学位論文要旨



No 124687
著者(漢字) 許,蓮花
著者(英字)
著者(カナ) キョ,レンカ
標題(和) 放線菌Streptomyces avermitilis由来P450の構造機能解析
標題(洋)
報告番号 124687
報告番号 甲24687
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3397号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 准教授 大西,康夫
 東京大学 准教授 葛山,智久
 東京大学 准教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

シトクロムP450(P450)は生命科学の広範な分野に登場する一群のヘムタンパク質の総称で、原核生物から高等動植物にいたる生命に普遍的に存在し、また多彩な生理反応に関わっている。

放線菌は数多くの二次代謝産物を生産するが、実際医療に使われている抗生物質の3分の2は放線菌の産物である。Streptomycesは放線菌の代表的な属で、抗細菌剤、抗真菌剤、抗癌剤、免疫抑制剤など生理活性物質を生産することでよく知られている。近年Streptomyces coelicolorA3(2) 、Streptomyces avermitilis、Streptomyces griseusのゲノム解析が終了し、それぞれ18、33、27個のP450遺伝子が見いだされた。そのうち、S. avermitilisのP450の一部はavermectin, filipin, geosmin, pentalenolactone生合成または未知の二次代謝経路に関わると予想されるが、ほとんどのP450の機能に関しては未解明のままである。本研究ではS. avermitilisのP450のうち、filipinの生合成に関わるCYP105P1、CYP105D6、及び応用面で注目されているCYP105D7に着目し、それらの遺伝子のクローニングと発現、精製、機能解析、構造解析を行った。

1. CYP105P1とCYP105D6の触媒活性

S. avermitilisのゲノム中で、CYP105P1(PteC、SAV413)とCYP105D6(PteD、SAV412)をコードする遺伝子はポリケチドシンターゼ(pteA1-pteA5)、ferredoxin(fdxI, pteE)、推定亜鉛結合デヒドロゲナーゼ(pteB)遺伝子とともにfilipin生合成遺伝子群を作っている。28員環のポリエンマクロライド抗生物質filipinは生体膜中のコレステロールのプローブとして用いられ、type C Niemann-Pick病の有名な診断手段としても広く使われている。CYP105P1とCYP105D6をコードする遺伝子の変異体の解析から、これらのP450はそれぞれC26位とC1'位の水酸化反応を触媒することが明らかになっている(H. Ikeda et al., 未報告データ)。

本研究では、精製したCYP105P1とCYP105D6酵素を用いて初めてin vitroでfilipin水酸化触媒活性を確認した。CYP105P1はfilipin Iの26位を水酸化してfilipin IIを生産し、CYP105D6はfilipin Iの1'位を水酸化して1'-hydroxyfilipin Iを生産した。この結果から、CYP105P1、CYP105D6はともにfilipin Iに対して触媒活性を持つが、それぞれの異なる部位を水酸化することが明らかになった。さらに、CYP105P1とCYP105D6の両方を作用させた場合、filipin IIと1'-hydroxyfilipin Iに加え、filipin III(26位と1'位の水酸化物)が検出された。この結果は図1のようなfilipin生合成経路を示唆している。

2. CYP105P1の結晶構造

CYP105P1の基質フリー(WT-free)、およびType IIリガンドである4-phenylimidazoleの結合型(WT-4PI)の構造決定に成功した。他のP450と同様に、CYP105P1のWT-free構造のBCループとFGループ部位は比較的高いB-factorを示した。特に、BCループはWT-free構造とWT-4PI構造でそれぞれ4残基、11残基disorderしていた。

WT-free構造のBCループ部位は特徴的な構造をしていた。N末端側(Ala70-His72)は一つの短い3(10)へリックスを形成し、His72のimidazole側鎖部分はヘムの鉄と結合していた(図2)。そこで、His72をアラニンに変えた変異体を作製し、UV-可視吸収スペクトル測定法とEPR法を用いて、野生型と比較を行った。その結果、野生型と変異体においてほぼ同様のスペクトルが得られ、CYP105P1のヒスチジン結合状態は溶液中では支配的ではないことが示唆された。更に、H72A変異体の基質フリーの構造(H72A-free)を決定し、WT-free構造と比較を行った。H72A-free構造ではBCループ部分が分子の外側の方に大きく移動し、遠位側ヘムポケットの入り口が広く開いていた。Ala72はヘム鉄から17 Å離れており、ヘム鉄には水分子が結合していた。この観測結果は、CYP105P1の大部分は低スピン状態であるという分光学的結果と一致している。ここで述べたCYP105P1のリガンドフリーの構造と小さい阻害剤(4PI)の結合構造で、三つの異なるBCループのコンフォメーションが確認できた。これらの結果からはCYP105P1のBCループが溶液中で高い柔軟性をもつことが強く示唆される。可溶性P450が大きいマクロライド系基質をヘムポケットに受け入れる場合、入り口部分の構造的柔軟性が必要であると考えられた。野生型とH72A変異体を用いて、生理基質filipin Iの触媒活性を比較したところ、H72A変異体の活性は野生型より約20%上昇した。その理由としては、野生型では一部存在したヒスチジンとヘムの結合が変異体では無くなり、基質の結合がもっと容易になったからであると考えられる。

3. CYP105P1のfilipin複合体構造

CYP105P1の野生型とH72A変異体に生産物であるfilipin IIIを添加し、その結合を吸収スペクトル測定法で確認した。その結果、予想外にH72A変異体でのみfilipin IIIの結合によるType Iスペクトル変化が確認できた。そこで、filipin IIIとH72A変異体を用いて複合体の結晶化を試みたところ、それらの複合体構造を決定することができた(図3)。

P450の構造ではBC loop部位とFGへリックス部位は基質結合ポケットの入り口を形成しており、基質認識及び結合に関わっている。BCループ部位には通常B'へリックスと呼ばれる短いヘリックスがある。Filipin III複合体構造ではBCループ部位にB'へリックスを作らず、ループだけの構造を取っていた。このようなBCループの構造は初めて見られた特徴的な構造で、巨大な基質であるfilipin IIIを包むために必要であると考えられる。

Filipin IIIのC26位の水酸基はヘム鉄から4.7 Å離れていて、生理基質であるfilipin Iは類似した場所に配位すると考えられた。一方、C1'水酸基はAla72と6.1 Å離れていて、野生型ではHis72がC1'位水酸基と立体障害を起こし、filipin IIIの結合は不可能であることが複合体構造から示唆された。これは吸収スペクトル測定の結果と一致する結果であった。

4. CYP105D6の結晶構造

CYP105D6の基質フリーの構造を2.3 Å分解能で決定した。BCループとFGループ部位ではそれぞれ9残基、6残基disorderしていた。このようなBCループとFGループ部位の柔軟性は、CYP105P1と同様にfilipinという巨大な基質を包むために必要であると考えられる。

CYP105D6とCYP105P1は非常に類似した構造を取りながら、filipinのC26位とC1'位それぞれを特異的に認識している。その基質結合においてfilipin分子のtail部分の位置は基質特異性に非常に重要であると考えた。CYP105P1のH72A変異体のfilipin III複合体の構造では、β1-5シートの前のループ部分とヘムの間に広くて深いスペースがあり、そこにはfilpin IIIのC1'側のtailが入るようになっていた。このようなスペースを作るために重要な残基はGly284, Gly287, Gly288である。CYP105D6の基質フリーの構造と比較したところ、CYP105D6ではGly287に相応する残基がないうえに、Gly284とGly288に相応する残基はそれぞれセリンとイソロイシンに変わっていた。このような違いによって、CYP105D6のβ1-5シート前のループ部分とヘムの間のスペースはCYP105P1より狭くなり、filipinのtailとは立体障害を起こし、C26位がヘムに近づくのを防ぐと考えられた。

5. CYP105D7

S. avermitilis由来CYP105D7はCYP105D6と56.6%の高いアミノ酸配列相同性を持つ。CYP105D6はfilipinのC1'位のみを水酸化し、基質特異性が非常に狭い。一方、CYP105D7はDiclofenac(非ステロイド性抗炎症薬)、Tolbutamide(糖尿病治療薬)、lauric acid(飽和脂肪酸)、testosterone(ステロイドホルモン)、carbazole(複素環式化合物)、Compactin(コレステロール降下薬)、Milbemycin(心臓疾患治療薬)など、さまざまな化合物の水酸化、脱メチル化反応を触媒し、基質特異性が非常に低いことが近年明らかになった。しかし、CYP105D7のS. avermitilisにおける機能はまだ不明で、その機能解析はとても困難である。一方、基質特異性の異なるCYP105D6とCYP105D7の構造比較は大変興味深く、その成果は、ドラックデザインや有用酵素への改変など、さまざまの応用が期待できる。

本研究ではCYP105D7の発現精製を行い、さまざまな基質との解離定数を測定し、結晶化を試みた。

図1. filipiri生合成経路

図2. CYP105P1のヒスチジン結合構造

図3. H72A変異体のfilipin III複合体構造

審査要旨 要旨を表示する

シトクロムP450 (P450)は生命科学の広範な分野に登場する一群のヘムタンパク質の総称で、原核生物から高等動植物にいたる生命に普遍的に存在し、また多彩な生理反応に関わっている。放線菌は数多くの二次代謝産物を生産するが、実際医療に使われている抗生物質の3分の2は放線菌の産物である。近年Streptomyces avermitilisのゲノム解析が終了し、33個のP450遺伝子が見いだされた。S. avermitilisのP450の一部はavermectin、 filipin、geosmin、 pentalenolactone生合成または未知の二次代謝経路に関わると予想されるが、ほとんどのP450の機能に関しては未解明のままで、構造学的な研究は全く進んでいなかった。本研究ではS. avermitilisのゲノム中でfilipin生合成遺伝子群に配置しているCYP105P1とCYP105D6、および、基質特異性が非常に広いCYP105D7を研究対象にして、その機能解析と立体構造解析を行うことで、反応機構や基質認識機構を明らかにすることを目的にしたものである。

第一章でCYP105P1のクローニング、発現、精製、結晶化、構造解析について述べた。この章では基質フリー(WT- free)、およびType IIリガンドである4- phenylimidazoleの結合型(WT-4PI)の構造を決定した。WT- free構造のBCループ部位は特徴的な構造をしていた。N末端側は一つの短い3(10)ヘリックスを形成し、His72のimidazole側鎖部分はヘムの鉄と結合していた。このような構造はネイティブでの分子内ヒスチジン結合としては最初の例であり、非常に興味深い。そこで、His72をアラニンに変えた変異体を作製し、UV-可視吸収スペクトル測定法とEPR法を用いて、野生型と比較を行った。その結果、野生型と変異体においてほぼ同様のスペクトルが得られ、CYP105P1のヒスチジン結合状態は溶液中では支配的ではないことが示唆された。更に、H72A変異体の基質フリーの構造(H72A- free)を決定し、CYP105P1のBCループが溶液中で高い柔軟性をもつことが強く示唆された。このようなBCループの柔軟性は今までの構造既知P450では例のないもので、filipinという巨大基質の認識に必要であると考えられる。

第二章でCYP105P1の野生型と生理基質であるfilipin I結合を吸収スペクトル測定法で確認し、複合体構造を1.8Aの高分解能で決定した。filipin Iは今まで構造既知のP450の基質では最大級であり、その基質認識範囲は広く、特徴的であった。filipin Iの親水性ポリオール側は多数の水分子で充填され、一方、filipin Iの疎水性のペンタエン側はIヘリックスと疎水性相互作用を行っていた。このような親水性および疎水性相互作用によって巨大 filipinIは安定化していると考えられた。

次に、CYP105P1の野生型とH72A変異体で酵素反応産物であるfilipin IIIとの結合を調べた。結果、CYP105P1の野生型では filipin IIIとの結合が確認できなかったが、H72A変異体酵素ではfilipin IIIとの結合が確認できた。更に、H72A変異体酵素とfilipin IIIの複合体構造を明らかにし、His 72の役割は反応産物であるfilipin IIIの結合を妨げることが示唆された。

第三章でCYP105P1、CYP105D6を用いてfilipin Iを反応させた産物をHPLCで同定した。結果、CYP105P1 は filipin Iの26位を水酸化してfilipin IIを生産し、 CYP 105D6は1'位を水酸化して1'-hydroxyfilipin Iを生産した。この結果から、CYP105P1、CYP105D6はともにfilipinIに対して水酸化活性を持ち、それぞれfilipin Iの異なる部位を水酸化することが明らかになった。さらに、CYP105P1とCYP105D6の両方を一緒に反応させると、filipin IIと1'-hydroxyfilipin Iに加え、 filipin IIIが検出された。これらの結果でin vitroで初めてCYP105P1とCYP105D6の酵素活性を確認した。

CYP105D6の基質フリーの構造を2.3Å分解能で決定した。BCループとFGループ部位ではそれぞれ9残基、6残基disorderしていて、CYP105P1同様にfilipinという巨大基質を包むために必要であると考えられた。CYP105D6とCYP105P1は非常に類似した構造を取りながら、filipinのC26位とC1'位それぞれを特異的に認識している。その基質結合においてfilipin分子のアルキル鎖部分は基質特異性に非常に重要であると考えた。CYP105P1の野生型-filipin I構造では、Kヘリックスとその先のグリシンリッチなloopにより、ヘムとの間に広くて深いスペースを作り、そこにはfilpin Iのアルキル鎖が入るようになっていた。一方、CYP105D6の構造ではループ部分が一残基短くなっている。また、アルキル鎖に相当する位置にSer290と1293の側鎖が見られ、結果として、ポケット部分が狭くなっている。このため、アルキル鎖は立体障害を起こし、C26位がヘムに近づくのを防ぐと考えられた。以上の結果で、CYP105P1とCYP105D6の基質特異性を解明することに成功した。

第四章ではCYP105D7の発現精製を行い、さまざまな基質との解離定数を測定し、結晶化を試みた。CYP105D7はDiclofenac、 Tolbutamide、 lauric acid、 testosterone、 carbazole、 Compactin、 Milbemycinなど、さまざまな化合物と結合し、その基質特異性の広さからドラックデザインや有用酵素への改変など、さまざまな応用が期待できる。

以上、本論文では、放線菌の3種のP450, CYP105P1, CYP105D6, CYP105D7について検討し、CYP105PlおよびCYP105D6のin vitro酵素活性を初めて確認した。さらに両P450についてX線解析による3次元構造を解明した。両P450の基質は、これまで3次元構造の解明されたP450の中で最大である。とくにCYP105P1では5種の構造の比較からこれまでに類を見ない基質結合による誘導適合の構造変化が明らかとなり、高く評価される。以上の結果は、学術上並びに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学術論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/33377