学位論文要旨



No 124718
著者(漢字) 塚田,剛士
著者(英字)
著者(カナ) ツカダ,タケシ
標題(和) 糖質加水分解酵素ファミリー1に属するβ-グルコシダーゼの構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 124718
報告番号 甲24718
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3428号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鮫島,正浩
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 松本,雄二
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 東京大学 准教授 和田,昌久
内容要旨 要旨を表示する

第一章 序論

近年地球温暖化や石油価格高騰の影響を受け、再生可能でカーボンニュートラルな資源である植物バイオマスから、エタノールや化成品等の有用物質を生産することが望まれている。植物細胞壁の主成分であるセルロースから酵素を利用してグルコースを得るためには、セルラーゼによりセロビオースなどの可溶性オリゴ糖へ分解した後、それら生成糖をβ-グルコシダーゼ(BGL)によりグルコースまで分解する必要がある。糖質加水分解酵素(GH)は立体構造類似性からファミリーとして分類されているが、その中でBGLは主にファミリー1または3に分類されている。多くのセルロース分解性糸状菌が菌体外に生産するBGLはGHファミリー3に分類されているが、これらのBGLはセロビオースに対する反応性に乏しいことが知られている。一方、糸状菌が菌体内に生産するGHファミリー1に属するBGLに関しては殆ど研究が為されていないのが現状である。セロビオースに対して高い親和性を示すBGLを利用することでセルロースの分解効率を向上させることができるため、現在、セロビオースを良好な基質とするBGLが求められている。そこで本研究では、GHファミリー1に属するBGLの構造と機能の関係を明らかにすることにより、セロビオースに対する反応特性の高い新規なBGLを取得するための指針を得ることを目的とした。

第二章 GHファミリー1に属するBGL遺伝子のクローニング

本章では担子菌Phanerochaete chrysosporiumのゲノム情報を利用し、GHファミリー1に属する2種のBGL遺伝子クローニングをおこなった。P. chrysosporiumの全ゲノム配列情報をもとにプライマー対を設計した後、RT-PCRにより2種類のcDNA(bgl1A、bgl1B)をクローニングし、塩基配列ならびに推定アミノ酸配列を決定した。その結果、bgl1Aは1389bp、bgl1Bは1623bpのオープンリーディングフレームを有していた。またBGL1AとBGL1Bのアミノ酸配列相同性は65%と非常に高く、両BGLは他の糸状菌由来GHファミリー1に属するBGLと45%以上の相同性を示すことが明らかとなった。アラインメント解析を行った結果、両BGLの推定アミノ酸配列には加水分解の際に酸・塩基触媒として作用するグルタミン酸残基、ならびに求核触媒として作用するグルタミン酸残基が保存されていた。

第三章 組換えBGL1A、BGL1Bの機能解析

本章では第二章で得られた遺伝子がコードするタンパク質(BGL1A、BGL1B)の酵素学的性質を解析した。クローニングしたbgl1Aおよびbgl1Bを発現ベクターに組み込み、大腸菌を宿主とした発現系を利用することで組換えタンパク質を生産し、三段のカラム分画により精製をおこなった。両酵素のpH依存性、安定性を測定したところ、至適pHはともにpH6.0-6.5であったが、BGL1Aの方が酸性域における活性、安定性に優れる酵素であることが示された。セロビオースに対する加水分解活性を測定したところ、BGL1Bのセロビオースに対する親和性はBGL1AやGHファミリー3に属する多くのBGLと比較して一桁低い値であったことから、BGL1Bはセロビオースを効率よく加水分解する酵素であることが明らかとなった。両酵素の温度依存性、安定性はともにBGL1Aの方が高い傾向が見られた。セロオリゴ糖(重合度2-5)に対する反応速度パラメータから算出したサブサイトアフィニティーを比較した結果、BGL1Aはサブサイト-1、+2が強いため重合度3以上セロオリゴ糖に対して高い反応特性を示すと考えられた。BGL1Bはサブサイト+1の親和性が強いためセロビオースを良い基質にでき、全てのセロオリゴ糖に対して糖転移反応を示したと考えられた。

第四章 セロビオース認識に関与する因子の解析

第三章からBGL1AとBGL1Bはセロビオースに対する反応特性(親和性、反応速度)が大きく異なることが明らかとなった。そこで本章では、両酵素の変異体を機能解析することで、セロビオースの認識に関与する因子を解析した。両酵素間における活性中心の比較を行ったところ、サブサイト+1を構成すると推測される8つの残基のうち、5つのアミノ酸残基が互いに異なっていた。しかしながら、サブサイト-1を構成するアミノ酸残基群は互いに全て保存されていたため、サブサイト+1において異なる5残基が両酵素のセロビオースに対する反応特性の差異を生み出す要因であると考えられた。BGL1A変異体の機能解析をおこなったところ、反応特性を顕著に向上させることはできなかった。D229N、K253A変異体においては基質親和性が著しく低下していたが、両アミノ酸は水素結合を形成していることが立体構造から明らかとなっているため、両アミノ酸の相互作用が活性中心の構造形成に重要であると考えられた。一方、BGL1B変異体を機能解析した結果、BGL1BにおいてはD246とセロビオースの還元末端側C6位メチロール基における水素結合形成が、セロビオースに対して高い親和性を示すために重要であることを示唆する結果が得られた。

第五章 酸性域における活性に関与する因子の解析

第三章からBGL1AとBGL1Bは酸性域における活性保持率が大きく異なることが明らかとなった。そこで本章では、両酵素の変異体を機能解析することで、酸性域における活性に関与する因子を解析した。BGL1A変異体を作製しpH依存性を野生型と比較したところ、いずれの変異体においても酸性域における活性保持に顕著な変化は観測されなかったことから、それらの残基が求核触媒の解離状態には関与していないことが示された。D229N、H231D、K253A変異体においては中性からアルカリ性域における活性の変化が観測されたため、それらの残基が直接または間接的に酸・塩基触媒と相互作用していることが推測された。さらにいずれのBGL1A変異体においても酸性域におけるpH安定性の変化は観測されなかったため、BGL1Aが酸性域で高い活性を保持できる要因は高い酸安定性によると考えられた。

第六章 総括

本研究ではセロビオースに対して優れた反応特性を有するBGLを取得するため、P. chrysosporium由来GHファミリー1に属する2種のBGL遺伝子をクローニングし、それらがコードするタンパク質を組換え体として生産し機能解析をおこなった。その結果、BGL1AとBGL1Bは酸性域におけるpH依存性ならびにセロビオースに対する反応特性が互いに異なることを明らかにした。また両酵素は高いアミノ酸配列相同性を有しているが、立体構造の解析を行うとサブサイト+1を構成する5つのアミノ酸残基が互いに異なっていた。そこで両酵素の機能に差異を与えているアミノ酸残基の特定を行うために部位特異的変異体の作製を行い、各変異体の酵素活性を測定した。その結果、BGL1BのD246とセロビオースの還元末端側C6位メチロール基間における水素結合が、セロビオースに対して高い親和性を示すために重要であることを明らかにした。一方、BGL1Aが酸性域においても活性保持率が高い理由としては、同酵素の構造がBGL1Bと比べて酸安定性に優れることに基づくことを示した。以上の本研究で得られた知見から、今後、酸性域におけるBGL1Bの構造安定化につながる要因を明らかにすることで、酸性域で活性を保持し、セロビオースに対して高い親和性を有するBGLを取得することが可能になると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

植物細胞壁の主成分であるセルロースから酵素を利用してグルコースを得るためには,セルラーゼによりセロビオースなどの可溶性オリゴ糖へ分解した後,それら生成糖をβ-グルコシダーゼ(BGL)によりグルコースまで分解する必要がある。これまでセルラーゼに関しては多くの研究がなされているが,従来から着目されてきた糖質加水分解酵素(GH)ファミリー3に属するBGLについては,セロビオースを良好な基質とする酵素の取得には至っていない。そこで,これまで研究例の少ないGHファミリー1に着目して,セロビオースに対して高い反応性を示す新規なBGLを取得することを目指して研究を行った。

担子菌Phanerochaete chrysosporiumの全ゲノム配列情報をもとに設計したプライマー対を利用したRT-PCRによって,GHファミリー1に属する2種類のcDNA(bgl1A,bgl1B)をクローニングし,その塩基配列を決定した。その結果,bgl1Aは1389bp,bgl1Bは1623bpのオープンリーディングフレームを有し,また塩基配列から推定したアミノ酸配列では,BGL1AとBGL1Bの相同性は65%と非常に高いことを明らかにした。さらに,アラインメント解析を行った結果,GHファミリー1に属するBGLに特徴的な酸・塩基触媒グルタミン酸残基ならびに求核触媒グルタミン酸残基が保存されていることを示した。

クローニングしたbgl1Aおよびbgl1Bを発現ベクターに組み込み,大腸菌を宿主とした発現系を利用することで組換え酵素(BGL1AおよびBGL1B)を生産した。三段のカラム分画によって精製をした両酵素について,基質に対する反応のpH依存性を測定したところ,至適pHはともにpH6.0-6.5であったが,BGL1Aは酸性域においても活性が保持されることが明らかとなった。また,セロビオースに対する加水分解活性を測定したところ,BGL1Bはセロビオースを効率よく加水分解する酵素であることを明らかにした。さらに,セロオリゴ糖(重合度2-5)に対する反応特性を比較すると,BGL1Aはセロビオースに対する活性がより重合度の大きい基質に対して著しく低いのに対して,BLG1Bは全てのセロオリゴ糖に対して高い反応特性を示すことを明らかにした。

さらに,2種のBGLについて立体構造の解析に基づく活性中心の比較を行ったところ,サブサイト-1を構成するアミノ酸残基群は互いに全て保存されているが,両者ではサブサイト+1においては5つのアミノ酸残基が互いに異なっていることを明らかにした。このことから,これらのアミノ酸残基の違いが両酵素のセロビオースに対する反応特性の差異を生み出す要因であると考えた。そこで,これら5残基を相互置換したBGL1A変異体,BGL1B変異体を作成し,基質に対する反応特性を解析した。その結果,BGL1Aでは,D229NならびにK253A変異体 において基質に対する親和性が著しく低下することを明らかにし,その理由としては両アミノ酸残基の相互作用が活性中心の構造形成に重要であると推定した。また,BGL1Bにおいては,D246とセロビオースの還元末端側C6位メチロール基における水素結合形成が,セロビオースに対する高い親和性を示すために重要であることを示した。

また,BGL1AとBGL1Bでは,酸性域におけるpH依存性が大きく異なる。そこで,BGL1Aの変異体についてpH依存性を調べることで,酸性域における活性に関与する因子について考察を試みた。BGL1A変異体を作成しpH依存性を野生型と比較したところ,いずれの変異体においても酸性域における活性保持に顕著な変化は観測されなかった。しかしながら,D229N,H231D,K253A変異体においては中性からアルカリ性域における活性の変化が観測されたため,それらの残基が直接または間接的に酸・塩基触媒と相互作用していると推測した。

本研究では,GHファミリー1に属する2種のBGL(BGL1AおよびBGL1B)を組換え酵素として生産し,その機能解析を行った。その結果,両酵素は高いアミノ酸配列相同性を有するにも関わらず,セロビオースに対する反応特性ならびに酸性域におけるpH依存性が互いに大きく異なることを明らかにした。また,セロビオースに対する親和性を高めるためには,BGL1BのD246残基のようにセロビオースの還元末端残基のC6位メチロール基を認識するアミノ酸残基の機能に注目することが重要であることを示した。以上,本研究で得た業績は,セロビオースに対して高い反応性を示すBGLの取得に向けて,学術上,応用上貢献することが少なくない。よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/34239