学位論文要旨



No 124714
著者(漢字) 田島,正喜
著者(英字)
著者(カナ) タジマ,マサキ
標題(和) バイオマス種に応じた水素ステーション構築予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 124714
報告番号 甲24714
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3424号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,伸也
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 准教授 仁多見,俊夫
 東京大学 准教授 井上,雅文
 東京大学 准教授 芋生,憲司
内容要旨 要旨を表示する

近年,地球温暖化対策のひとつとしてカーボンニュートラルとみなされているバイオマスの利活用推進が図られているが,その利活用の多くを占める手法のひとつが,熱電併給利用(コジェネレーション:以下コジェネ)である。これは,2003年に施行された「新エネルギー等電気利用法(RPS法)」によって電気事業者による新エネルギーの導入が義務化されたことから,バイオマスから電気を得る方法がより具現化してきたことがその一因であるといえる。しかしながら,発電効率を上げるためにはより大規模に,加えて,エネルギー効率を上げるためには熱需要が存在するサイトでのエネルギー化が必要な点,コジェネ利用のための条件整備が必要であり,なかなか実用化が進まないのが現実である。

一方,化石燃料の枯渇化並びに地球温暖化への対応として,将来有効な二次エネルギー形態として,水素エネルギーが近年注目されている。水素は自然界での腑存量はほとんどないが,様々な一次エネルギーから製造しうる。また,電力と相互変換可能な唯一のエネルギーであり,燃焼しても水のみしか生成しない点,非常にクリーンなエネルギーであるといえる。水素製造手法は,石油や天然ガスの水蒸気改質による製造,水の電気分解による製造,石油精製やコークス製造工程から発生する副生水素を活用する方法等様々なものがあるが,原料の生産から水素製造までの全工程で多量のCO2を排出する可能性もあり,LCA(Life Cycle Assessment)手法の導入等その製造方法を選定するには特段の考慮が必要である。

バイオマスの利活用を妨げる要因のひとつとして,収集・運搬に対する経済的課題がある。その賦存は広範に薄く存在している点,原料を多量に必要とするエネルギー利用には不利な点がある。バイオマスからの水素製造は,再生可能エネルギーであるバイオマスを用いることで数々の水素製造方法に比較してLCAでみて極めて有利な方法であり,かつ太陽光や風力等の他の再生可能エネルギーからの水素製造手法と比較してもエネルギー変換効率が高い。

水素社会を構築するアプリケーションとして,燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle:以下FCV)の開発が進められている。FCVへの水素供給を考察するに,現在のガソリンスタンドが将来水素ステーションへ転換していくと想定されるが,ガソリンスタンド同様に全国に広く腑存するバイオマスをその原料にできれば,バイオマスの収集・運搬の課題は軽減されることが予想され,再生可能エネルギーの地産地消の観点でも非常に有効な活用方法と言える。

そこで,本研究は上述の観点より,バイオマスから水素を製造し,水素ステーションにてFCVに供給するモデルの,定量的かつ経済的な実現可能性を検討することを目的とした。

第1章で概要に触れた後,第2章ではまず,バイオマスからのエネルギー転換経路およびバイオマス種ごとのエネルギー転換技術を整理し,現状の実用化に向けた開発状況を確認した。次に,バイオマスの利活用において最も実用化に近く期待されている2つの経路(コジェネ利用,バイオエタノール燃料化)で,利活用を困難としている要因として,バイオマスの収集・運搬上の課題を上げるとともに,以降の検討において輸送コスト低減の評価を行うための輸送コストデータを整備した。バイオマスからの水素製造技術に関しては,概ね研究開発段階あるいは実証段階にあるが,将来実用化が見込める技術に関してバイオマス種ごとに整理した。このうち,木質バイオマス,家畜糞尿,農業残渣,下水汚泥のバイオマス4種から,水素を製造する技術を選定し,それぞれについて水素製造量算出式を作成した。バイオマスの輸送コストデータおよび水素製造量算出式の作成によって,次章以降の検討評価の体制を整備した。

第3章では水素供給基盤構築に向けた現況と,本モデルのエネルギー効率,並びに環境影響に関する意義を論じた。FCVと,ガソリン車他内燃機関車との,エネルギー消費量およびCO2排出量比較を行った。単位走行距離あたりの一次エネルギー投入量は,ガソリン車と比較してFCVでは概ね約50%であり,FCV・水素システムの省エネ性が証明された。ガソリン車,ディーゼル車等の内燃機関車と比較して,FCVは大幅にCO2の排出量を低減できる。内燃機関車ではWell to Tankでの発生CO2は少ないが,Tank to Wheel時に多量のCO2を発生していることが分かる。FCVでは特性上Tank to Wheel時のCO2排出は全く無く,効率を向上した将来型FCVで家畜糞尿より製造した水素を用いると,Well to Wheel比較でガソリン車の90%ものCO2を削減できることがわかった。 日本経済団体連合会の関連機関である産業競争力懇談会は,FCV-水素システムの導入によって石油・都市ガス等の化石燃料から水素を製造したとしても,2050年のCO2排出量を現在の約50%まで削減可能であるとの試算を発表しており,更にCCS(Carbon Capture and Storage)や再生可能エネルギーからの水素を導入する条件では,約20%までの削減を達成できるとしている。

第4章では,バイオマスから水素を製造し水素ステーションでFCVに充填するモデルの提示と,首都圏の市町村を例にとった試算および首都圏の市町村に展開したときの効果について,バイオマス種ごとに整理し考察した。バイオマスから水素を製造し水素ステーションにてFCVに供給する事業を検討するにあたり,バイオマスの収集・運搬に関するモデルを,自治体を基本単位として構築した。バイオマス種としては,木質バイオマス,家畜糞尿,農業残渣,下水汚泥の4種を対象とした。栃木県那須塩原市,東京都奥多摩市の2ケースで事例研究を行った結果,奥多摩市のケースでは木質バイオマスの運搬距離が短くなることによって,コジェネ利用に比べて約16%の運搬費のコストダウンが図れることが分かった。次にこの手法を首都圏の約400の自治体に適応してみた結果,木質バイオマスでは水素ステーションとして事業が成立する製造量(200Nm3/h以上)を満足する自治体は6ヶ所と少ないが,94%の自治体でバイオマス収集範囲が10km以内であることが判明し,更に収集エリアを拡大すれば水素ステーション構築可能な自治体を増加できることが示唆された。家畜糞尿,農業残渣では,双方とも約10%の自治体が水素ステーションを構築できることが分かり,木質バイオマスより適用し易いことが分かった。一方下水汚泥では,多量な水素製造は可能であるが,実施できる自治体は限られており,下水汚泥は収集システムが整備された都会型のバイオマスであることを勘案すると,むしろコジェネ利用に向くことが示唆された。最後に,都市ガスからの水素製造方式,製油所・製鉄所からの副生水素供給方式,更には液体水素供給方式と本バイオマス-水素製造方式を比較検討したところ,首都圏においてそれぞれの方式は棲み分けて成立可能であることが分かり,それぞれの供給方式の特性に応じた実現可能性があると判断された。

第5章では第4章の結果をもとに,この手法を全国の都道府県に展開した場合の結果と考察,日本における本手法の効果について纏めた。2020年頃のFCV普及割合を想定した場合で水素ステーションを構築できる自治体数を推定したところ,全国の各地方によって,またバイオマス種によって,構築可能自治体数は異なることが判明した。日本全体では,北海道,東北,九州地方での実現可能性が高い。また,木質バイオマス,家畜糞尿,農業残渣の3種のバイオマスのうち,農業残渣でのステーション構築可能性が尤も高いことが分かった。更に,普及割合を限定せず自治体内のバイオマスから構築できる最大の水素ステーション数を推定した結果,全国のガソリンスタンドの約2.5%がバイオマスから製造する水素でステーションを構築できることが判明した。水素ステーション構築におけるバイオマスの役割は比較的小さいが,バイオマスの利活用の観点では,バイオマス3種の腑存量のうち,約56%が水素ステーション構築に活用されたこととなり,バイオマスから水素を製造しステーションにてFCVに充填する本利活用手法は,将来有望なバイオマス利活用方法であると言える。加えて,本手法におけるバイオマス平均輸送距離は,いずれのバイオマス種でも10km以内であり,再生可能エネルギーの地産地消での利活用の観点からも,推奨できる手法であると判断された。

第6章では,バイオマス-水素ステーション方式の経済性を評価した。都市ガス改質による水素製造プロセスと,家畜糞尿を湿式メタン発酵して生成メタンを改質し水素を製造するプロセスとを,ステーションにてFCVへ供給される水素コストで比較したところ,発酵プロセスが追加されている分バイオマスプロセスの方が13円/m3-H2ほど水素コストが高くなると評価された。農業残渣を乾式メタン発酵し水素を製造するプロセスとの比較をも行ったところ,発酵残渣の炭化設備費等の影響で,更に約10円/m3-H2ほど水素コストは高くなる。しかし,バイオマスからの水素製造プロセスは,都市ガスからのプロセスに比較してCO2発生量を大幅に削減できる効果があり,将来この効果を経済的に評価できるようになれば,両者は競合できるプロセスであることが判明した。本手法は,量的にも経済的にも将来の実現可能性が高いことが示唆された。

最後に第7章にて全体の総括および今後の課題について述べた。

以上

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近年注目を浴びているバイオマスの有効利用の一策として、ガス化やメタン発酵などにより水素を製造し,水素ステーションにてFCVに供給するモデルの,定量的かつ経済的な実現可能性を検討することを目的とした。

水素社会を構築するアプリケーションとして,燃料電池自動車(Fuel Cell Vbhicle: 以下FCV)の開発が進められている。FCVへの水素供給を考察するに,現在のガソリンスタンドが将来水素ステーションへ転換していくと想定されるが,ガソリンスタンド同様に全国に広く賦存するバイオマスをその原料にできれば,バイオマスの収集・運搬の課題は軽減されることが予想され,再生可能エネルギーの地産地消の観点でも非常に有効な活用方法と言える。第1章では研究の目的と背景について述べた。

第2章では,バイオマスからのエネルギー転換経路およびバイオマス種ごとのエネルギー転換技術を整理し,現状の実用化に向けた開発状況を確認した。バイオマスからの水素製造技術に関しては,概ね研究開発段階あるいは実証段階にあるが,将来実用化が見込める技術に関してバイオマス種ごとに整理した。

第3章では,水素供給基盤構築に向けた現況と,本モデルのエネルギー効率,並びに環境影響に関する意義を論じた。FCVと,ガソリン車他内燃機関車との,エネルギー消費量およびCO2排出量比較を行った。単位走行距離あたりの一次エネルギー投入量は,ガソリン車と比較してFCVでは概ね約50%であり,FCV・水素システムの省エネ性が証明された。ガソリン車,ディーゼル車等の内燃機関車と比較して,FCVは大幅にCO2の排出量を低減できる。内燃機関車ではWell to Tankでの発生CO2は少ないが,Tank to Wheel時に多量のCO2を発生していることが分かった。

第4章では,バイオマスから水素を製造し水素ステーションでFCVに充填するモデルの提示と,首都圏の市町村を例にとった試算および首都圏の市町村に展開したときの効果について,バイオマス種ごとに整理し考察した。バイオマスから水素を製造し水素ステーションにてFCVに供給する事業を検討するにあたり,バイオマスの収集・運搬に関するモデルを,自治体を基本単位として構築した。栃木県那須塩原市,東京都奥多摩市の2ケースで事例研究を行った結果,奥多摩市のケースでは木質バイオマスの迎搬距離が短くなることによって,コジェネ利用に比べて約16%の運搬費のコストダウンが図れることが分かった。次にこの手法を首都圏の約400の自治体に適応してみた結果,木質バイオマスでは水素ステーションとして事業が成立する製造量(200Nm3/h以上)を満足する自治体は6ヶ所と少ないが,94%の自治体でバイオマス収集範囲が10km以内であることが判明し,更に収集エリアを拡大すれば水素ステーション構築可能な自治体を増加できることが示唆された。

第5章では第4章の結果をもとに,この手法を全国の都道府県に展開した結果、日本全体では,北海道,東北,九州地方での実現可能性が高いことが判明した。水素ステーション構築におけるバイオマスの役割は比較的小さいが,バイオマスの利活用の観点では,バイオマス3種の賦存量のうち,約56%が水素ステーション構築に活用されたこととなり,バイオマスから水素を製造しステーションにてFCVに充填する本利活用手法は,将来有望なバイオマス利活用方法であると言える。

第6章では,バイオマス-水素ステーション方式の経済性を評価した。都市ガス改質による水素製造プロセスと,家畜糞尿を湿式メタン発酵して生成メタンを改質し水素を製造するプロセスとを,ステーションにてFCVへ供給される水素コストで比較したところ,発酵プロセスが追加されている分バイオマスプロセスの方が13円/m3-H2ほど水素コストが高くなると評価された。

次に首都圏から日本全国へ本手法を展開してその有効性を検討した。バイオマスの収集範囲を広げることで水素ステーションを最大に構築できる条件で評価したところ,全国のガソリンスタンドのうち,約2.5%がバイオマスから転換した水素でステーションを構築できる。更に,収集範囲を最大にした場合でも,収集されるバイオマスの平均輸送距離は10km以内であることから,再生可能エネルギーの地産地消の観点からも有意義な手法であることが導き出された。

以上,分散,点在することによって収集・運搬コストがかかるバイオマスの利活用法を考えるに,将来の水素ステーション原料に活用する可能性を評価したところ,バイオマス種や実施地方によって適性が異なるものの,量的にも経済的にも利活用の可能性があり,輸送部門におけるCO2削減の将来有望な手段であることが判明した。

以上、本論文では水素ステーションにてFCVに供給するモデルの,定量的かつ経済的な実現可能性を検討しい首都圏及び全国展開を想定した結果、その有効性を確認することができた。このモデル構築の予測手法は学術上貢献するところが少なくないと考えられ、同時に応用面でも有意義であると考えられる。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25064