学位論文要旨



No 124663
著者(漢字) 赤井,祐介
著者(英字)
著者(カナ) アカイ,ユウスケ
標題(和) ヒストンシャペロンCIA/ASF1-CCG1ブロモドメイン複合体の構造と機能
標題(洋)
報告番号 124663
報告番号 甲24663
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3373号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 准教授 堀越,正美
 産業技術総合研究所 主任研究員 千田,俊哉
 東京大学 准教授 永田,宏次
内容要旨 要旨を表示する

真核生物のゲノムDNAは、ヒストンにDNAが巻き付いたヌクレオソームを形成することで、わずか数ミクロンの核内に収納されている。ヌクレオソームはDNA上で起こる転写・複製・修復・組み替えなどの反応に抑制的に作用するため、DNAを収納しつつ反応を進行させるにはヌクレオソームの形成と破壊が必須である。これまでに、細胞内外のシグナルに依存してヒストンの化学修飾が施され、特定領域のヌクレオソームの構造変換が起こることが明らかにされている。しかしながら、ヒストンの化学修飾からヌクレオソーム構造変換に至る反応素過程については未だ解明されていない。

ヒストンのアセチル化修飾は、特定の領域のヌクレオソームを特定の時期に破壊する目印となることが明らかにされている。ヒストンシャペロンCIA/ASF1は、この目印となるアセチル化を特異的に認識するTFIIDの最大サブユニットCCG1の高保存領域であるダブルブロモドメイン(以下、DBD(CCG1)と略す)と機能的に相互作用することで、転写活性化領域にリクルートされると考えられている。ヌクレオソーム構造変換因子とアセチル化ヒストン認識ドメインとの複合体(CIA/ASF1-DBD(CCG1)複合体)を解析することは、生体内のシグナルがヌクレオソーム構造変換を制御する分子機構を理解する上で、有用な知見を与えると考えられる。本研究では、この分子機構モデルを構造学的に明らかにするため、X線結晶構造解析の手法を用いてCIA/ASF1-DBD(CCG1)複合体の立体構造を決定した。

1. CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体のX線結晶構造解析

CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体溶液はモル比1:1で混合することにより調製し、15~20 mg ml(-1)まで濃縮して結晶化に用いた。結晶化を行った結果、0.4 x 0.25 x 0.2 mm3の複合体結晶を得ることに成功した。シンクロトロン放射光施設にて回折データ収集を行った結果、最大分解能3.0 Aの回折データを収集することに成功した。結晶の晶系はhexagonalに属し、格子定数はa = b = 101.8 A、c = 272.2 A、空間群はP6122の結晶であることが示された。

これまでに構造決定されている酵母由来のCia1p/Asf1pとヒト由来のDBD(CCG1)を初期モデルとして、分子置換法により位相の決定を行った。分子置換法で得られた座標を用いて、3.3 A分解能でREFMAC5、CNSによる精密化を行った。精密化の過程で、2つ目のCIA/ASF1分子の電子密度が見つかったため、さらにCIA/ASF1をモデルに追加した。分解能が3.0 A より低いことから個々の原子の温度因子は精密化を行わず、TLSパラメーターのみ精密化を行った。R(work) = 0.237、R(free) = 0.293となったところで精密化を終了した。

2. CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体の全体構造

結晶構造解析の結果、1分子のDBD(CCG1)に対して2分子のCIA/ASF1(155)が結合することが明らかになった (図1A)。CIA/ASF1(155)はDBD(CCG1)のドメインIとIIの領域と相互作用している。CIA/ASF1(155)とDBD(CCG1)の接触面積は818 A2 (結合サイト1)、719 A2 (結合サイト2)であり、両者の相互作用は非常に弱いことが示唆される。

CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体の特徴的な点は、ヒストンH3-H4やアセチル化ヒストン結合サイトと結合部位が重複していることである。結合サイト1では、DBD(CCG1)のPhe1536がCIA/ASF1分子の側面に位置する疎水ポケットを塞ぐ形で相互作用している (図1B)。この疎水ポケットはCIA/ASF1とヒストンH4 Phe100の相互作用に利用される領域でもある (図1B)。また、DBD(CCG1)の結合サイト1にはアセチル化ヒストンH4との相互作用に関わる疎水ポケットが存在し、CIA/ASF1(155)はDBD(CCG1)の2つの疎水ポケットに近接した領域で相互作用している (図1A)。CIA/ASF1は進化上高度に保存されたタンパク質でその相互作用因子も多いことから、共通表面を多数の相互作用に利用していることが示唆される。

3. CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体の定量的相互作用解析

CIA/ASF1(155)とDBD(CCG1)の相互作用を溶液中で評価するため、点変異体を用いたGSTプルダウンアッセイ、分析超遠心、等温滴定カロリメトリー(ITC)を行った。DBD(CCG1)変異体を用いたGSTプルダウンアッセイの結果、結合サイト1および2における両者の相互作用が減少したことから、溶液中でも2つの異なる分子表面を用いて複合体を形成していると考えられる。次に、ITCを行った結果、2つの独立した結合サイトをもつ" Two set of sites "モデルによるフィッティングで最良の結果が得られ、8.6 μMと173 μMの解離定数を有することが示された。さらに、CIA/ASF1(155)の高親和性結合サイトを決定するため、DBD(CCG1)点変異体を用いた沈降速度法を行った。その結果、Phe1536Ala (結合サイト1)点変異体では複合体が形成されないことから、CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体の高親和性結合サイトは結合サイト1であることが示された。以上の結果から、結合サイト1のKdは8.6 μM、結合サイト2のKdは173μMであると考えられる。

4. CIA/ASF1(155)、DBD(CCG1)、ヒストン(H3-H4)2による競合的相互作用

DBD(CCG1)との相互作用を介してプロモーター上にリクルートされたCIA/ASF1は次にヒストン(H3-H4)2と相互作用し、ヌクレオソーム構造を破壊すると考えられる。CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体とCIA/ASF1-ヒストンH3-H4複合体のCIA/ASF1分子で構造重ね合わせを行うと、立体障害のためDBD(CCG1)とヒストンH3-H4がCIA/ASF1に対して競合的に相互作用することが予想される (図1B)。そこで、3者の相互作用の関連性を明らかにするため、CIA/ASF1(155)、DBD(CCG1)、ヒストン(H3-H4)2を用いた競合的相互作用実験を行った。競合実験の結果、CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体にヒストン(H3-H4)2添加することでDBD(CCG1)がCIA/ASF1(155)から解離し、CIA/ASF1(155)はヒストンH3-H4と複合体を形成することが示された (図2A)。しかしその一方で、その逆過程は進行しないことが示された (図2B)。以上のように、DBD(CCG1)とヒストンH3-H4はCIA/ASF1(155)に対して競合的に相互作用し、CIA/ASF1(155)のDBD(CCG1)からヒストンH3-H4への変化は不可逆的に進行することが明らかになった (図2C)。これらの結果は、DBD(CCG1)との相互作用を介してプロモーター上にリクルートされたCIA/ASF1がDBD(CCG1)からヒストンH3-H4へと受け渡され、ヌクレオソームを破壊するという分子機構モデルを支持している。

まとめ

本研究では、ヌクレオソーム構造変換因子-アセチル化ヒストン認識ドメイン複合体で最初の例となるCIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体の結晶構造を明らかにした。さらに、共同研究を進めている東大・分生研の堀越研究室によるクロマチン免疫沈降を用いた局在解析の結果、CIA/ASF1がDBD(CCG1)との相互作用を介してACT1プロモーター上に局在することを明らかにした。以上の結果から、細胞内でも「CIA/ASF1がDBD(CCG1)との相互作用を介してプロモーター上にリクルートされた後、CIA/ASF1がDBD(CCG1)からヒストンH3-H4へと受け渡される」という分子機構モデルが示唆される。

図1 A) CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)の全体構造。DBD(CCG1)のアセチル化ヒストン結合サイトとCIA/ASF1(155)の結合サイトが近接している。B) CIA/ASF1-ヒストンH3-H4複合体とCIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)複合体のCIA/ASF分子での重ね合わせ。点線で示している領域で立体障害となるため、CIA/ASF1(155)、DBD(CCG1)、ヒストンH3-H4による3者複合体は形成できないことが推察される。

図2 CIA/ASF1(155)とDBD(CCG1)の相互作用に与えるヒストン(H3-H4)2の影響。

A) CIA/ASF1(155)-DBD(CCG1)にヒストンH3-H4を添加する競合実験。

B) CIA/ASF1(155)-ヒストンH3-H4にDBD(CCG1)を添加する競合実験。

C) 競合実験の概略図。この過程は不可逆的に進行することがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、これまで全く不明であったピストンの化学修飾からヌクレオソーム構造変換に至る分子機構を解明するため、X線結晶構造解析の手法を用いて、アセチル化ヒストンを特異的に認識するダブルブロモドメイン(DBD)とヌクレオソーム構造変換因子であるCIAによる複合体の立体構造を決定し、ヌクレオソーム構造の変換機構の解明を行っている。本論文の構成は、第一章「序論」、第二章「精製」、第三章「結晶化」、第四章「構造計算」、第五章「CIA-DBD複合体の構造解析」、第六章「相互作用解析」、第七章「ヌクレオソーム構造変換の分子機構の解明に向けた研究」、第八章「細胞内におけるCLへとDBDの関連性」の全八章からなる。

第二章では、結晶化および相互作用解析に使用するタンパク質を大腸菌の発現系を用いて大量調製し、精製の検討を行っている。

第三章では、第二章で精製したCIA、DBDのタンパク質溶液を用いて結晶化を行っている。結晶化条件のスクリーニングの結果、得られたCIA-DBD複合体の結晶は構造解析には不向きな双晶を形成していることが示されている。CIAのC末端領域が結晶中で不安定な構造をとつていることが示唆されたため、長さを少しずつかえたCIAのコンストラクトを使用することで、CIA-DBD複合体の双晶が解消されるかどうかを確認している。複数のコンストラクトを用いて結晶化条件の最適化を行った結果、CIA-DBD複合体の単結晶を得ることに成功し、最大で3口分解能のX線回折データを収集することに成功している。

第四章および第五章では、第三章で得られたX線回折データを用いて、CIA-DBD複合体の構造解析を行っている。まず、単波長および多波長異常分散法による初期位相の決定を行っているが、分解能が低いことなどから初期位相を得ることはできていない。そこで、分子置換法を利用して構造解析を行っている。結晶構造解析の結果、1分子のDBDに対して2分子のCIAが独立に相互作用した複合体を形成することが明らかにされている。結晶における両者の接触面積は700~800A2と非常に小さいことから、両者の相互作用は非常に弱く、結晶中のartifactではないかと強く懸念されると述べている。

第六章では、結晶中で観測されたCIA-DBD複合体が溶液中においても形成されるかどうかを評価するため、両者の相互作用解析を行っている。両者の接触面積の大きさから、両者の相互作用は結晶中のartifactではないかと強く懸念されたため、点変異体を用いたGSTプルダウンアッセイ、等温滴定カロリメトリー、分析超遠心による様々な実験手法を用いて両者の相互作用を確認している。相互作用解析の結果、溶液中においても結晶構造を反映した複合体を形成することを明らかにしている。

第七章では、第五章で明らかとなったCIA-DBD複合体の機能を理解するため、アセチル化ピストンH4(ヒストンテイル領域)やピストンH3-H4(ヒストンコア領域)を用いて相互作用解析を行っている。アセチル化ピストンH4、CIA、DBDによる相互作用解析では、CIA-DBD-アセチル化ピストンH4による3者複合体が形成されることが示されている。一方、ピストンH3-H4、CIA、DBDによる相互作用解析では、ピストンH3-H4とDBDがCIAに対して競合的に相互作用し、CIAのDBDからピストンH3-H4への転移が不可逆的進行することが示されている。これらの結果から、「アセチル化ピストンH4に相互作用したDBDがヌクレオソーム構造変換因子であるCIAを特定領域のヌクレオソーム上にリクルートし、その後、CIAがピストンH3-H4と相互作用することで、ヌクレオソーム構造を破壊する」という分子機構モデルを支持する結果であると述べている。

第八章では、クロマチン免疫沈降法により、in vitro解析により想定された分子機構モデルが細胞内においても利用されていることを証明している。以上の結果から、in vitroおよびin vitro解析により証明した分子機構は、これまでの研究結果に基づくものであり、十分信頼性のおける妥当なモデルであると言える。

各研究はすべて論理的に行われており、最終的に得られた知見は新規性が極めて高く、かつその妥当性も申し分ない。また、本研究は学術上非常に興味を置かれている分野において、全く新規の分子機構を提唱するに至っている。そのため、本研究で得られた知見は、学術上貢献するところ大である。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/32552