学位論文要旨



No 124654
著者(漢字) 村中,実
著者(英字)
著者(カナ) ムラナカ,ミノル
標題(和) 固体酸化物燃料電池用Agカソードにおける電極反応メカニズムの解明
標題(洋)
報告番号 124654
報告番号 甲24654
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7088号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 准教授 阿部,弘亨
 東京大学 准教授 鈴木,晶大
内容要旨 要旨を表示する

エネルギーセキュリティの向上や環境保全、更なる省エネルギー社会を実現する方策として、水素エネルギーシステムが提案されている。水素の製造・使用方法として燃料電池が注目されており、電解質に固体酸化物膜を用いた固体酸化物燃料電池(SOFC、Solid Oxide Fuel Cell)は、各種燃料電池の中で発電効率が最も高く、高純度の水素以外に炭化水素燃料も使用でき、構成材料に高価な貴金属触媒が必要ないという利点を有する。SOFCの運転温度は800-1000℃と高温であるが、運転温度を500-600℃まで下げることにより、コストダウンや長寿命化、短時間起動が可能となる。しかし、運転温度を下げることにより、カソード反応抵抗、アノード反応抵抗および電解質抵抗が増大し、発電性能が大きく低下してしまう。特に、カソード反応抵抗の増大は著しく、中低温域でも十分な活性を備えたカソード材の開発が期待されている。高性能カソード材として500-600℃においても高い酸素吸着解離能を有するAgを含有したカソードが提案されてきたが、Agが電極反応に寄与するメカニズムや最適な微細構造は明かになっていない。

本研究では、カソード中Agにおける電極反応メカニズムを解明し、理想的な電極構造を有する、高性能カソードを設計・作製し、性能評価を行った。

第1章では、研究背景と研究目的について述べた。

第2章では、運転温度におけるAgの存在状態の解明を行った。

SOFC用電解質材として広く使われているY(0.15)Zr(0.85)O(2-δ)(YSZ)、Sc(0.1)Ce(0.01)Zr(0.89)O(2-δ)(SSZ)、La(0.9)Sr(0.1)Ga(0.8)Mg(0.2)O(3-δ)(LSGM)およびGd(0.1)Ce(0.9)O(2-δ)(GDC)とAgの混合粉末をアルミナるつぼに入れ、空気中600℃で10分保持した。熱処理後の各混合粉末をX線回折法(XRD、X-Ray Diffraction)にて分析した結果、Agはいずれの電解質材とも反応相を形成せずに、Agメタルとして存在していることが明かになった。電解質粉末を一軸プレスし焼結させたペレットの表面にAgペーストを、裏面にPtペーストをスクリーン印刷にて塗布し、乾燥後に各電極を焼き付けることによりSOFCセルを作製した。参照電極として、電解質ペレット側面にPt線をPtペーストにより焼き付けた。各セルを電気化学測定装置中に固定し、Agメッシュ、Ptメッシュおよび白金線を用いてポテンショスタットと接続した。500℃100%O2中にて、Ag電極の電位を0~-500mVの範囲で変化させ、Ag電極をカソード分極状態にした。走査型電子顕微鏡(SEM、Scanning Electron Microscope)観察の結果、Agは電解質中に拡散したり、電解質上でイオンマイグレーションを起こしたりせずに、電解質表面に存在することが明かになった。

第3章では、緻密薄膜Agカソードの作製方法について述べた。

Agは融点が約962℃であり、600℃においても容易に粒成長してしまう。第4章で、カソード表面で吸着解離した酸素がAgカソード表面を通って三相界面で潜り込んでいるのか、Agカソード中のAg粒内またはAg粒界上を拡散して二相界面で潜り込んでいるのかを電気化学的手法により解明するためには、Ag粒径と同じくらいの厚さで、熱的に安定でAg粒径の制御が可能なAg緻密薄膜を作製する必要がある。そこで、RFマグネトロンスパッタリング法によりAg中に電解質材を分散させることにより、長時間アニール後も微細構造が維持され、Ag粒径を制御できるAg緻密薄膜作製手法を考案した。LSGMペレット上に、RFマグネトロンスパッタリング法を用いてAgとLSGMを同時に堆積させ、Ag-LSGM緻密薄膜を作製した。Agターゲット上に設置する直径18mmのLSGMペレットの数を0~3個まで変えることにより、Agカソード中に分散させるLSGM微粒子量を変化させた。成膜後600℃空気中にて100時間アニールすると、LSGM微粒子を分散させていないAgカソードでは、Ag粒が直径5μmほどまで粒成長し電極に穴が空いてしまうが、Agカソード中にLSGM微粒子を分散させるとAgの粒成長が抑制され、緻密膜を維持できることがわかった。LSGM微粒子の分散量を増やしていくに従って、Agカソード表面は棚田状結晶から粒径約300nmのAg粒結晶へと変化した。AgカソードとLSGM電解質は隙間なく密着しており、Agカソード中には酸素ガスが拡散できるような穴はないことがわかった。

第4章では、交流インピーダンス法によりAgカソードの反応メカニズムを議論した。

微細構造の制御が可能な緻密薄膜Agカソードを用いて、Agカソードの面積、膜厚、Ag粒径を変化させ、交流インピーダンス法によってカソード反応抵抗を測定することにより、Agカソードの反応メカニズムを議論した。膜厚の異なるAgカソードを作製し、酸素の吸着・解離・拡散抵抗を比較した。膜厚の増加によるカソード反応抵抗増加は、吸着・解離抵抗よりも遙かに大きく、酸素の吸着・解離・拡散過程においては、酸素原子の拡散が律速過程と考えられる。次に、直径の異なるAgカソードを作製し、カソード界面導電率を測定することにより、Agカソードにおける酸素拡散経路がAgカソード中か、Agカソードの表面円周上かを特定した。カソード界面導電率は電極周長さに依存せずに、電極面積に依存していることがわかった。よって、酸素原子の拡散経路はカソード側面ではなくカソード中であると考えられる。最後に、LSGM微粒子分散量を変化させ、異なるAg粒径を有するAg緻密薄膜カソードを作製し、酸素原子の拡散経路がAg粒内か、Ag粒界上かを議論した。Ag粒径に対してカソード反応抵抗をプロットすると、Ag結晶粒径が小さくなり、Ag粒界が増えるにつれて、カソード反応抵抗は低下した。よって、酸素原子の拡散経路はAg粒界上であると考えられる。

第5章では、同位体酸素交換と飛行時間型2次イオン質量分析法(TOF-SIMS、Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry)観察によりAgカソードの反応メカニズムを議論した。

酸素原子の拡散経路を実際に視覚化するために、同位体酸素交換を行ったAgカソード中の同位体酸素分布をTOF-SIMSを用いてマッピングした。同位体酸素交換装置内にSOFCセルを運転温度にて保持した後に、装置内を真空引きし、同位体酸素を導入し、カソード・アノード間に電流を流すことにより、同位体酸素をSOFCセル中に導入した。同位体酸素導入後にSOFCセルを急冷することにより、拡散途中の同位体酸素をSOFCセル内に固定した。TOF-SIMSによって、Agカソード表面から電解質方向にエッチングしながら、同位体酸素分布をマッピングすると、Agカソード表面とカソード・電解質界面に同位体酸素が強く見られたが、カソード中には溶存する酸素が少ないことがわかった。深さ方向でマッピング像を比較すると、Ag粒界近傍に酸素濃度の高い領域があることがわかった。よって、Agカソード中の酸素の拡散経路はAg粒界近傍であると考えられる。また、カソード/電解質界面では同位体酸素が一面に分布しており、カソード中のAg粒界を拡散し電解質界面まで到達した同位体酸素は、Agカソードと電解質の界面を拡散し、カソード全面から電解質に潜り込むことがわかった。

第6章では、高性能カソードの実証を行った。

Ag中の酸素拡散抵抗が律速過程であることから、Agカソード中の酸素拡散距離は短い方が良く、Ag中の酸素の拡散経路がAg粒界近傍であることから、Ag粒径は小さく保たれた構造が良いと考えられる。本章では、カソード中酸素拡散が速い中低温SOFC用酸化物カソードであるLa(0.6)Sr(0.4)Co(0.2)Fe(0.8)O(3-δ)(LSCF)に微小Ag粒を分散させた。LSCF中にAgを細かく分散させる手法として、遊星ボールミルを使用した。得られたAg-LSCF粉末をペースト状にし、LSGMペレットの両面にスクリーン印刷で塗布し、乾燥後に焼き付けた。AgとLSCFの混合比や造孔材の添加量を変えた。750℃3時間で焼き付けたAg含有量が50wt%のAg-LSCFサーメットカソードは、Agのみで粒成長することなく、広いAg表面積と十分な気孔率を有し、最も良い性能を示した。

第7章では、本研究で得られた成果を総括した。

Agは500-600℃においても高い酸素吸着解離能を有する中低温作動SOFC用カソード材として提案されてきたが、Agが電極反応に寄与するメカニズムや最適な微細構造は明かになっていなかった。これまで、Ag中を酸素が拡散すると言われてきたが、本研究で電気化学的手法および同位体酸素交換・SIMS観察により、Ag中の酸素の拡散経路がAg粒内ではなく、Ag粒界近傍であることが明らかになった。また、Ag粒界近傍を拡散してきた酸素は電解質界面まで到達したのちに、カソード/電解質界面一面に拡散し、カソード/電解質界面全面から電解質に潜り込むことも明らかになった。よって、カソード材としてAgを用いるときは、Agの粒成長が抑制された細かな粒子状態を保ち、Ag表面積が最大化するような多孔質なカソード構造において、最大限の性能を発揮すると言える。今後、中低温作動SOFCを商用化するために、本研究の成果を生かした高性能なAg含有カソードが開発されることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「固体酸化物燃料電池用Agカソードにおける電極反応メカニズムの解明」と題し、7章から構成されている。水素エネルギーシステムの重要な構成要素として燃料電池が注目されており、その中でも電解質に固体酸化物膜を用いた固体酸化物燃料電池(SOFC、Solid Oxide Fuel Cell)は、各種燃料電池の中で発電効率が最も高いという利点を有する。SOFCの運転温度は800-1000℃と高温であるが、運転温度を500-600℃まで下げることにより、コストダウンや長寿命化、短時間起動が可能となる。しかし、運転温度を下げることにより、カソード反応抵抗は著しく増大するため、中低温域でも十分な活性を備えたカソード材の開発が期待されている。Agは、500-600℃においても高い酸素吸着解離能を有するため中低温SOFC用カソード材として提案されてきたが、Agが電極反応に寄与するメカニズムや最適な微細構造は明らかになっていない。そこで、本論文は、カソード中Agにおける電極反応メカニズムを解明し、理想的な電極構造を有するAg含有カソードを設計・作製することを目的としている。

第1章では、序論として、中低温作動固体酸化物燃料電池とAgカソードに関する研究背景を整理した上で、本研究の目的と概要が述べられている。

第2章では、運転温度におけるAgの存在状態について説明している。SOFC用電解質材とAgの粉末を運転温度で保持した後に、X線回折法にて分析した結果、いずれの電解質材とも反応相を形成せずに、Agメタルとして存在しているとしている。また、500℃・100%O2中にて、Ag電極の電位を0~-500mVの範囲で変化させ、Ag電極をカソード分極状態にした後に、走査型電子顕微鏡で観察した結果、Agは電解質中や電解質上を拡散したりせずに、電解質表面に存在すると述べている。

第3章では、緻密薄膜Agカソードの作製方法について述べている。Agカソードの電極反応メカニズムを、膜厚、面積およびAg粒径の異なったAg緻密薄膜カソードを用いて電気化学的手法により解明するために、熱的に安定なAg緻密薄膜カソードを作製する必要がある。そこで、論文提出者は、RFマグネトロンスパッタリング法によりAg中に電解質材を分散させることにより、長時間アニール後も微細構造が維持され、Ag粒径を制御できるAg緻密薄膜作製手法を考案し、その作製方法について述べている。

第4章では、交流インピーダンス法によりAgカソードの反応メカニズムについて議論している。膜厚、面積およびAg粒径の異なる緻密薄膜Agカソードを用いて、交流インピーダンス法によってカソード反応抵抗を測定することにより、Agカソードの反応メカニズムを議論している。酸素の吸着・解離・拡散過程では、酸素原子の拡散が律速過程であり、酸素原子はカソード中のAg粒界を拡散していると述べている。

第5章では、同位体酸素交換と飛行時間型2次イオン質量分析法(TOF-SIMS、Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry)観察によりAgカソードの反応メカニズムについて議論している。同位体酸素交換を行ったAgカソード中の同位体酸素分布をTOF-SIMSを用いてマッピングした結果、Agカソード表面とカソード・電解質界面に同位体酸素が強く見られ、Ag粒界近傍に酸素濃度の高い領域が見いだされた。よって、酸素はAgカソード表面全面で吸着解離し、Agカソード中のAg粒界近傍を拡散し、Agカソードと電解質の界面を拡散し、カソード全面から電解質に潜り込むと結論している。

第6章では、第4章と第5章で得られた知見を総括した後に、理想的な電極構造をもつAg含有カソードを設計・作製し、理想的な電極構造をもったAg含有カソードが本研究で作製したAg含有カソードの中で最も良い性能を示すことを確認している。Ag中の酸素拡散抵抗が律速過程であることから、Agカソード中の酸素拡散距離は短い方が良く、Ag中の酸素の拡散経路がAg粒界近傍であることから、Ag粒径は小さく保たれた構造が良いと述べられている。本章では、カソード中酸素拡散が速い中低温SOFC用酸化物カソードであるLa(0.6) Sr(0.4) Co(0.2) Fe(0.8) 0(3_δ)に微小Ag粒が分散され、750℃3時間で焼き付けられたAg含有量が50wt%のAg-LSCFサーメットカソードにおいて、Ag粒径が小さく、Ag中の酸素拡散距離が短く、Ag表面積をカソードネットワークが細くなりすぎない範囲で広いカソード構造を有し、最も良い性能を示すと結論している。

第7章は結論であり、本研究で得られた成果がまとめられている。

以上を要するに、SOFC用Agカソードにおいて、酸素原子は、Agカソード表面全面で吸着解離し、Agカソード中のAg粒界近傍を拡散し、Agカソードと電解質の界面を拡散し、カソード全面から電解質に潜り込むことが明らかになり、カソード材としてAgを用いるときは、Agの粒成長が抑制された細かな粒子状態を保ち、Ag表面積が最大化するような多孔質なカソード構造において、最大限の性能を発揮することが示されている。本研究により、500-600℃においても高い酸素吸着解離能を有するAgの電極反応に寄与するメカニズムが明らかにされ、最適な微細構造が示されたことは、高性能なAg含有カソードの開発に新たな知見を加えるもので、学術的な価値とともに工業的な利用価値が極めて高い。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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