学位論文要旨



No 124701
著者(漢字) 田上,英明
著者(英字)
著者(カナ) タノウエ,ヒデアキ
標題(和) 海丘における計量魚群探知機と地理情報システムを用いた魚群量の推定
標題(洋)
報告番号 124701
報告番号 甲24701
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3411号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小松,輝久
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 宮崎,信之
 東京大学 教授 白木原,國雄
 東京大学 准教授 山川,卓
内容要旨 要旨を表示する

周辺の海底からの比高が500m以下の海底の山を海丘とよぶ。大陸棚に分布する海丘は小規模釣り漁業の好漁場として多く利用されている。表中層に分布する浮魚類や平坦な海底に分布する底魚類の資源量推定にはトロールを使用できるが、岩礁からなる海丘の魚類の資源量推定には、岩礁に網がかかるため使用できない。持続的な漁業を行うためには海丘における魚類資源量の推定が強く望まれている。本論文は、複雑な海底地形をもつ海丘における魚類の資源量を推定する方法を確立するために、日本海西部海域の好漁場である山口県沖の八里ヶ瀬を対象に、計量魚群探知機と地理情報システムを用いて海丘における魚類資源量推定方法の開発を行った。計量魚群探知機調査を実施するとともに、調査定線配置方法、海底上に生じる音響ブラインドゾーンの補間法、空間統計学を用いた面積散乱強度の調査定線間の補間法について検討した。その結果、底深70m以浅の海底から海底上10mの層には底棲浮魚類が多く分布しており、海底上の一定高さごとの魚種確認調査により、それらはイサキであることが判明した。そこで、イサキのターゲットストレングス(Ts)と加速度データロガーによる群れを形成しているイサキの姿勢角分布の計測を行い、イサキの体長基準化Tsを求め、計量魚群探知機調査と上述の各種補間および立縄調査結果をもとに八里ヶ瀬の優占底棲浮魚類であるイサキの資源量推定に成功した。研究成果の概要は以下のとおりである。

1. 計量魚群探知機を用いた魚群分布調査定線配置方法の検討

1999年6月7-8日の八里ヶ瀬における50kHzの超音波を用いた計量魚群探知機調査では、調査海域面積185km2に対して6マイルの定線19本を緯度に平行に0.5マイル間隔で配置し、船速7ノット約16時間の調査を行った。調査結果を地理情報システムにより、海底深度、底質などの環境要素を重ね合わせて解析したところ、エコーグラムおよび体積散乱強度から推定した魚群分布は底深に依存し、底深70m以浅の海底から海底上10mまでの層に約60%が分布していた。定線当たりの魚群遭遇率の変動係数は0.65であった。2000年6月26-27日に再度行った計量魚群探知機調査では、八里ヶ瀬の等深線に対してほぼ直角で、かつ、定線が平行するように、調査海域面積192km2に対して7マイルの定線9本を1マイル間隔に配置し、船速7ノット約9時間の調査を行った。その結果、魚群の平均遭遇率の変動係数は0.47と減少し、海域面積に対する総調査定線の指標となる調査強度(degree of coverage)を8以上に保ち、1999年に比べ18%改善することができた。

2. 海底上に生じる音響ブラインドゾーンの補間法の開発

海底近傍では送受波器から発射された狭い扇状の超音波が起伏や傾斜をもつ海底により反射され、海底近くの魚群を観測できず、また、海底をはっきりと区別できない音響ブラインドゾーンが発生する。複雑な海底形状をもつ海丘において魚群量を推定するためには、ブラインドゾーンへの体積後方散乱強度の適切な外挿が必要となる。これまでブラインドゾーンを区別する境界線は主観で決められていたが、本研究では体積後方散乱強度をもとに境界線を客観的に定める判別分析法を初めて導入した。2000年6月26-27日の八里ヶ瀬における計量魚群探知機調査結果にこれを適用し、ブラインドゾーン抽出に成功した。ブラインドゾーン直上の体積後方散乱強度を外挿した結果、海面から海底までの体積後方散乱強度を積分した面積後方散乱強度は外挿前に比べ11.1%増加した。

3. 空間統計学を用いた面積散乱強度の調査定線間の補間

計量魚群探知機の探査範囲は、送受波器直下に限定されるため、線状の魚群分布データしか取得できない。海域全体の魚群量分布を推定するためには、平行定線の場合には定線の間隔を2等分して線を面に引き延ばす方法が多用されてきた。しかし、複雑な海底形状をもち、底質や底深に沿って魚群が分布する海丘にこの手法を適用することは困難である。そこで、海丘には適用されていなかった空間統計学的手法の一つである観測点間の空間自己相関にもとづくクリギング法による空間内挿を用いることにした。2000年6月26-27日の調査結果にあてはめたところ、魚群分布を示す体積後方散乱強度が海底から海底上10mまでの岩場に分布していた割合は80.5%であった。地理情報システムで求めた音響調査定線観測値をもとにしたその割合は85.4%であった。前者は、底質データを用いていないにも関わらず後者と近い値になり、クリギングが海丘における定線に沿った計量魚群調査結果をもとに空間内挿する有効な方法であることが示された。

4. 立縄による海底上の一定高さごとの魚種確認調査

計量魚群探知機を用いる場合、魚群エコーを構成する魚種を確認する必要がある。そこで、計量魚群探知機調査時の2006年6月21-22日および2007年6月18-19日に八里ヶ瀬において魚種確認のため、1本の幹縄に疑似餌のついた複数本の枝糸を等間隔に取り付けた立縄を海底まで落とし、鉛直方向の層別魚類採集調査を行った。2006年の調査点8点の採集努力量当たりの採集尾数に占める主要な魚種の割合は、イサキ43.7%、アカエソ37.0%であり、2007年の調査点30点の割合は、イサキ44.5%、アカエソ21.8%であった。採集された魚種の分布は底深や底質に依存しており、その特徴から魚種を判別することが可能であった。特に、魚群と判別される体積散乱強度の分布が集中した底深60m以浅の岩場における海底から海底上10mまでの層の優占種はイサキであることが判明した。

5. 実験水槽におけるイサキの音響ターゲットストレングスの測定

立縄採集調査の結果、底深60m以浅の八里ヶ瀬の岩場の優占種がイサキであったことから、その資源量を推定することにした。計量魚群探知機調査の結果をもとに魚類の資源量を推定する場合には、分布していた魚種のTsが必要であるが、イサキについては今まで計測されていなかった。そこで、水産工学研究所において、軟X線によって鰾形状を確認したイサキ麻酔個体31尾のうち7尾を体長別に選び(尾叉長範囲:17.2-31.9cm)、水槽(10x3x5m)の音響ビームの指向性主軸上の深度2mに1個体ずつ懸垂し、38、70、200kHzの3周波で傾角±50°の範囲で1°毎にイサキの背方向のTsを測定した。姿勢によるTsの変動は、波長に対する体長の比が10以下である70kHz以下の周波数で小さかった。イサキは、成長にともなう鰾の相対的な形状変化はなかったが、最大Tsを示す姿勢角と鰾が体軸となす角が水平となる姿勢角はともに-19°(頭が下向き負)であった。遊泳中のイサキの姿勢が水平の場合、鰾が水平に近い魚種に対する姿勢平均Tsよりも値は低くなる。鰾が体軸に対して斜めであるイサキの場合、実際の遊泳姿勢角の分布を確かめる必要がある。

6. 加速度データロガーによる群れを形成しているイサキの姿勢角分布の計測

魚の遊泳姿勢角測定には、水中カメラなどが用いられるが、夜間の姿勢角分布の計測は困難である。加速度データロガーは、2軸の加速度を計測でき、鰭の振動だけでなく、姿勢角を連続して計測することも可能である。これまでロガーによる魚類姿勢角分布の計測はすべて1尾の単独遊泳個体であり、群れる個体の姿勢角を計測した例はない。そこで、群れを形成しているイサキ魚群の昼夜別姿勢角分布を推定することを目的とし、加速度データロガーを用いて計測した。

2007年10月19日に八里ヶ瀬で一本釣りにより採集したイサキを2時間以内に一辺4mの正方形で深さ3.5mの生簀に運び入れ、4日間生簀の環境に馴致させた。2007年10月23日にイサキ魚群20尾のうち10尾に加速度データロガーを装着し、2軸の加速度を1/16秒間隔で3日間記録した。ロガー装着の影響はイサキの遊泳行動の観察結果から装着後9時間で見られなくなり、ロガーを装着していないイサキと単一の群れをつくって同じように遊泳行動していた。姿勢角のデータが取得できた6個体の計測開始後9時間以降のデータをプールした昼の平均姿勢角は正規分布で、平均9°下に頭を向けている傾向が示された。一方、夜の平均姿勢角も正規分布であったが、頭はほぼ水平であり、昼夜の平均姿勢角に有意な差があることが判明した。

7. 八里ヶ瀬におけるイサキ資源量の推定

2006年6月21-22日に行った70kHzの超音波を用いた計量魚群探知機調査の結果に上述の結果を適用し、イサキの現存量を推定した。2006年6月の八里ヶ瀬におけるイサキの分布尾数の推定値は、367.0±111.3万尾であり、現存量は1698.4±1136.0tだった。推定した分布尾数はイサキの漁獲量から推定した山口県の日本海側のイサキの全資源量554万尾の66.2%に及び、初夏の八里ヶ瀬が山口県のイサキの一大漁場であると報告した先行研究と一致した。また、単位面積あたりのイサキ平均分布密度は、55.3±37.0g/m2で、三宅島近くの海丘で計量魚群探知機によって推定されたキンメダイの分布密度55g/m2とほぼ同じであり、妥当な値であった。

以上、本研究により計量魚群探知機と地理情報システムを用いて八里ヶ瀬のイサキの現存量推定が可能となった。ここで開発された方法は、海丘に分布するその他の魚種だけでなく、海丘よりも規模の小さな魚礁や大規模な海山などの魚の資源量推定にも広く応用することができ、水産資源管理に資するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

周辺の海底からの比高が500m以下の海底の山を海丘とよぶ。大陸棚に分布する海丘は小規模釣り漁業の好漁場として利用されている。浮魚類や平坦な海底に分布する底魚類の資源量はトロールで推定できるが、海丘の魚類資源量の推定には、岩礁に網がかかるため使用できない。持続的な漁業を行うためには海丘における魚類資源量の推定が強く望まれている。本論文は、複雑な海底地形をもつ海丘における魚類の資源量を推定する方法を確立するために、日本海西部海域の好漁場である山口県沖の八里ヶ瀬を対象に、計量魚群探知機と地理情報システムを用いて海丘における魚類資源量推定方法の開発を行ったもので、その骨子は以下のとおりである。

1.計量魚群探知機を用いた魚群分布調査定線配置方法の検討

1999年6月の八里ヶ瀬における計量魚群探知機調査では、6マイルの定線19本を緯度に平行に0.5マイル間隔で配置した。地理情報システムにより、海底深度、底質などの環境要素と重ね合わせて調査結果を解析したところ、底深70m以浅の海底から海底上10mまでの層に約60%の魚群が分布していた。八里ヶ瀬の峰に対してほぼ垂直な7マイルの定線9本を1マイル間隔に配置し、2000年6月に再び計量魚群探知機調査を行った。その結果、海域面積に対する総調査定線の指標となるDegree of coverageを8以上に保ちながら、調査時間を大幅に短縮できた。

2.音響ブラインドゾーンの補間法の開発

海底近傍では送受波器から発射された扇状の超音波が起伏や傾斜をもつ海底により反射され、海底近くの魚群を観測できず、また、海底を明瞭に区別できない音響ブラインドゾーンが発生する。本研究では体積後方散乱強度をもとに境界線を客観的に定める判別分析法を初めて導入し、ブラインドゾーン抽出に成功し、ブラインドゾーンへの体積散乱強度の外挿も可能となった。

3.空間統計学を用いた面積散乱強度の調査定線間の補間

計量魚群探知機調査では線状の魚群分布データしか取得できない。海域全体の魚群量分布を推定するために、海丘の調査には適用されていなかった観測点間の空間自己相関による空間内挿法を適用し、定線に沿った計量魚群調査結果を空間内挿する有効な方法であることを明らかにした。

4.立縄漁具による海底上の一定高さごとの魚種確認調査

2006年6月および2007年6月の計量魚群探知機調査時の魚種確認のため、1本の幹縄に枝糸を等間隔に取り付けた立縄を海底まで落とし鉛直方向の層別魚類採集調査を行った。採集魚種の分布は底深や底質に依存しており、その特徴から魚種判別が可能であった。両年の採集努力量当たりの尾数に占める主要な魚種はイサキ(約44%)で、底深60m以浅の岩場における海底から海底上10mまでの層の優占種はイサキであることが判明した。

5.イサキの音響ターゲットストレングスの計測

計量魚群探知機調査をもとに資源量を推定するには、分布していた魚種の音響ターゲットストレングスTsが必要である。そこで、懸垂法により38、70、200kHzの3周波を用い、傾角±50°の範囲で1°毎にイサキ麻酔個体の背方向のTsを測定した。イサキの最大Tsを示す姿勢角と鰾が体軸となす角はともに-19°(上向き正)であった。鰾が体軸に対して斜めであるイサキの場合、実際の遊泳姿勢角の分布を確かめる必要がある。

6.加速度データロガーによる群れを形成しているイサキの姿勢角分布の計測

魚の遊泳姿勢角測定には、水中カメラなどが用いられるが、夜間の姿勢角分布の計測は困難である。群れを形成しているイサキ魚群の昼夜別姿勢角分布を加速度データロガーにより計測した結果、イサキ6個体のプールした昼と夜の平均姿勢角はともに正規分布で、昼には平均9°下に頭を向けていたが、夜にはほぼ水平で、昼夜の平均姿勢角に有意な差があることが判明した。

7.八里ヶ瀬におけるイサキ資源量の推定

2006年6月に行った70kHzの超音波を用いた計量魚群探知機調査の結果に関連する上述の結果を適用したところ、八里ヶ瀬におけるイサキ分布尾数の推定値は、367.0±111.3万尾であった。この推定値は、イサキの漁獲量から推定した山口県の日本海側のイサキの全資源量554万尾という先行研究結果の66.2%に及んだ。本研究で開発された方法は、海丘だけでなく、海丘よりも規模の小さな魚礁や大規模な海山などの魚の資源量推定にも広く応用が可能である。

以上、本論文の研究結果は、計量魚群探知機と地理情報システムを用いて海丘における魚類の現存量推定方法を開発したものであり、水産資源学上の貢献は大きい。よって、審査委員一同は本論文を博士(農学)の学位論文としての価値があるものと判断した。

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