No | 124703 | |
著者(漢字) | 村山,周平 | |
著者(英字) | Murayama,Shuhei | |
著者(カナ) | ムラヤマ,シュウヘイ | |
標題(和) | 海洋無脊椎動物からのがん転移関連酵素阻害物質に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on inhibitors of enzymes involved in tumor metastasis from marine invertebrates | |
報告番号 | 124703 | |
報告番号 | 甲24703 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3413号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 海洋無脊椎動物からは陸上生物には見られない新しい骨格や、興味深い生理活性を持つ低分子化合物が多数発見されており、海洋無脊椎動物は医薬品のリード化合物の探索源として高いポテンシャルを有している。一方、腫瘍の悪性化には腫瘍細胞の転移や、腫瘍細胞へ栄養を運ぶための血管新生などさまざまな機構が関わることが知られている。それらの過程においては腫瘍の原発部位周辺に存在し、物理的な障害となっている細胞外基質を破壊することが必要である。細胞外基質の破壊にはMMP2などさまざまな酵素が関わることが知られているが、特にカテプシンBは直接細胞外基質を分解するだけでなく、他の分解に関係する酵素の活性化にも関わるなど重要な役割を果たしている。そのためカテプシンBの阻害物質は有用な抗がん剤のリード化合物となりうると期待される。 そこで本研究では、新しい抗がん剤リード化合物の探索を目的として、がん転移に関連する酵素としてカテプシンBを選択しその酵素阻害活性をスクリーニングした。このスクリーニングで浮かび上がった4種の海綿から活性物質の単離、構造決定を行ったので、概要を以下に述べる。 1.スクリーニング 日本沿岸で採取した303検体の無脊椎動物の粗抽出液(脂溶性画分、水溶性画分)について、カテプシンBに対する阻害活性のスクリーニングを行った。海綿動物と原索動物に活性を示すサンプルが高頻度で認められた。 2.Asteropus simplexからの新規プテリン誘導体asteropterinの単離と構造決定 スクリーニングにおいて強い活性を示した東京都式根島産海綿Asteropus simplexから活性成分の単離を試みた。海綿を各種溶媒で抽出し液液分配、ODSフラッシュクロマトグラフィー、ゲルろ過で分画した後に、逆相のHPLCで精製し、新規化合物asteropterin (1)を得た。 Asteropterinの構造は各種スペクトル解析によって決定した。まず、高分解能ESIMSにより分子式はC(12)H(13)N7O2であることがわかった。1H、(13)C NMRに加えCOSY、HMBC、HSQCなどの通常の二次元NMRデータの解析によって部分構造としてN-メチルヒスタミンとピロミジン-2,4-ジオンが得られたが、部分構造間の結合様式を決定することができなかった。そこで、(15)N-HMBCを測定することで窒素とその近傍にある水素との関係を調べた結果、asteropterinはN-メチルヒスタミンとルマジンが結合する化合物であることがわかった。Asteropterinはカテプシン Bに対してIC(50)値1.4 μg/mLで活性を示した。構造活性相関を調べるためにasteropterinの部分構造であるルマジン、ヒスタミン、ルマジンの類縁体であるキサントプテリン、イソキサントプテリンさらにルマジンとヒスタミンの混合物についても活性試験を行ったが50 μg/mLの濃度において阻害活性を示すものはなかった。したがって、ルマジンとヒスタミンが連結した構造が活性発現に必要であることがわかった。 3.Crella (Yvesia) spinulataからの新規ステロール二量体shishicrellastatin類の単離と構造決定 スクリーニングにおいて活性を示した鹿児島県獅子島産海綿Crella (Yvesia) spinulataから活性成分の単離を試みた。海綿をメタノールで抽出し液液分配、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画した。活性成分は無機塩を添加しない条件の逆相HPLCではよい分離を示さなかったが、過塩素酸ナトリウムを含む溶媒系で分析したところ、塩濃度の上昇に伴って、分離能が向上するという結果が得られた。そこで1.5 Mと高濃度の過塩素酸ナトリウムを添加してHPLCを行い、活性成分としてshishicrellastatin A (2)およびB (3)と名づけた2つの新規ステロール二量体を得た。 Shishicrellastatin類の構造決定はスペクトル解析によって行った。まず、分子式は高分解能ESIMSからC(56)H(83)Na3O(16)S3と決定した。各種二次元NMRスペクトルデータから平面構造を決定したところ、この化合物はバヌアツ産の同属海綿より単離されたcrellastatin類と類似の骨格を持つ化合物であることがわかった。しかしcrellastatin類に特徴的な3α-hydroxy-3,19-ether構造の数、硫酸エステルの数など、ステロールの修飾様式が異なる新規化合物であった。相対配置はROESYデータより導いた。Shishicrellastatin Bは高分解能ESIMSからshishicrellastatin Aより水素原子が2個少ないため、脱水素により二重結合が1つ増えた化合物と予想した。各種NMRスペクトルを解析した結果、shishicrellastatin Aの15位、16位の間に新たに二重結合が導入されていることがわかった。Shishicrellastatin A、およびBはカテプシンBに対してそれぞれIC(50)値7.0 μg/mL、7.8 μg/mLを示した。 海洋生物由来のステロールの二量体としては、ritterazine類やcephalostatin類などA環同士で結合される化合物が発見されており、合成の研究も進んでいる。しかしステロールの側鎖同士で結合した化合物はcrellastatin類しか見つかっていない。Crellastatin 類はステロールの4位にそれぞれ2つのメチル基が結合しているが、shishicrellastatin類ではそれぞれ1つのメチル基しか結合していない。また、shishicrellastatin類の2つのステロールモノマー間で4位メチル基の配向が逆転していることも興味深い。 4.未同定種海綿からの重金属含有活性成分の単離 スクリーニングにおいて強い活性を示した鹿児島県獅子島産未同定種海綿から活性成分の単離を試みた。海綿をメタノールで抽出し液液分配、ODSフラッシュクロマトグラフィー、ゲルろ過で分画し、さらに活性画分を逆相HPLCによって精製した。 得られた画分の1H NMRスペクトルはブロードなシグナルを与え、(13)C NMRスペクトルではシグナルが検出されなかった。さらに、HPLCでの挙動などから、活性成分が無機物であることが疑われたため、元素分析を依頼した。元素分析の結果、炭素は全体の26%程度含まれていることが判明したが、窒素、炭素、水素の量が全体の50%程度と少なく、金属イオンが含まれているものと推察された。そこで、金属イオンの定性分析を依頼したところ、マグネシウム、ナトリウム、ニッケルを高濃度で含んでいることがわかった。現在、化合物の構造を決定するために、結晶化を試みている。 5.未同定種海綿からのcathepsin B阻害物質の単離 スクリーニングにおいて強い活性を示した、鹿児島県大島新曽根産未同定種海綿から活性成分の単離を試みた。海綿をメタノールで抽出し液液分配、ODSフラッシュクロマトグラフィー、シリカゲルクロマトグラフィーで分画した。HPLCで分析し、活性の分布の広がり方などから硫酸エステルの存在を予想した。そこで、shishicrellastatin類を単離した際に有効であった高濃度の過塩素酸ナトリウムを添加した溶媒系を用いるHPLCで、1つの化合物を精製した。 化合物の構造は各種スペクトル解析を用いて検討している。この化合物の1H NMRスペクトルでは、過去に当研究室においてαグリコシダーゼ阻害剤として海綿から見出されたschulzeine類に特有の2本の6 ppm付近のシグナルが得られたため、類似の構造を持つ化合物であると推測された。しかし、200 ppm付近にケトン基由来のシグナルが見られるなど、既知のschuluzein類とは異なっていた。現在、全構造の解析および類縁化合物の探索を行っている。 asteropterin (1) Shishicrellastatin A (2) shishicrellastatin B (3) | |
審査要旨 | 本研究では、新しい抗がん剤リード化合物の探索を目的として、がん転移に関連する酵素としてカテプシンBを選択しその酵素阻害活性をスクリーニングした。日本沿岸で採取した303検体の無脊椎動物の粗抽出液(脂溶性画分、水溶性画分)について、阻害活性のスクリーニングを行った。海綿動物と原索動物に活性を示すサンプルが高頻度で認められた。 スクリーニングにおいて強い活性を示した東京都式根島産海綿Asteropus simplexから活性成分の単離を試みた。海綿を各種溶媒で抽出し液液分配、ODSフラッシュクロマトグラフィー、ゲルろ過で分画した後に、逆相のHPLCで精製し、新規化合物asteropterin (1)を得た。Asteropterinの構造は各種スペクトル解析によって決定しN-メチルヒスタミンとルマジンが結合した化合物であることがわかった。Asteropterinはカテプシン Bに対してIC(50)値1.4 μg/mLで活性を示した。構造活性相関を調べるためにasteropterinの部分構造であるルマジン、ヒスタミン、ルマジンの類縁体であるキサントプテリン、イソキサントプテリンさらにルマジンとヒスタミンの混合物についても活性試験を行ったが50μg/mLの濃度において阻害活性を示すものはなかった。したがって、ルマジンとヒスタミンが連結した構造が活性発現に必要であることがわかった。 ついで、鹿児島県獅子島産海綿Crella (Yvesia) spinulataから活性成分の単離を試みた。海綿をメタノールで抽出し液液分配、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画した。活性成分は無機塩を添加しない条件の逆相HPLCではよい分離を示さなかったが、過塩素酸ナトリウムを含む溶媒系で分析したところ、塩濃度の上昇に伴って、分離能が向上するという結果が得られた。そこで1.5 Mと高濃度の過塩素酸ナトリウムを添加してHPLCを行い、活性成分としてshishicrellastatin A (2)およびB (3)と名づけた2つの新規ステロール二量体を得た。Shishicrellastatin類の構造決定はスペクトル解析によって行った。相対配置はROESYデータより導いた。Shishicrellastatin A、およびBはカテプシンBに対してそれぞれIC(50)値7.0 μg/mL、7.8μg/mLを示した。 鹿児島県獅子島産未同定種海綿から活性成分の単離を試みた。海綿をメタノールで抽出し液液分配、ODSフラッシュクロマトグラフィー、ゲルろ過で分画し、さらに活性画分を逆相HPLCによって精製した。HPLCでの挙動などから、活性成分が無機物であることが疑われたため、元素分析を依頼した。元素分析の結果、炭素は全体の26%程度含まれていることが判明したが、窒素、炭素、水素の量が全体の50%程度と少なく、金属イオンが含まれているものと推察された。そこで、金属イオンの定性分析を依頼したところ、マグネシウム、ナトリウム、ニッケルを高濃度で含んでいることがわかった。 鹿児島県大島新曽根産未同定種海綿から活性成分の単離を試みた。海綿をメタノールで抽出し液液分配、ODSフラッシュクロマトグラフィー、シリカゲルクロマトグラフィーで分画した。HPLCで分析し、活性の分布の広がり方などから硫酸エステルの存在を予想した。そこで、shishicrellastatin類を単離した際に有効であった高濃度の過塩素酸ナトリウムを添加した溶媒系を用いるHPLCで、1つの化合物を精製した。化合物の構造は各種スペクトル解析を用いて検討している。この化合物の1H NMRスペクトルでは、過去に当研究室においてαグリコシダーゼ阻害剤として海綿から見出されたschulzeine類に特有の2本の6 ppm付近のシグナルが得られたため、類似の構造を持つ化合物であると推測された。しかし、200 ppm付近にケトン基由来のシグナルが見られるなど、既知のschuluzein類とは異なっていた。 以上の研究内容に関する質疑応答を経て、審査委員一同は、申請者に博士の学位を授与して良いとの結論に達した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/25049 |