No | 124706 | |
著者(漢字) | 竹本,大策 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケモト,ダイサク | |
標題(和) | 海綿由来の細胞毒性化合物の探索と多様化に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the discovery and diversification of cytotoxic compounds from marine sponges | |
報告番号 | 124706 | |
報告番号 | 甲24706 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3416号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | これまでに海綿からは非常に多くの特異な構造を持つ天然有機化合物が発見されており、それらの化合物には細胞毒性や酵素阻害活性などの様々な生物活性を示すものがある。細胞毒性物質は新規抗がん剤やそのリード化合物としての利用が見込まれ、また、新たな活性発現機構を有する化合物の場合にはその作用機序の解明や研究用の試薬としての利用が期待されている。特に、近年の薬剤送達システムの進歩により、以前には毒性による副作用のために薬剤としての利用が難しいとされていた化合物が抗がん剤として承認され、使用されている例もあり、創薬リードとしての細胞毒性物質の重要性はますます大きくなっていると言える。 水圏天然物化学研究室には強力な細胞毒性物質が多数保有されているものの、生化学用の試薬として用いられているcalyculin Aおよびmycalolide Bを除くと、これらの化合物の有効な利用法は見出されていない。また、多くの抗がん化学療法剤はがん細胞における細胞分裂の亢進を利用しているため、細胞分裂の早い正常細胞に対しても強く作用し副作用をきたす。微生物由来の強力な細胞毒性物質をがん細胞を標的にするよう抗体と結合した、抗がん標的化製剤が医薬品として承認を受けて使用されているが、海洋天然物を用いた同種の研究例や臨床応用例は報告されていない。 本研究では、このような背景を踏まえ、前半では2種の深海海綿からの細胞毒性物質の単離・構造決定を、後半では、強力な細胞毒性海洋天然物theopederin A, calyculin Aのがん細胞標的化を試みた。 1.大島新曽根沖で得られた深海海綿Jaspis serpentina由来の新規細胞毒性ポリケタイドの単離と構造決定 奄美大島沖、大島新曾根でのドレッジ(-150 m)により採取された深海海綿Jaspis serpentina 1.1 kgの脂溶性画分からは、当研究室の竹川によりすでにpoecillastrin Cと同一の化合物が単離、構造決定されている。今回、poecillastrin Cと同等の活性を示す成分として新規ポリケタイド化合物 poecillastrin Dを単離し、その平面構造を決定した。 Poecillastrin Dは光学活性な白色粉末として得られ、高分解能ESI-MSスペクトルの解析より、その分子式をC(79)H(131)N3O(20)Naと決定した。NMRスペクトルを詳細に解析した結果、この化合物は poecillastrin C のC50位の水酸基がメチル化されたものであることがわかった。Poecillastrin CはP388マウス白血病細胞、HeLaヒト子宮がん細胞に対してそれぞれIC(50)値8.0 ng/mL、16 ng/mLの細胞毒性を、poecillastrin DはP388細胞、HeLa細胞に対してそれぞれIC(50)値18 ng/mL、36 ng/mLの細胞毒性を示した。 Chondropsin/ poecillastrin 類の化合物は、2000年のchondropsin A, Bの報告以来、様々な海綿から9種の類縁体が発見、報告されている。これらは新たなV-ATPase阻害剤として、天然物化学、創薬化学の観点から期待されている化合物群であるが、いずれもその構造が複雑であることおよび低収量であることから、十分な構造活性相関の研究はなされていない。本研究は、poecillastrin類の正確な細胞毒性値を測定した初めての例であり、その活性の強さから、類に特徴的なC15位水酸基のメチル化、およびpoecillastrin Dにおいてのみ見られるC50位水酸基のメチル化が、このクラスの化合物の活性発現に影響を示さないことを示した初めての例である。また、chondropsin/poecillastrin類の化合物は、浅海、深海といった生息域の異なる様々な種類の海綿から発見されており、これらの化合物の真の生産者は海綿の共生細菌と推定されるため、その系統、分布の観点からも非常に興味深い発見であるといえる。 2.伊是名島沖で得られた未同定種深海海綿由来の細胞毒性物質の単離と構造解析 伊是名島沖でのビームトロール(-330 m)により採取された未同定種海綿1.4 kgをメタノール、エタノールおよびアセトンで順次抽出した。抽出物を水とクロロホルムで二層分配し、得られたクロロホルム層を90%メタノールとn-ヘキサンで分配した。n-ヘキサン層をLH-20ゲル濾過クロマトグラフィーに供したところ、HeLaヒト子宮がん細胞に対して濃度非依存的な毒性を示す画分が得られた。毒性試験法の検討により、この成分は遅効性の細胞毒であることが確認されたため、以後は試料添加2日後と6日後の細胞毒性値を測定し、遅効性の細胞毒性を指標に目的成分の単離を試みた。 ゲル濾過クロマトグラフィー、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、順相および逆相のHPLCを用いて順次精製を行い、遅効性細胞毒性化合物C50-1,C50-2をそれぞれ約5 mg得た。これらの化合物は、添加後2日後には25 μg/mLの濃度で細胞毒性を示さなかったが、6日後にはIC(50)値 0.2 μg/mLの細胞毒性を示した。 NMRスペクトルの解析から、C50-1,C50-2はいずれも同一の平面構造を有することが判明した。この構造は既知の10-isocyano-5-cadinen-4-olと同一のものであるが、NMRスペクトルが文献値と一致しなかったため、立体異性体であることが示唆された。現在、立体構造の解析中である。 3.Transferrinを用いたtheopederin Aおよびcalyculin Aのがん細胞標的化 当研究室には、強力な細胞毒性を示し、グラムスケールでの供給が可能な海洋天然物が多数死蔵されている。これらの化合物は抗がん剤への応用が期待されたが、動物実験において重篤な副作用を引き起こしたことから、医薬への応用はなされていない。 がん細胞は増殖の亢進および転移・浸潤を行うため、通常細胞より多くの養分を必要とし、より多くの受容体およびタンパク質を発現している(癌特異的抗原)。Transferrinは非ヘム鉄を細胞へと運ぶ糖タンパク質で、がん細胞ではその受容体の過剰発現が認められることから、薬剤のがん細胞への送達に応用することが可能であるといわれている。 このような背景から、細胞毒性海洋天然物、theopederin A (onnamide 類から誘導)およびcalyculin Aをtransferrinに結合することで、transferrin受容体に依存した細胞毒性を発現する、抗がんミサイル療法剤の調製を試みた。 Theopederin Aおよびcalyculin Aをそれぞれtransferrinに共有結合を介して結合した複合体を作成した。Calyculin-transferrin複合体は顕著な細胞毒性を示さなかったが、theopederin-transferrin複合体はHeLaヒト子宮がん細胞およびMDA-MB-231ヒト乳がん細胞に対し、1.0 μMの濃度で細胞毒性を示した。また、過剰のtransferrinを添加することでその毒性が低減されたことから、この活性はtransferrin受容体を介してtheopederin-transferrin複合体が細胞内に取り込まれたことで発現したものであると考えている。 4.合成ペプチドを用いたcalyculin Aのがん細胞標的化 トランスフェリンの化合物による修飾は、反応の再現性およびタンパク質一分子あたりに結合する化合物数の制御が困難であることから、複合体一分子の構造を均一に制御することが重要であると考え、タンパク質の代わりにがん細胞標的能を有することが知られているアミノ酸配列を含む合成ペプチドを用いることとした。合成ペプチドには化合物修飾を行うためのリジン残基をC末端に導入することで、位置選択的な化合物導入を可能にした。 使用したペプチドは、AHNP(抗HER2ペプチド)およびAHNP bivalent(AHNP二量体)の2種であり、いずれもFmoc固相合成法により作成した。また、ペプチド-化合物複合体のHPLC精製の際にはトリフルオロ酢酸を含む溶離液を用いる必要があるが、theopederin Aは酸性条件下において失活することから、化合物にはcalyculin Aを用いた。現在、複合体の生物活性を調べている。 5.結論 深海海綿を探索対象とすることで、新規細胞毒性物質を単離・構造決定することができた。いずれも興味深い生理活性を発現する化合物であり、研究し尽くされたかに思われる海洋天然物に対する医薬資源探索の可能性を示した。また、毒性の発現により医薬品開発から脱落した化合物の、医薬資源としての再利用の可能性を示した。 以上、本研究を通して、海洋天然物の医薬リード探索の重要性、医薬資源としての有用性を示すことができた。今後の海洋天然物研究の発展が期待される。 | |
審査要旨 | 水圏天然物化学研究室には強力な細胞毒性物質が多数保有されているものの、生化学用の試薬として用いられているcalyculin Aおよびmycalolide Bを除くと、これらの化合物の有効な利用法は見出されていない。また、多くの抗がん化学療法剤はがん細胞における細胞分裂の亢進を利用しているため、細胞分裂の早い正常細胞に対しても強く作用し副作用をきたす。微生物由来の強力な細胞毒性物質をがん細胞を標的にするよう抗体と結合した、抗がん標的化製剤が医薬品として承認を受けて使用されているが、海洋天然物を用いた同種の研究例や臨床応用例は報告されていない。申請者は、このような背景を踏まえ、前半では2種の深海海綿からの細胞毒性物質の単離・構造決定を、後半では、強力な細胞毒性海洋天然物theopederin A, calyculin Aのがん細胞標的化を試みた。 奄美大島沖、大島新曾根でのドレッジ(-150 m)により採取された深海海綿Jaspis serpentina 1.1 kgの脂溶性画分からは、新規ポリケタイド化合物 poecillastrin Dを単離し、その平面構造を決定した。Poecillastrin Dは光学活性な白色粉末として得られ、高分解能ESI-MSスペクトルの解析より、その分子式をC(79)H(131)N3O(20)Naと決定した。NMRスペクトルを詳細に解析した結果、この化合物は poecillastrin C のC50位の水酸基がメチル化されたものであることがわかった。Poecillastrin DはP388細胞、HeLa細胞に対してそれぞれIC(50)値18 ng/mL、36 ng/mLの細胞毒性を示した。 伊是名島沖でのビームトロール(-330 m)により採取された未同定種海綿からHeLaヒト子宮がん細胞に対して濃度非依存的な毒性を示す画分が得られた。毒性試験法の検討により、この成分は遅効性の細胞毒であることが確認されたため、以後は試料添加2日後と6日後の細胞毒性値を測定し、遅効性の細胞毒性を指標に目的成分の単離を試みた。ゲル濾過クロマトグラフィー、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、順相および逆相のHPLCを用いて順次精製を行い、遅効性細胞毒性化合物C50-1,C50-2をそれぞれ約5 mg得た。これらの化合物は、添加後2日後には25 μg/mLの濃度で細胞毒性を示さなかったが、6日後にはIC(50)値 0.2 μg/mLの細胞毒性を示した。NMRスペクトルの解析から、C50-1,C50-2はいずれも同一の平面構造を有することが判明した。この構造は既知の10-isocyano-5-cadinen-4-olと同一のものであるが、NMRスペクトルが文献値と一致しなかったため、立体異性体であることが示唆された。 がん細胞は増殖の亢進および転移・浸潤を行うため、通常細胞より多くの養分を必要とし、より多くの受容体およびタンパク質を発現している(癌特異的抗原)。Transferrinは非ヘム鉄を細胞へと運ぶ糖タンパク質で、がん細胞ではその受容体の過剰発現が認められることから、薬剤のがん細胞への送達に応用することが可能であるといわれている。このような背景から、申請者は、細胞毒性海洋天然物、theopederin A (onnamide 類から誘導)およびcalyculin Aをtransferrinに結合することで、transferrin受容体に依存した細胞毒性を発現する、抗がんミサイル療法剤の調製を試みた。Theopederin Aおよびcalyculin Aをそれぞれtransferrinに共有結合を介して結合した複合体を作成した。Calyculin-transferrin複合体は顕著な細胞毒性を示さなかったが、theopederin-transferrin複合体はHeLaヒト子宮がん細胞およびMDA-MB-231ヒト乳がん細胞に対し、1.0 μMの濃度で細胞毒性を示した。また、過剰のtransferrinを添加することでその毒性が低減されたことから、この活性はtransferrin受容体を介してtheopederin-transferrin複合体が細胞内に取り込まれたことで発現したものであると考えられた。 トランスフェリンの化合物による修飾は、反応の再現性およびタンパク質一分子あたりに結合する化合物数の制御が困難であることから、複合体一分子の構造を均一に制御することが重要であると考え、タンパク質の代わりにがん細胞標的能を有することが知られているアミノ酸配列を含む合成ペプチドを用いることとした。合成ペプチドには化合物修飾を行うためのリジン残基をC末端に導入することで、位置選択的な化合物導入を可能にした。使用したペプチドは、AHNP(抗HER2ペプチド)およびAHNP bivalent(AHNP二量体)の2種であり、いずれもFmoc固相合成法により調製しcalyculin Aとの複合化を行った。 以上、深海海綿を探索対象とすることで、新規細胞毒性物質を単離・構造決定することができた。いずれも興味深い生理活性を発現する化合物であり、研究し尽くされたかに思われる海洋天然物に対する医薬資源探索の可能性を示した。また、毒性の発現により医薬品開発から脱落した化合物の、医薬資源としての再利用の可能性を示した。 以上の研究内容に関する質疑応答を経て、審査委員一同は、申請者に博士の学位を授与して良いとの結論に達した。 | |
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