学位論文要旨



No 124667
著者(漢字) 小平,晃久
著者(英字)
著者(カナ) コダイラ,テルヒサ
標題(和) 4-ヒドロキシピリドン構造を有する天然生理活性物質の合成研究
標題(洋)
報告番号 124667
報告番号 甲24667
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3377号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 准教授 鈴木,義人
 東京大学 准教授 石神,健
内容要旨 要旨を表示する

天然から産出される生理活性物質の中で4-ヒドロキシピリドン類は、その多様な生理活性から創薬研究などにおいて注目を集めている化合物群である。筆者はこれら4-ヒドロキシピリドン類の絶対立体配置の決定と効率的な合成法の確立を目指し、SPF-32629A (1) およびmilitarinone A (2) の合成研究を行なった。

1. SPF-32629Aの合成研究

SPF-32629A (1) はPenicillium sp. SPF-32629より単離された化合物であり、トリプシン様プロテアーゼの一種ヒトキマーゼに対する選択的な阻害活性を示す。1の立体化学は未決定であったため、筆者は3,5-ジケトエステルからのアンモノリシスによるピリドン環形成を鍵反応に、1のラセミ体および光学活性体を合成し、絶対立体配置を決定することとした。

まずラセミ体の合成を行なった。マンデル酸メチル3から出発し、TBS基による保護とアセト酢酸エチルのジアニオンとの反応を経てジケトエステル5を得た。これをメタノール中アンモニアと反応させると、予想通り4-ヒドロキシピリドン6が生成した。ピリドン6の環上の水酸基をMOM基で保護した後、TBS基を除去し、生じた水酸基をエステル化して8を得た。最後にMOM基を酸処理で除去することにより1を7工程19%で合成することに成功した。光学活性体の合成は(S)-マンデル酸メチルを出発物質にラセミ体と同様に進めていき、光学純度が保持されていることをキラルHPLCにより確認した。合成品の旋光度の符号が天然物と一致したため、天然物の立体化学をS配置であると決定できた。

2. Militarinone Aの合成研究

Militarinone A (2) はPaecilomyces militarisより単離された化合物であり、神経細胞発育作用というこれまでの4-ヒドロキシピリドン類には知られていなかった活性を有する。また、2には類縁体としてN-deoxymilitarinone A (9) などが存在する。これらの化合物が側鎖の末端側に有する2つの不斉メチル基は、互いがsynの位置関係にあると(13)C-NMRから推定されているものの、その絶対立体配置は未決定であった。

筆者は2の合成にあたり、窒素上の水酸基を合成の最後に導入することとし、3位と5位の置換基をピリジン環上での2回のリチオ化により導入する合成計画を立案した。リチオ化の手段として当初、3位と5位をともにオルトリチオ化により活性化できないかと考えたが、2,4-ビスMOMオキシピリジンでは3位の活性化は成功したものの5位での反応が進行しなかった。そこで、5位のリチオ化にはハロゲン-金属交換反応を用いることとし、既知物質10から2工程で5-ブロモピリジン12を合成した。ハロゲン-金属交換反応は速やかに進行する反応であるため、12では5位が優先的にリチオ化されると予想し、5位に置換基を導入した後に3位をオルトリチオ化によりアルキル化することとした。

ブロモピリジン12の5位のリチオ化とケトン13との反応は予想通り進行し、シクロヘキシルピリジン14を得た。しかし、14では3位のオルトリチオ化が進行しなかったため、保護基をオルトリチオ化に適したMOM基へと変換することとした。14からの保護基の変換も可能であったが、12から保護基を変換すれば5位での反応もより円滑に進行するのではないかと考えた。実際にMOM保護体15を合成し13との反応を行なったところ、ベンジル基保護体より高収率、高立体選択的に16が得られた。さらに、16の3位でのオルトリチオ化は望み通り進行し、ソルビンアルデヒドとの反応により3-置換体17が得られた。さらに、つづくTPAP酸化と酸による脱保護により、ピリドン19へと変換できた。

こうして置換基導入の方法が確立できたため、実際の側鎖に相当するアルデヒドを合成し、16との反応を試みることとした。側鎖に含まれる二つの不斉メチル基の立体化学については、ここではS,S配置と仮定し、既知の光学活性アルコール20から6工程でアルデヒド21を合成した。しかし、実際に16と21との反応を行なったところ、目的物22は得られず21が分解するのみであった。

アルデヒド21では反応が進行しなかった理由として、アルデヒドの共役系が延長したことにより反応性が低下した可能性や塩基性条件に不安定になった可能性が考えられた。この問題は反応の際に加える塩基量を抑え、かつピリジンのオルトリチオ化率を向上することで解決できると考え、これまで遊離の状態であった3級水酸基を保護することとした。16の3級水酸基の保護は成功しなかったため、14に対して酸でEE基を導入することで3級水酸基を保護し23を得た。その後、保護基をベンジル基からMOM基へと変換してピリジン24とし、オルトリチオ化とつづくアルデヒド21との反応を試みた結果、3-置換体25が24と1:1の混合物として得られた。24をケトンへと酸化した後、p-トルエンスルホン酸で脱保護することにより9の合成を達成した。合成品と天然物はNMRスペクトルが一致し、旋光度の符号も一致したため、天然物の立体化学はS,S配置であると決定できた。現在は2の全合成に向け、9やその保護体を用いて窒素への水酸基の導入方法を検討している。

まとめ

以上のように、筆者は4-ヒドロキシピリドン環を有する天然物の合成研究を行なった。その結果、SPF-32629AおよびN-deoxymilitarinone Aをそれぞれ合成し、絶対立体配置を決定することができた。

審査要旨 要旨を表示する

生理活性物質は鏡像体同士で活性が全く異なることがあるため、その絶対立体配置を決定することは非常に重要である。一方4-ヒドロキシピリドン類は多様な生理活性を示すことから創薬研究において注目される化合物群である。本論文では、絶対立体配置が不明である4-ヒドロキシピリドン化合物の全合成研究に関して論じたものであり、二章より構成されている。

第一章では、ヒトキマーゼに対して選択的阻害活性を有するSPF-32629Aの合成研究を行っている。ヒトキマーゼは動脈硬化等に関与していると考えられており、その阻害剤には循環器系疾患への治癒効果が期待される。SPF-32629Aの絶対立体配置は未決定であったため、その決定を目的にラセミ体および光学活性体のSPF-32629Aの合成研究を行った。マンデル酸メチルを出発原料として、3,5-ジケトエステルをアンモニアで処理することにより4-ヒドロキシピリドン環の形成に成功し、全7工程でSPF-32629Aの全合成を達成している。また、合成品と天然物との比旋光度の比較により、天然物の絶対立体配置を8配置であると決定している。この結果、短工程で効率的な合成方法を確立すると共に、未決定であった天然物の絶対立体配置の決定にも成功した。

第二章では神経発育作用を有するmilitarinone Aの合成研究を行っている。本化合物は脳を含む神経細胞を再生、あるいはその減衰を防止する可能性があり、神経疾患の治療ないし予防への応用が期待される。また、militarinone Aと同様にピリドンの3位と5位に置換基を有する4-ヒドロキシピリドンは数多いことから、この骨格を効率的に構築することが出来れば意義深い。またmilitarinone Aの類縁化合物としてN-deoxymilitarinone Aが知られるが、これらの側鎖中に存在する二つの不斉メチル基の絶対立体配置は未決定であった。そこで、絶対立体配置の決定を目的にmilitarinone AおよびN-deoxymilitarinone Aの合成研究を行った。4-ニトロピリジンN-オキシドを出発原料に、5位のシクロヘキシル基をハロゲン-金属交換反応により導入することに成功した。保護基の変換の後、3位をオルトリチオ化により活性化し、光学活性なアルデヒドとの反応により、militarinone Aの炭素骨格の構築に成功している。さらに2工程を経てN-deoxymilitarinone Aの全合成を達成し、合成品と天然物との比旋光度の比較により、天然物の絶対立体配置をS,S配置であると決定出来た。

以上本論文は、生理活性な天然4-ヒドロキシピリドン類に関して、SPF-32629A、militarinone A、N-deoxymilitarinone Aの合成研究と絶対立体配置の決定についてまとめたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25061