学位論文要旨



No 124715
著者(漢字) 加治佐,平
著者(英字)
著者(カナ) カジサ,タイラ
標題(和) 褐色腐朽菌によるセルロースの酵素分解の制約要因に関する分子生物学的解析
標題(洋)
報告番号 124715
報告番号 甲24715
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3425号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鮫島,正浩
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 教授 松本,雄二
 東京大学 准教授 鴨田,重裕
 東京大学 准教授 堀内,裕之
内容要旨 要旨を表示する

【第1章】 木材腐朽菌は腐朽材の色の違いによって白色腐朽菌と褐色腐朽菌に分類されてきた。両者の最も大きな差異はリグニン分解能にある一方で,セルロース分解についても著しい違いが認められている。褐色腐朽菌の特徴のひとつとして,結晶性セルロースに対する分解能力が白色腐朽菌に比べて低いということが一般的に理解されている。これまで木材腐朽菌による結晶性セルロース分解メカニズムに関する研究は,白色腐朽菌Phanerochaete chrysosporiumにおいてその分解酵素が詳細に解析されてきている。その結果,糖質加水分解酵素ファミリー6および7に属するセルラーゼ(Cel6およびCel7)が結晶性セルロースの分解に関与することが明らかにされている。また,セロビオース脱水素酵素(CDH)がセルロースの分解生成物であるセロビオースの代謝に関与していることが明らかにされ,さらにCel7と共役的な作用をすることが示唆されてきた。一方,褐色腐朽菌においては,セルロース分解に関する酵素学的な知見は限られており,それら酵素遺伝子に関する解析はほとんど見当たらない。そこで本研究では,褐色腐朽菌について上記に挙げた酵素遺伝子の解析に基づく分子生物学的な考察を行い,結晶性セルロースの酵素分解の制約要因について明らかにすることを目的とした。

【第2章】 Coniophora puteana(イドタケ)は褐色腐朽菌に分類されているが,酵素学的にはセロビオヒドロラーゼ(CBH)やCDHを生産することが報告されてきた。そこで本章では,まず,糸状菌由来CBHの大部分が含まれるCel6およびCel7についてC. puteanaを対象として,COnsensus DEgenerated Hybrid Oligonucleotide Primers(CODEHOP)-PCR法を用いたゲノムDNA上での関連遺伝子の検出を行った。その結果,褐色腐朽菌C. puteanaゲノムDNAより糸状菌由来Cel6ならびにCel7アミノ酸配列に基づき設計したプライマーを用いたCODEHOP-PCR法によっての2つのCel6および2つのCel7遺伝子断片を検出した。さらに,セルロース培養系において発現していたこれら4つの遺伝子に相当する全長cDNAをクローニングした(cel6A,cel6B,cel7A,cel7B)。また,それぞれの塩基配列より推定されたアミノ酸配列を他の糸状菌由来Cel6およびCel7アミノ酸配列とアライメント解析に供したところ,触媒ドメインにおいて活性中心に存在する触媒アミノ酸残基,セルロース分子鎖の取り込みに関与するアミノ酸残基,さらに活性中心を覆うペプチドループ構造は全て保存されていることが確認された。そして,触媒ドメインのアミノ酸配列より作成した分子系統樹において担子菌由来Cel6およびCel7のグループに入っていたことから,4つの酵素の触媒ドメインは担子菌由来の酵素とほぼ同様の全体構造を有することが明らかとなった。しかしながら,糖結合性モジュール(CBM)については,4つの酵素のうち1つの酵素(Cel6A)のみで存在が確認されたが,他の3つの酵素(Cel6B, Cel7A, Cel7B)においては欠如していたことから,C. puteanaにおいて,酵素機能として結晶性セルロースの分解に関与できる酵素はCBMを有するCel6Aのみであると推定された。

次に,4つのCel6およびCel7遺伝子のセルロース分解培養系における発現応答について確認を行った。その結果,CBMが欠如しているCel6BおよびCel7Aでは相対的な高発現が確認されたが,CBMを保持しているCel6Aの発現は他と比べると非常に低いことが明らかとなった。したがって,唯一結晶性セルロースに対して分解活性を有すると考えられたCel6Aについては,セルロース分解培養系においてその産生遺伝子の発現量が低いためにその機能が果たせないことが褐色腐朽菌C. puteanaにおける結晶性セルロースに対する酵素分解の制約の要因となっていると考えられた。

【第3章】 本章では,セルロース培養系におけるC. puteana由来CDH遺伝子を全長cDNAとしてクローニングし,その塩基配列に基づいて推定したアミノ酸配列を他の白色腐朽菌由来CDHと比較した。その結果,両者間では70 %程度と高い相同性が認められ,ヘムのリガンド,フラビン結合ドメイン,そしてGMC酸化還元酵素モチーフといったCDHに特徴的な配列は保存されていた。また,同培養液中より精製したCDHについて,白色腐朽菌P. chrysosporium由来CDHと比較した結果,セロビオースに対してほぼ同一の酵素機能を有することが明らかとなった。以上の結果から,C. puteana由来CDHにおいても白色腐朽菌P. chrysosporiumの場合と同様にCel7の作用によってセルロースから生成されるセロビオースの代謝に関与する酵素であることが示唆された。

【第4章】 11種の木材腐朽菌ゲノムより,CODEHOP-PCR法によってCel6,Cel7,そしてCDHの分布を調べた。その結果,白色腐朽菌に位置づけられてきた5種には全ての酵素遺伝子がゲノム上に存在することを確認した。一方,褐色腐朽菌においては, C. puteanaと同様にSerpula lacrymansのゲノム上からはCel6およびCDH遺伝子が検出され,この中にはCBMを含むCel6も存在することが明らかとなった。また,Cel7遺伝子はC. puteana以外の5種類の褐色腐朽菌からは検出されなかった。以上の結果から,多くの褐色腐朽菌では,ゲノムDNA上でCel6もしくはCel7遺伝子,あるいは両者が欠如していることが結晶性セルロースの分解制約の要因となっていることが示唆された。また,C. puteanaおよびS. lacrymans以外4種の褐色腐朽菌ではCDH遺伝子も検出されなかったことから,これらの菌株ではセロビオース代謝まで含めたセルロース分解機構が白色腐朽菌の場合とは大きく異なることが示唆された。

【第5章】 本研究において,褐色腐朽菌C. puteanaでは,多くのCel6およびCel7でのCBMの欠如という酵素の構造ならびに機能的な要因,さらにCBMを保有するCel6のmRNAの低発現という要因によって結晶性セルロース分解に制約を受けていることが明らかとなった。また,4種類の褐色腐朽菌においては,ゲノム上においてCel6,Cel7,そしてCDH遺伝子が欠如していることが結晶性セルロース分解の制約要因となっていると推定された。以上の結果から,褐色腐朽菌における結晶性セルロース分解能力の制約要因には,Cel6,Cel7,そしてCDH遺伝子のゲノムレベル,発現レベル,そして生産される酵素の機能レベルのいずれもが関与していること,また,その制御レベルは褐色腐朽菌の菌種に依存していることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

木材腐朽菌は,それが原因となる腐朽木材の色の違いによって,白色腐朽菌と褐色腐朽菌に分類されてきた。両者の大きな差異はリグニン分解能にある一方で,セルロース分解についても著しい差が認められており,白色腐朽菌に比べて褐色腐朽菌では,結晶性セルロースの分解に対して制約を受けていることが一般的に知られている。これまで,結晶性セルロース分解に関する酵素研究については,白色腐朽菌Phanerochaete chrysosporiumにおいて関連する遺伝子の解析も含めて詳細に進められており,糖質加水分解酵素(GH)ファミリー6および7に属するセロビオヒロドラーゼ(CBH)が主要なセルラーゼとして関与することが示されている。また,セロビオース脱水素酵素(CDH)もCel7に共役的な作用をすることが示唆されている。一方,褐色腐朽菌においては,セルロース分解に関する酵素学的な知見は限られている。そこで本研究では,褐色腐朽菌について上記に挙げた酵素の遺伝子に注目し,結晶性セルロースの酵素分解の制約要因に関して分子生物学的な立場から解析することを目的とした。

褐色腐朽菌Coniophora puteana(イドタケ)はCBHを生産することがすでに報告されている。そこで,褐色腐朽菌C. puteanaゲノムDNAに対して糸状菌由来のGHファミリー6および7に属するセルラーゼ(Cel6およびCel7)のアミノ酸配列に基づき設計したプライマーを用いたCOnsensus DEgenerated Hybrid Oligonucleotide Primers(CODEHOP)-PCR法によって遺伝子増幅を行ったところ,2つのCel6および2つのCel7に対応する遺伝子断片を検出することに成功した。さらに,セルロース培養系から得たmRNAから,これら4つの遺伝子に相当する全長cDNAをクローニングした(cel6A,cel6B,cel7A,cel7B)。それぞれの塩基配列より推定されたアミノ酸配列をアライメント解析に供したところ, 4つの酵素の触媒ドメインには糸状菌由来のGH6および7に属するCBHに特徴的なタンパク質構造ならびにアミノ酸残基を保存されていることを明らかにした。しかしながら,CBHが結晶性セルロース分解するために必要とされる糖結合性モジュール(CBM)については,4つの酵素のうち1つの酵素(Cel6A)のみで存在が確認された。このことから,C. puteanaにおいて,酵素機能として結晶性セルロースの分解に関与できる酵素はCBMを有するCel6Aのみであると推定された。

次に,セルロース培地で培養した褐色腐朽菌C. puteanaから由来CDH遺伝子を全長cDNAとしてクローニングし,その塩基配列に基づいて推定したアミノ酸配列を他の白色腐朽菌由来CDHと比較した。その結果,両者間では70 %程度と高い相同性が認められ,ヘムのリガンド,フラビン結合ドメイン,そしてGMC酸化還元酵素モチーフといったCDHに特徴的な配列は保存されていた。また,同培養液中より精製したCDHについて,白色腐朽菌P. chrysosporium由来CDHと比較した結果,セロビオースに対してほぼ同一の酵素機能を示すが明らかとなった。以上の結果から,褐色腐朽菌C. puteanaにおいても白色腐朽菌P. chrysosporiumの場合と同様に,CDHはCel7の作用によってセルロースから生成されるセロビオースの代謝に関与する酵素として機能していることが示唆された。

さらに,11種の木材腐朽菌から得たゲノムDNAについて,CODEHOP-PCR法によってCel6,Cel7,さらにCDH遺伝子の分布を調べた。その結果,これまで白色腐朽菌に位置づけられてきた5種ではすべての酵素の遺伝子がゲノム上に存在することが確認できた。一方,褐色腐朽菌においては, C. puteana以外では,Serpula lacrymansかはCel6およびCDH遺伝子が検出され,この中にはCBMを含むCel6遺伝子も存在することが明らかとなった。一方,Cel7遺伝子はC. puteana以外の5種類の褐色腐朽菌からは検出されなかった。以上の結果から,多くの褐色腐朽菌では,ゲノムDNA上でCel6もしくはCel7遺伝子,あるいは両者が欠如していることが結晶性セルロースの分解制約の要因となっていることが示唆された。また,C. puteanaおよびS. lacrymans以外の4種の褐色腐朽菌ではCDH遺伝子も検出されなかったことから,これらの菌株ではセロビオース代謝まで含めたセルロース分解機構が白色腐朽菌の場合とは大きく異なることが示唆された。

本研究において,褐色腐朽菌C. puteanaでは,4種のCel6およびCel7が存在するにも関わらず,その多くはCBMが欠如しているという構造的な要因によって結晶性セルロース分解に制約を受けていることが明らかとなった。他の4種類の褐色腐朽菌においては,ゲノム上においてCel6,Cel7,そしてCDH遺伝子のすべてあるいは一部が欠如していることが結晶性セルロース分解の制約要因となっていると推定された。以上,本研究によって,これまで情報が乏しかった褐色腐朽菌におけるセルロース分解に関わる酵素について遺伝子解析に基づき多くの知見が得られたことは,木材腐朽菌学における学術上,応用上貢献することが少なくない。よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/33065