学位論文要旨



No 124675
著者(漢字) 岡田,麻衣子
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,マイコ
標題(和) 新たな女性ホルモン受容体共役因子群の機能解析
標題(洋)
報告番号 124675
報告番号 甲24675
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3386号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 後藤,由季子
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

エストロゲンは広範な臓器を標的として生理作用を発揮する主要な女性ホルモンである。中でも、女性生殖器の発達・維持は、性差を規定する主要な生理作用の一つである。エストロゲンは第二次性徴期、妊娠時、月経周期に応じて増加し、乳腺や子宮などの女性生殖器の発達・成熟を司っている。いずれの生理作用も、エストロゲンに応じた急速な標的組織の細胞増殖に起因する。従って、エストロゲン依存的な細胞増殖の分子機構の解明は、エストロゲンの生理作用を理解する上で必要不可欠である。

エストロゲン受容体 (ERα/β) は、このようなエストロゲンの生理作用を担う最も重要な因子である。ERは核内受容体スーパーファミリーに属する転写因子であり、エストロゲン依存的な標的遺伝子発現制御を行うことでその生理作用を発揮すると考えられている。このようなERの転写活性化能はクラスの異なる転写共役因子複合体群により制御されることが明らかになりつつある1, 2 。従って、新たな複合体群の探索・解析は、エストロゲンによる細胞増殖作用機構の解明の分子基盤となることが期待される。

生体内の細胞は、その機能に応じた細胞周期を進行させることで増殖するが、その主たる制御機構は、Cyclin タンパクファミリーの細胞周期依存的なタンパク発現制御である。ユビキチン・プロテアソーム系がこの主な制御を担っており、周期的にCyclin タンパク群を分解している。しかしながら、エストロゲンの細胞増殖作用と細胞周期制御との関連や、その分子機構は未知である。

以上より、本研究では細胞周期に応じたERαの機能に着目して新規ERα相互作用因子群の同定を試みた。本研究ではこれら因子群の機能解析を通じて、エストロゲン依存的な新規細胞増殖制御機構の一端を明らかにすることを目的とした。

第二章 細胞周期依存的なERαの転写制御機構の解析

各細胞周期におけるERαの転写活性化能を検討するため、同調培養系を用いてエストロゲン依存的なERαの転写活性化能を検討した。その結果、エストロゲン依存的な転写活性化能は細胞周期依存的に変動することが示された。エストロゲン依存的なERαの転写活性化能はS期には強く、M期には低下することが示された。そこで、生化学的手法を用いて、M期ERα相互作用因子群を精製・同定した。その結果、M期におけるERα転写活性を抑制する因子群として、NuRD型クロマチン構造変換因子複合体の構成因子群を同定した。以上より、ERαの転写活性化能には細胞周期依存性が存在し、M期にはその転写活性化能が減弱していることが明らかとなった3。

第三章 エストロゲンによる細胞周期進行制御機構の解析

エストロゲンによる細胞増殖促進作用は、エストロゲン結合型ERαにより誘導される標的遺伝子群を介してG1期からS期の進行が促進されることで発揮されると考えられている。しかしながら、細胞周期の各ステージにおけるエストロゲン作用は未知である。加えて、転写機能の低下しているERαのM期における役割も不明である。そこで本章では、エストロゲンによる各細胞周期進行作用に着目し、ERαの新規機能の探索を試みた。

はじめに、各細胞周期の進行に対するエストロゲンの影響を検討した。エストロゲン依存的な増殖能を有するERα陽性乳癌細胞株、MCF7細胞を用いた。その結果、エストロゲンはERαを介してM期からG1期への進行を促進することを見出した。M期からG1期への移行には、Cyclin B1のタンパク分解が必須である。そこでまず、エストロゲンがM期におけるCyclin B1のタンパク分解制御を調節する可能性を検討した。その結果、M期におけるCyclin B1のタンパク量がエストロゲン及びERα依存的に減少することを見出した。この反応はプロテアソーム阻害剤より抑制されることから、Cyclin B1はユビキチン・プロテアソーム経路によりタンパク分解レベルで制御されていることが示された。以上より、M期にはエストロゲンによるCyclin B1タンパクの分解制御機構が存在することが明らかとなった。

続いて、この反応がERαの直接作用か否かを免疫沈降法により検討した。その結果、ERαがCyclin B1と相互作用すること、ERαと相互作用するCyclin B1はエストロゲン依存的にポリユビキチン化されることを見出した。そこで、in vitro ユビキチン化アッセイにより、M期ERα自身がユビキチンリガーゼ複合体を形成する可能性を検討した。その結果、M期に形成されるERα複合体はCyclin B1を基質とするユビキチンリガーゼ活性を有することを見出した。以上より、M期ERαはCyclin B1との相互作用を介して、エストロゲン依存的なタンパク分解制御を行う可能性が示唆された。

そこで、M期特異的ERαユビキチンリガーゼ活性を仲介する活性中心因子及び活性制御因子群の探索を行った。抗ERα抗体カラムを作成し、内在性ERαの相互作用因子群の精製系を確立した。この系を用いてM期に同調したMCF7細胞抽出液より、多数のM期ERα相互作用因子群を同定した。これら相互作用因子群の一つとして、UBE3Cタンパクを同定した。UBE3Cは機能未知因子であるが、HECTドメインを有することからユビキチンリガーゼであることが予測される。そこで、免疫沈降法によりUBE3CとERα及びCyclin B1との相互作用を検討した。その結果M期において三者は複合体を形成していることが明らかとなった。

以上の結果より、エストロゲンがM期からG1期への細胞周期進行促進作用を有することが示された。さらに、ERαがM期特異的にユビキチンリガーゼ複合体を形成してタンパク分解制御を行うことにより、このようなエストロゲン作用が発揮される可能性が示唆された。

第四章 エストロゲン依存的な増殖促進作用を担うM期特異的ERαユビキチンリガーゼ複合体の同定及び機能解析

第四章 エストロゲン依存的な増殖促進作用を担うM期特異的ERαユビキチンリガーゼ複合体の同定及び機能解析次に、UBE3C/ ERα複合体のユビキチンリガーゼ活性におけるERαの機能を検討した。M期のUBE3C, ERαタンパクを293F細胞から調整した。これらのタンパクを用いてin vitro ユビキチン化アッセイを行ったところ、各々のタンパク単体では活性を有しなかったが、UBE3CとERαの両因子共存下ではCyclin B1がユビキチン化された。従って、ERαは、UBE3CによるCCNB1のユビキチン化において、アダプタータンパクとして機能することが明らかとなった。

これまで、M期のタンパク分解制御はリン酸化・脱リン酸化による迅速な反応により制御されることが知られている。第三章において、M期ERα相互作用因子としてUBE3Cと共に脱リン酸化酵素であるPP2A複合体が同定されている。そこで、PP2A複合体がエストロゲン依存的なCyclin B1の分解に関与する可能性を検討した。PP2A複合体特異的な脱リン酸化活性阻害剤であるオカダ酸の処理により、エストロゲン依存的なCyclin B1の分解及びM期UBE3C複合体のin vitroでのユビキチンリガーゼ活性が抑制された。さらに、オカダ酸を処理によりUBE3CとERαとの相互作用が減弱することが示された。以上より、PP2A複合体はエストロゲン依存的なCyclin B1の分解を正に制御する因子であることが示された。またその作用機序として、PP2A複合体が、M期UBE3C/ ERαの複合体形成を促進する可能性が示唆された。

最後に、UBE3C/ ERα複合体が、エストロゲン依存的な細胞増殖に与える影響を検討した。siRNAを用いたUBE3Cのノックダウン法により、UBE3Cはエストロゲン依存的なM期/ G1期移行の促進に必要であることを見出した。さらに、UBE3Cはエストロゲン非存在下の細胞増殖には関与しないが、エストロゲン依存的な細胞増殖促進に必要であることが示された。

以上の結果より、エストロゲンによるM期からG1期への進行促進作用は、M期特異的に形成される、UBE3C/ ERαユビキチンリガーゼ複合体を介して発揮されることが示された。

第五章 総合討論

1.細胞周期依存的なERαの転写活性化能及びユビキチンリガーゼ活性の同定

本研究では、ERαがエストロゲン依存的な転写因子であるだけでなく、エストロゲン依存的なユビキチンリガーゼ複合体の一構成因子として機能することを見出した。細胞周期依存的に機能が変換することを見出した。ERαはG1/S期には転写活性化共役因子群と複合体を形成し、M期にはユビキチンリガーゼ構成因子と複合体を形成する。これまでに、ERαは多数の複合体を形成することが報告されてきたが、本研究では、ERαが細胞周期依存的に異なる複合体を形成することで、その機能を変換させることを初めて見出した。

2.M期特異的UBE3C/ ERαユビキチンリガーゼ複合体の同定

本研究ではCyclin B1タンパクがERαを介してエストロゲン依存的に分解されることを見出した。さらに、ERαのエストロゲン依存的なユビキチンリガーゼ活性を担う因子UBE3Cを同定した。UBE3CはHECT型ユビキチンリガーゼの一つである。HECT型ユビキチンリガーゼは、一般に単体で機能することが知られている。しかし、本研究によりUBE3CによるCyclin B1へのユビキチン化反応にはERαが必要であることが明らかとなった。従って、タンパク分解制御機構において、ERαはアダプタータンパクとして機能すると考えられる。以上より、転写制御機構及び分解制御機構の両者で、ERαはエストロゲン依存的な標的タンパク特異性を規定する役割を担うことが新たに示唆された。

3.新規エストロゲン依存的増殖制御機構の同定と今後の展望

本研究では、エストロゲン依存的な細胞増殖がG1/S期移行の促進作用に加え、M/ G1期移行の促進作用に起因することを見出した。さらに、前者の制御がERαによる転写制御機構によるのに対し、後者の制御はERαによるタンパク分解制御という、ERαの新規機能に起因することが明らかになった。以上より、エストロゲン依存的な細胞増殖機構の一つとして、細胞周期に応じた "転写機能"から"分解機能"へのERα機能変換という新しい分子機構が存在する可能性が示唆された。今後は、UBE3Cのノックアウトマウスを作製することで、エストロゲン標的組織における、タンパク分解制御を介したエストロゲン増殖作用の重要性を検討していく必要がある。一方で、エストロゲン依存的な細胞増殖機構の解明は乳癌などのホルモン依存性疾患に対する新規治療法の開発の基盤となる。従って、UBE3Cが乳癌の増悪に関与するか否かを個体レベルで検討し、エストロゲンの病理作用の一端を解明することが重要な課題である。

以上、本研究では、細胞周期依存的なエストロゲン受容体機能を介した女性ホルモンの細胞増殖作用機構の一端を明らかにすることができた。

1.Takezawa, S., Yokoyama, A., Okada, M., Fujiki, R., Iriyama, A., Yanagi, Y., Ito, H., Takada, I., Kishimoto, M., Miyajima, A., Takeyama, K., Umesono, K., Kitagawa, H., Kato, S. A cell-cycle dependent co-repressor mediates photoreceptor cell-specific nuclear receptor function. EMBO J. 26, 764-74. (2007)2.Ohtake, F., Baba A., Takada, I., Okada, M., Iwasaki, K., Miki, H., Takahashi, S., Kouzmenko, A., Nohara, K., Chiba, T., Fujii-Kuriyama, Y., Kato, S. Dioxin receptor is a ligand-dependent E3 ubiquitin ligase. Nature 446, 562-6. (2007)3.Okada, M., Takezawa, S., Mezaki, Y., Yamaoka, I., Takada, I., Kitagawa, H., Kato, S. Switching of chromatin-remodeling complexes for oestrogen receptor-alpha. EMBO Rep. 9, 563-8. (2008).
審査要旨 要旨を表示する

エストロゲンは広範な臓器を標的として生理作用を発揮する主要な女性ホルモンである。中でも、女性生殖器の発達・成熟は主要なエストロゲンの生理作用の一つである。これは、エストロゲン依存的に標的組織の細胞増殖が促進することに起因することが知られている。エストロゲンの生理作用は、エストロゲン受容体(ER)の転写機能を介して発揮されると考えられている。しかしながら、このようなERの転写機能だけでは説明のつかないエストロゲンの生理作用が存在することから、未知のER機能が存在する可能性が示唆されている。また、生体内の細胞は細胞周期の進行を繰り返すことで増殖するが、エストロゲンによる細胞周期制御機構及びその分子機構の詳細は依然不明なままである。本研究では、細胞周期制御の観点から、新たなERα共役因子群・複合体群を生化学的に同定することで、エストロゲン依存的な細胞増殖の分子機構の解明を試みている。

第二章では、各細胞周期におけるERαの転写機能を明らかにし、細胞周期制御機構における新たなエストロゲンの作用点及びERαの機能の探索を試みている。その結果、エストロゲン依存的なERαの転写活性化能がM期において低下することが示された。また、生化学的手法を用いて、M期のERαの転写活性化能を抑制する因子群として、NuRD複合体構成因子群の同定に成功した。また、転写機能が低下しているにも関わらずERαは細胞内に存在することから、M期において未知のエストロゲン-ERα機能が存在する可能性が示唆された。

第三章では、M期における新規エストロゲン-ERα機能の探索・解析を行った。その結果、エストロゲンがERαを介してM/G1期移行を促進すること、M/G1期移行を担うCyclin B1のタンパク分解を促進することを見出した。さらに、in vitroの実験により、ERα複合体がM期特異的にCyclin B1を基質とするユビキチンリガーゼとして機能することを見出した。最後に、抗ERα抗体カラムを用いたアフィニティー精製系を確立し、内在性のM期ERα相互作用因子群を精製・同定した。その結果、M期 ERαユビキチンリガーゼ複合体構成因子群の候補因子として、機能未知HECT型ユビキチンリガーゼUBE3C及び脱リン酸化酵素PP2A複合体構成因子群の同定に成功した。以上より本章では、ERαのタンパク分解機能を介した、エストロゲンの新たな細胞周期促進作用機構を明らかにした。

第四章では、M期ERαユビキチンリガーゼ複合体を分子レベルで解析し、エストロゲンの細胞増殖促進作用における機能の解明を試みている。まず、第三章で同定したUBE3CがM期において、ERαを主要構成因子とする複合体を形成することが示された。さらにこの複合体形成がM期特異的であることを見出した。また、M期ERα相互作用因子として同定した、新規脱リン酸化酵素PR130型PP2Aが、UBE3C/ERαのM期特異的な複合体形成を規定する可能性を見出した。続いて、エストロゲン依存的なCyclin B1タンパクの分解におけるUBE3C/ERα複合体の機能を解析した。その結果、UBE3C/ERα複合体は、Cyclin B1を基質とするユビキチンリガーゼであること、UBE3Cがユビキチンリガーゼ活性を担う活性中心因子であることを見出した。さらに、この複合体においてERαがCyclin B1を認識する基質認識サブユニットとして機能することが示された。最後に、UBE3C/ERα複合体がエストロゲン依存的なM期/G1期移行の促進及びエストロゲン依存的な細胞増殖促進を担うことを明らかにした。

本論文では、ERαが細胞周期特異的に異なる複合体を形成することで、転写機能及びタンパク分解機能という、性質の異なる二つの機能を発揮することを初めて見出した。また、この両機能において、ERαはエストロゲン依存的な標的タンパク特異性を規定する役割を担うことが新たに示唆された。さらに、UBE3C/ERα複合体を同定し、複合体として機能するHECT型ユビキチンリガーゼを初めて見出した。また、この複合体がERαを基質認識サブユニットとすることで、エストロゲン依存性を獲得した新たなクラスのユビキチンリガーゼであることを明らかにした。最後に、エストロゲン依存的な細胞周期制御及び細胞増殖制御において、UBE3C/ERα複合体のタンパク分解機能が重要である可能性を見出した。

以上、本研究は細胞周期依存的なエストロゲン受容体機能を介した、女性ホルモンの細胞増殖促進作用の分子機構の一端を明らかにした。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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