学位論文要旨



No 124679
著者(漢字) 佐藤,啓介
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ケイスケ
標題(和) 出芽酵母分泌経路の機能未知必須膜タンパク質の解析
標題(洋)
報告番号 124679
報告番号 甲24679
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3389号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 准教授 有岡,学
 東京大学 准教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

出芽酵母は真核生物のモデルとして,細胞生物学研究のあらゆる分野において利用されている生物である.1996年に全ゲノムの塩基配列解読が完了して以降は,強力な遺伝学的手法が適用可能であることを武器に,genome-wideな網羅的解析が盛んに行われている.しかし,破壊株コレクションが既に作られている非必須遺伝子に比べ,必須遺伝子の場合は破壊株を作れないこともあり,網羅的解析の質・量が共に不十分で,未だ機能の解明に至っていない必須タンパク質が数多く存在する.本研究では,それら機能未知の必須タンパク質の中で,小胞体からゴルジ体を経て細胞質膜へと続く「分泌経路」で機能するものを同定し,さらにその機能を明らかにすることを目的として,以下の解析を行った.

1.温度感受性変異株の作製とサプレッサースクリーニング

15の機能未知かつ膜貫通領域を持つと推定された必須タンパク質にGFP等のタグを付加し,共焦点レーザー顕微鏡で観察して局在を決定した.その結果,6つが小胞体・2つがゴルジ体に局在することを見出した.これらの機能解析の第一歩として,まずそれぞれの遺伝子についてerror-prone PCRによりランダムに変異を導入し,許容温度(25℃)では野生株同様に生育するが,制限温度(37℃)では生育が著しく阻害される「温度感受性変異株(ts株)」を作製した.ts株を利用すると,その表現型から機能を推測することができるだけでなく,遺伝学的な手法を用いて機能的に近いタンパク質をコードする遺伝子を同定することが出来る.また,温度シフトという簡便な操作により短時間で明確な表現型を観察できることが多いのも,ts株を使う利点である.結果として7つの遺伝子のts株を作製し,ymr298w(ts)に対してはセラミド分解酵素をコードするYPC1,ynl158w(ts)に対してはGPIアンカー合成におけるマンノース転移酵素をコードするGPI18,yfr042w(ts)に対してはβ-1,6-グルカン合成に関わる分子シャペロンをコードするROT1が,それぞれ多コピーサプレッサーとなることを見出した.さらに,ydr367w(ts)に対するサプレッサーとして,スフィンゴ脂質合成に必須な AUR1を同定した.本研究では,これらサプレッサーを手がかりとして,主にYnl158w (Pga1),Ydr367w(後にKei1と命名した)の機能を詳細に解析した.

2.Ynl158w(Pga1)の解析

GPIアンカーは真核生物に広く保存されたタンパク質の修飾形式で,種間を越えて共通のコア構造を持つ複合糖脂質GPIが,タンパク質C末端の特定のシグナル配列に置き換わる形で付加されたものである.GPIは小胞体で合成され,完成したGPIは小胞体内腔でシグナル配列を持つタンパク質に転移される.GPIが付加されたタンパク質は小胞体からゴルジ体へと輸送され,多くは細胞質膜まで輸送される.GPIアンカーは膜にタンパク質を係留する「錨」として働き,多くの場合細胞質膜の表面にタンパク質を提示するのに役立っている.

出芽酵母のGPIは4つのマンノースを有しており,マンノースを付加する酵素はその順番からGPI-MT-I, II, III, IVと呼ばれている.pag1(ts)のサプレッサーとして同定したGPI18はGPI-MT-IIをコードすると報告されていたこと,pga1(ts)の表現型はGPIアンカー合成変異株に共通して見られるものが多いことから,Pga1がGPIの合成に関わる可能性が示唆された.出芽酵母において,タンパク質に結合した形で検出されるイノシトールは全てGPI由来であることが知られている.そこで,[3H]inositolを培地に加えて細胞を培養してmetabolic labelingを行い,タンパク質に結合したGPIをトリチウムのシグナルとして検出し,野生株とpga1(ts)で比較した.その結果,制限温度で培養したpga1(ts)において,トリチウムのシグナルが顕著に減少していた.このことから,pga1(ts)ではイノシトールのタンパク質への取り込みが不全になっていることが分かり,GPIの合成またはタンパク質への転移に欠損があると考えられた.次いで,Pga1とGpi18のin vivoでの結合を免疫沈降法により検討したところ,Gpi18がPga1と共沈してくることを見出した.さらに,[3H]inositolでmetabolic labelingした細胞から脂質を抽出し,どのようなGPI中間体が蓄積しているかを調べた.その結果, gpi18(ts)で蓄積するものとTLC上の移動度が全く等しいGPI中間体がpga1(ts)でも蓄積しており,pga1(ts)はGPI-MT-IIの活性に欠損があることが分かった.以上のことから,Pga1はGpi18とin vivoで結合してGPI-MT-II複合体を形成しており,さらにその活性に必須なサブユニットであると結論した.

これまでに出芽酵母で見つかっている,GPIアンカーの合成に直接関わる全ての遺伝子は動物細胞にホモログを持つが,PGA1には哺乳類ホモログは無い.そこで,Gpi18の哺乳類ホモログであるPIG-VがGpi18とPga1両方の機能を併せ持っている可能性を考えた.GPI18は必須遺伝子であり,その破壊は致死であるが,PIG-V遺伝子をΔgpi18に導入すると生育を部分的に相補すると報告されていた.PIG-V遺伝子をΔpga1に導入したところ,Δgpi18に導入したときと同程度の生育の相補が認められた.このことから,哺乳類にはPga1のホモログは無いが,機能的にはPIG-Vが酵母におけるGpi18-Pga1複合体に対応していると考えられた.

3.Ydr367w(Kei1)の解析

スフィンゴ脂質は,真核細胞の膜を構成する脂質で,セラミド骨格を有するものを指す.セラミドの新規合成は小胞体で行われ,さらにゴルジ体に運ばれて修飾を受けるが,修飾様式は生物種によって異なる.出芽酵母においては,まずイノシトールリン酸が付加されてIPCとなり,IPCにはさらにマンノースが付加されてMIPCに,MIPCには再びイノシトールリン酸が付加されてM(IP)2Cとなる.この修飾の過程で,最初のステップのIPC合成だけが酵母の生育に必須な過程であることが知られている.本研究でydr367w(ts)のサプレッサーとして同定したAUR1は,このIPC合成を行うIPCシンターゼをコードしていると報告されていた.

Ydr367wの機能解析にあたり,まずC末端にGFPを付加して細胞内で発現させた.このYdr367w-GFPのSDS-PAGE・ウェスタンブロット解析を行うと,泳動度の異なる2本のバンドが検出された.さらに遠心分画を行ったところ,サイズの大きいバンドは小胞体局在の,サイズの小さいタンパク質はゴルジ体局在の挙動を示し,Ydr367wはゴルジ体に運ばれた後,何らかのプロセシングを受けているのではないかと推測された.そこで,lateゴルジのエンドプロテアーゼKex2の関与を考え,kex2破壊株でYdr367w-GFPを発現させたところ,サイズの小さいバンドは殆ど検出されなかった.Kex2は塩基性残基を好んで認識する.Ydr367w-GFPの135番目のアルギニン残基(135R)をセリンに置換したところ,サイズの小さいバンドが殆ど消失した.よって,Ydr367はKex2に135Rを認識され,切断を受けると考えられた.

AUR1がydr367w(ts)のサプレッサーとなることは,Ydr367wがスフィンゴ脂質合成に関わる可能性を示唆している.実際,Aur1に作用してIPCの合成活性を抑えることにより細胞毒性を示す薬剤Aureobasidin Aにydr367w(ts)が高感受性を示したことから,ydr367w(ts)はIPC合成に欠損があると考えられた.まず,Ydr367wがAur1に直接結合している可能性を考え,免疫沈降により検証した.その結果,Triton X-100で可溶化したlysateから,両者が互いに共沈することが分かった.すなわち,Ydr367wとAur1はin vivoで結合し,IPCシンターゼ複合体を形成していると考えられた.次に,野生株およびydr367w(ts)から免疫学的にIPCシンターゼを精製し,セラミドの蛍光基質アナログC6-NBD-ceramideをC6-NBD-IPCに変換する活性を指標にして酵素活性を比較した.その結果,ydr367w(ts)由来のIPCシンターゼは,許容温度で培養した細胞から精製したにもかかわらず,殆ど活性を失っていた.以上のことから,Ydr367wはIPCシンターゼの活性に必須なサブユニットであると結論し,YDR367wをKEI1と命名した(Kex2-cleavable protein Essential for IPC synthesis 1).

さらに,IPCシンターゼの活性低下以外のkei1(ts)の重要な表現型として,Aur1の存在量が減少することを見出した.kei1(ts)株のPEP4を破壊して液胞プロテアーゼ群を失活させると減っていたAur1の量が回復し,その株を顕微鏡観察するとAur1が液胞に蓄積していることが分かった.このことから,kei1(ts)においてAur1は安定してゴルジ体に局在できず,液胞に運ばれ分解されていることが分かった.kei1(ts)の変異点を調べたところ,103番目のフェニルアラニンがイソロイシンに置換され(F103I),さらにフレームシフトによって細胞質に露出しているC末端部分の27アミノ酸が欠失している(ΔC)ことが分かった.それぞれ単独の変異では温度感受性を示さないが,Kei1ΔC-GFPのゴルジ体存在量は野生型と比べて減少しており,さらにこの減少した分はPEP4破壊によって回復した.そこで,C末端部分がゴルジ体局在に重要であると推測し,GSTと連結して大腸菌で大量発現させて精製し,酵母lysateと混合してプルダウンを行った結果,タンパク質のゴルジ体間リサイクルに必要なCOPIコートマーとの結合を見出した.このことから,Kei1はIPCシンターゼの活性に必須であるのと同時に,IPCシンターゼがCOPI依存的にゴルジ体間をリサイクルするのにも重要であると考えられた.

4.総括

以上のように,本研究では温度感受性変異株を利用して出芽酵母分泌経路の機能未知必須膜タンパク質の解析を行い,Pga1とKei1という2つのタンパク質に関し,詳細に機能を解明することに成功した.その他のタンパク質の解析も研究室内で進行中であり,今後の研究の進展が期待される.

1) Keisuke Sato, Yoichi Noda, and Koji Yoda Pga1 Is an Essential Component of Glycosylphosphatidylinositol-Mannosyltransferase II of Saccharomyces cerevisiae. Molecular Biology of the Cell, 18(9):3472-3485. 20072) Kosuke Nakamata, Tomokazu Kurita, M. Shah Alam Bhuiyan, Keisuke Sato, Yoichi Noda, and Koji Yoda KEG1/YFR042w Encodes a Novel Kre6-binding Endoplasmic Reticulum Membrane Protein Responsible for β-1,6-glucan Synthesis in Saccharomyces cerevisiae. Journal of Biological Chemistry, 282(47):34315-34324. 2007
審査要旨 要旨を表示する

出芽酵母は、真核生物の優れたモデルとして、全ゲノム塩基配列解読の完了後、ただちに網羅的な遺伝子解析が進められた。しかし未だに、生育に必須なタンパク質でありながら、機能未知のものが残されている。申請者は、膜貫通領域を持つ機能未知必須タンパク質で、小胞体・ゴルジ体に局在するものについて、温度感受性変異株を作製し、その表現型やサプレッサーを手がかりに、Ynl158w(Pga1)とYdr367w(Kei1)の機能を明らかにした。

第一章で研究開始時の状況を概観した後、第二章ではPga1の解析結果について述べている。GPIアンカーは、真核生物に広く保存されたタンパク質の修飾形式で、種を越えて共通のコア構造を持つ複合糖脂質GPIが、タンパク質C末端の特定のシグナル配列に置き換わる形で付加されたものであり、膜にタンパク質を係留する「錨」として、細胞質膜表面にタンパク質を提示するのに役立っている。

出芽酵母のGPIは4つのマンノースをもち、これらを付加する酵素は順番にGPI-MT-1、II、III、IVと呼ばれている。pga1(ts)温度感受性変異株のサプレッサーとなったGPI18はGPI-MT-IIをコードすると報告されており、pga1(ts)の表現型がGPIアンカー合成変異株と共通であることから、Pga1がGPI合成に関わる可能性が示唆された。前駆物質のひとつ[3H]inositolによる標識実験から、制限温度でpga1(ts)においてgpi18(ts)で蓄積するものとTLC上の移動度が等しいGPI中間体が蓄積しており、pga1(ts)はGPI-MT-IIの活性に欠損があることが分かった。また、免疫沈降でGpi18とPga1が共沈した。以上から、Pga1はGpi18とin vivoで結合してGPI-MT-II複合体を形成し、その活性に必須なサブユニットであると結論した。

これまで出芽酵母で見つかった、GPIアンカー合成に直接関わる全ての遺伝子は動物にホモログを持つが、PGA1には哺乳類ホモログが無い。GPI18の哺乳類ホモログPIG-V遺伝子はΔpga1とΔgpi18の生育を同程度に相補し、哺乳類にはPga1のホモログは無いが、機能的にはPIG-Vが酵母におけるGpi18-Pga1複合体に対応していると考えられた。

第三章では、Kei1を解析した結果について述べている。スフィンゴ脂質は、真核細胞の膜を構成する脂質で、セラミド骨格を有するものを指す。セラミドの新規合成は小胞体で行われ、さらにゴルジ体に運ばれて修飾を受ける。出芽酵母においては、イノシトールリン酸が付加されてIPCとなり、さらにマンノースが付加されてMIPCに、再びイノシトールリン酸が付加されてM(IP)2Cとなる。この修飾の過程で、最初のIPC合成だけが酵母の生育に必須である。本研究でkei1(ts)のサプレッサーとして同定したUR1は、IPC合成を行うIPCシンターゼをコードすると報告されていた。

まず、Kei1-GFPがSDS-PAGE-ウェスタンブロット解析で2本のバンドとして検出される現象を追究し、Kei1はゴルジ体に運ばれた後、135番目のアルギニンをKex2に認識され、切断されることを見出した。

温度感受性のサプレッサーがコードするAur1を標的とするAureobasidinAにkei1(ts)も高感受性を示したことから、kei1(ts)はIPC合成に欠損があると考えられた。免疫沈降実験から、Kei1とAur1はin vivoで結合し、IPCシンターゼ複合体を形成していると考えられた。許容温度で培養した野生株およびkei1(ts)から免疫学的に本複合体を精製し、セラミドの蛍光基質アナログC6-NBD-ceramideをC6-NBD-IPCに変換する酵素活性を調べた結果、kei1(ts)由来のIPCシンターゼは殆ど活性を失っていた。以上より、Kei1はIPCシンターゼの活性に必須なサブユニットであると結論した。

さらに、kei1(ts)においてAur1はゴルジ体に安定して局在できず、液胞に運ばれ分解されていた。GSTプルダウンを行った結果、C末端部分はゴルジ体間リサイクルに必要なCOPIコートマーと結合した。以上の結果から、Kei1はIPCシンターゼの活性に必須であると同時に、IPCシンターゼがCOPI依存的にゴルジ体間をリサイクルするのにも重要であることが分かった。

第四章は本研究の総括である。

以上、本論文は、温度感受性変異株を利用して出芽酵母分泌経路の機能未知必須膜タンパク質の解析を行い、Pga1とKei1という2つのタンパク質に関し、詳細な機能を明らかにした。これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/34241