学位論文要旨



No 124710
著者(漢字) 藤本,保恵
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,ヤスエ
標題(和) 農村における社会・経営参画の男女間格差に関する研究
標題(洋)
報告番号 124710
報告番号 甲24710
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3420号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木南,章
 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 松本,武祝
 東京大学 准教授 萬木,孝雄
 東京大学 講師 八木,洋憲
内容要旨 要旨を表示する

日本の男女共同参画の歴史において,女性の権利を求める運動が本格化したのは,明治末期から大正期の婦人参政権運動に遡る。女性の参政権が認められたのは戦後のことである。それから半世紀を経た後の1999年に制定された男女共同参画社会基本法では,「男女共同参画社会」は,「男女が,社会の対等な構成員として,自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され,もって男女が均等に政治的,経済的,社会的及び文化的利益を享受することができ,かつ,共に責任を担うべき社会」と定義されている。男性も女性も,従属する立場ではなく,主体的に意思決定に参画することが,より重要な意味を持つ。

「男女共同参画」は,英語では"gender equality"と訳される。この言葉は,達成されるべき男女共同参画の目標をどの程度に設定すればよいかという議論に大きく関係してくる。達成目標を設定することが容易でない理由として,男女間格差(gender gap)が,生物学的性別(sex)によるものであるのか,性的指向(sexuality)によるものであるのか,さらには,社会的・文化的に形成されたもの(gender)であるのかを,明確に区別できないことを指摘できる。本研究では,男女共同参画をどの程度まで達成すればよいかということではなく,現状において男女間格差がどのような状況にあり,現状の格差をもたらす要因が具体的に何によるものであるかという点に着目する。

これまで,農村における男女共同参画については,女性の意思決定参画の低さ,無報酬・長時間労働,資産形成の問題や,地域社会における参画の低さ(組織活動への参加や役職就任)の問題が指摘されてきた。国,地方自治体,関連機関・団体などは,男女共同参画についてのさまざまな積極的改善措置(ポジティブアクション)を実施している。女性の参画も徐々に進展しつつあるが,依然として男女間格差は大きい。

本研究では,農村における社会参画は,農村地域における公共的機能を持つ組織の意思決定に参加することを,農村における経営参画は,農村地域において経済活動を行う経営体の意思決定に参加することを示す。農村女性が主体的に,社会・経営参画できる状態を実現する方策を探るため,意思決定参画の現状とその要因を解明することを本研究の目的とする。

第1章では,農村における社会・経営参画の男女間格差を明らかにするため,既往研究の到達点から析出される論点を明確化した。既往研究では,(1)経営参画の規定要因について,経営作目,大規模化,兼業化,ライフステージ,作業従事,直系男子継承の影響を統合した分析,(2)地域条件や属性差を考慮した社会参画の規定要因,(3)経営参画と社会参画の関係性(促進と抑制の関係性)の検証が不足している。そして,本研究における農村の社会・経営参画に共通する理論的な分析枠組みとして,意思決定参画論の概念整理を行い,社会・経営参画の実態把握と要因解明について,理論との対応関係を示した。本研究の新規性は,(1)夫婦対象の調査から男女の参画要因の相違を明らかにしたこと,(2)社会・経営参画の属性差,地域条件を統合して分析し,その要因の解明を試みたこと,(3)配偶者の就業状態,農作業従事などの属性が意思決定参画に与える影響を分析に取り入れたことにある。

第2章では,農村における社会・経営参画の全国的動向を把握した。農村女性の社会・経営参画の背景として,農家女性の農業への関わり方の変遷をみれば,2005年現在60歳代の農家女性を転換期に,農家女性の働き方は,農業中心世代から農外就業中心世代へと大きく変化する。農家女性の若年層は,育児期間の短期化と農外就業への復帰が多く,農業従事経験の少なさが顕著である。農村の男女共同参画の進展状況は,1990年以降緩やかに進展しているものの,依然として男女間格差が大きい。高齢化が進む農家地域や農業所得の少ない地域では,農業経営者,認定農業者,起業による経営参画,農業委員会への社会参画が進展し,専業的な農業地域では,家族経営協定の締結や農協への社会参画が進展しており,地域条件による共同参画の進展状況の差異が示された。

第3章では,女性が経営者として事業を主宰する農業生産の起業を対象に,起業した女性の特徴,経営のパフォーマンス,起業した女性経営者の社会参画の現状と規定要因を明らかにした。農業生産の女性起業の特徴として,露地野菜経営は生きがいを目的とし,資金確保の必要性も少なく始めやすいが,売上高は低いこと,花卉・花木経営は,高い売上高も期待できるがリスクは高いこと,直売・注文販売経営は,経営管理の知識・技術,販路開拓に課題があること,仲卸・商社経営は,高い売上高を達成していることが明らかになった。近年は,農業従事経験が少なく,恒常的勤務を経て起業に至る若い女性経営者が増加している。恒常的勤務を経て起業した女性は,起業に際して,借入を行い,リスクを負担して事業に参入している。さらに,女性経営者の社会参画については,実績を挙げた女性経営者が農業委員や農協役員に選出されていないことが明らかになった。

第4章では,栃木県栃木市を調査地とし,農業関係組織会員夫婦を対象としたアンケート調査から,経営参画の要因を定量的に分析し,同地域の担い手農家であるトマト生産部会の経営調査から,女性の経営参画と作業管理・農作業従事との関連性を分析した。水田作経営においては,小規模兼業農家で,日常的な生産管理や労務管理を夫が判断しているのに対し,大規模経営で,夫が独断で判断することは少なく,労務管理に妻が参加していることが示された。施設野菜作経営においては,大規模施設野菜経営で,販売・調達管理を夫が判断しているのに対し,雇用を入れていない経営で,日常的な生産管理を夫が判断する。また,年齢が上がると,夫は生産管理を独断で判断することは減り,妻が意思決定に参加する。さらに,いずれの経営作目でも,長男後継ぎ農家では,生産管理や労務管理に妻が参加することはなく,雇用を入れている経営では,妻が労務管理に参加していることが示された。

第5章では,夫婦ともに農業に従事する専業農家における女性の意思決定参画の現状と成立条件を明らかにするため,夫婦間の部門分担が成立する先進事例と同地域の類似作目経営の事例とを対象とした比較事例分析を行った。最も部門分担が進展している経営では,夫婦それぞれが部門責任者として意思決定を行い,部門ごとに後継者や雇用者を配置した部門分担が行われていた。妻の主宰する部門とはいえ,農地の購入・借入,資金調達,補助事業の利用の意思決定は,夫も参加し,完全に独立した部門ではない。大規模単作経営では,妻は雇用者の労務管理の参加にとどまる。部門分担をしている女性は,就農当初から,雇用者の管理,日常的な栽培管理,生育異常の対処など,多くの意思決定に参加し,技術やノウハウを蓄積していた。現状では,女性の生産管理や財務管理の対応力が不足していることが明らかになった。

第6章では,栃木県栃木市を調査地とし,第4章と同様のアンケート調査結果から,夫婦の組織活動への参加状況や役職経験の規定要因を定量的に分析した。組織活動への参加や役職就任は,男女で異なる要因が示された。すなわち,地縁的な農業関連組織や自治会などの集落レベルの組織において,女性役員はほとんどなく,これらの組織の会合出席や対外交渉は,夫が担当している。また,農協関係の役員は,夫婦ともに年齢が高く,配偶者が農外従事している人が役員を経験し,とくに,男性の場合,農業所得の高い実績のある農業者が役員を経験していた。また,農業委員は,年長者で兼業地域に居住している男性に,役員経験者が多いことが明らかになった。

補論では,栃木市農業委員会を対象に,農村女性が農業委員に選出されるための条件や今後の可能性を検討した。農業委員の選出においては,候補者を推薦する段階から女性の参加が阻まれている。候補者を決定する協議組織に女性組織からの参加が限られ,協議に参加する組織代表者(JA委員,農協生産部会など)はいずれも男性である。地縁的な農業関連組織や自治会などの集落レベルの組織では,女性役員がほとんどなく,男性が会合に出席している。女性の集落レベルの組織活動への参加の不足が,女性の広域レベルの意思決定参画を困難にしていると考えられる。

以上の分析結果から,農村における男女共同参画の推進に向けた方策を指摘すれば,以下の2点を挙げられる。第一は,経営参画をしている女性が,必ずしも社会参画できていないことである。農業生産部門で起業した女性経営者の社会参画については,実績を挙げた女性経営者が農業委員や農協役員に選出されていない。第6章と補論でみたように,農業委員の就任経験者の多くは,男性の年長者であり,また,就任経験と農業所得の高さとの関係は示されなかった。実績のある人が選出されるように,社会参画の仕組みを変えていく必要がある。

第二は,経営に参画するためには,事業や作目によっては,会合に出席して,情報を入手し,意見を発言することが必要である。第6章でみたように,農業関連組織の会合出席や対外交渉を夫が担当し,これらの組織に女性の参加機会が乏しいことが示された。現状では,女性は,経営に関する新しい情報や知識を得ることが難しいため,農業経営の意思決定に参加する能力を高められず,経営に参加するインセンティブも醸成しにくいと考えられる。社会参画と経営参画との関係が促進と抑制のどちらに働くかという問いに対しては,促進の方向に働くと考える。経営参画を進める上でも,まず,社会参加から進める必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

従来、農村における男女共同参画については、女性の意思決定参画の低さ、無報酬・長時間労働、資産形成の問題や、地域社会における参画の低さ(組織活動への参加や役職就任)の問題が指摘されてきた。国、地方自治体、関連機関・団体などは、男女共同参画についてのさまざまな積極的改善措置(ポジティブアクション)を実施している。女性の参画も徐々に進展しつつあるが、依然として男女間格差は大きい。本研究では、参画をそれぞれの局面における意思決定への参加としてとらえ、農村女性が主体的に、社会・経営参画できる状態を実現する方策を探るため、意思決定参画の現状とその要因を解明した。

第1章では、農村における社会・経営参画の男女間格差を明らかにするため、既往研究の到達点から析出される論点を明確化した。そして、本研究における農村の社会・経営参画に共通する理論的な分析枠組みとして、意思決定参画論の概念整理を行い、社会・経営参画の実態把握と要因解明について、理論との対応関係を示した。

第2章では、農村における社会・経営参画の全国的動向を把握した。農家女性の若年層は、育児期間の短期化と農外就業への復帰が多く、農業従事経験の少なさが顕著である。農村の男女共同参画の進展状況は、1990年以降緩やかに進展しているものの、依然として男女間格差が大きい。高齢化が進む農家地域や農業所得の少ない地域では、農業経営者、認定農業者、起業による経営参画、農業委員会への社会参画が進展し、専業的な農業地域では、家族経営協定の締結や農協への社会参画が進展しており、地域条件による共同参画の進展状況の差異が示された。

第3章では、女性が経営者として事業を主宰する農業生産の起業を対象に、起業した女性の特徴、経営のパフォーマンス、起業した女性経営者の社会参画の現状と規定要因を明らかにした。農業生産の女性起業の特徴として、露地野菜経営は生きがいを目的とし、資金確保の必要性も少なく始めやすいが、売上高は低いこと、花卉・花木経営は、高い売上高も期待できるがリスクは高いこと、直売・注文販売経営は、経営管理の知識・技術、販路開拓に課題があること、仲卸・商社経営は、高い売上高を達成していることを明らかにした。

第4章では、栃木県栃木市を調査地とし、農業関係組織会員夫婦を対象としたアンケート調査から、経営参画の要因を定量的に分析し、同地域の担い手農家であるトマト生産部会の経営調査から、女性の経営参画と作業管理・農作業従事との関連性を分析した。水田作経営においては、小規模兼業農家で、日常的な生産管理や労務管理を夫が判断しているのに対し、大規模経営で、夫が独断で判断することは少なく、労務管理に妻が参加していることが示された。施設野菜作経営においては、大規模施設野菜経営で、販売・調達管理を夫が判断しているのに対し、雇用を入れていない経営で、日常的な生産管理を夫が判断することが示された。

第5章では、夫婦ともに農業に従事する専業農家における女性の意思決定参画の現状と成立条件を明らかにするため、夫婦間の部門分担が成立する先進事例と同地域の類似作目経営の事例とを対象とした比較事例分析を行った。最も部門分担が進展している経営では、夫婦それぞれが部門責任者として意思決定を行い、部門ごとに後継者や雇用者を配置した部門分担が行われていた。そして、部門分担をしている女性は、就農当初から、雇用者の管理、日常的な栽培管理、生育異常の対処など、多くの意思決定に参加し、技術やノウハウを蓄積していた。

第6章では、栃木県栃木市を調査地とし、第4章と同様のアンケート調査結果から、夫婦の組織活動への参加状況や役職経験の規定要因を定量的に分析した。組織活動への参加や役職就任は、男女で異なる要因が示された。すなわち、地縁的な農業関連組織や自治会などの集落レベルの組織において、女性役員はほとんどなく、これらの組織の会合出席や対外交渉は、夫が担当している。また、農協関係の役員は、夫婦ともに年齢が高く、配偶者が農外従事している人が役員を経験し、とくに、男性の場合、農業所得の高い実績のある農業者が役員を経験していた。また、農業委員は、年長者で兼業地域に居住している男性に、役員経験者が多いことが明らかになった。

補論では、栃木市農業委員会を対象に、農村女性が農業委員に選出されるための条件や今後の可能性について検討した。

そして、分析結果に基づいて、農村における男女共同参画の推進に向けた方策として、社会参画の仕組みの変更と社会参画から経営参画を進める方法について提起した。

以上のように本研究は、農村における社会参画と経営参画における男女間格差の実態を解明するとともに、農村における男女共同参画の推進に向けた政策提案を行うものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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