学位論文要旨



No 124681
著者(漢字) 髙師,義幸
著者(英字)
著者(カナ) タカシ,ヨシユキ
標題(和) シロイヌナズナにおけるReplication Protein A70の機能解析
標題(洋)
報告番号 124681
報告番号 甲24681
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3391号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,寛
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序章

一般に、植物は地表に固定された環境下で生育することから、DNA障害を誘発するような過剰な光や多くの有害物質等にさらされている。そのため、植物は進化の過程でDNAの複製や修復等の代謝系を柔軟かつ精巧に制御する機構を取得していると考えられる。本研究では、酵母や哺乳類動物においてDNA複製から修復への移行を制御すると想定される因子Replication Protein A(RPA)に着目した。RPAは、分子量70-kD(RPA70), 32-kD(RPA32), 14-kD(RPA14)のサブユニットから構成される三量体タンパク質で、自身のDNA結合配列を介して一本鎖DNAに結合すること及び、他のタンパク質因子の機能を制御することにより、DNA複製、修復、組換えやテロメアの維持に関与することが明らかとなっているが、植物においては未知の部分が多い。そこで本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナにおけるRPAの機能解析を通して、植物のDNA代謝系の一端を明らかにすることを目的とした。

第二章 シロイヌナズナにおけるRPA70と相互作用する因子

RPAは、現在までに解析された全ての真核生物に保存されているが、ほとんどの生物種において各RPAサブユニットは1種類ずつしか存在しない。しかし、シロイヌナズナには4種のRPA70(AtRPA70a-d)と各々2種のRPA32(AtRPA32a, b)及びRPA14(AtRPA14a, b)が存在する。そこで、AtRPA70とAtRPA32の各ホモログ間での結合特異性を、Yeast-two hybrid (Y2H)法および免疫共沈降法により検定した。その結果、AtRPA70aおよびAtRPA70cはAtRPA32aと、AtRPA70bおよびAtRPA70dはAtRPA32bと有為な相互作用が認められたことから、少なくとも2種の複合体形成様式が存在すると考えられた。このことは、4種のAtRPA70が系統解析により2つのグループ(グループA : AtRPA70a及びAtRPA70c、グループB:AtRPA70b及びAtRPA70d)に分類されることと一致した。

さらに、Y2H解析により、AtRPA70aは、哺乳動物などの場合と同様に、DNA修復機構やテロメア長の制御に関与するAtMre11や、DNA損傷および複製ブロックに対するチェックポイント機構に関与するAtRad17と相互作用することが示された。また新たに、本因子がDNA修復系及びテロメア長の制御に重要なAtKu70や、テロメア結合因子と予想されるAtTRB1と相互作用することを明らかにした、一方、AtRPA70b, AtRPA70c及びAtRPA70dは、AtKu70及びAtRad17との相互作用しか示さなかったことから、AtRPA70aは他のRPA70とは異なるDNA代謝系で機能する可能性が示された。

第三章 AtRPAサブユニットの発現様式および細胞内局在性解析

4種AtRPA70及び2種のAtRPA32の機能的な特性を明らかにするために、植物体組織における遺伝子発現様式をノーザン解析および定量的PCR法により検討した。その結果、グループAに属するAtRPA70a及びAtRPA70cと、それらと優位に複合体を形成するAtRPA32aは植物体全体で一様に発現していたのに対して、グループBのAtRPA70b及びAtRPA70dと、それらと優位に結合するAtRPA32bは芽生えや花蕾などの分裂組織を含む試料や培養細胞において顕著に発現していることが明らかとなった。

また、各因子の細胞内局在性を解明するために、GFP融合タンパク質のプロトプラスト中での一過的局在性を解析した。その結果、AtRPA70aは核とミトコンドリアに、AtRPA70cはミトコンドリアに、AtRPA32aはミトコンドリアと細胞質に各々局在していたのに対して、AtRPA70bとAtRPA70dは核に、AtRPA32bは細胞質に局在することが示された。これらの結果から、2つのグループに属するRPAは異なるオルガネラにおいて機能的に分化していることが示唆された。また、ミトコンドリアにおけるRPAの局在性から、核DNAの代謝以外にミトコンドリアにおいてもDNA代謝系に関与する可能性が示された。

RPAが一般にDNA修復経路で機能すること、また本研究においてAtRPA70がDNA修復系の因子と相互作用したことから、DNA損傷ストレスに対するAtRPA70の発現応答性をノーザン解析および定量的PCR法により検討した。その結果、実生苗をDNA損傷薬剤であるメチルメタンスルホン酸 (MMS)やブレオマイシン(Bm)で処理することにより、4種のAtRPA70の転写産物量はいずれも4時間以内に増加することが明らかになった。

第四章 AtRPA70変異体の解析

DNA代謝機構や植物体の生長などにおけるAtRPA70の機能を詳細に明らかにするために、4種のAtRPA70のT-DNA挿入欠損株(70a, 70b, 70c, 70d)を供試した。いずれの欠損変異株も、通常の生育環境下では野生型株(WT)と同様の生育を示したことから、シロイヌナズナの生育においてRPA70サブユニットは必須ではないと考えられた。一方、各変異株の実生苗について、MMS及びBmに対する感受性を調査したところ、いずれの変異株もWTに比べて同程度に感受性の上昇を示したしたことから、本植物種におけるRPA70ホモログはDNA修復機構に必須な因子であると考えられた。

また、酵母や哺乳動物においてRPAがテロメア長の制御に関与することが報告されていることから、AtRPA70のテロメア長制御における機能を検討した、各変異体のロゼット葉におけるテロメア長をterminal restriction fragment(TRF)法により測定した結果、70aではWTと比較してテロメア長が顕著に伸長していたのに対して、70cではテロメア長の縮小が見られ、70b及び70dではテロメア長の有意な変化は認められなかった。従って、1)4種のAtRPA70はテロメア長の恒常性維持において異なる関与をすること、2)AtRPA70aは、他の生物種の場合と異なり、テロメア長を負に制御する働きをもつことが明らかになった。次に、テロメアにおけるAtRPA70aの機能がテロメアDNAの伸長反応を司るテロメアーゼの活性に依存するかどうかを検討するため、70aとテロメアーゼの活性中心であるTelomerase reverse transcriptase(TERT)との二重欠損株を作成し、テロメア長の変動を解析した。その結果、当該二重欠損株では70aによるテロメア長の伸長が抑制されていたことから、AtRPA70aは植物独自の機構でテロメアーゼ依存的にテロメア長を制御していることが示唆された。なお、Y2H法によりAtRPA70aと相互作用することが示されたAtTRB1については、欠損変異株の解析からテロメア長制御への関与は確認されなかった。

第五章 総合討論

本研究では、高等植物におけるDNA代謝機構の一側面として、シロイヌナズナにおけるRPA70ホモログの機能解析を行った。その結果、本植物に存在する4種 RPA70の間には機能的な分化が認められること、並びに独自の機能を通じてDNA代謝機構に関与することを明らかにした。今後は、上記因子のより詳細な機能解析を通して、高等植物におけるDNA代謝機構への理解が深まるものと期待される。またこうした知見の蓄積は、生物の持つ基本的な生命維持機構の解明につながるのみではなく、有用植物への環境ストレス耐性能の付与といった応用面を考える上でも重要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなる。第1章では序論として研究背景、研究目的に対して着想に至った経緯を、過去の事例や論文を例にとり説明している。申請者は真菌、動物等に比べ植物が環境ストレスによるDNA損傷に対して高い耐性を持っている事に着目し、耐性を付与している機構を解明し、より高い耐性をもった植物体作出の一助とする事を目的とし研究を行った。DNA修復機構などについて調べる過程で、DNA修復機構の制御因子と目されるReplication Protein A(RPA)複合体を構成する3つの因子(RPA70,RPA32,RPA14)が、植物ではそれぞれ重複している事を見いだした。申請者はこれらの因子の重複により多様な複合体が形成され、多機能化する事により、DNA損傷における高い耐性が得られているのではないかと仮説を立て、既知のRPAの機能などについて言及している。

第2章では、シロイヌナズナにおけるRPA構成因子の一次構造の比較、系統解析、そして複合体形成様式を明らかにした。ヒトにおけるRPAホモログなどとの一次構造の比較を行うと共に、真核生物におけるRPAホモログの系統樹を作製し、検証を行った。その結果、シロイヌナズナにおけるRPA70パラログは2つのグループに分類された。さらに、シロイヌナズナのRPAサブユニット間における結合性を解析した結果、シロイヌナズナにおけるRPAは多様な複合体を形成することを明らかにした。そして、系統解析が結合解析の結果を支持することなどを含めて論じている。

第3章は、シロイヌナズナにおけるRPA構成因子発現の器官特異性とDNA障害ストレスに対する発現応答性を解析している。シロイヌナズナにおけるRPA構成因子は、恒常的に発現しているものと、主に分裂組織を含む器官特異的に発現するものとの2種類が存在していることを明らかにした。さらに、RPA構成因子がDNA障害ストレスに対する発現応答性を示したことから、DNA修復機構に関与していることを推察している。

第4章は、シロイヌナズナにおけるRPA構成因子の細胞内局在性を解析している。その結果、シロイヌナズナにおけるRPA70パラログは核のみならず、ミトコンドリアにも局在していた。ミトコンドリアにRPA構成因子が局在するのは新規の現象であり、シロイヌナズナにおけるRPA複合体は他の真核生物とは異なる独自の機能を有する可能性があると言及している。

RPA複合体は、DNA.修復機構やテロメア長の維持機構などに関与するため、それら機構に関与する因子郡と相互作用することが考えられる。そこで第5章では、シロイヌナズナにおけるDNA修復機構やテロメア長の維持機構などに関与する主な因子を取り上げ、RPA70パラログとの相互作用を検証している。その結果、RPA70パラログはDNA修復機構、DNA複製チェックポイント機構、テロメア長の維持機構に関与する因子と相互作用することが明らかになった。さらに、RPA70パラログ内で相互作用する因子が異なることから、RPA70パラログの機能的な差異について論じている。

第6章は、RPA70パラログのDNA障害応答及びDNA複製チェックポイントにおける役割を明らかにするために、各種欠損株を用いた解析を行った。その結果、RPA70パラログがDNA修復機構、及びDNA複製チェックポイントに必須な因子であることが判明し、RPA複合体がDNA損傷ストレスなどの応答機構において重要な役割を担うことを考察している。

第7章は、RPA70パラログのテロメア長制御における役割を明らかにした章である。各種欠損株におけるテロメア長の解析から、RPA70パラログはテロメア長の維持に必須な因子であることが示されている。さらに、テロメラーゼ欠損株を用いた解析から、テロメラーゼを介してテロメア長を維持していることを明らかにした。これらの解析から、RPA70パラログのテロメア長の維持機構における役割の違いについて論じている。

第8章は、総合考察である。これまでの研究結果から、シロイヌナズナにおけるRPA複合体の機能について総合的に考察している。RPA複合体はシロイヌナズナにおいて、多様な複合体形成様式を示すことから、申請者は、それらの機能について比較検討を行っている。さらに、複数のRPA複合体がより複雑なストレス応答機構を構築することで、植物独自の高い耐性に寄与していると論じている。また、今後の研究課題については、RPA構成因子の生化学的な解析の必要性などを指摘している。

以上のように、本論文はシロイヌナズナにおけるRPA遺伝子群について解析し、その動物とは異なる多型性について論じたものであり、植物におけるDNAの複製や維持機構を理解する上で重要な基礎情報を与えるものと認められる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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