発電プラントや建物の保全を対象として、センサネットワークが既存のセンサばかりではなく新規のセンサを活用する上で、どのような役割を果たすかを述べたのち、センサネットワークにおける通信ならびに情報統合、センサの信頼性を分散型情報処理により向上させることが本研究の目的であると示している。 第二章は自己修復型のセンサネットワークについて述べており、冗長性を持たせたセンサ群におけるセンサ自身の健全性を取り扱う手法について議論をしている。隣接したセンサの信号を用いてセンサ自身の健全性の診断を行うことで信頼指標を決定し、故障したセンサをこの信頼指標を用いて排除することで、センサネットワークとしてみた場合の信頼性を高めることができる。本手法によれば、既存の2out of 3などの手法に比較して、センサ群の利用率を高め、より多くの情報を活用できるとしている。また、このようなセンサネットワークを実現する半導体チップを設計・試作し、試験した結果、適切にセンサの故障を検知してネットワークから排除されることが可能となることを検証している。 第三章は、センサネットワークにおける用いるための新しい通信処理手法について示したものである。センサエージェント間のやりとりにディジタルパルスを用い、そのパルス幅にセンサの信号強度などの情報をもたせることで、通常のAD変換器を用いた場合に比較してセンサ周辺に必要なエレクトロニクス・信号処理を大幅に簡略化するとともに、センサエージェント間の分散情報処理を容易にすることができるとしている。 第四章は、無線センサネットワークの利用について述べたものであり、センサの自由な配置が可能となる無線による通信方式の導入によって、動的機器への適用が可能になるなど配線の自由度が高まる。ここでは、第二章に述べられたような冗長性を有するセンサネットワークを自己修復型の無線センサネットワークとして実装し、センサの故障時にネットワークからの切り離しができることを実証している。 第五章は結論であり、本研究では、CBMの普及とともに今後ますます重要性が高まり、発展の見込まれる検査・モニタリング技術において、多数のセンサ群の適用による情報量の増大とそれに伴うセンサの故障と利用効率低下の問題を取り扱うことのできる新たなセンサ情報処理法として、センサエージェント間の分散情報処理システムの枠組みを示すとともに、これを構築するための要素技術の開発を通じて、より多くのセンサを有効に活用することができることを示したものであり、工学の進展に寄与するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の請求論文として合格であると認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |