学位論文要旨



No 124662
著者(漢字) 二瓶,直登
著者(英字)
著者(カナ) ニヘイ,ナオト
標題(和) 植物のアミノ酸吸収・代謝に関する研究
標題(洋)
報告番号 124662
報告番号 甲24662
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3372号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 篠崎,和子
内容要旨 要旨を表示する

1 背景・目的

化学肥料の多投や農薬の使用による環境負荷が懸念される中、将来に渡る持続的な食糧生産を維持するため、環境にやさしい有機農業が見直されている。有機農業では、有機質肥料の肥効発現が作物の収量や品質に大きな影響を与えるが、その効果は、個々の経験による部分が大きく、安定した肥効が得られないことも多い。有機農業による農産物生産を普及・拡大するためには、科学的根拠に基づいた施肥技術を提示し、より効果的に肥料の効果を引き出すことにより、農業者が有機農業に、より取組み易くする必要がある。

作物栽培において生育を最も大きく左右する養分は窒素である。従来、有機質肥料の窒素肥効を予測する試みは、リービッヒの無機栄養説に基づき、土壌微生物の分解により完全に無機化したNH4(+)、NO3-を測定することが行われている。一方で、土壌で生成した無機態窒素量と作物の生育が比例していない事例(Matsumoto 1999)や、ツンドラ地帯の森林や牧草がアミノ酸を積極的に吸収・利用している報告(Chapin et al. 1993, Nasholm et al. 1998)もある。

有機質肥料は土壌に施用された後、微生物の分解によりタンパク質、ペプチド、アミノ酸を経て最終的に無機態窒素となる。したがって、有機質肥料を使用する有機栽培圃場では、化学肥料を施用する慣行栽培より、その分解過程で生成する低分子の有機態窒素の存在が多い。しかし、実際の有機栽培作物や今後普及が期待できる作物について、有機態窒素の生育への影響、吸収特性、吸収後の代謝に関する研究はこれまでほとんど行われていない。

本研究では、有機質肥料の施用効果解明への第一歩として、タンパク質の構築単位であり有機態窒素の無機化過程で必ず生成されるアミノ酸の植物による直接利用について解析を行った。概要は以下のとおりである。

(1)有機質肥料の植物別施用効果および有機態窒素の生育に対する影響の解析

(2)アミノ酸を単一窒素源とした栽培におけるアミノ酸の種類が生育に与える影響の解析

(3)アミノ酸の直接吸収の証明、吸収過程のリアルタイムイメージングおよび吸収速度、特性の解析

(4)直接吸収したアミノ酸の代謝と植物体内の蓄積分布の解析

以上の実験により、植物へのアミノ酸直接吸収と吸収したアミノ酸の植物体内での利用の経路の解明、また無機態窒素を吸収した場合との相違点などについて考察した。

2 研究内容

(1) 有機質肥料の植物別施用効果および有機態窒素の生育に対する影響の解析

有機栽培がよく行われる植物について、数種類の有機質肥料を施用した栽培試験を行った。栽培試験の結果、有機質肥料の効果は植物の種類により大きく異なり、イネ、コムギ、チンゲンサイは有機質肥料の施用効果が高く、キュウリ、トマト、ピーマンでは低かった。また根系の発達も、地上部同様、植物や有機質肥料の種類で大きく異なり、特にイネとコムギでは有機質肥料を施用すると根系も非常によく発達することが明らかになった。

土壌の無機態窒素量と植物の窒素吸収量を比較すると、キュウリでは無機態窒素量と窒素吸収量に高い相関がみられたが、イネ、チンゲンサイでは相関はなかった。特に、有機質肥料施用区では無機窒素施用区より生育期間を通しての土壌の無機態窒素量が少ないにもかかわらず、イネの窒素含有量が多いという結果が得られ、イネが無機態窒素のみではなく、有機態窒素をも吸収して生育していることが示唆された。

(2) アミノ酸を単一窒素源とした栽培におけるアミノ酸の種類が生育に与える影響の解析

タンパク質を構成するアミノ酸20種類を窒素源として、5種類の植物(イネ、コムギ、チンゲンサイ、ダイズ、キュウリ)を無菌的に栽培した。その結果、アミノ酸の生育に対する効果は植物の種類で異なった。ダイズはアミノ酸の種類により、生育に大きな差は見られなかったが、イネ、チンゲンサイ、コムギ、キュウリでは一部のアミノ酸が無機態窒素と同等の生育を示す一方で、アミノ酸によっては強い生育阻害を引き起こすなど、生育に対して正負の大きな影響が見られた。無機態窒素以上の生育を示したのはGlnで、無機態窒素とほぼ同等の生育がAla、Arg、Asp、Asn、Glu、Gly、Proで得られた。逆にTrp、Leu、Val、Tyr、Met、Cys、Ile、Lys、Pheでは強い生育阻害が見られた。

根系発達に関してもアミノ酸の影響が強く見られ、イネでは、Gln、Asnの施用で種子根や側根の生長が旺盛になった。本結果より、植物によってはいくつかのアミノ酸を窒素源としての生育が可能であり、無機態窒素以上の生育も可能であることが示された。また生育がよかったアミノ酸はいずれも植物体内に比較的多く含まれるアミノ酸であることから、植物がアミノ酸を直接吸収し、速やかに代謝、利用していることが予測された。

(3) アミノ酸の直接吸収の証明、吸収過程のリアルタイムイメージングおよび吸収速度、特性の解析

イネ幼植物を用い、アミノ酸の直接吸収の証明を試みた。また、吸収経路の解明、吸収速度の算出および根圏の窒素環境がアミノ酸の吸収に与える影響の検討を行った。

アミノ酸の直接吸収を証明するため、(15)Nと(13)Cの安定同位体二重標識Glnを吸収させた後、地上部と地下部のそれぞれから遊離アミノ酸を抽出し、質量分析による測定を行った。その結果、地下部に加え、地上部でも二重標識Glnの存在が確認されたこと、栽培後の溶液中には無機態窒素や他のアミノ酸などが検出されなかったことから、溶液中のGlnは根から直接吸収されることを明らかにすることができた。

次に、アミノ酸の吸収過程や吸収部位を検討するため、植物体中の物質動態を非破壊的にリアルタイムで画像化するリアルタイムオートラジオグラフィシステム(Rai et al.2008)を用い、連続的なアミノ酸吸収のイメージングをおこなった。イネの根が溶液中のGlnを吸収する過程を撮影し、画像解析から、Glnの吸収活性が主に根端部分において高いことが示された。

また、アミノ酸の吸収がトランスポーターを介していると考えられる(Hirner et al.2006)ことから、Glnの溶液濃度を変えた吸収実験の結果、吸収速度はミカエリス・メンテン式にあてはまり、そのKm値は199.7 μM、Vmax値は2.9 μmol/g/hであった。また、10 μM以下という低濃度でも積極的な吸収を示したことから、土壌中のアミノ酸が微量な場合でも吸収できる可能性が示された。

このように、アミノ酸吸収に能動輸送システムの関与が示唆されたことから、植物がどのような条件でこのアミノ酸吸収機構を発現しているかを検討するため、異なる窒素環境(Gln、NH4(+)、無窒素)で生育したイネ幼植物のGln吸収を測定した。その結果、いずれの処理においても減少率、吸収量に差はみられず、Gln吸収に関与する能動輸送のシステムは、窒素欠乏や根圏のGlnに応答して発現するのではなく、常時発現しているものと推察された。

(4) 直接吸収したアミノ酸の代謝と植物体内の蓄積分布の解析

イネ幼植物の生育が良好であったGln、Ala、阻害したValについて、吸収されたアミノ酸の地下部、地上部における代謝について安定同位体二重標識アミノ酸を与え、トレーサー実験を行った。

Glnを吸収したイネ幼植物の遊離アミノ酸は、地下部では、Gln、Asn、地上部では、Gln、Asn、Glu、Asp、Serが増加した。吸収されたGlnは、NH4(+)の窒素同化とほぼ同様にGS-GOGAT経路に取り込まれ、Glu、Aspへアミノ基が転移し、他のアミノ酸合成の窒素源として使用されたと考えられた。また、Gln態の窒素はNH4(+)と比較すると、特に地下部において90%近くがタンパク質合成に利用されており、遊離アミノ酸画分に存在する割合は低かった。Gln態として吸収された窒素は、窒素同化の最初の段階において地上部からの光合成産物を必要とせず、地上部からの同化産物の供給に制限されることなくタンパク質や核酸などに比較的早く変換できることが示唆された。一方、Gln態で吸収した炭素は、地下部では56%、地上部では60%近くが消失しており、窒素をアミノ基転移により利用した後は、TCAサイクルの有機酸などとして呼吸により二酸化炭素として放出されることが示唆された。特に地下部においては炭素の大部分がアミノ酸画分には存在していないことから、有機酸などアミノ酸以外の物質への変換も活発に行われ、呼吸基質の炭素源などとしても積極的に利用されていることが予想される。以上の結果から、Glnは地上部からの同化産物を使用せずに速やかに窒素をタンパク質合成へ使用することが可能であり、呼吸により炭素部分も使用することで、特に地下部において取り込んだ窒素を根系発達に効率よく利用することが、無機態窒素との異なる点と考えられた。

Alaを吸収したイネ幼植物では、吸収されたAlaはGlnにアミノ基を転移させ、その後はGlnと同様な代謝経路となっていると考えられた。Alaを吸収させたイネ幼植物の生育は、塩化アンモニウムより優るが、Glnで生育したイネ幼植物に比べて生育は劣る。これは、Alaが植物体内で利用されるためには、Glnへ一度代謝しなければならず、そのための代謝の基質とエネルギーが必要となるためであると考えられる。

吸収されたValは、代謝され生成されるアミノ酸がLeuのみであり、他のアミノ酸等へは代謝が進まないため体内で蓄積してしまい、生育を阻害したものと推測された。

3 まとめ

植物はいずれの種類のアミノ酸でも吸収するが、吸収後の代謝過程により、窒素源として植物生育によい影響を与えるかどうかが決まると考えられた。一部のアミノ酸では、無機態窒素と同等以上の生育促進効果(特に良好な根系発達)をもたらした。また、極低濃度でも植物がアミノ酸を吸収していることから、通常低濃度とされている土壌においてもアミノ酸を吸収していることが予想された。

以上のことから、土壌のアミノ酸濃度を高める堆肥や有機質肥料を施用する有機農業の施肥管理技術の確立には、窒素の無機化量だけでなく、分解過程で生成するアミノ酸の植物生育への影響がより一層重要となると考えられる。

図 イネ幼植物根の(14)C-Glnのリアルタイムオートラジオグラフィ画像

審査要旨 要旨を表示する

審査対象となる論文では、有機質肥料の施用効果解明への第一歩として、タンパク質の構築単位であり有機態窒素の無機化過程で必ず生成されるアミノ酸の植物による直接利用について解析を行っている。概要は以下のとおりである

(1)有機質肥料の植物別施用効果および有機態窒素の生育に対する影響の解析

(2)アミノ酸を単一窒素源とした栽培におけるアミノ酸の種類が生育に与える影響の解析

(3)アミノ酸の直接吸収の証明、吸収過程のリアルタイムイメージング解析による吸収速度ならびに特性の解析

(4)直接吸収したアミノ酸の代謝と植物体内の蓄積分布の解析

以上の実験により、植物へのアミノ酸直接吸収と吸収したアミノ酸の植物体内での利用の経路の解明、また無機態窒素を吸収した場合との相違点などについて考察している。

(1)有機質肥料の植物別施用効果および有機態窒素の生育に対する影響の解析

有機栽培がよく行われる植物について、数種類の有機質肥料を施用した栽培試験を行い、有機質肥料の効果は植物の種類により大きく異なること、また根系発達も、地上部同様、植物や有機質肥料の種類で大きく異なることを明らかにした。

質肥料の種類で大きく異なることを明らかにした。土壌の無機態窒素量と植物の窒素吸収量を比較すると、特に、イネの有機質肥料施用区では無機窒素施用区より生育期間を通しての土壌の無機態窒素量が少ないにもかかわらず、窒素含有量が多いという結果から、イネが無機態窒素のみではなく、有機態窒素をも吸収して生育していることが示唆した。

(2)アミノ酸を単一窒素源とした栽培におけるアミノ酸の種類が生育に与える影響の解析

タンパク質を構成するアミノ酸20種類を窒素源として、5種類の植物(イネ、コムギ、チンゲンサイ、ダイズ、キュウリ)を無菌的に栽培し、アミノ酸の生育に対する効果は植物の種類で異なることを明らかにした。ダイズはアミノ酸の種類により、生育に大きな差は見られなかったが、イネ、チンゲンサイ、コムギ、キュウリでは一部のアミノ酸が無機態窒素と同等の生育を示す一方で、アミノ酸によっては強い生育阻害を引き起こすなど、生育に対して正負の大きな影響が見られたことを報告している。無機態窒素以上の生育を示したのはGln、Ala、Asnで、逆にTrp、Leu、Val、Tyr、Met、Cys、Ile、Lys、Pheでは強い生育阻害が見られた。

(3)アミノ酸の直接吸収の証明、吸収過程のリアルタイムイメージングおよび吸収速度、特性の解析

アミノ酸の直接吸収を証明するため、(15)Nと(13)Cの安定同位体二重標識Glnを吸収させた後、地上部と地下部のそれぞれから遊離アミノ酸を抽出し、質量分析による測定を行い、溶液中のGlnは根から直接吸収されることを明らかにした。

アミノ酸の吸収過程や吸収部位をリアルタイムオートラジオグラフィシステムで検討し、連続的なアミノ酸吸収のイメージングから、イネの根が溶液中のGlnを吸収する過程を解析し、Glnの吸収活性が主に根端部分において高いことが示した。

Glnの吸収速度はミカエリス・メンテン式にあてはまり、Km値は200μM、Vmax値は2.9μmol/g/hであることを明らかにした。また、極低濃度でも積極的な吸収を示すため、土壌中のアミノ酸でも吸収できる可能性を示唆した。さらに、異なる窒素環境で生育したイネ幼植物のGln吸収を測定したが、いずれの処理においても吸収量に差はみられないため、Gln吸収に関与する能動輸送のシステムは、常時発現しているものと推察した。

(4)直接吸収したアミノ酸の代謝と植物体内の蓄積分布の解析

吸収されたGlnは、NH4+の窒素同化と同様にGS-GOGAT経路に取り込まれ、他のアミノ酸合成の窒素源として使用されたことを明らかにした。Glnは地上部からの同化産物を使用せずに速やかに窒素をタンパク質合成へ使用することが可能であり、特に地下部において取り込んだ窒素を根系発達に効率よく利用すること、さらに、Glnの分解から生育に必要なエネルギーも供給されていることが、無機態窒素との異なる点であることを明らかにした。

他のアミノ酸として、Alaが植物体内で利用されるためには、Glnへ一度代謝しなければならないこと、Valは代謝され生成されるアミノ酸がLeuのみであり、他のアミノ酸等へは代謝が進まないため体内で蓄積してしまい、生育を阻害したものことを明らかにした。

本論文により、植物はいずれの種類のアミノ酸も吸収するが、吸収後の代謝過程により、窒素源として植物生育によい影響を与えるかどうかが決まることを明らかにした。一部のアミノ酸では、無機態窒素と同等以上の生育促進効果が示され、また、極低濃度でも植物がアミノ酸を吸収したことから、通常低濃度とされている土壌においてもアミノ酸を吸収していることを指摘している。従って、土壌のアミノ酸濃度を高める堆肥や有機質肥料を施用する有機農業の施肥管理技術の確立には、窒素の無機化量だけでなく、分解過程で生成するアミノ酸の植物生育への影響がより一層重要な要素になることを初めて明らかにした。

よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25060