学位論文要旨



No 124690
著者(漢字) 福永,幸代
著者(英字)
著者(カナ) フクナガ,ユキヨ
標題(和) 海棲無脊椎動物および海藻に共在する新規系統群細菌の分離とその系統分類学的研究
標題(洋)
報告番号 124690
報告番号 甲24690
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3400号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 横田,明
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 木暮,一啓
 製品評価技術基盤機構 部門長 鈴木,健一郎
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

地球上の生物多様性の大多数を構成しているのは微生物であり、微生物が多様な遺伝子をもつ遺伝資源の宝庫であることは指摘されて久しい。しかし、培養されている微生物は自然界の微生物多様性の中の極めて小さな部分でしかない。本研究では、新規系統群の細菌を分離、培養し、その分類学的性質を解析することを目的とする。今まで知られていない、新たな分類群の菌株を分離することは、細菌の進化を知る手がかりとなり、塩基配列だけで知られていた系統群が実際に存在することを明らかにし、新たな遺伝子資源と出会うことである。培養を経ずに細菌の多様性を直接解析する研究がなされるようになると、環境中には未だ培養されていないphylumレベルの系統群が多数存在するということがわかってきた。既知の系統群と系統的に大きくはなれたグループは、今まで知られていなかった未知の機能、代謝経路を持っている可能性が高い。本研究では、より新規性の高い細菌を分離するため、これまであまり探索の対象とされていなかった海棲無脊椎動物と海藻の、体内および表面を分離源とし、細菌の分離及びその系統分類を行う。

海水中の細菌叢と海藻に共在する細菌叢の比較

海棲生物の体表も分離源として用いるにあたり、海棲生物に共在する細菌叢とその周囲を満たしている海水に存在する細菌叢に違いがあるのかを調べた。海水中の細菌叢と海水中に棲息している生物に共在する細菌叢を比較した。海水および海藻を試料とし、培養された菌株を調べる培養法、および試料から抽出したDNAで作成した16S rRNA 遺伝子のクローンライブラリーを用いた培養によらない方法で、試料中に共在する細菌の分類学的構成を調べた。培養法でも、培養によらない環境DNAを用いた方法でも、海水中に含まれる細菌叢と、そこに生育していた海藻に共在する細菌叢は異なっており、培養法、非培養法それぞれに特有の系統群がみられた。

無脊椎動物および海藻からの微生物の分離と分類学的特徴

32の生物試料と1つの海水試料から、低栄養培地を用いた長期間・光照射下培養により、1,182株、8つのphylumにわたる多様な分類群の細菌を分離した。分離株の16S rRNA遺伝子塩基配列を解析したところ、分離株のうち472株が新種など、新規な系統群の菌株であると考えられた。高次分類群であるfamily, order, classのレベルで新規な系統を形成する菌株を20グループ発見した。

Phylum 'Acidobacteria'に属する新規性の高い分離株の分類学的研究

千葉県勝浦市で採取したヒザラガイ (Acanthopleura japonica)の足板から分離されたFYK2218T株は16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づくBLAST検索の結果、最も近縁と考えられた既知種はphylum 'Acidobacteria'に属するHolophaga foetida DSM 6591T であり、そのsimilarity値は83.6%と非常に低かった。環境クローンの解析から、phylum 'Acidobacteria'に属する細菌は、水環境や砂漠の土壌など様々な環境に普遍的に存在すると考えられるが、分離株が非常に少なく、その性質は明らかにされていない。16S rRNA遺伝子塩基配列を用いて行った系統解析では、phylum 'Acidobacteria'には8つの単系統群が存在することが指摘されている(1))。NJ法、MP法およびML法を用いて16S rRNA遺伝子塩基配列に基づく系統樹を作成したところ、FYK2218Tを含むsubidvision 8は 高いブーツストラップ値で支持されたことから、subdivision 8をclass Holophagae classis nov.として提案する(Fig. 1)。また、FYK2218Tは近縁種との表現形質の違いおよび系統樹から、新種新属Acanthopleuribacter pedis gen. nov., sp. novとして提案すると同時に、FYK2218Tとsubdivision 8の他のメンバーとの16S rRNA遺伝子塩基配列のsimilarityが非常に低い (82.7-83.6%)ことから、Acanthopleuribacterをtype genusとしてAcanthopleuribacteraceae fam. nov.とAcanthopleuribacterales ord. nov. として提案する。さらに、Holophagaをtype genusとして、Holophagales ord. nov.とfamily Holophagaceae fam. nov. を提案する。

Phylum 'Planctomycetes'に属する新規性の高い分離株の分類学的研究

東京都御蔵島海岸で採取したアマノリの一種 (Porphyra sp.)からFYK2301M01, FYK2301M18, FYK2301M52を分離した。分離株FYK2301M01, FYK2301M18, FYK2301M52の16S rRNA遺伝子塩基配列によるBLAST検索の結果、最も近縁と考えられた既知種はPlanctomyces brasiliensis DSM 5305Tであり、similarity値は78.7%と極めて低かった。これら3株のコロニーは円形でルビーレッドであり、メタノール抽出液にはカロテノイド様の吸収スペクトルがみられた。細胞の超薄切片をTEMで観察したところ、細胞内部に内膜様の構造がみられ、細胞は2分裂によって増殖すると考えられた。分離株FYK2301M01, FYK2301M18, FYK2301M52と、phylum 'Planctomycetes' の姉妹群と考えられるphylum、 'Verrucomicrobia', Chlamydiae, Lentisphaeraeとともに系統解析を行った結果、分離株FYK2301M01, FYK2301M18, FYK2301M52はphylum 'Planctomycetes'に属することが明らかになった。環境クローンの解析によれば、phylum 'Planctomycetes'のメンバーは多様な水環境および陸上環境に偏在していると考えられており、また、既知種は全て出芽によって増殖し、細胞内に内膜様構造を持つことが知られている。環境クローンを含めた16S rRNA 遺伝子塩基配列に基づく系統解析の結果、phylum 'Planctomycetes'には (1)記載種が存在するグループ、class Planctomycea, (2)クローンの配列のみで形成されるグループ、WPS-1(2)) (3) Anammox活性をもつ細菌が含まれる、純粋培養された株がないAnammox細菌グループ、の少なくとも3つのグループに分かれ、それぞれがclassレベルの系統群である可能性が指摘されている(3))。NJ法およびML法で系統樹を作成したところ、分離株FYK2301M01, FYK2301M18, FYK2301M52はWPS-1 groupに含まれることが示唆された (Fig. 2)。WPS-1に属する環境クローンおよび分離株と、近接したクレード (1) class Planctomycea と (3) Anammox細菌グループとの16S rRNA遺伝子塩基配列のsimilarityは70.1- 79.8%であった。これらのことから、WPS-1 groupは新しいclassとして定義されるべきであると考えられ、Phycisphaerae classis nov.として提案する。また、Phylum 'Planctomycetes'の既知種との比較、および系統樹から、分離株FYK2301M01, FYK2301M 18, FYK2301M 52はphylum 'Planctomycetes'に含まれる新属新種であると考えられ、Phycisphaera mikurensis gen. nov., sp. nov.として提案する。

まとめ

分離源および分離方法を工夫することにより、これまで分離例がなく、遺伝子の配列のみでしか知られていなかった大きなグループから細菌を分離することに成功し、その系統的位置および分類学的性状を明らかにした。

1) Hugenholtz et al., (1998). J Bacteriol. 180: 47652) Nogales et al., (2001). Appl Environ Microbiol. 67: 18743) Janssen (2006). Appl Environ Microbiol. 72: 1719

Fig. 1. 16SrRNA遺伝子塩基配列に基づくphylum Acidobacteridの系統樹{NJ法}

Fig. 2. 16S rRNA 遺伝子塩基配列に基づくphylum 'Planctomycetes'の系統樹(NJ法)

審査要旨 要旨を表示する

地球上の生物多様性の主要な構成体である微生物は、多様な遺伝子を持つことから、遺伝資源の宝庫である。しかし、培養可能となった微生物は自然界の微生物多様性の中の極く一部でしかない。本研究では、新規系統群の細菌を分離、培養し、その分類学的性質を解析することを目的とする。今まで知られていない、新たな分類群の菌株を分離することは、細菌の進化を知る手がかりとなり、塩基配列だけで知られていた系統群が実際に存在することを明らかにし、新たな遺伝子資源と出会うことである。既知の系統群と系統的に大きくはなれたグループは、今まで知られていなかった未知の機能、代謝経路を持っている可能性が高い。本研究では、より新規性の高い細菌を分離するため、これまでほとんど探索の対象とされていなかった海棲無脊椎動物と海藻の、体内および表面を分離源として細菌株の分離を行い、その系統分類を行ったものである。

第1章では研究の背景と目的について述べた。

第2章では海水中の細菌叢と海藻に共在する細菌叢の比較を行った。海棲生物の体表も分離源として用いるにあたり、海棲生物に共在する細菌叢とその周囲を満たしている海水に存在する細菌叢に違いがあるのかを調べた。海水中の細菌叢と海水中に棲息している生物に共在する細菌叢を比較した。海水および海藻を試料とし、培養された菌株を調べる培養法、および試料から抽出したDNAで作成した16SrRNA遺伝子のクローンライブラリーを用いた培養によらない方法で、試料中に共在する細菌の分類学的構成を調べた。培養法でも、培養によらない環境DNAを用いた方法でも、海水中に含まれる細菌叢と、そこに生育していた海藻に共在する細菌叢は異なっており、培養法、非培養法それぞれに特有の系統群がみられた。

第3章では無脊椎動物および海藻からの微生物の分離と分類学的特徴を調べた結果について述べた。32の生物試料と1つの海水試料から、低栄養培地を用いた長期間・光照射下培養により、1,182株、8つのphylumにわたる多様な分類群の細菌を分離した。分離株の16SrRNA遺伝子塩基配列を解析したところ、分離株のうち472株が新種など、新規な系統群の菌株であると考えられた。高次分類群である科(family),目(order),綱(class)のレベルで新規な系統を形成する菌株を20グループ発見した。

第4章では新規性の高い分離株について分類学的検討を加えた。まず、ピザラガイから分離されたphylum 'Acidobaoteria'に属するが既知種との16SrRNA遺伝子配列の類似度は83.6%と非常に低いFYK2218T株について検討した。FYK2218Tは近縁種との表現形質の違いおよび系統樹から、新種新属Acanthopleuribacter pedis gen. nov.sp. novとすることを提案すると同時に、FYK2218T,が属する 'Acidobacteria',I subdivision 8が他のメンバーとの16SrRNA遺伝子塩基配列のsimilarilyが非常に低い(82.7-83.6%)ことから、新科Acanthopleuribacteraceae fam. nov.よび新目Acanthopleuribacterales ord. nov.とすることを提案した。

次に、phylum 'Planctomycetes'に属する新規性の高い分離株について分類学的研究を行った。アマノリからの分離株FYK2301MOI,FYK2301M18;FYK2301M52は、最も近縁と考えられた既知種はPlanctomyces brasiliensis DSM 5305Tであり、similarityは78.7%と極めて低かった。これら3株は細胞内部に内膜様の構造がみられ、細胞は2分裂によって増殖するものと考えられた。これらの分離株と環境クローンを含めた16SrRNA遺伝子塩基配列に基づく系統解析を加えた。phylum 'Planctornycetes'には(1)記載種が存在するグループ、class Planctomycea,(2)クローシの配列のみで形成されるグループ、WPS-I2)(3) Anammox活性をもつ細菌が含まれるが、純粋培養された株がないAnammox細菌グループ、の少なくとも3つのグループに分かれ、それぞれがclassレベルの系統群である可能性が指摘されている。NJ法およびML法で系統樹を作成したところ、分離株FYK2301M01, FYK2301M18, FYK2301M52 ,I WPS-1 groupに含まれることが示唆された。WPS-1に属する環境クローンおよび分離株と、近接したクレード(1) class Planctomyceaと(3)Anammox細菌グループとの16SrRNA遺伝子塩基配列のsimilarityは70.1-79.8%であった。これらのことから、WPS-1 groupは新しい綱(class)として定義されるべきであると考えられ、Phycisphaerae classis nov.とすることを提案した。また、Phylum 'Planctomycetes'の既知種との比較、および系統樹から、分離株FYK2301M01, FYK2301M18, FYK2301M52,I phylum 'apos;Planctomycetes'に含まれる新属新種であると考えられ、Phycisphaera mikurensis gen. nov. sp. nov.とすることを提案した。

第5章は総合考察である。

以上、本論文は分離源および分離方法を工夫することにより、これまで分離例がなく、遺伝子の配列のみでしか知られていなかった大きなグループから細菌を分離することに成功し、その系統的位置および分類学的性状を明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本演文が博士(農学)の学位演文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク