学位論文要旨



No 124682
著者(漢字) 平尾,嘉利
著者(英字)
著者(カナ) ヒラオ,ヨシトシ
標題(和) NMRによる挿入因子IS1がコードするDNA結合タンパク質の高次構造の解析
標題(洋)
報告番号 124682
報告番号 甲24682
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3392号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 吉村,悦郎
 理化研究所 チームリーダー 木川,隆則
 立教大学 准教授 関根,靖彦
 東京大学 講師 大坪,久子
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

トランスポゾンは、一定の長さと固有の塩基配列を持つ DNA 因子であり、ゲノム内やゲノム間で異なる部位へ転移することができる。これまでに、原核生物から真核生物まで数多くの種で発見され、生物のゲノム上に普遍的に存在することが知られている。トランスポゾンは転移によって、挿入変異だけではなく、欠失や逆位等の様々な DNA 組換え反応を引き起こし、ゲノムの大規模な改変や進化に重要な役割を果たしてきたと考えられている。

IS1 は、大腸菌で初めて発見されたトランスポゾンである。全長 768 bpで、両端に約 30 bp の逆向き反復配列 (IR) を持ち、内部に 2 つのオープンリーディングフレーム、insA と insB が存在する (図)。insB はその上流にフレームを伸ばすことが可能で、この延長領域を B' という。内部の AAAAAA 配列において、insA の翻訳が -1 方向にずれ (翻訳フレームシフト)、読み枠が B'-insB に切り替わることで全長 232 アミノ酸残基の InsA-B'-InsB 融合タンパク質が生じる。この融合タンパク質が、IS1 の転移反応を司る酵素であるトランスポゼース (Tnp) として機能する。翻訳フレームシフトが起きない場合は、IS1 の転移抑制因子である全長 91 アミノ酸残基の InsA タンパク質 (InsA) が産生される。IS1 の転移反応は、Tnp による自身の IR への認識と結合、2 つの Tnp 分子と両末端 IR を含む複合体 (トランスポソゾーム) の形成、各 IR 末端と標的 DNA 間での DNA 鎖組換え反応、の順に起こる。

Tnp は、N 末端側の InsA 部分に 2 つの DNA 結合ドメイン、ジンクフィンガー (ZF) ドメインとヘリックス-ターン-ヘリックス (HTH) ドメイン、を有している。これら 2 つのドメインはどちらも IS1 の転移に必要であり、IR への配列特異的結合に関与している。InsA は Tnp と同じ 2 つの DNA 結合ドメインを持つが転移触媒ドメイン (DDE;図参照) を持たないので、Tnp と拮抗して IR に配列特異的に結合し、転移反応の進行を阻害するとともに、Tnp と InsA 自身の遺伝子発現のリプレッサーとしても働く。Tnp と InsA は IR 配列以外の DNA にも非特異的に弱く結合するが、その DNA が相同組換え反応の中間体に特異的に見られる Holliday 構造や Y 字型構造をとっていると、構造特異的に強く結合する。この構造特異的結合には ZF ドメインを含む領域が関与するが、HTH ドメインは必要ではない。トランスポソゾーム形成においては DNA が Holliday 構造と類似の構造をとり、Tnp の構造特異的な結合活性がその安定性に寄与すると考えられている。

トランスポソゾームの形成機構は未だ明らかではない。Tnp がどのように IR 配列と結合し安定なトランスポソゾームを形成するかを解析するためには in vitro でその形成反応を再現し高次構造を解析する必要がある。そこで、Tnp と 2 つの DNA 結合ドメインを共有し、同じ DNA 結合の特異性を示す InsA に注目した。InsA は Tnp より分子量が小さく、高次構造の解析が容易であると考えられる。本研究ではトランスポソゾームの形成機構を解明することを目的として、InsA を in vitro 発現系を用いて調製し、高次構造及び DNA との相互作用の解析を NMR を用いて行った。

2. 不溶性 GBF-InsA タンパク質の可溶化と NMR 測定

InsA は、一般的な生化学的手法で精製を試みると、その精製の過程で不溶化しやすい性質を持つ。そこで、可溶性で活性のある状態にするため GBF (Protein G Binding Factor) との融合タンパク質 (GBF-InsA) として in vitro で合成した。しかし、生成した GBF-InsA はやはり不溶性であったので、その沈殿した GBF-InsA をグアニジン塩酸塩を含むバッファーで変性させて溶解したのち、リフォールディングを行うことで可溶化した。この可溶性 GBF-InsA はゲルシフト解析の結果、IR への配列特異的 DNA 結合活性を保持していることがわかった。そこで、この方法で (15)N で標識した GBF-InsA を調製し、NMR を用いて [1H, (15)N]-Hetero-nuclear Single Quantum Coherence (HSQC) を測定したところ、プロトンのシグナルが広範囲にわたって多様な化学シフトを示した。これは GBF-InsA が高次構造を形成していることを示す。次に (13)C と (15)Nで標識した GBF-InsA を調製し、多核多次元 NMR 測定を行った。主鎖帰属を行った結果、InsA 部分において 91 個中 30 個のアミノ酸残基のシグナルを帰属することができた。HTH ドメインにおいては約半数のアミノ酸残基のシグナルを帰属することができたが、ZF ドメインにおいては全く帰属することができなかった。この原因として、リフォールディング操作の過程で ZF ドメインが安定な高次構造を形成しなかった可能性が考えられた。そこで、最初の合成過程で ZF ドメインが安定な高次構造をとるように in vitro 合成系に亜鉛を 100 μM 添加したところ、可溶性の GBF-InsA が合成された。ZF ドメインが安定な高次構造をとった結果、タンパク質の凝集が起きなくなったためと考えられる。

3. 可溶性 (His)6-GBF-InsA タンパク質の NMR 測定

可溶化した状態で合成された融合タンパク質を精製するため、GBF の上流に (His)6 タグを付加した (His)6-GBF-InsA融合タンパク質を合成した。ニッケルカラムで精製した (His)6- GBF-InsA はゲルシフト解析により、IR への配列特異的 DNA 結合活性と、Holliday 様構造への構造特異的 DNA 結合活性を持つことがわかった。(15)N で標識した (His)6-GBF-InsA の [1H, (15)N]-HSQC を測定したところ、プロトンのシグナルが広範囲にわたって多様な化学シフトを示し、それが高次構造を形成していることがわかった。そこで、(13)C と (15)N で標識した (His)6-GBF-InsA を合成し、多核多次元 NMR 測定を行った。主鎖帰属を行った結果、InsA 部分において 91 個中 40 個のアミノ酸残基のシグナルを帰属し、HTH ドメインにおいては約10%、ZF ドメインにおいては約70% のアミノ酸残基のシグナルを帰属することができた。この結果を用いて、InsA の 2 次構造予測を行い、また InsA と同じ C4 クラスの ZF ドメインを有する ZZ ドメインの構造を基に InsA の N 末領域の 3 次構造予測を行った。それらの結果、ZF ドメイン内部にβ-シート構造があることが示唆された。

HTH ドメインは IR への配列特異的 DNA 結合には必要だが、Holliday 様構造などへの構造特異的 DNA 結合には必要ない。そこで HTH ドメインを持たない変異体 InsA の高次構造を調べるため、HTH ドメインを含む C 末側領域の 25 アミノ酸残基を欠失させた変異体タンパク質 [(His)6-GBF-InsA (1-66)] を合成し、精製した。ゲルシフトで解析したところ、予想通り IR への配列特異的結合活性はなく、Y 字型 DNA への構造特異的な DNA 結合活性は保持していた。また、(15)N ラベルして調製した (His)6-GBF-InsA (1-66) の [1H, (15)N]-HSQC を測定したところ、それが高次構造を形成していることが示された。(His)6-GBF-InsA の結果と比較したところ、ZF ドメイン由来のシグナルは同じパターンを示した。これらは、(His)6-GBF-InsA (1-66) が少なくとも ZF ドメインにおいて (His)6-GBF-InsA と同じ高次構造をとっていることを示唆する。

4. NMR を用いた (His)6-GBF-InsA タンパク質の DNA との相互作用の解析

DNA との相互作用を調べるため IR を含む 2 本鎖 DNA と混合させた状態で (His)6-GBF-InsA の [1H, (15)N]-HSQC を測定したところ、DNA との結合を示唆するアルギニン側鎖のシグナルを含む、多くのシグナルが新たに現れた。また、GBF のアミノ酸残基のシグナルは変化しなかったのに対し、InsA では約 3 分の 2 のシグナルが消失していた。特に ZF ドメインでは約 80% のシグナルが消失した。これらのシグナルの変化は、それらのアミノ酸残基を含む領域が DNA との相互作用に関与していることを示唆する。一方、IR を含まない 2 本鎖または Y 字型 DNA を基質として同様に測定を行ったところ、アルギニン側鎖を含む多くのシグナルが新たに現れたが、IR の場合に現れたいくつかのシグナルは検出されなかった。また、シグナルの消失に関しては、消失数がやや少なかったこと以外は IR とほぼ同じ結果となった。以上の結果は、InsA がいずれの種類の DNA とも結合すること、その結合に ZF ドメインを含む領域が関与していること、を示唆する。

InsA の C 末側領域を欠失した変異体タンパク質 (His)6-GBF-InsA (1-66) において同様に各種 DNA と混合させた状態で [1H, (15)N]-HSQCを測定した。その結果、野生型タンパク質の (His)6-GBF-InsA の場合とほぼ同じ結果が得られた。しかし、野生型で IR 特異的に現れたシグナルは、変異体タンパク質と IR を含む 2 本鎖 DNA とを混合させても検出されなかったので、それらは変異体で欠失している C 末側領域のアミノ酸残基に由来するものと考えられた。このことは、C 末側領域の HTH ドメインが ZF ドメインとともに IR への特異的結合に関与するという以前の結果を支持する。

5. 総括

本研究において合成した可溶性の InsA 融合タンパク質の高次構造を NMR を用いて解析した結果、InsA が各種 DNA と結合すること、及びその結合に ZFドメインを含む領域が関与していること、が分かった。また、変異体タンパク質の解析結果から、HTH ドメインが IR への特異的結合に関与することが考えられた。以上の結果は、IS1 Tnp が IR と結合してトランスポソゾームを形成する際に、上記の 2 つのドメインが恊働して機能することが重要であることを示している。

審査要旨 要旨を表示する

1.序論

トランスポゾンは、一定の長さと固有の塩基配列を持つDNA断片であり、ゲノム内やゲノム間の異なる部位へ転移可能な因子である。IS1は、大腸菌で初めて発見されたトランスポゾンで、全長768 bp、両端に約30 bpの逆向き反復配列(IR)を持ち、内部にはIS1の転移反応を司る酵素、トランスポゼース(Tnp)とその制御因子InsA(全長91aa)をコードする。IS1の転移反応は、Tnpによる自身のIRの認識と結合、2つのTnp分子と両末端IRを含む複合体(トランスポソゾーム)の形成、各IR末端と標的DNA間でのDNA鎖組換え反応、のステップをたどって完結する。

TnpとInsAは、2つのDNA結合ドメイン、ジンクフィンガー(ZF)とヘリックスターン-ヘリックス(HTH)を共有する。これら2つのドメインはどちらもIS1の転移に必要であり、IRへの特異的結合に関与していることが分子遺伝学的に示されている。さらに、両者は相同組換え反応の中間体に見られるHolliday構造やY字型構造にも結合する。そこで、Tnpより分子量が小さく、しかもTnpと同じDNA結合特異性を示すInsAに着目し、NMRを用いてその高次構造及びDNAとの相互作用を解析した。

2.GBF-InsAタンパク質の可溶化とNMR測定

InsAは精製の過程で不溶化しやすい性質を持つため、GBF(Protein G Binding Factor)との融合タンパク質(GBF-InsA)としてin vitroで合成後、グアニジン塩酸塩を含むバッファーで変性・溶解・リフォールディングを行い、IRへの結合活性を持つ可溶性画分を得た。この方法で(15)Nで標識したGBF-InsA、および(13)C,(15)Nで標識したGBF-InsAをそれぞれ調製、[1H,(15)N]-Hetero-nuclear Single Quantum Coherence(HSQC)NMR測定、及び[1H,(13)C,(15)N]-多核多次元NMR測定を行い、構成アミノ酸の主鎖帰属を試みた。その結果、InsA部分のアミノ酸残基91個中30個の主鎖帰属ができたが、それはHTHドメインに由来する残基のみで、ZFドメインについては全く帰属できなかった。リフォールディング過程でZFドメインが安定な高次構造を形成しなかったことが原因と考えられたため、in vitro合成系に亜鉛を100μM添加したところ、可溶性のGBF-InsAが合成された。

3.(His)6-GBF-InsAタンパク質のNMR測定

標品の精製度を上げるために、N末側に(His)6タグを付加した(His)6-GBF-InsA融合タンパク質を合成し、同様にHSQC NMR測定、及び、多核多次元NMR測定を行った。その結果、InsAの91個のアミノ酸残基中40個のアミノ酸残基について主鎖帰属できた。ただし、ZFドメインの約70%を帰属できたのに反し、HTHドメインでは約10%のみ帰属できた。得られた多核多次元NMR測定結果に基づいて、InsAの2次構造予測を行った。さらにInsAと同じC4クラスのZFドメインを持つZZドメインの構造を基にInsAのN末領域の3次構造予測を行ったところ、ZFドメイン内部にβ-シート構造があることが示唆された。HTHドメインを持たない欠失変異体InsA[(His)6-GBF-InsA(1-66)]の高次構造についても同様に解析したところ、ZFドメイン由来のシグナルは同じパターンを示したことから、野生型、欠失型を問わず、ZFドメインは、両者とも同様の高次構造をとっていることが示唆された。

4.NMRを用いた(His)6-GBF-InsAタンパク質とDNAの相互作用の解析

(His)6-GBF-InsAタンパク質をIRを含む2本鎖DNAと混合させた状態でHSQC NMRを測定したところ、DNAとの結合を示唆するアルギニン側鎖のシグナルを始め、多くのシグナルが新たに現れた。また、タグであるGBF由来のアミノ酸残基のシグナルが全く変化しなかったのに対し、InsAでは約3分の2のシグナルが消失した。特にZFドメインでは約80%のシグナルが消失した。これは、その領域がDNAとの相互作用に関与していることを示唆する。実際この領域には2個のアルギニン(R19,R29)が存在し、この内、特にR29を置換変異するとIR DNA結合活性がなくなることから、このR29がDNAと相互作用したと考えられる。また、InsAのHTHドメインを含むC末側領域を欠失した変異体タンパク質を、同様に、IRを含む2本鎖DNAと混合させてHSQCを測定したところ、野生型タンパク質特異的シグナルは検出されなかった。この結果は、C末側領域のHTHドメインが、ZFドメインとともにIRへの特異的結合に関与するという結果を支持するものである。

5.総括

本研究では、精製中すぐに不溶化するInsAを、in vitro合成時に反応溶液に亜鉛を加えることで、活性ある可溶性タンパク質として得ることに成功、InsAとその欠失変異体タンパク質のNMR測定を可能にした。その結果、InsAの構成アミノ酸の約半分について主鎖帰属ができ、そのN末側(ZF)領域のモデル構造を予測できた。そのモデル予測によって、ZF内部にβストランドがあること、およびそのβストランドを構成するアミノ酸残基が新たに推測された。それらのアミノ酸残基、R29,G21,S23,Y30に置換変異をいれた場合、DNA結合活性が失われるという、これまでの遺伝学的データと併せて、このZF領域内部のβストランド部分がDNAとの相互作用に重要であることがはじめて明らかになった。これらの結果は、これまでアミノ酸配列の一次構造上で論じられていたInsAタンパク質の機能を、高次構造の面から捉えることを可能にした画期的な研究といえる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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