学位論文要旨



No 124668
著者(漢字) 小山,傑
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,スグル
標題(和) 筋特異的RING-Fingerタンパク質MuRF1による筋細胞代謝恒常性維持機構の解析
標題(洋)
報告番号 124668
報告番号 甲24668
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3378号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 准教授 前田,達哉
 東京大学 准教授 三坂,巧
内容要旨 要旨を表示する

〈背景・目的〉

骨格筋は、形態維持や運動などの物理的な機能に加え、代謝調節器官としての機能も有する。骨格筋は大量の糖の消費やグリコーゲンの貯蔵により血糖値の調節に関与するとともに、膨大な量のアミノ酸貯蔵庫としても機能している。例えば、飢餓などの低栄養条件下では、骨格筋中の筋タンパク質分解量が昂進し、その結果生じたアミノ酸が血流に乗り全身に運ばれ、新たなタンパク質合成原やエネルギー源として利用されている。このように、骨格筋における筋タンパク質分解は生体の代謝恒常性維持に非常に重要である。その一方で、過剰な筋タンパク質分解は筋萎縮を引き起こす。筋萎縮は、寝たきりの生活やギブス固定、あるいは癌などの様々な病気によっても生じる、筋細胞の径の減少と筋力低下を主症状とする病態である。筋萎縮は日常生活を送る上で大きな障壁となるため、その分子メカニズムを明らかにすることは予防や治療法の開発といった観点からも非常に重要である。

筋細胞質内のタンパク質の分解には、主にユビキチン (Ub) -プロテアソーム系、オートファジー-リソソーム系、カルパイン系という三つの系が協調的に働いている。筋細胞には、その細胞質の大部分が収縮駆動装置である筋原線維という非常に密な構造体によって占められているという特徴がある。そこで、まずカルパイン系の作用により筋原線維構造が解きほぐされ、続いてUb-プロテアソーム系、オートファジー-リソソーム系が筋原線維構成タンパク質を分解消去していると考えられている。近年、これらの分解系が筋萎縮誘導時においても重要な役割を担っていることが示されてきている。その中でも、特にMuRF1 (Muscle RING-Finger Protein-1) およびatrogin-1/MAFbx (Muscle atrophy F-box) という二つのUbリガーゼ (Ub-E3) が様々な筋萎縮誘導条件下において中心的役割を担っていることが示唆されており、その機能に注目が集まっている。

MuRF1は、N末端側からRING-Fingerドメイン、B-boxドメイン、Coiled-coilモチーフで構成される、RBCCタンパク質の1つである (図1)。RBCCタンパク質の多くがUb-E3として機能しており、MuRF1もin vitroにおいて自己Ub化能を有することが報告されている。また、多くの筋萎縮誘導条件下においてMuRF1の発現量が増加し、その遺伝子破壊 (KO) マウスは筋萎縮耐性を示すことから、MuRF1は筋萎縮誘導に中心的役割を果たしていると考えられている。MuRF1はコネクチン (筋原線維の収縮単位構造サルコメアの半分を1分子で結ぶ分子量約3MDaの超巨大弾性タンパク質)のキナーゼ領域近傍に結合する (図1)。コネクチンには多くの筋タンパク質が部位特異的に結合しており、これらがコネクチンを足場にしたシグナル伝達複合体を形成していると考えられている (図2)。MuRF1のコネクチンへの結合部位近傍にも、骨格筋特異的カルパインp94が位置している (図1、2)。そのため、 M線領域ではMuRF1とp94という2つの分解系関連分子がコネクチンキナーゼ領域とともにシグナル伝達複合体を形成し、筋萎縮誘導につながるようなストレス条件下において重要な役割を担っていると考えられた。

そこで、本研究では、このシグナル伝達系の実態を明らかにする足がかりを得るため、まずMuRF1に焦点を当て、その機能を分子レベルおよび個体レベルで解析した。

〈結果〉

分子レベルでの解析

本研究では、まず、MuRF1 KOマウスの骨格筋抽出液に対し、大腸菌で発現、精製したGST-MuRF1をbaitにしたGST Pull-downアッセイを行い、質量分析法によりMuRF1相互作用分子の同定を試みた。その結果、MuRF1相互作用分子として、筋型クレアチンキナーゼ(M-CK)が同定された。M-CKはクレアチンとATPの間のリン酸基の転移反応を可逆的に行う酵素であり、筋細胞中ではM線領域においてミオシンにATPを供給するなど、筋細胞内のエネルギー代謝の中心的機能を担っている。両者の相互作用はCOS細胞を用いた共発現系でも観察され、この結合がMuRF1のB-boxドメインを介していること、MuRF1がRING-Fingerドメイン依存的にM-CKに対するUb-E3として機能していることが明らかとなった。一方、共同研究者らは酵母Two-Hybrid法を用いてMuRF1相互作用分子の同定を試みており、MuRF1がいくつかの代謝系酵素や転写調節因子、筋原線維構成タンパク質と相互作用することを見出していた。そこで、これらの中からHIBADH (3-hydroxyisobutyrate dehydrogenase) とGMEB1 (glucocorticoid modulatory element binding protein-1) と呼ばれる分子に着目し、解析した。HIBADHはValの代謝中間物HIBA (3-hydroxyiobutyrate) の脱水素酵素であり、HIBAが高い脂質二重膜透過能を有することから、Valをその細胞内で代謝するか否かを方向付ける非常に重要な役割を担っている。一方、GMEB1は骨格筋に対して大きな作用を持つステロイドホルモンである、グルココルチコイドによる転写制御に関与する因子である。また、GMEB1は、カスパーゼの活性を阻害する機能があることも知られている。これらに対するMuRF1のUb化能について解析したところ、COS細胞の共発現系において、MuRF1はこれらの分子に対してもUb-E3として機能し分解へと導いていることが分かった。これらの結果から、MuRF1がUb-E3活性による分解を介し、筋細胞内のエネルギー代謝・アミノ酸代謝制御や転写調節、あるいはカスパーゼの活性制御に関与している可能性が示された。

個体レベルでの解析

上記のような分子レベルでの解析に加え、MuRF1の持つ生理的意義を解析するために、MuRF1 KOマウスと野生型 (WT) マウスの比較による個体レベルでの解析を行った。他のグループの報告によれば、MuRF1 KOマウスは通常飼育時には一見正常であり、筋萎縮誘導条件下において筋萎縮耐性という表現型を示す。本研究においても、通常飼育ではMuRF1 KOマウスとWTマウスの間に違いは観察されなかった。そこで、まず、MuRF1依存的な筋萎縮誘導系の構築を試みた。一般に、筋萎縮誘導には除神経や尾部懸垂、ギブス固定など骨格筋への運動負荷を無くす手法、あるいはリポ多糖などの薬物投与による炎症反応の誘導という手法が用いられている。本研究では、骨格筋の持つ代謝調節器官としての性質に着目し、MuRF1が生体の代謝調節、特にアミノ酸の代謝調節に重要な役割を担っているという仮説のもと、アミノ酸代謝に絞った解析を行えるアミノ酸飢餓 (-AA) による筋萎縮誘導を試みた。WTマウスとMuRF1 KOマウスを一週間、10%グルコース水と飲料水のみで飼育したところ、両者とも通常飼育群に比べ体重が10%程度減少した。また、WTマウスではMuRF1の発現量が増加し、筋重量および筋細胞の径が減少していた。これに対し、MuRF1 KOマウスでは筋重量および筋細胞の径の減少が軽減されているのが観察された。このことから、アミノ酸飢餓による筋萎縮誘導もMuRF1依存的であることが確認された。そこで、これらのマウスの骨格筋中のCK活性を測定したところ、MuRF1 KOマウスではWTマウスに比べ、-AA時にCK活性が有意に上昇しているのが観察された。骨格筋中のCK活性はM-CK量に相関することから、COS細胞での系の結果と合わせると、in vivoでもMuRF1がM-CKに対するUb-E3として機能していると考えられた。また、血漿中のアミノ酸量を解析したところ、-AA時にMuRF1 KOマウスではWTマウスに比べ分岐鎖アミノ酸量が減少していた。このことはMuRF1 KOマウスで筋タンパク質分解量が減少していることに加え、HIBADHに対する負の制御が無くなっていることを反映していると思われる。一方、筋萎縮は、筋タンパク質分解量の昂進に加え、合成量の減少によっても引き起こされる。そこで、共同研究により、-AA時におけるMuRF1 KOマウスと野生型マウスの間の筋タンパク質合成量の比較解析を行った。その結果、MuRF1 KOマウスでは筋タンパク質合成量が有意に多いことが観察された。この詳細なメカニズムについては不明であるが、MuRF1がGMEB1をUb化することから、その一部は転写レベルでの制御を介していると予想される。

〈まとめと今後の展望〉

本研究では、筋萎縮誘導に中心的役割を果たしているとされているMuRF1に着目し、その機能を分子レベル、個体レベルで解析した。その結果、MuRF1が代謝系酵素M-CKおよびHIBADHや転写調節因子GMEB1をUb化すること、MuRF1が血中分岐鎖アミノ酸量の維持に必要であること、MuRF1が筋タンパク質合成を負に制御する機能を有することを見出した。MuRF1の機能が特に顕著となる筋萎縮誘導条件は、本研究で用いたような低栄養状態、あるいは炎症誘導時など、その多くは生体がアミノ酸やエネルギー源を必要としている条件に相当する。本研究で見出したMuRF1の個々の機能はいずれも筋細胞内でのエネルギー消費、アミノ酸消費を抑える方向に働くものであり、これらは互いに関連し合い協調的に働くことで更に大きな効果をもたらしていると思われる。このことから、筋萎縮誘導時に、MuRF1は単にUb-E3活性を介して筋タンパク質分解量を増やしアミノ酸を供給しているだけでなく、むしろ筋細胞内のエネルギー代謝、アミノ酸代謝を積極的に制御することで生体の恒常性維持に寄与していると考えられた (図3)。今後、MuRF1の機能の更なる解析が進むことで、MuRF1の機能を阻害するような化合物を用いた新規の抗筋萎縮薬が開発されることも期待される。

Koyama S., Hata S., Witt C.C., et al. Muscle RING-Finger Protein-1 (MuRF1) as a Connector of Muscle Energy Metabolism and Protein Synthesis. J. Mol. Biol. (2008) 376, 1224-1236

図1 MuRF1 の構造

図2コネクチンを足場としたシグナル伝達複合体

図3 MuRF1 を介した代謝恒常性維持機構

審査要旨 要旨を表示する

論文中のデータに関しては、非常に興味深いものであるとの高い評価であった。しかし、本論文に記載するに至らなかったデータも多々あるため、データの量に関しては、やや物足りないものであった。審査中に挙げられた指摘は以下のような内容である。

・論文に記載されているデータ量が少ないが、この内容以外にも実験を行ってネガティブなデータがあるのか?

・MuRF1の相互作用分子としてSERCA1とM-CKを同定し、M-CKに関して解析を行っているが、SERCA1についてはどのような結果を得たのか?

・培養細胞の系においてMG132処理を行った時にMuRF1依存的に転写調節因子GMEB1がUb化されるのが観察されることから、MuRF1がGMEB1をUb化を介して分解制御していると考えている。このこと自体には問題はないが、MuRF1がGMEB1の分解制御を介して転写制御に関与していると述べるにはもう少し様々な実験を行った方が良いのではないか?例えば、MuRF1とGMEB1を共発現させGMEB1の転写調節能の変化については調べたりしなかったのか?

・MuRF1がM-CK、GMEB1、HIBADHをUb化し分解制御することを培養細胞の系で見出しているが、生体内で実際にこの反応が起こっていることは確認していないのか?例えば、骨格筋サンプルを用いてこれらの分子に対するウエスタン解析は行っていないのか?

・生体内のM-CKの量をCK活性の量を指標に求めており、その結果からMuRF1がM-CKを生体内でも分解制御していると判断しているが、活性を指標に量を求めることが正しいのか?MuRF1がM-CKと結合することで活性を阻害するなどの機構がないことは確かめなくて良いのか?

・実験の最初の段階としてMuRF1の相互作用分子を骨格筋抽出液に対してGS里MuRF1をbaitとしたpulLdown法により同定している。このような手法を用いたために、骨格筋の中でも量的に多いSERCA1やM-CKが優先的に同定されたとも考えられるが、そのことについてはどう考えるか?他のアプローチ方法はないのか?

・MuRF1をノックアウトしたマウスを用いているが、MuRF1がM-CKと相互作用するのであれば、MuRF1が無いことで心筋におけるM-CKに影響が出て、心臓に何らかの異常が観られたりはしていないのか?

・MuRF2は免疫沈降の結果ではM-CKと結合しないが、Ub化は行うという結果に関する記述が分かりにくかった。総合討論では、他の研究グループの結果(MuRF1は細胞内に少量存在している酸化型のM-CI(とのみ結合し、大部分を占めている還元型M-CKとは結合しない)を踏まえて、MuRFファミリーとM-CKの結合が弱いためにこのような一見矛盾する結果が得られたと考えていることが分かるが、結果の章などのもっと早い段階で他の研究グループの結果を引用した方が分かりやすいのではないか。

・培養細胞を用いたUb化の実験はMG132処理などをしっかりと行っているが、しかし、これらの結果を踏まえた更なる解析は行えたはず

・MuRF1が多くの基質を有し、更にそれら基質の間に共通の配列や構造が存在していないことを踏まえ、MuRF1の基質認識について面白い考察を行っているが(MuRF1は、変性状態とまでは言わなくても、比較的構造の緩んでいる部分を認識して結合している)、このことを実験的に確かめるにはどのようなアプローチ法があるか?

これらの指摘に対し、申請者は、本論文ではMuRF1のUb活性に関する解析結果のみを記載しているが、それ以外の観点の解析(MuRF1と骨格筋特異的カルパインp94やコネクチンのキナーゼドメインとの相互作用。あるいは、MuRF1のSUMO化修飾による機能制御)にも力を入れており、それらは論文に記載するような結果を得られなかったことを述べた。そして、MuRF1のSERCA1、M-CK、GMEB1、HIBADHに対する解析は不足していることを認めた上で、そうなった背景(利用可能な抗体が存在しない、あるいはM-CKの活性と量は相関があると一般に受け入れられている)について述べた。また、pull-down法以外の手段としては二次元電気泳動法やiTRAQ法などによるプロテオーム解析手法を挙げた。MuRF1の基質認識の仮説を検証する実験法としては、基質に点変異を導入させ構造を緩めさせて検証を行うなどの考えを述べた。しかし、この実験手法については、MuRF1が構造の緩んだ領域の中のある法則性を認識している場合、点変異導入がその法則にそぐわなければならないという難しさも指摘した。

以上のような質疑応答も含め判断すると、データ量の少なさという点はあるものの、本論文は、若干の誤字はあるが文脈の乱れ等は見受けられずきちんと構成の練られたものであり、学位論文として十分な質を備えたものであると高い評価であった。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25063