学位論文要旨



No 124683
著者(漢字) 丸島,和也
著者(英字)
著者(カナ) マルシマ,カズヤ
標題(和) 放線菌のグルコースカタボライト抑制機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 124683
報告番号 甲24683
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3393号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 准教授 大西,康夫
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

放線菌Streptomyces属は,複雑な形態分化と多様な二次代謝産物の生産を行うことで知られており,基礎・応用の両面から盛んに研究されてきた菌群である。固体培地上で観察されるStreptomyces属の生活環は以下の通りである。胞子から発芽すると,まず多核の基底菌糸を培地表面に張り巡らせる。続いて上空に向かい,気中菌糸を立ち上げる。この気中菌糸はその後隔壁により等間隔に分割され,1 細胞に1 コピーの染色体を含む数珠状の成熟胞子が完成する。真核生物であるカビに似たこの複雑な形態分化は,生育環境に存在する栄養源により強く影響される。例えば基底菌糸から気中菌糸への分化ができない変異株(その外見よりbald(無毛の)株群と命名されている)が複数分離され研究されているが,その多くは生育培地に添加する糖源の種類を変更すると気中菌糸形成に至ることが知られている。またbald株の多くは,その生育環境中により利用しやすい糖が存在する場合に利用しにくい糖に対する酵素群を転写レベルで抑制する,いわゆるカタボライト抑制能を失うことが観察されている。これらの観察は,形態分化シグナルと栄養シグナルは何らかの形で相互作用していることを示している。形態分化シグナルについては上述のbald株群を初めとした各種変異株の解析により多くの知見が得られているが,栄養シグナルについてはその重要性が認識されながら今日までほとんど解析がなされていない。著者は栄養感知シグナルの代表としてカタボライト抑制に着目し,Streptomyces属ではほとんど明らかにされていないこの現象の機構解明を目的として研究を開始した。

上述の目的に従い,3 方面からアプローチを行った。研究題材としては,著者の所属研究室で長年にわたり解析され,近年その全ゲノム情報が解読されたstreptomycin生産菌Streptomyces griseusを用いた。S. griseusでは形態分化がAdpA(自己調節因子A-factorに依存したグローバル転写因子)により一元的に制御されていることから,本研究の格好の題材であると判断した。

2.本論

(1)高コピー導入で高濃度グルコース存在下でのS. griseus形態分化を促進するDNA断片の解析1)

著者は修士論文研究で,S. griseus野生株が形態分化を行いにくい高濃度(4%)グルコース含有培地上において,高コピーでの導入により形態分化と二次代謝を促進するDNA断片を取得した。当該断片は,銅シャペロン(CopZ)ならびに銅排出型P型ATPase(CopA1)をオペロンとしてコードすることがわかった。本項でこれらについて精査した結果を記述する。

高コピー導入での形態分化促進には上記のうちcopA1のみ必要であった。CopZ,CopA1,ならびにCopA1パラログであるCopA2は協調的に細胞内の過剰な銅の排出を行っていることを証明した。またこれらをコードする遺伝子は,近年Mycobacterium tuberculosisより見出された銅排出遺伝子の制御因子であるCsoRのS. griseus内オルソログによって制御されていることを示した。

copA1の高コピー発現が形態分化を促進する直接的な機構は不明であるが,csoR破壊株(当該株ではcopZ-copA1ならびにcopA2が恒常的に発現している)において生育が悪化したことから,細胞内CopA1の増加が菌体にとってストレスとなり,これが形態分化に正の影響を与えている可能性が示唆された。

(2)内在β-galactosidaseに対しグルコースカタボライト抑制能を失うS. griseus変異株の解析2)

著者は修士論文研究で,S. griseusに内在するβ-galactosidase(β-gal)が野生株においてグルコースカタボライト抑制(グルコース抑制)を受けるという観察のもと,この抑制が解除された変異株をコロニーの青色呈色で判別する系を構築し,UV変異株群から目的の株を実際に分離した。これらの株ではβ-gal活性だけでなくペプチドグリカン分解活性や形態分化に対してもグルコース抑制の解除が見られた。しかしその変異点は未知であった。そこで,当該変異点を同定し,放線菌のグルコース抑制に関わる未知因子を明らかにすることを目指した。

Shot-gun cloning法により,獲得された変異株の1 つ(GRD1と命名した)はLacI型転写因子をコードする遺伝子に変異点を有することを見出した。本遺伝子の翻訳産物は,高いセルロース分解活性を持つ放線菌Thermobifida fuscaおよびStreptomyces reticuliにおいてセルロースやセロビオースの代謝系遺伝子を制御すると報告されている転写因子(T. fuscaではCelR,S. reticuliではCebRと命名されている)と高い相同性を有することから,本遺伝子をcebRと命名した。β-gal活性とペプチドグリカン分解活性に対するグルコース抑制の解除はS. griseus βcebR株でも観察されたことから,GRD1のグルコース抑制解除原因遺伝子はcebRであることが確認された。

CebRの解析を行った結果,当該蛋白は上記2 つのホモログと同じ14 bp反復繰り返しDNA配列(CebR-box)に結合し,その結合はエフェクター糖の存在によって阻害されることがわかった。T. fuscaのCelRはセロビオース(グルコースがβ(1→4)結合で2 個重合したもの)を,S. reticuliのCebRはセロペンタオース(同5 個)を各々エフェクターとして認識すると報告されているが,S. griseusのCebRはセロビオース,セロトリオース,セロテトラオース,セロペンタオース,セロヘキサオースと,試行したすべてのセロオリゴ糖をエフェクター分子として認識する点で新規であった。S. griseusゲノム中,上記CebR-boxはcebR自身やセロビオース取り込み遺伝子,セルロース利用遺伝子を含む計8 遺伝子の上流に見出された。in vitro解析によりCebRがこれらすべてに結合することが証明された。また定量RT-PCRにより,in vivoでこれらが実際にCebRに抑制されていることが示された。すなわちS. griseusにおいてCebRはセルロース / セロビオース代謝系遺伝子をグローバルに制御していることがわかった(図1)。しかしながら以上の情報からはΔcebR株がグルコース抑制不全に至る原因は説明できなかった。

続く解析の結果,ΔcebRは糖源特異的にbald形態を示すことがわかった。培地中へのラクトース添加(1.5%)により形態分化の部分的不全が生じ,ラクトースとグルコース両方の添加(それぞれ0.5%と1.0%)ではほぼ完全なbald形態となった。その他の糖の添加では形態分化不全は観察されなかった。GRD1株分離の際に用いた培地は0.5%ラクトースと1.0%グルコースを糖源として含有するものであった。序論にて述べた通りbald変異株の多くはカタボライト抑制能を失う。よって,ΔcebRがグルコース抑制能を失ったのは形態分化不全による間接的な結果であると考えられる。

(3)構造情報に基づいたグルコース抑制の鍵因子とされるGlkの生理機能解析

先にも述べた通りStreptomyces属のカタボライト抑制についての知見は非常に乏しい。少ない知見のうち具体的なものとしては,既にそのグルコース抑制機構の解析が進んでいる大腸菌等と異なり,解糖系初発酵素グルコキナーゼ(Glk)が鍵因子であることが複数の報告から示唆されている。すなわち,StreptomycesのGlkはグルコースをグルコース-6-リン酸に変換する『触媒機能』だけでなく,いわばグルコースセンサーとして作用し,カタボライト抑制を司る『制御機能』を有すると予想される。本研究科食品工学研究室との共同研究によりS. griseus由来Glk(SgGlk)結晶構造解析が解像度2.50 Åにて決定された(図2)。その単量体構造は過去に構造決定の報告されている種々のGlkと類似していた。過去に、SgGlkとアミノ酸配列上ほとんど相同性を持たないZymomonas mobilis Cp4株由来GlkをStreptomyces coelicolor A3(2) Δglk株にて生産させたところ、触媒機能は回復したが制御機能は回復しなかったという報告がなされている。この報告を元に著者は,SgGlkとアミノ酸配列上高い相同性を持つ異種由来Glk(立体構造上も高い相同性を持つと予想される)をS. griseusΔglk株に生産させ,その触媒活性と制御活性を観察した。異種Glkとしては非Streptomyces属放線菌であるRhodococcus sp. RHA1株由来Glk(RhGlk)を用いた。SgGlkとRhGlkは54%の相同性,68%の相似性を有する。この結果,RhGlk生産S. griseus Δglk株は,グルコースを唯一の炭素源とする寒天最少培地上での生育については回復したが,β-galactosidaseに対するグルコース抑制については回復しなかった。すなわち,触媒活性は回復したが制御活性は回復しなかった。この結果は,SgGlk - RhGlk間で保存されていない数少ない領域が,グルコース抑制シグナルに対し何らかの役割を担うことを強く示唆する。SgGlkにDNA結合ドメインは見出されないことから、SgGlkはDNAに直接結合するのではなく、例えば他の蛋白との相互作用を経てグルコース抑制シグナルを発揮しているのかもしれない。

3.結論と今後の展望

本研究では,S. griseusのカタボライト抑制機構解明を目的とし,遺伝学的,蛋白工学的側面から計3 方向からのアプローチを行った。

本論(2)で得られた「ΔcebR株では糖源特異的なbald形態が生じる」という結果は,カタボライト抑制機構に直接の知見を与えるものではないものの,糖源と形態分化を結びつける知見の蓄積として重要である。グルコース以外の糖に応答してbald表現型が生じる変異株の報告は本研究が初めてである。今後CebRレギュロンの精査によりラクトースに応答した形態分化シグナルの一端が明らかになると期待される。

本論(3)における「RhGlkを導入したS. griseus Δglk株ではグルコース資化はなされるにもかかわらずグルコース抑制は生じない」という発見は,「Streptomyces属のGlkは触媒機能の他に制御機能も有する」という仮説を強く支持するものである。今後,SgGlkとRhGlkの構造/機能相関研究を通じてSgGlkの制御機能に重要なアミノ酸残基を同定することが,Streptomyces属カタボライト抑制機構解明に通ずると考えられる。

1. Marushima K., Ohnishi Y., Horinouchi S. "Overexpression of a copper exporter system enhances morphological development and streptomycin production in Streptomyces griseus" (投稿準備中)2. Marushima K., Ohnishi Y., Horinouchi S. "The global regulator for cellooligosaccharides metabolism is involved in morphological development in Streptomyces griseus" (投稿準備中)
審査要旨 要旨を表示する

Streptomyces属は,カビに似た複雑な形態分化と多種多様な二次代謝産物の生産を特徴とする菌群であるが,多くのStreptomyces種においてこれら二大特徴がカタボライト抑制の対象となることが知られている。従ってStreptomyces属のカタボライト抑制機構解明は基礎生物学上も応用上も大きな価値を持つ。

申請者は,Streptomyces griseusのグルコースカタボライト抑制(グルコース抑制)機構の解明を行うべく,関連因子探索のための2つの遺伝学的アプローチ,ならびに当該機構の鍵因子であると予想されるGlkAのシグナル伝達機構解明を目的とした1つの蛋白工学的アプローチを試みた。本論文はこれら3章から成る。

(1)高コピー導入でS.griseusの形態分化と二次代謝を促進する遺伝子の解析

申請者は,S.griseusが形態分化を行いにくい高濃度グルコース含有培地上において,高コピーでの導入により形態分化と二次代謝を促進するDNA断片を取得し解析した。当該断片は,銅シャペロン(CopZ)ならびに銅排出型P型ATPase(CopA1)をコードしており,このうち形態分化促進にはcopA1のみで充分であった。申請者は,これらCopZ,CopA1,ならびにCopA1パラログであるCopA2が協調的に細胞内の過剰な銅の排出を行うこと示し,更にこれらをコードする遺伝子は,近年Mycobacterium tuberculosisにて同定された銅排出遺伝子の制御因子であるCsoRのS.griseus内オルソログによって制御されることを示した。

copA1の高コピー発現が分化を促進する機構は未解明であるが,過去に培地中への銅添加によってもこれらがやはり促進されることが示されていることから,S.griseusの栄養増殖には生体内の銅濃度が適切に保たれている必要があり,過剰・不足のいずれであっても分化が開始される機構が存在する可能性が予想される。

(2)内在β-galactosidaseに対しグルコース抑制能を失うS.grisus変異株の解析

申請者は,S.griseusに内在するβ-galactosidaseがグルコース抑制を受けるという観察のもと,この抑制が解除された変異株をコロニーの色で判別する新規スクリーニング系を構築し,UV変異株群から目的の株を分離後,その変異点を同定することで,S.griseusのグルコース抑制に関わる未知因子を明らかにすることを目的とし実験を行った。

獲得された変異株の1つGRD1株の原因変異点はLacI型転写因子CebRをコードする遺伝子であった。CebRの解析を行った結果,当該蛋白は過去に解析された放線菌由来の2つのホモログと同じ14 bp反復繰り返しDNA配列に結合し,その結合はエフェクター糖の存在によって阻害されることがわかった。S.griseusのCebRは,過去研究された同ファミリーのホモログと異なり,グルコース2量体セロビオースから6量体セロヘキサオースまで,試行した全セロオリゴ糖をエフェクター分子として認識できる点で特異であった。S.griseusゲノム中,上記CebR-boxはcebR自身やセロビオース取り込み遺伝子,セルロース利用遺伝子を含む計10遺伝子のもの上流に見いだされ,CebRはこれらすべてを制御するセルロース/セロビオース代謝系グローバルリプレッサーであることが判明した。

ΔcebR株は培地中のラクトースに応答して形態分化不全を示すことがわかった。この形態分化不全は,グルコースを更に添加することでより強くなった。GRD1株分離の際に用いた培地は0.5%ラクトースと1.0%グルコースを糖源として含有するものであった。形態分化不全変異株の多くはカタボライト抑制能を失うことが過去に知られており,ΔcebRがグルコース抑制能を失ったのは形態分化不全による間接的な結果と考えられる。

(3)Rhodococcus RHA1株由来GlkによるΔglkA株の相補観察

Streptomyces属カタボライト抑制の鍵因子として,解糖系初発酵素グルコキナーゼ(GlkA)が知られている。すなわち,StreptomycesのGlkAはグルコース資化だけでなく,カタボライト抑制を司る『制御』も行う二機能蛋白であると考えられる。申請者は,S.griseus GlkAと高い相同性を持つ異種GlkをS.griseus ΔglkA株に生産させ,その触媒活性と制御活性を観察した。異種Glkとしては非Streptomyces属放線菌であるRhodococcus sp.RHA1株由来Glk(S.griseus GlkAと54%の相同性を有する)を用いた。その結果,当該蛋白生産S.griseus ΔglkA株では,グルコース資化能の回復が見られた一方でグルコース抑制は回復しなかった。この結果は,両種のGlk間で保存されていない数少ない領域が,グルコース抑制シグナルに対し何らかの役割を担うことを強く示唆する結果である。SgGlkにDNA結合ドメインは見いだされないことから,SgGlkはDNAに直接結合するのではなく,例えば他の蛋白との相互作用を経てグルコース抑制シグナルを発揮しているのかもしれない。

以上,本論文では,放線菌の特徴である形態分化と二次代謝を促進する遺伝子ならびに糖源特異的に形態分化に関与する遺伝子がそれぞれ新規スクリーニング系により同定され,更にグルコース抑制の鍵因子であるGlkAが二機能性を持つこと証明とこれに重要な部位に関する知見が得られた。これらは学術上ならびに応用上,科学に貢献するところが少なくないと判断される。よって,審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文としての価値を有するものであると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25056