学位論文要旨



No 124669
著者(漢字) 鈴木,浩之
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒロユキ
標題(和) シロイヌナズナにおけるジベレリン受容体AtGID1の解析
標題(洋)
報告番号 124669
報告番号 甲24669
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3379号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 准教授 藤原,徹
 東京大学 准教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

ジベレリン(GA)は発芽誘導、茎部伸長の促進、花器官の分化・生長など、植物に対して幅広い生理的機能を有し、植物の生長制御に必須の植物ホルモンである。2005年にイネのGA非感受性極矮性突然変異体の解析から、Gibberellin Insensitive Dwarf1 (GID1)がGA受容体として同定され、それまでの知見との統合によりGAのシグナル伝達に関する主経路が明瞭となった。すなわち、通常はDELLAと呼ばれるシグナル抑制因子が正常なシグナルの伝達をブロックしているが、ひとたびGAが受容体GID1に認識されると、GID1-GA複合体を形成し、DELLAとの親和性が生ずる。GID1-GA複合体に捕捉されたDELLAはシグナル抑制機能を失い、SCF複合体によるユビキチン修飾およびプロテアソームによる分解を受ける。イネではGA受容体とDELLA因子が各1種ずつしか存在しないが、双子葉植物のシロイヌナズナではGA受容体3種(GID1a, 1b, 1c)、DELLA因子5種(GAI, RGA, RGL1, 2, 3)が存在することから、シロイヌナズナにはイネよりも複雑なGAシグナルの伝達制御機構が存在すると予想された。

そこで本博士論文研究では、まず3種のGA受容体間に潜む機能的な差異を検出すべく、GA受容体に関する機能欠失型多重変異体の作出を計画した。その解析により、特定の組み合わせで2種の受容体がともに機能を失った変異体では、限定された器官で異常形質が現れた。その表現形質の原因究明こそ多様なシグナル伝達制御を理解する格好の材料と考え、関連遺伝子の発現解析および翻訳産物の植物体内での分布状況の把握を行った。その結果、単にGA受容体が量的に欠乏していることが主原因と考えられるケースと、それに該当しないケースを見いだした。後者のケースに焦点を絞り、形質が認められた器官に存在するGA受容体・DELLA因子間のシグナル伝達に不具合が生じている可能性について検討した。

シロイヌナズナ・GA受容体の機能欠損型多重変異体の解析

DsエレメントまたはT-DNA配列の挿入により発現に異常を来した各GID1変異体(1KO)を取得した。各1KOはいずれも野生株と比較して背丈や発芽、稔実率に異常は認められず、機能的に重複する傾向が覗えた。これら1KOを順次交雑して取得した2重変異体(2KO)のうちgid1b gid1c-2KOのみ野生株と変わらない生育を示したのに対して、gid1a gid1c-2KOでは抽台後の花茎の伸長が鈍く矮性を示した。この矮化傾向は発芽から間もない幼胚軸においても確認された。各2KO花茎に対してGA処理を行ないGA応答性遺伝子の発現応答状況をReal time-PCRにより解析した。その結果、他の2KOと比較してgid1a gid1c-2KOでは応答性遺伝子の発現量変化が乏しく、GA応答性が弱まっていることが明らかとなった。gid1a gid1b-2KOについては後述する。

次に全GID1遺伝子の機能欠損型変異体(gid1a gid1b gid1c-3KO)作出のため、交雑途上で取得したヘテロライン(GID1a/gid1a gid1b gid1c-2KO)の自家受粉による後代種子を得た。そのうち約1/4は通常の発芽条件、GA添加による発芽促進条件のいずれも発芽せず、種皮の剥離処理によりGA生合成欠損変異体と形態的に類似する極矮性植物体に生長した。これら植物体のジェノタイプを調べたところいずれも3KOと判明した。他方、種皮を剥離せずとも発芽した個体中には3KOが全く含まれなかった。3KO植物体はGA投与で形態は変わらず、またGA応答性遺伝子の発現応答も全く認められなかったことから、GA非感受性と判断した。これにより、シロイヌナズナでは3種のGID1がGA受容体として少なくとも支配的に機能していると結論付けた。なお、gid1a gid1c-2KOと比較して3KOの矮性傾向が著しく強いため、花茎におけるGID1bの機能は弱いものの皆無ではないことも判明した。

残る組み合わせのgid1a gid1b-2KOは他と比較して低い稔実率を有していた。光学顕微鏡を用いて開花直後の花器官を観察したところ、雄蘂の伸長不良および雌蘂側面への花粉の付着を検出した。綿棒を用いて自家受粉処理を施した場合には稔実率が向上したことから、gid1a gid1b-2KO花粉は正常に発達しているが、雄蕊の伸長不良により柱頭に花粉が届かず、稔実率の低下を招いていると結論した。これにより、gid1a gid1b-2KO植物体内で唯一機能するはずのGID1cが雄蘂の伸長に対して機能的に弱い可能性を見いだした。

GA受容体遺伝子の発現状況および受容体タンパク質の存在状況の把握

gid1a gid1c-2KO花茎の矮性形質、および、gid1a gid1b-2KO雄蘂の伸長不良形質に焦点を絞り、これら異常形質の原因が唯一残るGA受容体の量的欠乏である可能性を検証すべく、各2KOの花茎、および、花器官から調製した全RNAを用いて、3種のGID1遺伝子のmRNA量を絶対定量法により測定した。その結果、3種のGID1遺伝子発現量の大幅な減少はいずれの2KOにおいても確認されなかった。そこで、より局所的なGID1遺伝子の発現抑制が生じている可能性を確かめるべく、ownプロモーター&レポーター遺伝子発現ラインの作出を計画した。約3kbpのGID1プロモーター制御下でGID1-GUS融合遺伝子が発現する形質転換個体(pGID1::GID1-GUS)を作出し、後代植物体を用いてGUS染色を行い、花茎、および、花器官におけるGID1-GUS融合タンパク質の分布状況を解析した。その結果、花茎ではGID1a-GUS、GID1c-GUSによる発色は明瞭に検出されたが、GID1b-GUSによる発色をほとんど検出できず、別の器官ではそれによる明瞭な発色を認めたことから花茎におけるGID1b-GUS量が少ないと結論した。前述の絶対定量法で得た遺伝子発現情報との整合性を問うべく、各pGID1::GID1-GUSラインの花茎におけるGID1-GUS mRNAを定量した結果、焦点となっているGID1b-GUS mRNAを含めて先の結果にほぼ従う量の存在が明らかとなり、「花茎ではGID1b遺伝子が少なからず発現するが、その翻訳産物は何らかの理由により安定的に蓄積されず、結果、GID1bしか存在しないgid1a gid1c-2KO花茎でGA受容体が欠乏して矮性形質が現れた」と考えれば矛盾なく説明することが可能と判断した。

同様に花器官に着目したGUS染色の結果、雄蘂におけるGID1c-GUSによる発色はGID1a-GUSおよびGID1b-GUSによる発色に比肩して明瞭に認められた。ただし、花器官を用いて行った定量結果と照合した場合、pGID1c::GID1c-GUSラインにおけるGID1c-GUS遺伝子の発現量はその予想量を超えて高く、GID1cプロモーターによる発現制御が本来よりも増強されている可能性を否定できない。しかし、少なくとも形質が現れる器官において翻訳産物が安定的に存在できるという点において、gid1a gid1c-2KO花茎で生ずるGA受容体の欠乏とは異なる様式によりgid1a gid1b-2KO雄蘂の伸長不良は生ずる、と判断した。

GID1-DELLA間の相互作用に関する親和性評価

GAシグナルが伝わるためには、シグナル抑制因子DELLAはGID1-GA複合体に捕捉される必要がある。この反応は平衡反応であって、15通りのGID1-DELLA間の組み合わせ中に「親和性が他に比べて弱いことが主原因となってGID1-GA複合体に捕捉されにくく、そのためにDELLAとしての機能が残存するケース」があるとの作業仮説を立て、そのケースにGID1cと「gid1a gid1b-2KO雄蘂内で存在するDELLA」が該当するか検証を計画した。簡便にGID1-DELLA間の相互作用に関する親和性を評価するため、1種のDELLAに対して2種のGID1が競合的に相互作用する系を酵母内で構築した。すなわち、市販のthree-hybrid系を導入し、競合下にある2種のGID1(BDGID1と2ndGID1)のうち、2ndGID1のADDELLAに対する親和性がBDGID1と比較して高いか同等の場合、2ndGID1がBDGID1からADDELLAを奪うためにBDGID1-ADDELLA間の相互作用が成立しづらく、結果、制限培地での当該酵母の生育は困難となる。対して、2ndGID1に比べて圧倒的にBDGID1のADDELLAに対する親和性が高い場合のみ生育は可能となる。よって、生育の可否を調べることにより2分子間の親和性評価ができるようになった。

花器官ではその遺伝子発現情報から、5種のDELLAの中でRGL2、続いてRGAが多く存在しており、他の研究者らによる機能欠損型の多重変異体の解析からもそれを支持する結果が報告されている。そこで上記three-hybrid系を用いて、主にRGL2あるいはRGAと、GID1cとの相互作用に焦点を当てながら総当たり解析を行った。結果、BDGID1c-ADRGL2間の相互作用は2ndGID1aあるいは2ndGID1bによって明瞭に阻害されたのに対し、BDGID1a-ADRGL2、BDGID1b-ADRGL2間の相互作用に対して2ndGID1cの阻害効果は認められなかったことから、RGL2にとっては3種のうちでGID1cとの親和性が最も低いと結論した。ADRGAを用いた解析からも、GID1cが他のGA受容体を圧倒するほど高い親和性を示す組み合わせに該当しなかったことから、雄蘂中の主要DELLAに対するGID1cの捕捉機能が弱いことがgid1a gid1b- 2KO雄蘂の伸長不良の原因である可能性を支持する結果が得られた。

上述したとおり本研究の遂行によって、まず3種のGID1がシロイヌナズナにおいて支配的に機能するGA受容体であることを特定した。その上で、機能欠損型変異体を用いた解析からGID1bおよびGID1cには特定の器官でGA受容体として十分に機能できない状況があることを見いだし、それらの原因究明を展開した。花茎におけるGID1bの不安定化制御機構およびその生理的意義に関する解明や、植物体を用いての雄蘂レベルにおけるGID1c-DELLA間の相互作用状況の把握など、全容の解明に向けて未だ検証されるべきことは多々残されているが、本研究を基盤としてそれら制御機構に関する理解がより進展することを期待する。

(1) Nakajima M, Shimada A, Takashi Y, Kim YC, Park SH, Ueguchi-Tanaka M, Suzuki H, Katoh E, Iuchi S, Kobayashi M, Maeda T, Matsuoka M & Yamaguchi I. (2006) Identification and characterization of Arabidopsis gibberellin receptors. Plant J., 46, 880-889.(2) Iuchi S*, Suzuki H*, Kim YC, Iuchi A, Kuromori T, Ueguchi-Tanaka M, Asami T, Yamaguchi I, Matsuoka M, Kobayashi M & Nakajima M. (2007) Multiple loss-of-function of Arabidopsis gibberellin receptor AtGID1s completely shuts down a gibberellin signal. Plant J., 50, 958-966. (*equally contribution)(3) Suzuki H, Park SH, Okubo K, Kitamura J, Ueguchi-Tanaka M, Iuchi S, Katoh E, Kobayashi M, Yamaguchi I, Matsuoka M, Asami T & Nakajima M. Diversity in gibberellin signal transduction explains phenotypes emerged in Arabidopsis multiple KO mutants of its receptors, submitted.
審査要旨 要旨を表示する

ジベレリン(GA)は発芽誘導、茎部伸長の促進、花器官の分化・生長など、植物に対して幅広い生理的機能を有し、植物の生長制御に必須の植物ホルモンである。2005年にイネのGA非感受性極矮性突然変異体の解析から、Gibberellin Insensitive Dwarf1(GID1)がGA受容体として同定され、それまでの知見との統合によりGAのシグナル伝達に関する主経路が明瞭となった。すなわち、通常はDELLAと呼ばれるシグナル抑制因子が正常なシグナルの伝達をブロックしているが、ひとたびGAが受容体GID1に認識されると、GID1-GA複合体を形成し、DELLAとの親和性が生ずる。GID1-GA複合体に捕捉されたDELLAはシグナル抑制機能を失い、SCF複合体によるユビキチン修飾およびプロテアソームによる分解を受ける。イネではGA受容体とDELLA因子が各1種ずつしか存在しないが、双子葉植物のシロイヌナズナではGA受容体3種(GID1a,1b,1c)、DELLA因子5種(GAI,RGA,RGL1,2,3)が存在することから、シロイヌナズナにはイネよりも複雑なGAシグナルの伝達制御機構が存在すると予想された。

そこで本博士論文研究では、まず3種のGA受容体間に潜む機能的な差異を検出すべく、植物体内における生理機能の解析を計画した。

第2章ではDsエレメントまたはT-DNA配列の挿入により発現に異常を来した各GID1変異体(1KO)を取得した。各1KOはいずれも野生株と比較して異常は認められず、機能的に重複する傾向が覗えた。これら1KOを順次交雑して取得した2重変異体(2KO)のうちgid1bgid1c-2KOのみ野生株と変わらない生育を示したのに対して、gid1a gid1c-2KOでは抽台後の花茎の伸長が鈍く媛性を示した。gid1a gid1b-2KOについては後述する。

次に全GID1遺伝子の機能欠損型変異体(gid1a gid1b gid1c-3KO)作出のため、交雑途上で取得したヘテロライン(GID1a/gid1a gid1b gid1c-2KO)の自家受粉による後代種子を得た。そのうち約1/4は通常の発芽条件、GA添加による発芽促進条件のいずれも発芽せず、種皮の剥離処理によりGA生合成欠損変異体と形態的に類似する極楼性植物体に生長した。これら植物体のジェノタイプを調べたところいずれも3KOと判明した。他方、種皮を剥離せずとも発芽した個体中には3KOが全く含まれなかった。3KO植物体はGA投与で形態は変わらず、またGA応答性遺伝子の発現応答も全く認められなかったことから、GA非感受性と判断した。これにより、シロイヌナズナでは3種のGID1がGA受容体として少なくとも支配的に機能していると結論付けた。

残る組み合わせのgid1a gid1b-2KOは他と比較して低い稔実率を有していた。光学顕微鏡を用いて開花直後の花器官を観察したところ、雄蘂の伸長不良および雌蘂側面への花粉の付着を検出した。綿棒を用いて自家受粉処理を施した場合には稔実率が向上したことから、gid1a gid1b-2KO花粉は正常に発達しているが、雄蕊の伸長不良により柱頭に花粉が届かず、稔実率の低下を招いていると結論した。これにより、gid1a gidlb-2KO植物体内で唯一機能するはずのGID1cが雄蘂の伸長に対して機能的に弱い可能性を見いだした。

第3章ではgid1a gid1c-2KO花茎の蟻性形質、および、gid1a gid1b-2KO雄蘂の伸長不良形質に焦点を絞り、これら異常形質の原因が唯一残るGA受容体の量的欠乏である可能性を検証すべく、各2KOの花茎、および、花器官から調製した全RNAを用いて、3種のGID1遺伝子のmRNA量を絶対定量法により測定した。その結果、3種のGID1遺伝子発現量の大幅な減少はいずれの2KOにおいても確認されなかった。そこで、より局所的なGID1遺伝子の発現抑制が生じている可能性を確かめるべく、ownプロモーター&レポーター遺伝子発現ラインの作出を計画した。その結果、花茎ではGID1a-GUS、GID1c-GUSによる発色は明瞭に検出されたが、GID1b-GUSによる発色をほとんど検出できず、別の器官ではそれによる明瞭な発色を認めたことから花茎におけるGID1b-GUS量が少ないと結論した。また、花茎におけるGID1-GUSmRNAを定量した結果、焦点となっているGID1b-GUS5mRNAを含めて先の結果にほぼ従う量の存在が明らかとなり、「花茎ではGID1b遺伝子が少なからず発現するが、その翻訳産物は何らかの理由により安定的に蓄積されず、結果、GID1bしか存在しないgid1agid1c-2KO花茎でGA受容体が欠乏して短性形質が現れた」と考えれば矛盾なく説明することが可能と判断した。

第4章ではGAシグナル伝達には、シグナル抑制因子DELLAがGD1-GA複合体に捕捉される必要性に着目した。この反応は平衡反応であって、15通りのGID1-DELLA間の組み合わせ中に「親和性が他に比べて弱いことが主原因となってGID1-GA複合体に捕捉されにくく、そのためにDELLAとしての機能が残存するケース」があるとの作業仮説を立て、そのケースにGD1cと「gid1a gid1b-2KO雄蘂内で存在するDELLA」が該当するか検証を計画した。1種のDELLAに対して2種のGID1が競合的に相互作用する系を酵母内で構築し、解析した結果、雄蕊において主要に機能するDELLA因子RGL2およびRGAに対して3種のうちでGID1cとの親和性が最も低いと結論した。すなわち、雄蘂中の主要DELLAに対するGID1cの捕捉機能が弱いことがgid1a gid1bb-2KO雄蘂の伸長不良の原因である可能性を支持する結果が得られた。

以上、本研究はシロイヌナズナに存在する3種のGA受容体GID1についてその生理的な機能を解明し、さらに明らかとなった3種間の機能の違いが生じる原因の解明も進め、幾つかの仮説を支持する結果を得ることができた。これらの結果は学術的にも応用的にも寄与するところが多い。よって審査委員一同は、本研究が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/26742