学位論文要旨



No 124660
著者(漢字) 尾関,丈二
著者(英字)
著者(カナ) オゼキ,ジョウジ
標題(和) ウイルス感染による植物の全身壊死誘導機構に関する解析
標題(洋)
報告番号 124660
報告番号 甲24660
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3370号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 嶋田,透
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 准教授 中園,幹生
 東京大学 特任准教授 濱本,宏
内容要旨 要旨を表示する

植物と植物ウイルスの間では感染過程において様々な相互作用が繰り広げられる。一般にウイルスに対して植物は「感受性」または「抵抗性」を示す。植物においてウイルスによる全身感染が成立する場合を「感受性」と呼ぶ。「感受性」植物においてはウイルス感染により、奇形、モザイク、全身壊死など様々な病徴が引き起こされ作物生産に深刻な被害を与える。これら病徴の誘導機構は植物とウイルスの複雑なせめぎあいの結果と考えられているものの、ほとんど解明されていない。一方、ウイルスが植物に感染できない場合を「抵抗性」と呼ぶ。「抵抗性」植物における防御機構は、農業生産および作物育種の重要性から多くの研究が行われている。

植物が示す「抵抗性」のなかで最も解析が進んでいるのは、「過敏感反応 (hypersensitive response; HR)」である。HRはウイルスが非病原性遺伝子を持ち、植物が対応する抵抗性遺伝子 (R遺伝子) を持つ場合に誘導される。HRが誘導されると、H2O2の生成、カロースの沈着、イオンリーク量の増大、防御関連遺伝子の発現誘導とともに、プログラム細胞死 (programmed cell death; PCD) が誘導される。HRは"the rapid death of plant cells in association with the restriction of pathogen growth" と定義され、HR誘導時にはPCDと共に病原体の増殖を抑制する「抵抗性反応 (resistance response; RR)」 が誘導されると考えられているが、絶対寄生性病原体であるウイルスに対するHRにおいてはPCDによりウイルスが初期感染細胞に封じ込められるため、PCDがRRの役割も担っていると考えられている。しかし、一部のR遺伝子依存的抵抗性反応においてはPCDを伴わない迅速な抵抗性が誘導されることが報告されており、ウイルスに対するHRにおけるPCDとRRの役割ならびにそれらの経路はいまだ明らかではない。

「全身壊死」は、ウイルス感染による病徴のなかでも農作物に最も深刻な被害を与える病徴であるがその誘導機構は不明である。本研究では、ユリなどに感染し深刻な被害を与えているオオバコモザイクウイルス (plantago asiatica mosaic virus; PlAMV) がNicotiana benthamianaに感染して引き起こす「全身壊死」を解析し、その誘導機構を詳細に解析した。

1. PlAMV感染による全身壊死を決定するウイルス因子の解析

PlAMV感染による全身壊死を簡便かつ再現性よく解析するためPlAMV-Li分離株 (Li1、Li6分離株) より感染性cDNAクローンを構築し、アグロインフィルトレーション法によりN. benthamianaに接種した。すると、Li1接種植物においては5日後に接種領域が壊死し14日後には全身壊死した。一方、Li6接種植物は全身感染したものの無病徴であった。両クローンのキメラコンストラクトを構築し、次いで点変異導入を行うことで、PlAMV感染による全身壊死決定因子を探索した。その結果、PlAMVの複製酵素 (RdRp) の1154番目のアミノ酸 (aa. 1154) が病徴決定因子であることを明らかにした。RdRpのaa. 1154はLi1ではシステイン (C) 、Li6ではチロシン (Y) であり、この部位のアミノ酸をC (Li1) → Y (Li1-1154Y) とすると接種植物における病徴は無病徴になり、Y (Li6) → C (Li6-1154C) とすると全身壊死を引き起こした。以後、Li1およびLi6-1154Cは全身壊死を誘導することから「壊死型」PlAMV、Li6およびLi1-1154Yは無病徴であることから「無病徴型」PlAMVとする。

つぎに病徴とウイルス蓄積量との関係について調べるため接種葉を用いてノーザンブロット解析した。N. benthamianaに各感染性cDNAクローンを接種しウイルス蓄積量を比較したところ、Li1はLi6に比べ約50倍多く蓄積していたのに対し、Li1-1154YとLi6-1154Cはともに同程度であり、Li6より約20倍多く蓄積していた。Li6-1154C (壊死型) とLi1-1154Y (無病徴型) のウイルス蓄積量が同程度であったことから、病徴型とウイルス蓄積量との間に明瞭な相関関係のないことが明らかとなった。

2. PlAMV感染による全身壊死の性状解析

抵抗性植物におけるHRの指標として複数の解析手法が知られている。本研究ではPlAMV感染による全身壊死について調べるため、ほぼ全てのHRの指標について包括的に解析した。各感染性cDNAクローンを接種し、トリパンブルー染色により壊死細胞を染色したところ、「壊死型」PlAMVの接種領域では青く染色されたが「無病徴型」PlAMVでは染色されなかった。DAB染色によりH2O2生成を褐色の染色として検出したところ、「壊死型」PlAMVの接種領域では褐色に染色されたのに対して「無病徴型」PlAMVの接種領域では染色されなかった。アニリンブルー染色によりカロース沈着を検出したところ、「壊死型」PlAMVの接種領域ではカロース沈着が確認されたが「無病徴型」PlAMVの接種領域では確認されなかった。ウイルス接種領域におけるイオンリーク量を測定したところ、「壊死型」PlAMVの接種領域では「無病徴型」PlAMVの接種領域よりもイオンリーク量が顕著に増加していた。HRにおいて誘導される防御関連遺伝子の発現量を調べたところ、「壊死型」PlAMVの接種植物では「無病徴型」PlAMVの接種植物やコントロールに比べて発現量が上昇していた。TUNEL法により核DNAの断片化を調べたところ、「壊死型」PlAMVの接種領域では核DNAの断片化が認められたのに対し「無病徴型」PlAMVの接種領域では認められなかった。以上より、PlAMV感染による全身壊死においては、HRと同様の反応が誘導されていることが明らかとなった。

3. PlAMV感染による全身壊死に関わる宿主因子の解析

HRに重要な因子としてSGT1/RAR1複合体などが報告されているほか、MAPKKKαおよびMEK2を含むMAPKカスケードと呼ばれるリン酸化経路が防御応答シグナル伝達で主要な役割を果たすことが報告されているため、VIGS法によりそれらの遺伝子発現をノックダウンし、これら因子がPlAMV感染による全身壊死に関わるかどうかを調べた。その際にウイルス接種領域における壊死とウイルス蓄積量に着目することにより、それぞれPCDとRRへのこれら因子の関与について調べた。

まずウイルス接種領域における壊死に着目した。SGT1およびRAR1ノックダウン植物にLi1を接種したところ、接種領域における壊死が抑制されH2O2生成も認められなかった。また、MAPKKKαおよびMEK2ノックダウン植物にLi1を接種したところ、接種領域での壊死は抑制されH2O2生成も認められなかった。以上のことから、SGT1/RAR1複合体およびMAPKKKαを含むMAPKカスケードは、PlAMV感染による全身壊死においてPCDの誘導に関わることが明らかとなった。

つぎにウイルス接種領域におけるウイルス蓄積量に着目し、Li1およびLi1-1154Yのウイルス蓄積量をノーザンブロット解析により調べた。Li1蓄積量はSGT1およびRAR1ノックダウン植物ではコントロールに比べて増加したのに対して、MAPKKKαおよびMEK2ノックダウン植物ではコントロールと同程度であった。一方、Li1-1154Y蓄積量はどの遺伝子をノックダウンしてもコントロールと同程度であった。SGT1およびRAR1のノックダウンによりN. benthamianaに全身壊死を誘導するPlAMVのウイルス蓄積量が増加したことから、全身壊死を誘導するPlAMVのウイルス蓄積は、ウイルス感染時にSGT1/RAR1複合体を介したRRにより抑制されていることが示された。一方、MAPKKKαおよびMEK2のノックダウンはPlAMVのウイルス蓄積量を増加させなかったことから、MAPKKKαおよびMEK2を含むMAPKカスケードがRRに関わっていないことが示された。

ジャガイモXウイルス (potato virus X; PVX) はPlAMVと同じPotexvirus属ウイルスであるが、対応するR遺伝子 (Rx) を持つN. benthamiana (Rx形質転換N. benthamiana) においてHRを誘導する。Rxを介したPVXに対するHRにおいてもSGT1/RAR1複合体、MAPKカスケードとPCD、RRの関与について調べた。Rx形質転換N. benthamianaにPVX-GFPを接種するとHRによる壊死が誘導されウイルス蓄積は検出されなかった。SGT1をノックダウンしPVX-GFPを接種したところ、HRによる壊死が抑制され、ウイルスが蓄積した。一方、MAPKKKαをノックダウンしたところ、HRによる壊死は抑制されたが、ウイルス蓄積は検出されなかった。以上のことから、PVXによるHRにおいても、全身壊死を誘導するPlAMVと同様に、SGT1/RAR1複合体、MAPKカスケードともにPCDの誘導に関わる一方で、SGT1/RAR1複合体はRRに関与するがMAPKKKαを介したMAPKカスケードはRRに関わっていないことが示された。

以上を要するに、PlAMVによる全身壊死の解析を通じて、ウイルスゲノムのわずかな相違により病徴が劇的に変化することを明らかにした。また、全身壊死はHRと同様の反応で誘導されるが、ウイルスが局所的に封じ込められないためHRが植物体全体で誘導されていることを明らかにした。さらに、全身壊死やHRに関与する因子の解析を通じていずれの反応においてもPCDとRRがそれぞれ誘導されており、それらの誘導は一部別の経路を経由することを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

植物と植物ウイルスの間では感染過程において様々な相互作用が繰り広げられる。一般にウイルスに対して植物は「感受性」または「抵抗性」を示す。植物においてウイルスによる全身感染が成立する場合を「感受性」と呼ぶ。「感受性」植物においてはウイルス感染により、奇形、モザイク、全身壊死など様々な病徴が引き起こされ作物生産に深刻な被害を与える。これら病徴の誘導機構は植物とウイルスの複雑なせめぎあいの結果と考えられているものの、ほとんど解明されていない。「全身壊死」は、ウイルス感染による病徴のなかでも農作物に最も深刻な被害を与える病徴であるがその誘導機構は不明である。本研究では、ユリなどに感染し深刻な被害を与えているオオバコモザイクウイルス (plantago asiatica mosaic virus; PlAMV) がNicotiana benthamianaに感染して引き起こす「全身壊死」を解析し、その誘導機構を詳細に解析した。

1. PlAMV感染による全身壊死を決定するウイルス因子の解析

PlAMV-Li分離株 (Li1、Li6分離株) をNicotiana benthamianaに接種すると、Li1接種植物においては5日後に接種領域が壊死し14日後には全身壊死した。一方、Li6接種植物は全身感染したものの無病徴であった。両ウイルスの感染性ゲノムcDNAクローンのキメラコンストラクトを構築し、次いで点変異導入を行うことで、PlAMV感染による全身壊死決定因子を探索した。その結果、PlAMVの複製酵素 (RdRp) の1154番目のアミノ酸 (aa. 1154) が病徴決定因子であることを明らかにした。つぎに病徴とウイルス蓄積量との関係について調べるため接種葉を用いてノーザンブロット解析した。Li6-1154C (壊死型) とLi1-1154Y (無病徴型) のウイルス蓄積量が同程度であったことから、病徴型とウイルス蓄積量との間に明瞭な相関関係のないことが明らかとなった。

2. PlAMV感染による全身壊死の性状解析

植物が示す「抵抗性」のなかで最も解析が進んでいるのは、「過敏感反応 (hypersensitive response; HR)」であるが、PlAMV感染による全身壊死と抵抗性植物におけるHRに関わりについて解析した。HRの指標として複数の解析手法が知られており、本研究ではPlAMV感染による全身壊死について調べるため、ほぼ全てのHRの指標について包括的に解析した。「壊死型」と「無病徴型」PlAMVの感染性cDNAクローンを接種し、各種の染色や検出を行ったところ、「壊死型」PlAMVの接種領域では、トリパンブルー染色による細胞死、DAB染色によるH2O2生成、アニリンブルー染色によるカロース沈着、イオンリーク量の増大、防御関連遺伝子の発現誘導、TUNEL法による核DNAの断片化が検出されたが、「無病徴型」PlAMVの接種領域ではそれらはいずれも検出されなかった。以上の反応は全てHRに典型的な反応であり、PlAMV感染による全身壊死においては、HRと同様の反応が誘導されていることを示している。従って、ウイルスによる全身壊死という病徴が典型的な抵抗性反応であるHRと同様の反応で誘導されるが、ウイルスが局所的に封じ込められないため、HRが植物体全体で誘導されることによって引き起こされることを明らかにした。

3. PlAMV感染による全身壊死に関わる宿主因子の解析

ウイルスに対するHRには細胞死(PCD)が伴うが、植物の自発的なPCDによりウイルスが死細胞内に封じ込められると考えられているものの、実験的に実証されていない。本研究ではHRや全身壊死に関わる植物因子を解析し、その際にウイルス接種領域における壊死とウイルス蓄積量に着目することにより、HRや全身壊死における細胞死(PCD)とウイルス抑制反応(RR)の位置づけについて解析した。

まずウイルス接種領域における細胞死に着目した。VIGS法によりSGT1、RAR1、MAPKKKαおよびMEK2をノックダウンし、Li1を接種したところ、接種領域での壊死は抑制されH2O2生成も認められなかった。以上のことから、SGT1/RAR1複合体およびMAPKKKαを含むMAPKカスケードは、PlAMV感染による全身壊死においてPCDの誘導に関わることが明らかとなった。

つぎにウイルス接種領域におけるウイルス蓄積量に着目した。SGT1およびRAR1のノックダウンによりN. benthamianaに全身壊死を誘導するPlAMVのウイルス蓄積量が増加したことから、全身壊死を誘導するPlAMVのウイルス蓄積は、ウイルス感染時にSGT1/RAR1複合体を介したRRにより抑制されていることが示された。一方、MAPKKKαおよびMEK2のノックダウンはPlAMVのウイルス蓄積量を増加させなかったことから、MAPKKKαおよびMEK2を含むMAPKカスケードがRRに関わっていないことが示された。

一方、これらの遺伝子がPlAMVと同じPotexvirus属ウイルスであるジャガイモXウイルス (potato virus X; PVX)に対するHRに関与するかについて解析した。対応するR遺伝子 Rxをもつ植物体を用いて解析を行ったところ、PVXによるHRにおいても、全身壊死を誘導するPlAMVと同様に、SGT1/RAR1複合体、MAPKカスケードともにPCDの誘導に関わる一方で、SGT1/RAR1複合体はRRに関与するがMAPKKKαを介したMAPKカスケードはRRに関わっていないことが示された。従って、全身壊死やHRに関与する経路の解析により、いずれにおいても細胞死(PCD)とウイルス抑制反応(RR)が異なる経路を経て誘導されることを明らかにした。

以上を要するに、本研究の成果はウイルスによる病徴発現と抵抗性反応が表裏一体であることを示しており、従来の抵抗性育種によるウイルス防除に警鐘を鳴らす成果であるといえる。また、ウイルスに対するHRにおいて細胞死が果たす役割は十分に明らかにされていなかったが、本研究によりその一端が解明された。この意義は大きく、この成果を応用すれば細胞死を伴わない抵抗性反応も実現可能であると想定される。以上のように本研究の成果は、学術上また応用上きわめて価値が高い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)に値するものと認めた。

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