学位論文要旨



No 124723
著者(漢字) 中根,幸則
著者(英字)
著者(カナ) ナカネ,ユキノリ
標題(和) 砂浜タイプの違いが汀線域における魚類群集の構造に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 124723
報告番号 甲24723
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3433号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 佐野,光彦
 東京大学 教授 渡邊,良朗
 東京大学 教授 黒倉,壽
 東京大学 准教授 山川,卓
 東京海洋大学 教授 河野,博
内容要旨 要旨を表示する

砂浜域の海岸地形は一般に,どれもそれほど違いがないように思われやすい.ところが実際,海岸地形は砂浜域ごとに大きく異なっていることが多い.砂浜域は海岸地形の違いに基づき,主に反射型,逸散型,および中間型という3つの砂浜タイプに分類できる.反射型とは,汀線域の海岸勾配が急で,波のエネルギーが汀線で反射するタイプである.なお,本研究では汀線域を汀線から,その沖側の水深1m地点までの水域として扱う.逸散型は,反射型とは逆に,海岸勾配が緩やかで遠浅な地形であるため,波のエネルギーが汀線に達するまでに逸散するタイプである.中間型は反射型と逸散型の中間的な特徴を持つタイプで,沖側に沿岸州がみられ,その岸側にはラネルと呼ばれる潮溜まりが存在する.これらのタイプ間では,魚類の餌となる無脊椎動物の分布に影響を及ぼすとされる,波浪や底質などの物理環境が異なると言われている.したがって,砂浜タイプにより,魚類の餌環境が異なる可能性がある.また,遠浅である逸散型やラネルのある中間型では,大型の魚食魚が侵入しにくいと言われており,このため,小型魚 (稚魚や小型の魚種) に対する捕食圧が反射型よりも低い可能性がある.もしそうなら,逸散型や中間型には,反射型よりも小型魚が多いと考えられる.したがって,このような餌環境と捕食圧の違いから,砂浜タイプ間では魚類群集の構造に違いがあると予想される.

そこで,本研究では物理環境,餌環境,および魚類群集の構造を砂浜タイプ間で比較し,砂浜タイプにより魚類群集の構造が異なるのかどうか,また,もし異なるならば,餌環境が違うためなのか,それとも捕食圧の違いによるものなのかを野外実験などによって明らかにすることを目的とした.調査は2006年と2007年の5月,8月,および11月に,同一の海岸内に3つの砂浜タイプが存在する鹿児島県吹上浜において行った.

物理環境

3つの砂浜タイプ (反射型,逸散型,中間型) 間において,物理環境にどのような違いがあるのかを調べた.その結果,砂の中央粒径値は反射型で大きく,逸散型で小さいことがわかった.一般に,波あたりの弱い場所には,細かい砂が分布すると言われている.逸散型は遠浅であることから,波のエネルギーが浜に達するまでに逸散して弱くなる.このため,砂の中央粒径値は逸散型で小さかったのであろう.水中の有機物量は逸散型や中間型で多く,反射型で少なかった.一般に,反射型から逸散型に向かうのに伴って,循環セル (汀線域で水平方向に循環する水の流れ) が明瞭に形成されることが知られている.この循環セルには,様々な粒子状物質が集積すると言われている.したがって,水中の有機物量が反射型よりも逸散型や中間型で多かったのは,循環セルの中に有機物が蓄積されるためだと考えられた.さらに,中間型では底質中の有機物量も多かった.これは,沿岸州が有機物の沖への流出を妨げるためだと推察された.このように,波あたりの強弱や循環セルの有無などによって,砂の中央粒径値や有機物量などは砂浜タイプごとに異なることが判明した.

無脊椎動物群集の構造

砂浜タイプ間における無脊椎動物群集の構造の違いを調べるために,各砂浜タイプにおいて浮遊性,表在性,および埋在性の無脊椎動物を採集した.その結果,浮遊性無脊椎動物では13科609040個体,表在性無脊椎動物では27種438232個体,および埋在性無脊椎動物では51種3918個体が採集された.これらの種数と個体数を砂浜タイプ間で比較したところ,どの無脊椎動物も種数と個体数は反射型で少なく,逸散型で多いことがわかった.さらに,砂浜タイプ間の種組成の類似性を検討したところ,浮遊性無脊椎動物においては,逸散型と他の2タイプの間で,一方,表在性,埋在性無脊椎動物では反射型と他の2タイプの間で違いがみられた.したがって,無脊椎動物群集の構造は砂浜タイプ間で明瞭に異なることがわかった.この理由としては,以下の3つが考えられた.1) 波あたりの強い反射型では,表在性,埋在性無脊椎動物は海底に定位しにくく,このため,これらの無脊椎動物は反射型で少なかった.2) 逸散型の細かい砂は埋在性無脊椎動物にとって潜砂しやすいため,その種数や個体数は逸散型で多かった.3) 逸散型では循環セルが浮遊性無脊椎動物やその他の粒子状有機物を集積するため,それらを摂餌する濾過食の表在性,埋在性無脊椎動物も多かった.このように,波浪や流れなどの物理環境の違い,およびそれに伴って生じる餌環境の違いによって,無脊椎動物群集の構造は砂浜タイプ間で異なることが示唆された.

魚類の食性

魚類の食性を明らかにするために,56種2358個体の消化管内容物を調べたところ,シロギスやマアジなど,9種において成長に伴う食性の変化が認められた.このため,食性が類似した同程度の体長範囲を同じユニットとして区分し,ユニットごとの各餌項目の体積百分率をもとにクラスター分析を行った.その結果,吹上浜の魚類はアミ類食魚,端脚類食魚,動物プランクトン食魚,陸生昆虫類食,魚食魚,貝類食魚の6群に分類された.とくに,動物プランクトンや表在性無脊椎動物であるアミ類や端脚類を捕食するユニットが多かったことから (全ユニットの93%),これらの無脊椎動物は吹上浜の魚類にとって重要な餌となっていることがわかった.

魚類群集の構造

砂浜タイプ間で魚類群集の構造が異なるのかどうかを明らかにするために,各砂浜タイプで魚類採集を行った.その結果,41科56種18756個体の魚類が採集された.これらの種数と個体数を砂浜タイプ間で比較したところ,いずれも反射型で少なく,逸散型に多いことがわかった.また,種組成は逸散型と中間型が類似しており,反射型はそれらと異なっていた.このように,砂浜タイプによって魚類群集の構造は大きく異なることが明らかとなった.この理由を検討するために,採集した魚類を体長や食性グループによって分類し,どのようなグループが逸散型や中間型 (特に逸散型) に多かったのかを調べた.まず,小型魚の個体数を砂浜タイプ間で比較したところ,特に逸散型に多いことがわかった.一方,大型魚の個体数にはタイプ間で差がみられなかった.小型魚が逸散型に多かった一因としては,波あたりの影響が考えられた.波あたりは逸散型で弱いため,小型魚にとって,摂餌や魚食魚からの逃避行動は逸散型で容易であると思われた.次に,各食性グループの種数と個体数を砂浜タイプ間で比較した.その結果,種数と個体数で優占していた浮遊性,表在性無脊椎動物食魚に明瞭な違いが認められ,それらは反射型で少なく,逸散型に多い傾向を示した.また,同様の結果は,それらの餌である浮遊性,表在性無脊椎動物の種数や個体数でも認められた.したがって,餌環境の違いも,魚類群集の構造が砂浜タイプ間で異なる一因であることがわかった.

小型魚に対する捕食圧

魚類群集の構造が砂浜タイプ間で異なったもう一つの要因として,小型魚の生残率の違いが考えられた.これは,浅場(逸散型)やラネル(中間型)には魚食魚が少ないと言われているからである.もしこの予想が正しいならば,小型魚の生残率は反射型よりも逸散型や中間型で高く,魚食魚も後二者で少ないはずである.そこで本研究では,各砂浜タイプにおいて小型魚の生残率と魚食魚の個体数密度を,それぞれ糸つなぎ実験と潜水観察によって調べた.その結果,いずれにおいても,砂浜タイプ間で有意な差は認められなかった.魚食魚は浅場やラネルの有無に関係なく出現するため,小型魚の生残率は砂浜タイプ間で異ならなかったものと考えられた.

以上,本研究の結果より,魚類群集の構造は砂浜タイプによって明瞭に異なることが明らかとなった.これは,砂浜タイプ間における小型魚の生残率の違いによるものではなく,物理環境および餌環境の違いのためであることが判明した.

近年,埋め立てや海岸侵食によって,砂浜域は世界的に消失しつつある.多くの国では,海岸侵食を防止するための主要な手段として,離岸堤や潜堤 (人口リーフ) などの構造物が海岸に設置されてきた.構造物の設置は海岸に打ち寄せる波浪を弱め,砂を堆積させることを主な目的としており,砂浜タイプを変化させる可能性が高い.本研究では,砂浜タイプが異なれば,魚類や無脊椎動物の群集構造も異なることが明らかとなった.したがって,構造物を設置する海岸保全は,そこの生物群集に少なからず影響を及ぼすことが予想される.今後,海岸保全を行う際には,波浪や流れの変化によって砂浜タイプが異なってしまうことのないよう,十分に配慮する必要がある.

審査要旨 要旨を表示する

砂浜域の海岸地形は一般的にどれも違いがないように思われやすい。ところが実際,海岸地形は砂浜域ごとに大きく異なっていることが多く,主に反射型,逸散型,および中間型という3つの砂浜タイプに分類できる。そこで本研究では,3つの砂浜タイプが存在する鹿児島県吹上浜において,物理環境や無脊椎動物群集および魚類群集の構造を各砂浜タイプで調べることによって,魚類群集の構造に砂浜タイプ間で違いがみられるのかどうか,また,もし違いがあるならば,それは物理環境や餌となる無脊椎動物の分布量などの違いによるためなのかを明らかにしようとしたものである。本研究結果の概要は以下のとおりである。

第1章の序論に続き,第2章では,3つの砂浜タイプにおける物理環境の違いを検討した。その結果,砂の中央粒径値は反射型で大きく,逸散型で小さいことがわかった。また,水中の有機物量は逸散型や中間型で多く,反射型で少なかった。さらに,中間型では底質中の有機物量も多かった。このように,砂の中央粒径値や有機物量などは砂浜タイプごとに異なることが判明した。

第3章では,各砂浜タイプで採集した浮遊性,表在性,および埋在性の無脊椎動物を用いて,砂浜タイプによる無脊椎動物群集の構造の違いを調べた。種数と個体数はどの無脊椎動物でも反射型で少なく,逸散型で多いことがわかった。また,砂浜タイプ間での種組成の類似性を検討したところ,浮遊性無脊椎動物においては,逸散型と他の2タイプの間で,一方,表在性,埋在性無脊椎動物では反射型と他の2タイプの間で違いがみられた。したがって,無脊椎動物群集の構造は砂浜タイプ間で明瞭に異なることが明らかとなった。

第4章では,各魚種の食性を明らかにするために,56種2,358個体の消化管内容物を精査した。その結果,吹上浜の魚類はアミ類食魚,端脚類食魚,動物プランクトン食魚,陸生昆虫類食魚,魚食魚,貝類食魚の6つの食性グループに分類することができた。このうち,アミ類食魚,端脚類食魚,動物プランクトン食魚の割合が高かったことから,表在性無脊椎動物(アミ類や端脚類)と動物プランクトンは本調査地の魚類にとって重要な餌となっていることが示唆された。

第5章では,砂浜タイプ間で魚類群集の構造が異なるのかどうかを調べた。採集した魚類の種数と個体数を砂浜タイプ間で比較したところ,いずれも反射型で少なく,逸散型に多いことがわかった。また,種組成は逸散型と中間型が類似しており,反射型はそれらと異なっていた。このように,砂浜タイプによって魚類群集の構造は大きく異なることが明らかとなった。この理由を検討するために,各食性グループの種数と個体数を砂浜タイプ間で比較した。その結果,種数と個体数で優占していた表在性無脊椎動物食魚(アミ類食魚と端脚類食魚)と動物プランクトン食魚は反射型で少なく,逸散型に多い傾向を示した。また,同様の結果は,それらの餌である表在性と浮遊性無脊椎動物の種数や個体数でも認められた。したがって,魚類群集の構造が砂浜タイプ間で異なる一因は,餌環境の違いであることがわかった。

中間型や逸散型で優占的に出現したシロギスとマアジの体長組成を調べたところ,いずれも小型魚が多かった。このため,魚類群集構造が砂浜タイプ間で異なる他の要因として,小型魚の生残率の違いが考えられた。中間型や逸散型にみられる潮溜まり(ラネル)や浅場には,魚食魚が少ないため,小型魚の生残率が高く,その結果,小型魚の個体数が多いと言われている。そこで第6章では,各砂浜タイプにおいて小型魚の生残率と魚食魚の個体数密度を,それぞれ糸つなぎ実験と潜水観察によって調べた。その結果,いずれにおいても,砂浜タイプ間で有意な差は認められなかった。魚食魚は潮溜まりや浅場の有無に関係なく出現するため,小型魚の生残率は砂浜タイプ間で異ならなかったものと考えられた。したがって,小型魚が中間型や逸散型に多かった理由としては,遊泳力の弱い小型魚が,波による撹乱の激しい反射型を避け,穏やかな中間型や逸散型に集まったものと推察された。

以上,本研究により,魚類群集の構造は砂浜タイプによって明瞭に異なることが明らかとなった。また,この違いは小型魚の生残率が砂浜タイプ間で異なるためではなく,物理環境および餌環境の違いによるものであることもわかった。これらの成果は,砂浜域における生物群集の形成機構や保全・管理に関する今後の研究の発展に寄与するところが少なくない。よって,審査委員一同は,本論文が博士 (農学) の学位論文として価値のあるものと認めた。

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