学位論文要旨



No 124664
著者(漢字) 入沢,正人
著者(英字)
著者(カナ) イリサワ,マサト
標題(和) ステロールセンシングドメインタンパク質TRC8によるSREBP活性調節機構
標題(洋)
報告番号 124664
報告番号 甲24664
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3374号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 千田,和弘
 東京大学 准教授 前田,達哉
 東京大学 准教授 加藤,久典
 東京大学 准教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

第1章序論

TRC8 (Translocation in renal cancer from chromosome 8) は遺伝的に腎がん (Renal cell carcinoma: RCC) を発症する家系において発見された遺伝子で、12回の膜貫通領域とタンパク質のユビキチン連結酵素 (E3) に広く存在するRINGフィンガードメインを有する小胞体膜タンパク質である。さらに、軸形成や組織分化を調節しているPTCH (Patched) と相同性が高く、PTCHはステロールセンシングドメイン (Sterol-sensing domain: SSD) を有することから、TRC8もSSDタンパク質であることが示唆されている。現在までに明らかにされているSSDタンパク質として、NPC1 (Niemann-Pick type C1), NPC1L1 (NPC1 like 1), PTCH, SCAP (SREBP cleavage-activating protein), HMGR (HMG CoA reductase) が挙げられ、細胞内コレステロールに応じた様々な機能が推測されている。しかし、TRC8の機能は未だ十分に明らかにされていない。TRC8は小胞体の膜上に局在し、SCAPやHMGRと同様に脂質代謝を包括的に制御している転写因子SREBPの活性化に関与している可能性が想定されることから (Fig 1) 、本研究ではSREBP活性化機構に着目して研究を行った。

第2章TRC8によるSREBP応答遺伝子発現への影響

細胞内コレステロールレベルを変化させた時のSREBP応答遺伝子発現の変動に及ぼすTRC8の影響を、SREBP2応答遺伝子のプロモーター領域を用いたLuciferase assayにより検討した。その結果、TRC8の強制発現によりプロモーター活性が抑制された。さらに、Real-time PCRにより内因性応答遺伝子発現への影響を検討したところ、TRC8の発現による抑制が確認された。また、siRNAにより内因性TRC8をノックダウンして検討した結果、応答遺伝子のプロモーター活性及び発現が亢進した。以上の結果から、TRC8はSREBP応答遺伝子発現を抑制することが明らかになった。

SREBPはゴルジ体でS1PとS2Pによりプロセシングを受けて核内型となり、核内に移行して応答遺伝子発現を促進する。そこで、プロセシング後の核内型SREBP2とTRC8を強制発現させ、応答遺伝子発現への影響をLuciferase assayにより検討した。その結果、TRC8は核内型SREBP2によるプロモーター活性上昇を抑制しなかった。従って、TRC8はSREBPの転写活性を直接抑制するのでは無く、小胞体からゴルジ体におけるプロセシングを抑制することが示唆された。

また、TRC8はE3として機能していることが報告されているので、TRC8の酵素活性がSREBP応答遺伝子発現の抑制に関与しているかを、RINGフィンガードメインの変異体を用いてLuciferase assayにより検討した。その結果、野生型のみならず変異体においてもプロモーター活性が抑制された。従って、TRC8は膜貫通領域を介してSREBP応答遺伝子発現を抑制することが明らかになった。

第3章TRC8によるSREBPプロセシングへの影響

細胞内コレステロールレベルを変化させた時のSREBP2プロセシングに及ぼすTRC8の影響をWestern blottingにより検討した。その結果、TRC8の強制発現により核内型SREBP2の発現が減少したことから、TRC8はSREBP2プロセシングを抑制することが明らかになった。さらに、RINGフィンガードメインの変異体を用いて検討したところ、変異体においてもSREBP2プロセシングが抑制された。また、siRNAを用いて内因性TRC8をノックダウンして検討した結果、SREBP2プロセシングが亢進した。以上の結果から、TRC8は膜貫通領域を介してSREBP2プロセシングを抑制することが明らかになった。

そこで、GFP-SCAP発現CHO細胞を用いて細胞内コレステロールレベルを変化させた時のSCAPのゴルジ体輸送に及ぼすTRC8の影響をGFPの蛍光により検討した。その結果、TRC8の強制発現によりSCAPの輸送が抑制された。従って、TRC8によるSREBPプロセシングの抑制機構として、

1 TRC8がSREBPやSCAPと相互作用することによりSREBP/SCAP複合体の輸送を抑制する。

2 TRC8がSREBP/SCAP複合体の輸送を行っているCOP2と相互作用することにより輸送を抑制する。

という2つの可能性が考えられる。

そこで、TRC8とSREBP2またはSCAPを強制発現させ、免疫沈降とWestern blottingにより結合を検討した。その結果、TRC8はSREBP2, SCAPそれぞれと結合することが明らかになった。従って、TRC8はSREBPやSCAPと結合することにより、SREBP/SCAP複合体の輸送を抑制することが示唆された。

また、SREBP/SCAP複合体の輸送はSCAPとCOP2の構成タンパク質の1つであるSec24との結合を介していることが報告されている。そこで、TRC8とSec24との結合を検討した結果、TRC8はSec24と結合することが明らかになった。さらに、TRC8とSec24との結合はSREBP2の強制発現により抑制された。以上の結果から、本来SREBP/SCAP複合体もTRC8もCOP2によりゴルジ体へ輸送されるが、TRC8がSREBP2やSCAPと結合することによりSREBP/SCAP複合体もTRC8もSec24との結合が抑制され、小胞体に留まることが示唆された。

第4章TRC8と相互作用するタンパク質の探索と同定

上述したTRC8によるSREBP活性化抑制作用はTRC8タンパク質の機能の一部と考えられる。そこで、TRC8の本来的機能を明らかにするため、相互作用するタンパク質の探索と同定を行った。まず、3 x FLAG-TRC8 (WT/RING MUT) 発現細胞を作製し、抗FLAG抗体で免疫沈降した後にSDS-PAGEと銀染色を行い、相互作用するタンパク質のバンドを検出した。その結果、WTのサンプルにおいて分子量49 kDa付近にバンドを検出した。その後、バンドを切り出して質量分析装置 (MALDI-TOF-MS) により解析を行い、Glycogen合成の開始点を形成するタンパク質Glycogenin-1 (GYG1) を同定した。

次に、TRC8とGYG1を強制発現させ、TRC8によるGYG1のユビキチン化を免疫沈降とWestern blottingにより検討した。その結果、GYG1のユビキチン化は検出されなかった。また、SREBP2プロセシング及びTRC8の発現に及ぼすGYG1の影響を検討したところ、GYG1の強制発現またはノックダウンによりSREBP2プロセシング及びTRC8の発現に変化がみられなかった。銀染色の結果から、GYG1はTRC8のRINGフィンガードメインに結合することが示唆された。一方で、TRC8によるSREBP2プロセシング抑制はRINGフィンガードメイン非依存的である。従って、GYG1はTRC8によるSREBP2プロセシング抑制には関与せず、TRC8のRINGフィンガードメインを介したイベントに関与している可能性が考えられる。

第5章TRC8の発現変動

細胞内コレステロールレベルを変化させた時のTRC8の発現への影響をReal-time PCRにより検討した。その結果、TRC8の発現に変動はみられなかった。さらに、Western blottingにより検出したところ、半減期12時間程度で分解を受け、その分解は細胞内コレステロールレベルで変動しなかった。次に、リポタンパク質を除いた血清 (LPDS) を含む培地により細胞内コレステロールレベルを変化させ、Western blottingによりTRC8を検出した。その結果、TRC8の発現上昇が確認された。しかし、コレステロールや25-HCを添加してもTRC8の発現上昇に変化がみられなかった。そこで、細胞をLPDS培地で培養後、FBS培地(通常の培地)に交換してTRC8を検出したところ、FBS培地によりTRC8の分解が亢進した。以上の結果から、培地からのリポタンパク質供給の低下によりTRC8は安定化することが示唆された。

第6章総合討論

本研究により、1)TRC8はSREBP/SCAP複合体と結合することにより小胞体からゴルジ体への輸送を抑制する、2)培地からのリポタンパク質供給の低下によりTRC8は安定化することが示唆された。リポタンパク質供給低下はSREBPの活性化を引き起こすことから、TRC8はSREBPの活性化を負に制御することにより、細胞内コレステロールレベルの恒常性維持に関与していることが考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

高齢社会を迎えた日本において、メタボリックシンドロームの罹患率は増加の一途を辿っている。日本人の死因の約30%を占める心疾患や脳血管疾患の原因となる動脈硬化を引き起こすメタボリックシンドロームをいかに予防するか、その社会的要請度は極めて高い。メタボリックシンドロームは主として脂質代謝制御不全に起因しているため、脂質代謝制御のメカニズムを明らかにすることがその予防法や治療法の確立に不可欠である。そこで、本研究では脂質代謝制御の中心的役割を担う小胞体膜結合型の転写因子SREBPと、細胞内コレステロールレベルに応じた様々な機能が推測されているステロールセンシングドメインを有する小胞体膜タンパク質TRC8に着目した。そして、脂質代謝制御のさらなる解明を目指して、小胞体膜上におけるSREBP活性化機構に及ぼすTRC8の影響を明らかにすることを研究の目的とした。

第2章ではTRC8とSREBP応答遺伝子発現制御との接点についての解析を行った。まず、細胞内コレステロールレベルを変化させた時のSREBP応答遺伝子発現の変動に及ぼすTRC8の影響を、SREBP2応答遺伝子のプロモーター領域を用いたLucifbrase assayにより検討した。その結果、TRC8の強制発現によりプロモーター活性が抑制された。さらに、Real-time PCRにより内因性応答遺伝子発現への影響を検討した結果、TRC8の発現による抑制が確認された。また、siRNAにより内因性TRC8をノックダウンして検討したところ、応答遺伝子のプロモーター活性及び発現が亢進した。以上の結果から、TRC8はSREBP応答遺伝子発現を抑制することが明らかになった。

SREBPは小胞体膜上でSCAPと複合体を形成し、COP2小胞によりゴルジ体へ輸送され、S1PとS2Pによるプロセシングを受けて核内型SREBPとなり、核内に移行して応答遺伝子発現を促進させる。そこで、プロセシング後の核内型SREBP2とTRC8を強制発現させ、応答遺伝子発現への影響をLuciferase assayにより検討した。その結果、TRC8は核内型SREBP2によるプロモーター活性上昇を抑制しなかった。従って、TRC8はSREBPの転写活性を直接抑制するのでは無く、小胞体からゴルジ体におけるSREBPプロセシングを抑制することが示唆された。

また、TRC8はユビキチン連結酵素(E3)として機能していることが報告されているので、TRC8のE3活性がSREBP応答遺伝子発現の抑制に関与しているかを、RINGフィンガードメインの変異体を用いてLuciferase assayにより検討した。その結果、変異体においてもプロモーター活性が抑制された。従って、TRC8は膜貫通領域を介してSREBP応答遺伝子発現を抑制することが明らかになった。

第3章ではSREBPプロセシングに及ぼすTRC8の影響について解析を行った。まず、細胞内コレステロールレベルを変化させた時のSREBP2プロセシングに及ぼすTRC8の影響をWestern blottingにより検討した。その結果、TRC8の強制発現により核内型SREBP2量が減少したことから、TRC8はSREBP2プロセシングを抑制することが明らかになった。さらに、RINGフィンガードメインの変異体を用いて検討した結果、変異体においてもSREBP2プロセシングが抑制された。また、siRNAを用いて内因性TRC8をノックダウンして検討したところ、SREBP2プロセシングが亢進した。以上の結果から、TRC8は膜貫通領域を介してSREBP2プロセシングを抑制することが明らかになった。

これまでの結果から、TRC8はSREBP/SCAP複合体に直接作用することによりSREBPプロセシングを抑制することが推測された。そこで、TRC8とSREBP2またはSCAPを強制発現させ、免疫沈降とWestern blottingにより結合を検討した。その結果、TRC8はSREBP2,SCAPそれぞれと結合することが明らかになった。従って、TRC8はSREBPやSCAPと結合することによりSREBPプロセシングを抑制することが示唆された。そこで、SREBP/SCAP複合体のゴルジ体輸送に及ぼすTRC8の影響について検討した。SREBP/SCAP複合体のゴルジ体輸送はSCAPの6番目のループ(Loop6)とCOP2小胞の構成タンパク質であるSec24との結合を介していることが報告されている。まず、TRC8とSec24との結合を検討した結果、TRC8はSec24と結合することが明らかになった。また、SCAP-Loop6とSec24との結合はTRC8の強制発現により抑制された。さらに、TRC8とSec24との結合はSREBP2の強制発現により抑制された。以上の結果から、本来SREBP/SCAP複合体もTRC8もCOP2によりゴルジ体へ輸送されるが、TRC8がSREBP/SCAP複合体と結合することによりSCAP,TRC8共にSec24との結合が抑制され、SREBP/SCAP複合体は小胞体に留まることが示唆された。

第5章ではTRC8の安定性の解析を行った。まず、リポタンパク質を除いた血清(LPDS)を含む培地でタイムコースをとって培養し、Western blottingによりTRC8のタンパク質量を検出した。その結果、タイムコース依存的なTRC8のタンパク質量の上昇が確認された。そこで、細胞をLPDS培地で培養後、FBS培地(通常の培養に用いている培地)に交換してTRC8の分解を検出した結果、FBS培地によりTRC8の分解が亢進した。以上の結果から、培地からのリポタンパク質供給の低下によりTRC8は安定化することが明らかになった。リポタンパク質供給の低下はSREBPの活性化を引き起こすことから、安定化したTRC8がSREBPの活性化を抑制する可能性が考えられる。そこで、リポタンパク質供給の低下によるSREBP2プロセシングとTRC8安定化の経時的変化をWestern blottingにより検討した。その結果、リポタンパク質供給低下後にまずSREBP2プロセシングが亢進し、TRC8のタンパク質量の上昇と同時期にSREBP2プロセシングが抑制された。従って、TRC8はSREBPの活性化を負に制御することにより、細胞内コレステロールレベルの恒常性維持に関与していることが推測された。

本研究で得られた新たな知見は、SREBPによる脂質代謝制御のメカニズムのさらなる解明に繋がることが期待される。

よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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