学位論文要旨



No 124657
著者(漢字) 柴田,尚樹
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ナオキ
標題(和) 急進的イノベーションの早期発見の方法論に関する研究
標題(洋)
報告番号 124657
報告番号 甲24657
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7091号
研究科 工学系研究科
専攻 技術経営戦略学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 坂田,一郎
 東京大学 准教授 茂木,源人
 東京大学 准教授 松尾,豊
内容要旨 要旨を表示する

学術研究(Science)での研究成果が、技術開発(Technology)に応用され、製品・サービス(Industry)が生み出されるというサイクルの時間が従来に比べて圧倒的に短くなってきている。従って、技術経営戦略を立案するには、将来のイノベーションの中核を早期発見することが重要である。イノベーションの種類を、技術的連続性の有無を基準として分類すると、従来的技術の延長線上にある改良型の技術革新である「漸進的イノベーション(incremental innovation)」と従来の技術と抜本的に異なる非連続な技術革新「急進的イノベーション(radical innovation)」に分類できる。技術経営戦略の立案のためには、特に、急進的イノベーションの中核となる研究を早期発見することが重要である。何故なら、漸進的イノベーションに比べ、急進的イノベーションの方が、その非連続性が故に、企業や社会に対する影響が大きくなるからである。本研究では、学術研究に基づいたテクノロジー・イノベーション(science-oriented technology innovation)を扱い、学術論文から急進的イノベーションの中核となる論文を早期に発見する方法論を提案する。これを実現するために3つの目的を設定した。第一の目的は、漸進的イノベーションと急進的イノベーションを判定する方法論を構築することであり、第二の目的は、急進的イノベーションにおいて、新興学術分野を早期発見する方法論を構築することである。そして、第三の目的は、漸進的イノベーションにおいて、将来中核となる論文を早期発見する方法論を構築することである。

現在、科学、社会科学の論文データベースの中で、最良なデータベースの一つがInstitute for Scientific Information (ISI)が提供しているデータベースであるが、このデータベースからあらかじめ選定したクエリを用いて論文を検索、抽出した。論文をノード、引用をエッジとみなし、引用ネットワークを生成し、その最大連結成分をトポロジカルなクラスタリング手法によってクラスターに分割し、分析した。また、各論文の引用ネットワーク中での中心性の分析も行った。また、本研究では、既にイノベーションが起こったということが明らかな2つの学術分野を選定し、ケーススタディを行った。一つ目の学術分野はガリウム・ナイトライド分野である。ガリウム・ナイトライド分野は、応用物理学分野、応用工学分野における突出したイノベーションの例として広く認識されており、漸進的イノベーションが起こった分野であると考えられるため選定した。二つ目は、複雑ネットワーク分野であり、当分野は近年新しい学術分野を切り開いた例として認識されている。複雑ネットワーク分野は上述のように元来、社会学が中心であったが1998年以降、急激に物理学研究が増加しており、急進的イノベーションが起こった分野であると考えられるため選定した。

はじめに、直接引用(direct citation)、共引用(co-citation)、書誌結合(bibliographic coupling)という主に3種類の引用のうちどの引用手法が最も新興学術分野の発見に適しているかを分析した。3種類の引用ネットワークを構築し、トポロジカルなクラスタリング手法でクラスターに分類し、あらかじめ定めた各分野の重要論文が含まれるクラスターのパフォーマンスを"visibility(クラスターの相対的な大きさ)", "speed(クラスター内論文の平均出版年齢)", "topological relevance(クラスター内のエッジ密度)"の3つで評価した。最良の引用分析手法は、より大きな新興論文群をより早く発見できる直接引用であり、ワーストは共引用であった。共引用が最も劣った理由は、共引用が生じるまでのタイムラグのせいであった。直接引用と書誌結合を比べると、クラスター係数が直接引用の方が大きく、引用で結ばれる論文間の意味的な類似度が最も高く、また重要論文が最大連結成分に含まれないというリスクが最も小さかいため、直接引用が最良であると結論づけられた。

第一の目的を達成するために、クラスター内次数係数(within-module degree)z-score、モジュール間分散度(participation coefficient)Pを分析することで各重要論文のトポロジカルな役割の特定を行い、漸進的イノベーションと急進的イノベーションを明確に区別する方法を提案した。漸進的イノベーションのプロセスでは、ブレークスルーは既存の学術領域内で起こり、ハブとなる重要論文のzもPも大きくこれらの論文は「グローバルなハブ」である。反対に、急進的イノベーションのプロセスでは、ブレークスルーは既存の学術領域の中では起こらず、独立した新しいクラスターが生まれる。研究の中心が急速に移動し、ハブとなる重要論文はzが大きくPが小さい「ローカルなハブ」になる。さらに、第二の目的を達成するために、トポロジカルなクラスタリングによって論文を各クラスターに分類した後、各クラスターの主要論文のz, P、各クラスターの平均出版年、自然言語処理によって抽出された各クラスターのトピックを分析することで、急進的イノベーションにおいて新興論文群を発見することができた。新興論文群として抽出すべきクラスターは、1) クラスター内ハブ論文のzが大きくPが小さい、2) クラスター内ハブ論文が若い、3) クラスターの特徴語から見て、他のクラスターと異なるトピックを扱っているという特徴を持つクラスターであった。

第三の目的を達成するために、多くの引用を獲得する論文は、過去において、トポロジカルな意味でどのような位置にあったのかということを分析した。具体的には、クラスタリング中心性、距離中心性、媒介中心性という3つの中心性、現在の年齢、現時点の被引用数のそれぞれと将来の被引用数との相関関係を調べることにより、将来引用を獲得する論文の特徴を明らかにした。漸進的イノベーションが起こっている分野では、学術分野の知識量が増加し始まった段階において、現在の被引用数が近い将来の被引用数に影響を与え、媒介中心性が遠い将来の被引用数に影響を与えるということが本研究で明らかになった。急進的イノベーションが起こっている分野では、必ずしも分野間の架け橋となる論文が将来引用を獲得するわけではないため、上記の法則が成り立たず、相関係数がゼロに近づく。しかし、急進的イノベーションが起こっている場合でも、上述の方法で、新興学術分野のみを抽出すれば、現在の被引用数、媒介中心性から将来引用を獲得する可能性の高い論文を予測できる。

以上の結果から、急進的イノベーションの中核となる学術論文を早期に発見する方法論を以下のように提案した。

1.引用ネットワークをクラスタリングし、クラスター内次数zとクラスター間分散度Pを分析し、イノベーションの種別の判定を行う。

・クラスター内次数係数z, モジュール間分散度Pともに大:漸進的イノベーション

・クラスター内次数係数z大, モジュール間分散度P小:急進的イノベーション

2.急進的イノベーションにおける新興学術分野の発見には、引用ネットワークのクラスタリングを主に、補助的に共起ネットワークのクラスタリングを用いる。

・引用ネットワークをクラスタリングし、トピック抽出、可視化する。

・以下の3つの特徴を持つクラスターを新興学術分野と見なす。

A)クラスター内ハブ論文のzが大きくPが小さい(目安:z>2.5, P<0.3)。

B)クラスター内ハブ論文が若い。

C)クラスターの特徴語から見て、他のクラスターと異なるトピックを扱っている。

・さらに、補助的に、語句の共起ネットワークのクラスタリング結果から、抽出した新興学術分野の他には新興トピックがないかどうかを確認する。

3.抽出された新興学術分野(漸進的イノベーション)において、将来の被引用数の予測には、媒介中心性と被引用数を評価する。

審査要旨 要旨を表示する

技術経営戦略を立案するには、将来のイノベーションの中核を早期発見することが重要である。イノベーションは従来的技術の延長線上にある改良型の技術革新である「漸進的イノベーション」と従来の技術と抜本的に異なる非連続な技術革新「急進的イノベーション」に分類できるが、技術経営戦略の立案のためには、特に、急進的イノベーションの中核となる学術研究を早期発見することが重要である。本論文の目的は、学術論文から急進的イノベーションの中核となる論文を早期に発見する方法論を構築することにある。

本論文では、学術論文の引用ネットワークに対して、近年めざましく発展した複雑ネットワーク分析を用いることで、イノベーションの中核となる論文群を早期に発見する方法論を構築することを目指した。具体的には、はじめに、漸進的イノベーションと急進的イノベーションを判別し、次に、急進的イノベーションにおいて新興学術分野を早期発見し、最後に、漸進的イノベーションにおいて将来中核となる論文を早期発見する方法論を構築することで本論文の目的が達成できると第1章では論じている。

第2章では、複雑ネットワーク分析の歴史を整理し、本論文に応用すべき手法が整理されている。はじめに、検索クエリによって論文データベースから論文が収集され、引用ネットワークの最大連結成分が抽出され、クラスタリング手法によって分割される。その後、可視化、ネットワーク中におけるノードの役割、クラスターごとのトピック抽出によって新興クラスターが特定される。また、ネットワークにおける中心性によって将来の被引用数を予測する手法が整理されている。また、本論文でケーススタディとして扱うガリウム・ナイトライド分野、複雑ネットワーク分野の概要が示されている。

第3章では、直接引用、共引用、書誌結合という3種類の引用のうちどの引用手法が最も新興学術分野の発見に適しているかを分析し、最良の引用分析手法は、より大きな新興論文群をより早く発見できる直接引用であり、ワーストは共引用であると論じている。

第4章では、第一に、各クラスター内の重要論文のトポロジカルな役割の特定を行い、漸進的イノベーションと急進的イノベーションを明確に区別する方法が提案されている。漸進的イノベーションのプロセスでは、ブレークスルーは既存の学術領域内で起こり、ハブとなる重要論文はグローバルなハブであるのに対し、急進的イノベーションのプロセスでは、ブレークスルーは既存の学術領域の中では起こらず、独立した新しいクラスターが生まれ、ハブとなる重要論文はローカルなハブになる。第二に、急進的イノベーションにおいて新興論文群として抽出すべきクラスターは、1) クラスター内ハブ論文がローカルなハブである、2) クラスター内ハブ論文が若い、3) クラスターの特徴語から見て、他のクラスターと異なるトピックを扱っているという特徴を持つクラスターであると論じている。

そして第5章では、各論文のクラスタリング中心性、距離中心性、媒介中心性という3つの中心性、現在の年齢、現時点の被引用数のそれぞれと将来の被引用数との相関関係を分析することで、将来引用を獲得する論文の特徴を明らかにしている。漸進的イノベーションが起こっている分野では、学術分野の知識量が増加し始まった段階において、現在の被引用数が近い将来の被引用数に影響を与え、媒介中心性が遠い将来の被引用数に影響を与えると論じている。

第6章では考察として、引用ネットワークを用いる手法と語の共起ネットワークを用いる手法を比較した上で、急進的イノベーションの中核となる学術論文を早期に発見する方法論を整理し、さらに再生医療分野へ提案手法を適用し、同分野で将来中核となる論文群を提案している。

最後に、第7章の結論として、急進的イノベーションの中核となる学術論文を早期に発見する方法論を提案している。この提案手法は技術経営戦略の立案のために重要な知見として有効であると考える。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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