学位論文要旨



No 124671
著者(漢字) 吉成,知也
著者(英字)
著者(カナ) ヨシナリ,トモヤ
標題(和) アフラトキシン生産阻害物質の作用機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 124671
報告番号 甲24671
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3381号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 准教授 堀内,裕之
 東京大学 准教授 作田,庄平
内容要旨 要旨を表示する

アフラトキシン類は、Aspergillus flavusやAspergillus parasiticusなどが生産するカビ毒で、天然有機化合物中で最も強い発ガン性を有する。現在、熱帯、亜熱帯地域における農作物のアフラトキシン汚染は大きな経済的、人的被害をもたらし、世界的な問題となっている。しかし、アフラトキシン汚染に対する防除法は確立されておらず、早急な防除法の開発が求められている。放線菌が産生するdioctatin A(DotA, 図1) 図1及びblasticidin A(BcA, 図2)はA. parasiticusの生育をほとんど阻害することなく、そのアフラトキシン生産を特異的に抑制する。従ってこれらの化合物は耐性菌の蔓延しにくい実用的な汚染防除剤としての応用が期待される。本研究の目的は、DotA及びBcAの作用機構の解析を行い、現在不明であるアフラトキシン生産調節機構解明への手がかりを与え、さらにより効果的なアフラトキシン汚染防除剤の開発に寄与することである。

第一章 dioctatin Aの真菌に対する生物活性

Streptomyces sp. SA-2581株の生産するDotAは、ヒトのジペプチジルペプチダーゼIIの阻害剤として単離された化合物であるが、筆者はDotAがA. parasiticusに対してアフラトキシン生産抑制活性を示すことを見出した。DotAは液体静置培養条件下でA. parasiticus及びA. flavusのアフラトキシン生産をIC(50)値4.0 μM、5.5 μMでそれぞれ阻害した。50 μMの高濃度においてもカビの生育はほとんど抑制しなかったが、同濃度の寒天培地上では分生子の形成を抑制した。DotAは、アフラトキシン生合成経路のごく初期の中間体であるnorsolorinic acidの生産も阻害し、norsolorinic acidより上流の生合成過程に作用することが示された。定量PCR法により、アフラトキシン生合成関連遺伝子のmRNAレベルを解析した結果、DotAはアフラトキシン生合成酵素PKSA、OMTA、VER-1及び転写調節因子AFLRをコードする遺伝子の転写を抑制した。よって、DotAはアフラトキシン生合成酵素を阻害するのではなく、その生産調節機構に作用することが示された。

DotAはA. parasiticusのコウジ酸生産を大幅に促進する活性を示し、Aspergillus nidulansに対してもステリグマトシスチン生産阻害及び分生子形成阻害活性を示した。また、Saccharomyces cerevisiaeに対しては最少培地で生育抑制活性を示した。これらの結果からDotAは真菌の一次代謝、二次代謝及び分化に対し多面的な効果を示す化合物であることが明らかとなった。

第二章 dioctatin Aの作用機構解析

1)フォトアフィニティープローブを用いたDotAの標的分子の探索

DotAと相互作用するタンパク質を探索するため、C末端アミノ酸をリジンに置換したDotA誘導体から、光反応性のアジド基とビオチン残基を有するプローブを調製した。プローブとA. parasiticus菌体抽出液をインキュベートした混合物にUVを照射した後、タンパク質を抽出し、プローブの結合したタンパク質のビオチン残基をウェスタンブロッティング法により検出した。競合試験により特異性を調べ、DotAと特異的に結合すると予想されるタンパク質を二次元電気泳動法により精製した。精製したタンパク質のN末端アミノ酸配列解析を行ったが、DotAの作用と関連すると考えられるタンパク質を同定することは出来なかった。

2)DotA耐性酵母の取得

DotAは富栄養のYPD培地では酵母S. cerevisiaeの生育に対して全く影響を与えないが、グルコースとYeast nitrogen baseのみを含む最少培地では12.5 μMの添加でその生育を完全に抑制した。アフラトキシン生産阻害活性の強さが異なる3種のDotA誘導体を用いた実験の結果、アフラトキシン生産阻害活性と酵母に対する生育抑制活性には相関が見られた。そこで、酵母に対する生育抑制活性の作用機構解析の結果が、アフラトキシン生産阻害活性の作用機構解明に応用出来ると考え、酵母を用いた解析に着手した。酵母に対する生育抑制活性を指標とし、cDNA発現ライブラリーを用いたDotA耐性株の取得を試みた。その結果、cup9、rad13、pho2がDotA耐性遺伝子として得られた。これら3遺伝子のいずれの過剰発現株も、DotAを50 μM添加した培地において生育が見られた。CUP9は、ジ及びトリペプチドトランスポーターPTR2の転写抑制を、RAD13はCUP9のユビキチン-プロテアソーム系による分解に関与する。よってcup9及びrad13過剰発現株は、PTR2の発現量が下がり、トリペプチドに類似したDotAの取り込みが抑制された結果、耐性となることが予想された。

転写活性化因子であるPHO2は、3種の転写因子PHO4、BAS1、SWI5とヘテロダイマーを形成し、それぞれリン酸代謝関連タンパク質、プリン・ヒスチジン生合成酵素、接合型変換に関わるヌクレアーゼをコードする遺伝子の転写を活性化するが、pho4、bas1、swi5の過剰発現株を用いた実験より、DotA耐性はPHO2で知られる既知経路の活性化によるものではないことが示された。そこでpho2過剰発現により転写が変化するPHO2下流の遺伝子を網羅的に調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った。その結果、pho2過剰発現株で野生株より転写が上昇している遺伝子の中には、DotA耐性に関与していると予想されるものはそれぞれの遺伝子の破壊株を用いた実験で見出せなかったが、ptr2遺伝子の転写量の減少が見られた。このことから、pho2過剰発現によるDotA耐性の機構はcup9過剰発現と同様のDotA取り込み量の減少によるものであると推定された。以上、酵母を用いたDotAの作用機構の解析では、DotAの取り込みに関する機構が明らかになったが、その細胞質内での作用に関しては新たな知見は得られなかった。

第三章 blasticidin Aの作用機構解析

1)BcA耐性酵母の取得

BcAは酵母に対して生育抑制作用を示し、そのMIC値は1 μMである。BcAは3 μM以上の濃度においてはカビに対しても生育抑制作用を示すため、酵母における解析結果がカビにも応用出来ると考え、酵母を用いた解析を試みた。ゲノムライブラリーを用いたマルチコピーサプレッサーの取得実験を行ったところ、多剤耐性のトランスポーターであるylr046cがBcA耐性遺伝子として得られた。次に、cDNA発現ライブラリーを用いて耐性株のスクリーニングを行った。その結果、新たにbmh1/2及びcmk2がBcAの生育抑制作用に対するマルチコピーサプレッサーとして得られた。BMH1/2は14-3-3タンパク質であり、200種以上のリン酸化タンパク質に結合し、シグナル伝達に重要な役割を果たす。Bmh1/2は、TOR阻害剤のラパマイシン(Rap)の酵母に対する生育抑制作用のマルチコピーサプレッサーとして報告されていることから、BcAとRapの作用機構の類似性を調べた。TORの制御下にある遺伝子の転写量の増減をRapとBcA処理の場合で比較した。その結果、遺伝子転写量の変化のパターンが両者では異なっており、BcAの作用はRapと異なることが示唆された。CMK(カルモジュリン依存性キナーゼ)2は、基質が未同定でその機能が解明されておらず、BcA耐性の機構を調べる手がかりは得られていないが、BMH1/2とCMK2の両者ともにリン酸化タンパク質に関与することが、BcAの作用に関連する可能性が考えられた。

2)蛍光二次元ディファレンシャル電気泳動(2D-DIGE)による解析

BcAによる酵母菌体内のタンパク質のリン酸化レベルや発現量の変化を網羅的に解析するために、2D-DIGEによる解析を試みた。その結果、BcA処理によって4種のリボソーム構成タンパク質の発現量の減少が見られ、またイニシエーションファクター、リリースファクター、リボソーム結合シャペロンの各タンパク質についてリン酸化によると予想される等電点のシフトが観察された。このことから、BcAはリボソームに影響を与え、タンパク質翻訳を阻害することが予想された。酵母ガラクトース誘導系を応用したタンパク質合成活性の評価系を用いた実験の結果、BcAはシクロヘキシミド(Chx)やブラストサイジンS(BcS)と同じようにタンパク質合成阻害活性を有することが明らかになった。

3)既知のタンパク質合成阻害剤との比較

Chx、BcSが酵母に与える影響を2D-DIGEで解析したところ、BcAの場合と同様のリボソームタンパク質の減少が見られた。この結果から、リボソームタンパク質の減少はタンパク質合成阻害剤に共通して見られる現象であり、1分間に約2000個という高速で合成されるリボソームタンパク質の合成阻害が、タンパク質の中でも特に顕著に観察されることによって生じると予想された。しかし、翻訳関連因子のリン酸化によると予想される等電点のシフトがBcS及びChxでは見られなかった。このことから、BcAはこれら薬剤と異なった作用機構でリボソームのタンパク質合成活性を阻害していると予想される。その機構を解析するために、翻訳関連因子のリン酸化酵素の活性調節機構にBcAが与える影響を現在調べている。また、BcSがA. parasiticusのアフラトキシン生産をIC(50)値28μM(BcAは0.25 μM)で特異的に阻害することから、タンパク質合成阻害活性がアフラトキシン生産阻害活性と関連していることが推察された。

第四章 A. flavusを用いたプロテオーム解析

BcA及びDotAがA. flavusの菌体内タンパク質に与える影響を2D-DIGEにより解析した。DotA、BcA、BcSを培養開始段階に添加し、アフラトキシン生産開始前の培養24時間目と生産中の36時間目で菌体を回収し比較を行った。その結果、いずれの薬剤添加サンプルにおいてもコントロールに比べ、アフラトキシン生合成酵素の発現量の減少が確認された。その他3種の薬剤添加サンプルで共通して発現が減少しているタンパク質を6個同定したが、いずれも機能が未知であった。DotA添加サンプルのみで40~50%減少していたものとして、カタラーゼ、グルタチンレダクターゼが同定された。両者は酸化ストレスに応答するタンパク質で、酸化ストレスとアフラトキシン生産の関連は古くから知られていることより、DotAは酸化ストレス応答に関与する転写因子等の活性を調節する機構に作用する可能性が考えられた。また、DotA添加サンプルにおいて、脂肪酸β酸化に関わるアシルCoAシンターゼ、グリオキシル酸経路に関与するギ酸デヒロドゲナーゼ、グルタミン酸生合成を行うグルタミン酸デヒドロゲナーゼ、クエン酸を開裂してアセチルCoAの供給をするATP-クエン酸リアーゼ、エタノール代謝系の酵素であるアルデヒドデヒドロゲナーゼといったTCAサイクルに関与するタンパク質量の減少が見られた。これはDotAにより酸化ストレス応答タンパク質が減少した結果、過酸化物を生産する電子伝達系の活性が低下したためであると考えられる。

現在、DotAが酸化ストレス応答の調節因子の発現に与える影響の解析を行っている。また、BcA、BcSのタンパク質合成阻害活性とアフラトキシン生産阻害活性の関連を明らかにするために、両者で共通して発現量が減少する機能未知のタンパク質の機能解析を行っている。

Yoshinari, T., Akiyama, T., Nakamura, K., Kondo, T., Takahashi, Y., Muraoka, Y., Nonomura, Y., Nagasawa, H., Sakuda, S. (2007) Microbiology. Vol. 153, pp. 2774~2780

図1 dioctatin A

図2 blasticidin A

審査要旨 要旨を表示する

アフラトキシン類は、Aspergillus flavusやA. parasiticusなどが生産する天然有機化合物中で最も強い発ガン性を有する。現在、熱帯、亜熱帯地域における農作物のアフラトキシン汚染は世界的な問題となっており、早急な防除法の開発が求められている。放線菌が産生するdioctatin A(DotA)及びblasticidinA(BcA)はA. parasiticusの生育をほとんど阻害することなく、そのアフラトキシン生産を特異的に抑制する。従ってこれらの化合物は耐性菌の蔓延しにくい実用的な汚染防除剤としての応用が期待される。本研究は、DotA及びBcAの作用機構の解析を行い、現在不明であるアフラトキシン生産調節機構解明への手がかりを与え、さらにより効果的なアフラトキシン汚染防除剤の開発に寄与することを目的にしたものである。

序論で背景を述べた後、第1章では、DotAがA. parasiticusに対してアフラトキシン生産抑制活性を示すことを見出したことを述べている。DotAは、アフラトキシン生合成経路の中間体であるnorsolorinic acidの生産も阻害したことから、それより上流の生合成過程に作用することが示された。定量PCR法により調べた結果、DotAはアフラトキシン生合成酵素PKSA、OMTA、VER-1及び転写調節因子AFLRをコードする遺伝子の転写を抑制したことから、DotAはアフラトキシン生合成酵素を阻害するのではなく、その生産調節機構に作用することが示された。また、Saccharomyces cerevisiaeに対しては最少培地で生育抑制活性を示した。これらの結果からDotAは真菌の一次代謝、二次代謝及び分化に対し多面的な効果を示す化合物であることが明らかとなった。

第2章では、DotAのフォトアフィニティープローブを調製し、これを用いてDotAの標的分子を探索したが、DotAの作用と関連すると考えられるタンパク質を同定することは出来なかった。一方、酵母に対する生育抑制活性を指標とし、cDNA発現ライブラリーを用いたDotA耐性株の取得を試みた結果、cup9、rad13、pho2がDotA耐性遺伝子として得られた。しかし、解析の結果、いずれもDotAの取り込みの抑制による耐性であると推定された。

第3章では、BcAの作用機構解析を行っている。BcAは酵母に対して生育抑制作用を示すことから、ゲノムライブラリーを用いたマルチコピーサプレッサーの取得実験を行ったところ、多剤耐性のトランスポーターであるylr046cがBcA耐性遺伝子として得られたことから、直接の作用とは関係ないと考えられた。次に、cDNA発現ライブラリーを用いて耐性株のスクリーニングを行った結果、新たにbmh1/2及びcmk2がBcAの生育抑制作用に対するマルチコピーサプレッサーとして得られた。解析の結果、両者ともにリン酸化タンパク質に関与する可能性が考えられた。次に、BcAによる酵母菌体内のタンパク質のリン酸化レベルや発現量の変化を網羅的に解析するために、2D-DIGEによる解析を試みている。その結果、BcA処理によって4種のリボソーム構成タンパク質の発現量の減少が見られ、またイニシエーションファクター、リリースファクター、リボソーム結合シャペロンの各タンパク質についてリン酸化によると予想される等電点のシフトが観察された。このことから、BcAはリボソームに影響を与え、タンパク質翻訳を阻害することが予想された。事実、BcAはタンパク質合成阻害活性を有することが明らかになったが、既知のタンパク合成阻害剤とは異なる様式で阻害していると推定された。

第4章では、BcA及びDotAが、A. flvusの菌体内タンパク質に与える影響を2D-DIGEにより解析した。DotA、BcA、blasticidin S(BcS)を添加し、菌体内のタンパク質を比較した結果、いずれの薬剤添加サンプルにおいてもコントロールに比べ、アフラトキシン生合成酵素の発現量の減少が確認された。DotA添加によってカタラーゼおよびグルタチンレダクターゼが減少していた。両者は酸化ストレスに応答するタンパク質であることから、DotAは酸化ストレス応答に関与する転写因子等の活性を調節する機構に作用する可能性が考えられた。また、DotA添加サンプルにおいて、アシルCoAシンターゼ、ギ酸デヒロドゲナーゼ、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ、ATP-クエン酸リアーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼなどのTCAサイクルに関与するタンパク質量の減少が見られた。これはDotAにより酸化ストレス応答タンパク質が減少した結果、過酸化物を生産する電子伝達系の活性が低下したためであると考えられた。

以上、本論文は酵母に対する生育抑制およびアフラトキシン生産菌に対するアフラトキシン生産抑制の機構の一端を解明したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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