No | 124717 | |
著者(漢字) | 金野,尚武 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コンノ,ナオタケ | |
標題(和) | セロウロン酸の生分解に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on biodegradation of cellouronate | |
報告番号 | 124717 | |
報告番号 | 甲24717 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3427号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生物材料科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、自然界の物質循環に適合する生分解性高分子の需要が高まっている。生分解性機能材料を開発する手法の1つに、バイオマスの化学改質がある。地球上で最も多量に生物生産されるセルロースも、様々な化学改質により新しい機能が付与され、その利用範囲が拡大されてきた。しかしながら多くの場合、バイオマス由来であっても化学改質された生成物が環境中で完全に生物分解・代謝されることは難しい。 再生セルロースに、TEMPO(2,2,6,6-tetrametylpiperidine-1-oxyl radical)触媒酸化を適用すると、C6位の1級水酸基のみが選択的にカルボキシル基に変換され、水溶性のβ-1,4ポリグルクロン酸ナトリウム(セロウロン酸、グルクロナン)が得られる。セロウロン酸は、セルロースを人工的に化学反応で改質したポリウロン酸であるので、自然環境中での生分解性は低いと予想されていた。しかし、セロウロン酸の生分解性は代表的な水溶性セルロース誘導体であるカルボキシメチルセルロース(CMC)と比較して明らかに優れており、天然多糖であるアルギン酸と同程度であることが判明した。本研究では、このセロウロン酸の高い生分解性に着目した。生分解メカニズムの解明を目的として、1)土壌から単離したグラム陰性細菌Brevundimonas sp. SH203が生産するセロウロン酸分解酵素の精製と特性解析、2)糸状菌Trichoderma reesei由来セロウロン酸分解酵素のクローニング、大量発現、特性解析及び結晶構造解析を行った。 Brevundimonas属細菌によるセロウロン酸の生分解 1) セロウロン酸分解酵素の精製 土壌より単離したBrevundimonas sp. SH203を、セロウロン酸を炭素源とする培地で培養すると、培養液中のTC(全炭素量)は3日目で約50%まで減少し、それに伴い菌体の超音波処理により得られる無細胞抽出液中に高いセロウロン酸リアーゼ活性を示した。よって、本菌のセロウロン酸の分解には主にリアーゼが関与していることが明らかとなった。培養3日目の無細胞抽出液より、セロウロン酸リアーゼを精製した。精製を進める過程で、2つリアーゼの存在が確認され、それぞれセロウロン酸リアーゼI、II(CUL-I、II)とし、SDS-PAGE上で単一バンドとなるまで精製した(Figure 1)。分子量はそれぞれ39 KDa、62 KDaであった。 2) Brevundimonas属細菌由来セロウロン酸リアーゼの特性解析 CUL-I、CUL-IIそれぞれの生化学的性質を調べたところ、両酵素とも至適pHは7.5付近であり、pH 5-8で24時間処理後も80%以上の活性を維持していた。金属の影響はCUL-I の方が敏感に受け、MnCl2による処理で50%以下にまで失活した。温度に対してはCUL-Iが50℃下、10分間の処理でほぼ失活したのに対し、CUL-IIは70℃まで安定であった。また、基質特異性を調べたところ、ウロン酸構造を有するアルギン酸、アミロウロン酸、ヒアルロン酸及びペクチンに対してCUL-I、IIともにほぼ活性を示さず、セロウロン酸に対する高い基質特異性が確認された。 CUL-I、CUL-II及びCUL-I、II混合系でセロウロン酸分解生成物をそれぞれ調製し、分析した。CUL-Iは反応の初期において、複数のセロウロン酸オリゴマーを生成したことから、CUL-Iはエンド型にセロウロン酸を分解するリアーゼであることが示された。さらに分解が進み、最終的には、ダイマーが最も多く蓄積した。一方、CUL-IIはセロウロン酸分解能がCUL-Iに比べて低いことが確認された。モノマーのみが生成物として得られることから、CUL-IIはエクソ型セロウロン酸リアーゼであると考えられた。一方でCUL-IIは高重合度のセロウロン酸よりもダイマーに対して高い分解活性を有することが明らかになった。CUL-IとCUL-IIを混合した場合、反応初期ではCUL-Iの反応で認められたように複数のセロウロン酸オリゴマーが生成しダイマーが多く検出されたが、最終的にはモノマーにまで低分子化されていた。以上の結果より、Brevundimonas sp. SH203はセロウロン酸をCUL-Iでエンド型に分解し、生成したダイマーをCUL-IIがモノマーにまで分解していることが示された(Figure 2)。 糸状菌Trichoderma reeseiによるセロウロン酸の生分解 1) Trichoderma reesei由来セロウロン酸分解酵素のクローニングと大量発現 T. reeseiをセロウロン酸を唯一の炭素源とする液体培地で培養し、菌体外液をSDS-PAGEで分析した。T. reeseiはセロウロン酸を唯一の炭素源とする培地で生育することができ、菌体外液中に27 kDaの分子量を持つタンパク質を最も多量に生産した。検出されたタンパク質のcDNAをT. reeseiの全ゲノム情報を用いてクローニングしたところ、得られたcDNAは777 bpのオープンリーディングフレームを有しており、258残基のアミノ酸配列が推定された。 このcDNAをメタノール資化酵母Pichia pastorisに導入し、組み換えタンパク質を大量発現させた。得られた組み換えタンパク質でセロウロン酸を処理し、分解生成物を(13)C NMRで分析したところ、本酵素はβ-脱離反応によりセロウロン酸を分解するβ-1,4ポリグルクロン酸リアーゼ(TrGL)であることが示された(Figure 3)。 TrGLのアミノ酸配列と相同性の高いタンパク質を検索した結果、全てHypothetical proteinであり、どの多糖リアーゼ(PL)とも相同性を示さなかったことから、本酵素は新規多糖リアーゼファミリー(PLファミリー20)に属することが明らかとなった。 2) Trichoderma reesei由来セロウロン酸リアーゼの特性解析 TrGLはセロウロン酸に対し、高い基質特異性を有し、pH 6.5、50℃で最も高い活性を示した。また、その活性はCa(2+)濃度に依存し、2 mMのCaCl2存在下では約80倍のリアーゼ活性を示し、Ca(2+)存在下では温度安定性も増加することが明らかとなった(Figure 4)。 本酵素によるセロウロン酸分解生成物の分子量分布を経時的に調べたところ、反応初期には複数のセロウロン酸オリゴマーを生成したことから、エンド型にセロウロン酸を分解するリアーゼであると考えられた。最終生成物として重合度2-4のオリゴマーを蓄積した。 3) Trichoderma reesei由来セロウロン酸リアーゼの結晶構造解析 TrGLの単結晶を20% PEG 3350 、0.2 M diammonium hydrogen citrate buffer(pH 5.0)、2.5 mM CaCl2からなる条件で調製し、結晶構造解析を行った。得られた結晶はX線回折実験に供し、Se-MAD法により分解能1.8 Aの構造を得た。TrGLの結晶構造中には主にβストランドが含まれており、全体としてβ-jelly rollの構造をとることが明らかとなった。結晶構造中には構造安定化に寄与していると思われるカルシウムイオンが結合していた(Figure 5)。他のβ-jelly roll構造を有する多糖リアーゼ(PLファミリー7アルギン酸リアーゼ)と活性中心を比較したところ、Gln91、His53、Tyr200が活性中心残基であると予想された。 Figure 1. SDS-PAGE of pruified CUL-I (1) and CUL-II (2). Figure2.Schematic degradation system of cellouronate by CUL-Iand CUL-II from Brevundimonas sp.SH203. Figure 3.(13)C NMR spectra of cellouronate before and after treatment with TrGL for 24 h. C4// and C5// show C4 and C5, respectively, of the unsaturated non-reducing terminus. Figure 4. Effect of Ca(2+)on the thermo-stability of recombinant TrGL. The enzyme solution was incubated in the presence or absence of CaCl2 (2 mM) at 50 ℃. Figure. 5. Overall structure of TrGL. (A) Ribbon representation of the TrGL. (B) Molecular surface of A. (C) The view rotated 90° around the vertical axis from that in A. (D) Molecular surface of C. The calcium ion is shown as a pink sphere. | |
審査要旨 | 本研究では、再生セルロース、ボールミル粉砕非晶化天然セルロースのTEMPO(2,2,6,6-tetrametylpiperidine-1-oxyl radical)触媒酸化で得られる新規水溶性ポリグルクロン酸である、セロウロン酸の生分解機構を詳細に検討し、土壌から単離したグラム陰性細菌Brevundimonas sp. SH203が生産するセロウロン酸分解酵素の精製と特性解析、および糸状菌Trichoderma reesei由来セロウロン酸分解酵素のクローニング、大量発現、特性解析及び結晶構造解析を行い、多くの新しい知見を得ることができた。 Brevundimonas sp. SH203によるセロウロン酸の生分解機構を解明するため、セロウロン酸分解酵素の単離-精製を行った。まず、セロウロン酸を炭素源とする培地で当該細菌を培養したところ、高いセロウロン酸リアーゼ活性を示し、培養3日目の無細胞抽出液より、2種類のセロウロン酸リアーゼ(CUL-I、II)を単離-精製した。分子量はそれぞれ39 KDa、62 KDaであった。それぞれの酵素の生化学的性質を調べたところ、両酵素とも至適pHは7.5付近であり、pH 5-8で24時間処理後も80%以上の活性を維持していた。金属の影響はCUL-Iの方が敏感に受け、マグネシウムイオンによる処理で大きく失活した。温度に対してはCUL-Iが50℃、10分間の処理でほぼ失活したのに対し、CUL-IIは70℃まで安定であった。基質特異性については、ウロン酸構造を有するアルギン酸、アミロウロン酸、ヒアルロン酸およびペクチンに対してCUL-I、IIともにほぼ活性を示さず、セロウロン酸に対する高い基質特異性が確認された。 CUL-I、CUL-II及びCUL-IとII混合系でセロウロン酸分解生成物を分析しところ、CUL-Iは反応の初期において複数のセロウロン酸オリゴマーを生成し、エンド型にセロウロン酸を分解するリアーゼであることが明らかになった。最終的には、二量体が最も多く蓄積した。一方、CUL-IIは単量体のみが生成物として得られることから、CUL-IIはエクソ型セロウロン酸リアーゼであり、高重合度のセロウロン酸よりも二量体に対して高い分解活性を有していた。CUL-IとCUL-IIを混合した場合、単独よりも著しく効率的に単量体にまで低分子化された。以上の結果から、Brevundimonas sp. SH203はセロウロン酸をCUL-Iでエンド型に分解し、生成したダイマーを続いてCUL-IIがモノマーにまで分解していることが明らかになった。 続いて、糸状菌Trichoderma reeseiによるセロウロン酸の生分解機構を検討した。T. reeseiをセロウロン酸を唯一の炭素源とする液体培地で培養し、菌体外液中に27 kDaの分子量を持つタンパク質を最も多量に生産した。検出されたタンパク質のcDNAをT. reeseiの全ゲノム情報を用いてクローニングしたところ、得られたcDNAは777 bpのオープンリーディングフレームを有しており、258残基のアミノ酸配列が推定された。このcDNAをメタノール資化酵母に導入し、組み換えタンパク質を大量発現させた。得られた組み換えタンパク質でセロウロン酸を処理したところ、本酵素はβ脱離反応によりセロウロン酸を分解するリアーゼ(TrGL)であることが示された)。TrGLのアミノ酸配列と相同性の高いタンパク質を検索した結果、どの多糖リアーゼ(PL)とも相同性を示さなかったことから、本酵素は新規多糖リアーゼファミリー(PLファミリー20)に属することが明らかとなった。 TrGLはセロウロン酸に対して高い基質特異性を有し、pH 6.5、50℃で最も高い活性を示した。また、その活性はCa2+濃度に依存し、2 mMのCaCl2存在下では約80倍のリアーゼ活性を示し、温度安定性も増加することが明らかとなった。本酵素によるセロウロン酸分解生成物の分子量分布を経時的に調べたところ、反応初期には複数のセロウロン酸オリゴマーを生成したことから、エンド型にセロウロン酸を分解するリアーゼである。 続いて、TrGLの3次元構造解析を行った。まず、単結晶を調製し、高出力X線回折により結晶構造解析を行った。その結果、TrGLの構造中には主にβストランドが含まれており、全体としてβ-jelly roll構造をとることが明らかとなった。結晶構造中には構造安定化に寄与していると思われるカルシウムイオンが結合しており、前述のカルシウムイオンの効果を説明できた。また、アルギン酸リアーゼと活性中心を比較し、活性中心のアミノ酸残基を特定することができた。 以上のように、本セロウロン酸の生分解機構の研究によって、土壌菌からのセロウロン酸分解酵素の単離精製および特性解析、糸状菌からのセロウロン酸分解酵素の単離精製、アミノ酸配列の決定、クローニング、大量生産、結晶構造解析、三次元構造解析、活性中心の特定等、極めて多くの基礎的な知見が得られた。また、本研究結果の意義として、セロウロン酸分解酵素によって分解されるポリグルクロン酸が植物の細胞壁成分として存在している可能性を示唆すると共に、セルロースの新しい生分解機構の存在も示唆するなど貴重な成果を得ることができた。これらの成果は、セルロース科学はもとより、酵素学、遺伝子工学、分子生物学の観点からも高く評価されている。従って、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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