学位論文要旨



No 124686
著者(漢字) 金,承榮
著者(英字)
著者(カナ) キム,スンヨン
標題(和) 放線菌の生産するジテルペン化合物サイクロオクタチンの生合成に関する研究
標題(洋)
報告番号 124686
報告番号 甲24686
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3396号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

サイクロオクタチン (cyclooctatin)はStreptomyces melanosporofaciens MI614-43F2から単離された、5-8-5員環構造を有するジテルペン化合物である。サイクロオクタチンは lysophospholipids (LysPL)の脂肪酸エステル結合を加水分解して脂肪酸とグリセリンを生成するlysophospholipaseを阻害する。サイクロオクタチンのような環状テルペノイドは、プレニル鎖長を決定するポリプレニルジリン酸合成酵素により生成した直鎖状ポリプレニルジリン酸がテルペン環化酵素によって環化されて炭素骨格が形成された後、酸化や還元等の化学修飾を受けて生合成される。このような生合成過程において、geranylgeranyl diphosphate (GGDP) cyclaseのような環化酵素は、直鎖ポリプレニルジリン酸を構造多様な環状テルペノイド化合物へと変換するための鍵酵素である。

これまで、GGDP cyclaseのほとんどが高等植物と真菌から単離され、解析されている。この酵素群の環化様式は、1)A型、2)B型、3)A-B型、そして4)B-A型に分類される。A型反応はGGDPのジリン酸のionizationにより、B型反応はGGDPの末端二重結合のprotonationによってそれぞれ環状化合物を生成する。A型反応とB型反応が複合して起こるのがA-B型とB-A型の反応であり、ionizationとprotonationの順番により、これら二つに分類される。これまでに原核生物由来のGGDP cyclaseについては、terpentecinを生産するKitasatospora griseola由来のterpentedinol diphosphate synthase、viguiepinolを生産するStreptomyces sp. KO-3988由来のent-copalyl diphosphate synthase、そしてMycobacterium tuberculosis H37Rv3377c由来の5,13-halimadiene diphosphate synthaseについてのみ報告されている。これら三つのGGDP cyclaseはいずれもB型の様式で環化反応を触媒する。最近、植物病原性真菌であるPhomopsis amygdaliからA-B型のfusicocca-2,10(14)-diene synthase (PaFS)が同定された。このPsFSは多機能酵素であり、N-末側のGGDP cyclaseに続いて、C-末側にGGDP synthaseが融合している。fusicocca-2,10(14)-dieneとサイクロオクタチンの構造類似性から、fusicocca-2,10(14)-dieneがサイクロオクタチンの重要な中間体であり、PaFSのような多機能酵素がサイクロオクタチン生合成経路に関与すると予想されたが、原核生物由来のジテルペン化合物であるサイクロオクタチンの生合成経路に関する情報はまったくなかった。

本研究の目的は、S. melanosporofaciens MI614-43F2からのサイクロオクタチン生合成遺伝子クラスターのクローニング、および生合成遺伝子クラスターの機能解析、特に環化酵素の同定と環化反応機構の解明を中心としたサイクロオクタチン生合成経路の全容解明である。また、ジテルペン環化酵素としては初めての結晶構造解明も目的としている。

サイクロオクタチン生合成遺伝子クラスターの同定

サイクロオクタチンはC(20)からなるGGDPを共通の生合成中間体とするジテルペン化合物である。そのため、その生合成遺伝子はGGDP synthase遺伝子とクラスターを形成していると考えた。そこで、ポリプレニルジリン酸合成酵素の保存配列から設計したPCRプライマーを用いて、S. melanosporofaciens MI614-43F2のゲノムDNAからGGDP synthase遺伝子の部分配列のクローニングを行った。次いで、このGGDP synthase遺伝子をプローブにして、pOJ446を用いて構築したMI614-43F2株のコスミドライブラリーから、複数の陽性クローンを選抜した。陽性クローンについては、S. albusを用いて異種発現させ、サイクロオクタチンの生産を確認した後、シーケンス解析を行った。サイクロオクタチンの生産性を確認したコスミドpCOT9469には24個のORF (open reading frame)を含む34-kbpのDNA断片が挿入されていた。また、24個のORFの中にはGGDP synthase (ORF1)が確かに存在し、その近傍には機能未知タンパク質 (ORF2)と2個のチトクロームP450 (ORF3とORF4)遺伝子も存在した。ORF2はBLASTとFASTAによる検索ではホモログの存在が確認できないものの、PSI-BLASTを用いたドメイン検索の結果、ポリプレニルジリン酸-Mg2+結合配列を含む"Terpene cyclase"ドメインを持つことが判明し、ORF2がサイクロオクタチンの鍵酵素であるterpene cyclaseと推定した。

次にこれら4つのORFがサイクロオクタチン生合成のminimal gene clusterであることを確認するために、放線菌-大腸菌シャトルベクターpSE101にORF1からORF4を含むDNA断片を挿入したプラスミドpCOT104を構築し、S. albusを導入した。その結果、S. albus形質転換体の培養液中にサイクロオクタチンの生産が確認された。以上の結果からORF1-4がサイクロオクタチン生合成のminimal gene clusterと結論し、これらのORFをCotB1-4 (cyclooctatin biosynthesis)と命名した。

tepene cyclase (CotB2)の機能解析

次に、terpene cyclaseであると推定したCotB2について、大腸菌で高発現させたヒスチジンタグ付き組換え酵素を用いて機能解析を行った。SDS-PAGEとゲルろ過による分析の結果から、本酵素は37 kDaのサブユニットからなるhomodimerであると推定した。精製酵素を用いたin vitro反応産物をGC-MSによって分析したところ、Mg(2+)依存的にGGDPが未知化合物2に変換されることが判明した。そこで、未知化合物2をsilica gel chromatographyにより精製し、その精製物質のHR-ESI-MS、および各種NMRスペクトルを解析したところ、化合物2は5-8-5員環構造を持つ新規なジテルペン化合物cycloocta-9-en-7-olであることが判明した。cycloocta-9-en-7-olと化学構造と、CotB2の触媒する環化反応がMg2+依存的であることから、この環化反応は、まず、GGDPのジリン酸部分の引き抜きによってカルボカチオンが生成し、次いで、生じた二重結合のprotonationによってcycloocta-9-en-7-olが生成するA-B型の反応機構で反応が進行すると推測している。

P450遺伝子CotB3とCotB4の機能解析

前述の実験で環化酵素CotB2がcycloocta-9-en-7-olを生成することを明らかにした。このことから、cycloocta-9-en-7-olがサイクロオクタチンの生合成中間体であり、この化合物がチトクロームP450であるCotB3とCotB4による水酸化を受けることでサイクロオクタチンが生合成されると推定した。このことを明らかにするため、pCOT104のデリーションプラスミドを構築し、S. albusを用いた異種発現を試みた。

S. albus形質転換体培養物のLC-MS分析の結果、CotB1、CotB2、CotB3を含む場合にのみ新たな未同定化合物3が検出された。そこで、3をsilica gel chromatographyとHPLCを用いて精製し、さらなる構造解析を行った。HR-ESI-MSおよび各種NMRによる分析の結果、化合物3はC-5に水酸基を持つ新規なサイクロオクタチン中間体であるcycloocta-9-en-5,7-diolであることが判明した。一方、CotB1とCotB2のみを含む場合とCotB1、CotB2、CotB4を含む場合には、cycloocta-9-en-7-olが蓄積した。また、Pseudomonas putida由来のflavodoxinとflavodoxin reductaseを組み込んだP450発現用ベクターpTNS-camABにCotB3をクローニングして大腸菌を形質転換し、この組換え大腸菌を用いてcycloocta-9-en-7-olのbioconversionを試みたところ、確かに、cycloocta-9-en-5,7-diolが生産された。これらの結果から、CotB3がcycloocta-9-en-7-olに水酸基を付加してcycloocta-9-en-5,7-diolを合成すること、次いで、CotB4がさらにcycloocta-9-en-5,7-diolの18位に水酸基を付加してサイクロオクタチンを合成することが明らかになった。以上の結果からサイクロオクタチンの生合成経路を図1のように決定した。

terpene cyclase (CotB2)の結晶構造解析

(His)6タグが融合したCotB2を大腸菌B834(DE3)を用いて大量発現させて精製し、10 mg/mlまで濃縮して結晶化に用いた。結晶化スクリーニングの際には、1 mM GGDPを添加したサンプルも用意し、hanging drop蒸気拡散法による20℃でのスクリーニングと結晶化条件の最適化を行ったところ、0.1 M Tris-HCl (pH8.0)、2.2 M ammonium formateの条件で良質の結晶が得られた。さらにSeMet置換体結晶を作製し、そのX線回折データから、結晶の空間群をP6522に、その格子定数をa = b = 105.6 A、c = 310.4 Aと決定した。CotB2の結晶構造は、図2に示すように、α-helixのみから構成されるhomodimer構造であった。また、既知のテルペン環化酵素で保存されているDDXDモチーフとNSEモチーフが基質結合ポケットを構築し、その基質結合ポケットはGGDP非結合型のopen formを形成していた。CotB2の結晶構造はジテルペン環化酵素としては初めて決定されたものである。

まとめ

本研究では、S. melanosporofaciens MI614-43F2由来のサイクロオクタチン生合成遺伝子クラスターのクローニングとS. albusでの異種発現に成功し、サイクロオクタチン生合成経路を解明した。サイクロオクタチン生合成遺伝子クラスターは4つの遺伝子、cotB1-4からなり、その中に見出されたCotB2は、GGDPからcycloocta-9-en-7-olを合成する新規なジテルペン環化酵素であった。続いて、二つのチトクロームP450の機能解析を行い、CotB3はcycloocta-9-en-7-olの5位に水酸基を導入してcycloocta-9-en-5,7-diolを合成すること、次いで、CotB4がcycloocta-9-en-5,7-diolの18位に水酸基を導入しサイクロオクタチンを合成することを明らかにした。さらには、ジテルペン環化酵素CotB2の結晶構造解析に成功し、A-B型反応を行う同酵素の構造的基盤を明らかにした。

図1.サイクロオクタチンの生合成経路

CotB1, GGDP synthase; CotB2, GGDP cyclase; CotB3, P450; CotB4, P450.

図2.GGDP cyclaseの全体構造と、DDXDモチーフとNSEモチーフ

審査要旨 要旨を表示する

サイクロオクタチン(cyclooctatin)はStreptomyces melanosporofaciens MI614-43F2から単離された、5-8-5員環構造を有する原核生物由来ではじめてのジテルペン化合物であり、lysophospholipidsの脂肪酸エステル結合を加水分解して脂肪酸とグリセリンを生成するlysophospholipaseを阻害する。サイクロオクタチンのような環状テルペノイドは、プレニル鎖長を決定するポリプレニルジリン酸合成酵素により生成した直鎖状ポリプレニルジリン酸がテルペン環化酵素によって環化されて炭素骨格が形成された後、酸化や還元等の化学修飾を受けて生合成されると考えられる。しかしながら、本生理活性物質の生合成経路やその生合成酵素遺伝子に関する情報はまったくなかった。

本論文は、サイクロオクタチン生合成の全容解明を目的として、S.melanosporofaciens MI614-43F2からのサイクロオクタチン生合成遺伝子クラスターのクローニング、および生合成遺伝子クラスターの機能解析、特に環化酵素の同定と環化反応機構の解明についてまとめたものである。また、ジテルペン環化酵素としては初めての結晶構造解明にも成功しその結果についてもまとめている。

第1章では、サイクロオクタチン生合成遺伝子クラスターをクローニングし、その最小単位の決定について述べている。すなわち、サイクロオクタチンはC(20)からなるgeranylgeranyl diphosphate(GGDP)を共通の生合成中間体とするジテルペン化合物であることから、その生合成遺伝子はGGDP synthase遺伝子とクラスターを形成していると推察して、S.melanosporofaciens MI614-43F2のゲノムDNAからGGDP synthase遺伝子の部分配列のクローニングを行い、次いで、このGGDP synthase遺伝子をプローブにして、MI614-43F2株のコスミドライブラリーから2種の陽性クローンを選抜した。さらに、デリーションプラスミドを作製してS.albusを用いた異種発現によりサイクロオクタチンの生産を確認することで、サイクロオクタチンがCotB1-4と命名した4つの遺伝子によってコードされる酵素によって生合成されることを明らかにした。

第2章では、サイクロオクタチンの骨格形成に関わる鍵酵素、GGDP cyclase(CotB2)の機能解析について述べている。すなわち、大腸菌を用いてCotB2の精製酵素を調製し、GGDPを基質としたin vitro反応産物をsilica gel chromatographyにより精製し、ついで、その精製物質のHR-ESI-MS、および各種NMR-スペクトルを解析することで、CotB2反応産物の構造を5-8-5員環構造を持つ新規なジテルペンアルコール、cycloocta-9-en-7-olと決定した。cycloocta-9-en-7-olの化学構造と、CotB2の触媒する環化反応がMg(2+)依存的であることから、この環化反応は、まず、GGDPのジリン酸部分の引き抜きによってカルボカチオンが生成し、次いで、生じた二重結合のprotonationによってcycloocta-9-en-7-o1が生成する水酸化を伴うユニークな反応機構で反応が進行すると考察した。

第3章では、サイクロオクタチン生合成における水酸化反応を触媒するP450遺伝子産物CotB3とCotB4の機能解析について述べている。すなわち、GGDP synthase、GGDP cyclase、CotB3を含むプラスミドをS.albusで異種発現させた場合にのみ検出される未同定化合物をsilica gel chromatographyとHPLCを用いて精製し、ついで、その精製物質のHR-ESI-MS、および各種NMRスペクトルを解析することで、未同定化合物の構造をC-5に水酸基を持つ新規なサイクロオクタチン中間体であるcycloocta-9-en-5,7-diolであると決定した。また、CotB4については大腸菌で発現させて微生物変化により、cycloocta-9-en-5,7-diolの18位に水酸基を付加してサイクロオクタチンを合成することを明らかにした。以上の結果から、サイクロオクタチンの生合成経路の全容を解明した。

第4章では、terpene cyclase(CotB2)の結晶構造解析とその構造基盤について述べている。すなわち、CotB2は、α-helixのみから構成されるhomodimer構造であり、既知のテルペン環化酵素で保存されているDDXDモチーフとNSEモチーフが基質結合ポケットを構築し、その基質結合ポケットは基質非結合型のopen formを形成していることを明らかにした。

以上、本研究は、立体選択的なジテルペン環化反応と、位置選択的かつ立体選択的な水酸化反応を含むサイクロオクタチン生合成経路の全容解明と、新規なジテルペン環化酵素の結晶構造解析からA-B型反応を行う同酵素の構造的基盤を明らかにしたものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/34243