学位論文要旨



No 124693
著者(漢字) 厚井,高志
著者(英字)
著者(カナ) コウイ,タカシ
標題(和) 長期ダム堆砂データを用いた山地森林流域における土砂生産・流出に関する研究
標題(洋)
報告番号 124693
報告番号 甲24693
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3403号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 准教授 芝野,博文
 東京大学 准教授 大手,信人
 東京大学 准教授 小口,高
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,山地森林流域において,降雨データ,崩壊履歴,ダム堆砂データを数十年という長期にわたって解釈することにより,大規模降雨や崩壊発生が土砂流出に与える影響を明らかにし,流域スケールでの土砂動態の把握に資する知見を得ようとするものである.

第1章では,本研究の背景と目的について記述した.わが国は,地震や火山活動が活発であることに加えて,降水量が多いため,激しい土砂生産がある.流域内で生産された土砂は,その後の降雨出水にともなって流域内を移動し,流域外に流出する.こうした土砂動態を把握することは,砂防計画上重要な課題である.これまでの研究では,数年間の観測データや長期の平均値が,その流域の流出土砂量として用いられてきた.ところが,土砂流出は,間隔的に発生する土砂生産や降雨出水による土砂移動の影響などを受けて経年的に変動する.これまでに,流域スケールでの土砂流出の経年的な変動を,数十年という長期にわたって検討した事例は少なく,そうした時空間スケールでの土砂動態は明らかではない.そうした土砂動態を把握するためには,崩壊による土砂生産や降雨出水に伴う土砂移動が土砂流出に与える影響を考慮する必要がある.そこで,本研究では,特徴ある山地森林流域において数十年にわたる降雨,崩壊履歴を把握し,土砂流出の変動と対応させることにより,大規模なイベントが土砂流出に与える影響を把握し,そのうえで,そうした土砂流出の変動や年々の土砂流出がどのような要因によって規定されているのかを明らかにすることにより,流域スケールの土砂動態を把握することを目的とした.

第2章では,継続的な観測が行なわれていない任意地点への流出土砂量を推定する手法を検討した.得られたデータを用いて,堰堤堆砂地への植生侵入の実態把握と植生侵入の難易に関わる要因について検討した.調査地は,山形県最上川流域である.流域内に建設された27基(1980年以前に完成)の砂防堰堤堆砂地を対象として,時系列の航空写真を判読して,植生侵入時期,堆砂地の満砂時期との関係を組み合わせると,6つの植生侵入タイプに分類できた.こうした植生侵入時期に着目したタイプ分類は,「堆砂地上の土砂移動の激しさ」と定性的に対応していると考えられた.そこで,堆砂地への植生侵入の難易に関係する要因を,「堆砂地上の土砂移動の激しさ」に着目して検討した.各植生侵入タイプと,堆砂地に流入する土砂量,満砂するまでの年数の関係を検討した結果,植生侵入タイプは,堰堤が満砂するまでの年数によって特徴付けられた.満砂までの年数は,堆砂地への年平均流入土砂量と堆砂地容量の2要素からなる関数として示されることから,堰堤堆砂地への植生侵入の難易は,上流から流入する土砂量と,堆砂地の大きさ(広さ)との関係によって決定されることが示された.さらに,土砂移動が激しいと考えられる植生侵入タイプ(type-C2, C3)を示す堰堤は1961年以前に完成しているのに対して,土砂移動が比較的穏やかであると考えられる植生侵入タイプ(type-A, B)を示す堰堤の多くは1970年以降に着工されていた.このことは土砂移動の激しい地点から砂防堰堤の建設が進められたことを反映しており,流域内の土砂移動の時期的な変動を示唆していた.本章で堰堤堆砂地への流入土砂量を推定した手法を用いることにより,継続的な土砂量の計測が行われていない堰堤地点上流からの流入土砂量を把握でき,特に当該堰堤上流に他の堰堤による土砂捕捉の影響がなければ,堰堤流域からの流出土砂量とみなすことができる.

第3章および第4章では,過去に地震により大面積崩壊が発生した流域,豪雨により大面積崩壊が発生した流域を対象とし,崩壊や降雨が土砂流出に与える影響を検討した.

第3章では,1923年の関東地震により大面積崩壊が発生した神奈川県中川川流域(39km2)において,約80年に及ぶ崩壊履歴と降雨,土砂流出の長期変化の対応を調べた.結果を以下に示す.中川川流域では,関東地震に起因した崩壊の他に,1972年の豪雨に起因する大面積崩壊が発生していた.近年では崩壊地の植生回復が進み,1999年時点では崩壊地はほとんど確認できない.一方,最近25年間の土砂流出は,降雨規模に応じた年々変動があるものの,長期的にはほぼ一定の増加傾向を示し,激しい土砂流出(2897m3/km2/year)が継続していた.第2章で用いた手法により,15基の堰堤流域ごとの流出土砂量を推定すると,流域西部に位置する8堰堤流域(全体平均1537 m3/km2/year)に比べて流域東部に位置する7堰堤流域(全体平均7877 m3/km2/year)から大きな土砂流出があり,流域内で分布が偏っていた.ここで,それぞれの堰堤流域の土砂量と,堰堤流域ごとに集計した関東地震に起因する崩壊地面積(1929年時点),1972年豪雨に起因する崩壊地面積(1979年時点)との対応を比較した.その結果,堰堤流域ごとの流出土砂量は,関東地震に起因する崩壊地面積と相関がみられたが(R2=0.406),1972年発生の崩壊地面積とは対応がみられなかった(R2=0.027).2度の崩壊イベントの崩壊地分布と流出土砂量の流域内分布との対応から,中川川流域では,1923年の関東地震に起因する崩壊地から生産された土砂が,近年も流域内に貯留されており,地震発生から80年以上経過した現在も土砂流出に影響を与えていた.

第4章では,2005年9月の台風14号により,3日間連続雨量1973mmを記録した宮崎県渡川流域(81km2)において,大規模な豪雨イベントの発生頻度と,それに伴う崩壊発生の有無,53年間にわたる土砂流出の長期変動との関係を調べた.その結果,渡川流域では1954年から2006年までの期間に連続雨量1000mmを超える豪雨イベントが10回発生しており,こうした豪雨イベントは短期豪雨イベント(>15mm/hr)と長期豪雨イベント(<8mm/hr)に分けられた.また,航空写真判読から,この期間で5度の新規または拡大性の崩壊が確認され,そのうち4度は短期豪雨イベントによって引き起こされていた.渡川流域は,53年間のダム堆砂期間の平均値では激しい土砂流出(1934 m3/km2/year)がある流域と言えるが,期間によって流出土砂量が大きく変動していた.そこで,土砂流出の変動と崩壊発生とのタイミングを比較した結果,豪雨イベントに伴う崩壊発生直後の15年間に激しい土砂流出(5715m3/km2/year)が集中し,その他の期間(38年間)の土砂流出は比較的低いレベル(481m3/km2/year)に抑えられていた.すなわち,渡川流域では,たびたび発生する豪雨イベントが崩壊を引き起こし,流域内に大量の土砂供給をもたらすことで激しい土砂流出がある一方で,移動しやすい不安定土砂は数年で流出するため,平年の土砂流出は低いレベルに抑えられると考えられた.渡川流域ではたびたび崩壊が発生していたが,そうした崩壊の影響は数年程度と短かった.

第5章では,3章および4章で調査対象とした中川川流域と渡川流域において,その土砂流出の経年的な変動を比較して,その特徴を把握した上で,どのような要因が土砂移動特性や年々の流出土砂量を決定しているのかを検討した.両流域は,数十年の平均値では激しい土砂流出があるが,その土砂移動特性が異なっており,中川川流域は,毎年の降雨出水規模によって土砂流出が変動していた(Transport limited)のに対して,渡川流域では,崩壊発生による土砂生産の影響により土砂流出が変動していた(Supply limited).ダム堆砂データから得られる土砂流出の経年的な変動を比較すると,中川川流域ではほぼ一定の増加傾向を示すのに対して,渡川流域では期間によって増加速度が異なっており,その経年的な波形が異なっていた.こうした波形の違いは,連続するN年間の移動平均の最大値と最小値を整理すると,全期間平均値に収束するまでの期間によって特徴付けられた.さらに,こうした波形の違いが生じる理由として,大規模崩壊発生後の土砂流出の逓減期間と堆砂期間との関係によって説明できた.両流域の土砂流出プロセスを比較すると,流域内に十分な貯留土砂があれば,降雨規模に伴って土砂流出が決定されるが,十分な貯留土砂量が存在しなければ,降雨規模に関係なく土砂流出がある.すなわち,年々の流出土砂量は,その時点で流域内に存在する貯留土砂量によって規定されていた.現在の土砂流出は,過去に流域が経験してきた流域の履歴の影響を受けていると考えられることから,流域内の貯留土砂量の変動が流域の履歴を反映していると言える.ダム堆砂データから流域内の貯留土砂量の経年的な変動を明らかにすることは困難であるが,イベントに対する土砂流出の対応(土砂流出の経年的な波形)がそうした貯留土砂量の変動を反映していると考えられた.

流域スケールの土砂動態を数十年という時間スケールで検討した事例はこれまで少なかったが,本研究により,土砂流出の経年的な波形から流域の土砂動態をある程度把握できる可能性が示された.本研究により,広域の空間スケールでの土砂動態把握に新たな視点を提示できたことで,山地から河口にいたる総合的な土砂管理を進めていく上でも重要な知見を得ることができた.

第6章では,以上の内容を要約したうえで,流域スケールの土砂動態を把握するためには,既存データや資料の体系的な収集・整理,新たなデータの蓄積を継続していくとともに,流域の履歴を時空間的な連続性を持って把握することが重要であると結論付けた.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、山地森林流域において降雨データ、崩壊履歴、ダム堆砂データを数十年という長期にわたって解釈することにより、大規模降雨や崩壊発生が土砂流出に与える影響を明らかにし、流域スケールでの土砂動態の把握に資する知見を得たものである。

第1章では、本研究の背景と目的について記述している。土砂流出は、間隔的に発生する土砂生産や降雨出水による土砂移動の影響を受けて経年的に変動するので、数十年という長期にわたる検討が必要であるが、既往研究が少ないことを述べ、流域スケールの土砂動態を把握するという課題を示した。

第2章では、継続的な流出土砂量観測が行なわれていない地点での流出土砂量を推定する手法を示している。砂防堰堤堆砂地を対象として、時系列の航空写真を判読し、堆砂地が堰堤の完成から満砂するまでの期間を求め、堆砂容量と対比することで流出土砂量を定量的に求める方法である。山形県最上川流域の27基の砂防堰堤堆砂地を対象として、この方法で得られたデータを用いて、堰堤堆砂地への植生侵入の難易に関わる要因が検討された。その結果、堰堤堆砂地への植生侵入の難易は、上流から流入する土砂量と、堆砂地の大きさ(広さ)との関係によって決定されることを示した。

第3章では、1923年の関東地震により大面積崩壊が発生した神奈川県中川川流域(39km2)において、約80年に及ぶ崩壊履歴と降雨、土砂流出の長期変化の対応を調べた。中川川流域では,関東地震に起因した崩壊の他に、1972年の豪雨に起因する大面積崩壊が発生している。近年では崩壊地の植生回復が進み、1999年時点では崩壊地はほとんど確認できない。一方、この流域の末端にある三保ダムの堆砂記録から得られる最近25年間の土砂流出は、激しい土砂流出(2897m3/km2/year)が継続している。第2章で用いた手法により、15堰堤流域それぞれの堰堤流域の土砂量と、堰堤流域ごとに集計した関東地震に起因する崩壊地面積(1929年時点)、1972年豪雨に起因する崩壊地面積(1979年時点)との対応を比較し、堰堤流域ごとの流出土砂量が関東地震に起因する崩壊地面積と相関がみられるが(R2=0.406)、1972年発生の崩壊地面積とは対応がみられない(R2=0.027)ことを示した。この結果より中川川流域では、1923年の関東地震に起因する崩壊地から生産された土砂が、近年も流域内に貯留されており、地震発生から80年以上経過した現在も土砂流出に影響を与えていることが明らかとなった。

第4章では、2005年9月の台風14号により3日間連続雨量1973mmを記録した宮崎県渡川流域(81km2)において、大規模な豪雨イベントの発生頻度、それに伴う崩壊発生の有無、53年間にわたる土砂流出の長期変動との関係を調べた。その結果、渡川流域では1954年から2006年までの期間に連続雨量1000mmを超える豪雨イベントが10回発生していること、航空写真判読からこの期間に5度の新規または拡大性の崩壊が確認された。渡川流域は,53年間のダム堆砂期間の平均値では激しい土砂流出(1934 m3/km2/year)があるが,期間によって流出土砂量が大きく変動している。土砂流出の変動と崩壊発生とのタイミングを比較し、53年間のうち豪雨イベントに伴う崩壊発生年とその翌年などの15年間に激しい土砂流出(5715m3/km2/year)が集中し,その他の期間(38年間)の土砂流出は比較的低いレベル(481m3/km2/year)である。渡川流域では豪雨イベントが崩壊を引き起こし、激しい土砂流出をもたらす一方で、移動しやすい不安定土砂は数年で流出するため平年の土砂流出は低いレベルに抑えられる。渡川流域では崩壊発生が土砂流出に与える影響は数年程度と短い。

第5章では、3章および4章で調査対象とした中川川流域と渡川流域におけるそれぞれの土砂流出の経年的な変動の特徴が、どのような要因によっているかを検討している。両流域は,数十年の平均値では共に激しい土砂流出があるが、中川川流域は毎年の降雨出水規模によって土砂流出が変動している(Transport limited)のに対して、渡川流域では崩壊発生による土砂生産の影響により土砂流出が変動している(Supply limited)。両流域の土砂流出の差異は、流域内の貯留土砂量の変動特性を反映していると考えられた。

第6章では以上の内容を要約したうえで,数十年という時間スケールでの土砂動態把握の重要性を述べている。

以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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