学位論文要旨



No 124730
著者(漢字) 森,さやか
著者(英字) Mori, Sayaka
著者(カナ) モリ,サヤカ
標題(和) 分断化された森林地域におけるアカゲラの個体群維持機構
標題(洋) Population maintenance mechanisms in the Great Spotted Woodpecker in a fragmented forest landscape
報告番号 124730
報告番号 甲24730
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3440号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,廣芳
 東京大学 教授 日野,明徳
 東京大学 准教授 後藤,晋
 立教大学 教授 上田,恵介
 国立環境研究所 主任研究員 永田,尚志
内容要旨 要旨を表示する

人為的な森林の破壊や改変は,外来種の侵入と共に生物多様性減少の主要因であると考えられている.動物の個体群維持機構の解明は,生態学の主要課題のひとつであるが,現代では様々な分野において野生生物や生息環境の管理,保全などの実際的な問題解決のためにもその必要性が高まっている.

個体群のサイズは,出生と移入による増加と,死亡と移出による減少のバランスで決定される.見かけ上は同じように個体数が維持されている個体群でも,これら人口統計学的パラメータのバランスが異なれば生物学的な意義は大きく異なる.したがって,個体群維持のメカニズムを知るためには,人口学的パラメータの変動パターンを把握することが不可欠である.人口学的パラメータの変動は,適応度を最大化するような個体のふるまいから創発されると考えられる.つまり,個体のなわばり環境選択,繁殖,移動,分散といった行動とハビタット構造の間に観察される時空間的パターンを把握することが,パラメータの変動のプロセスを知る手がかりになる.しかし,そうしたパターンは観察するスケールによって変化することが知られている.これは,個体の適応的行動は局所の条件で決定されるだけでなく,より広域スケールの条件にも制約されるためである.こうしたスケールの問題を解決するためには,複数のスケールにおいて個体の行動パターンを把握することが必要である.

本研究では,森林の分断化した農耕地域に生息するアカゲラDendrocopos majorを対象に,繁殖個体の行動を経年観察して人口学的パラメータの時空間的変動パターンを捉えるとともに,複数の空間スケールにわたって個体群維持機構を検討した.

アカゲラがふくまれるキツツキ類は,樹木に穴を掘る能力を持つため,森林生態系において他の多くの2次樹洞利用種への樹洞提供者として重要であると考えられている.そのため,その個体群動態の理解には高い関心があるが,鳥類では特殊な協同繁殖する2種を除いて個体群の研究はほとんど進んでいない.アカゲラは一夫一妻であり,その個体群維持機構の知見は日本固有のノグチゲラ等の近縁希少種の保全にも応用可能であると考えられる.

調査地は北海道帯広市南部の農耕地域に設定した40km2の範囲である.森林面積割合は約6%で,日高山脈麓の連続した森林地帯までの最短距離は約5kmである.1999-2001年および2005-2008年の5月から7月上旬に,調査地内の営巣木の位置の記録と繁殖個体および巣内雛の標識を行った.営巣数は年あたり12-34巣で,のべ雄90羽,雌87羽の繁殖個体(標識率36.5-95.8%),およびのべ145-150羽の巣内雛に標識した.

まず,通年の行動圏スケールにおいて,繁殖期と冬期の採食ハビタット利用を明らかにした.アカゲラは繁殖期には多様な環境に営巣し,営巣木周辺で採食していた.一方,冬期には営巣木周辺に定住していたが,チョウセンゴヨウの種子を採食するため,最大で前年の営巣木から約1km離れた屋敷林にも頻繁に訪れていた(Mori 2005).本調査地では,チョウセンゴヨウの種子が,冬期に安定して供給される高エネルギーで採食効率のよい食物資源として重要であると考えられた.

次に,行動圏から調査地のスケールにおいて,営巣個体の分布パターンを,なわばり性動物の分布を説明する理想専制分布モデルによる予測と比較した.このモデルでは,高質または先着の個体は高質のハビタットを独占する.このモデルでは,個体群密度が増加すると 1) 低質の営巣地が利用され,かつ,2) 低質営巣地の利用割合が増加することにより,個体群スケールで繁殖成績や生残率が悪化すると予測される.解析の結果,アカゲラは資源の多い森林面積率の高い場所を選択していることが示された.森林面積率の高い場所では,生残可能性は高まるが,繁殖成績は向上しなかった.その原因は,森林面積率の高い場所では他種からの干渉コストが増え,森林面積率の低い場所での採食や移動のコストの増加と相殺するためと考えられた.

さらに,分断化された森林地域のスケールにおいて,人口統計学的パラメータと個体群構造を推定し,一般に個体群動態に対する影響が大きいことが知られる冬の気候と食物資源量を考慮して,繁殖個体群の動態プロセスを推定した.その結果,調査地内の個体群の半数以上は調査地外から出生分散してきた新規加入個体からなると予測された.ただし,冬に好まれる食物資源であるチョウセンゴヨウの結実量が少なくかつ厳冬の翌年には,新規加入個体が少ないこともわかった.一方,成鳥の生残率は気候条件にかかわらず,結実量と強い相関があった.したがって,冬の気候と食物資源量の組み合わせ効果が,若鳥と成鳥の生残や加入に異なる影響を及ぼすことによって,翌年の個体群サイズが決定されると考えられる.

以上の結果より,分断化した森林地域におけるアカゲラの個体群維持機構は次のようであると考えられる.1)アカゲラは森林面積率の高い営巣可能地から好んで営巣する.2)どの営巣地でもよい繁殖成績をおさめられる.3) 好まれる営巣地では好まれない営巣地よりも越冬生残できる可能性が高い.4)繁殖個体の冬の生残率は定住した営巣地の質とチョウセンゴヨウの結実量によって決定される.5) 繁殖個体の死亡分を出生分散してきた新規加入個体が補償することによって,個体群サイズが維持される.6)食物資源が少ない厳冬の翌年には新規加入個体が少なく,成鳥の死亡を補償できずに個体群サイズが小さくなる.7)減少した個体群サイズは1年で回復するため,その際に新規加入個体の供給を連続した森林に依存する,条件的ソース‐シンク関係が成り立っている可能性がある.

審査要旨 要旨を表示する

人為的な森林の破壊や改変は,外来種の侵入と共に生物多様性減少の主要因であると考えられている.動物の個体群維持機構の解明は生態学の主要課題のひとつであるが,現代では様々な分野において野生生物や生息環境の管理,保全などの実際的な問題の解決のためにもその必要性が高まっている.

個体群のサイズは,出生と移入による増加と,死亡と移出による減少のバランスで決定される.見かけ上は同じように個体数が維持されている個体群でも,これら人口統計学的パラメータのバランスが異なれば生物学的な意義は大きく異なる.したがって,個体群維持のメカニズムを知るためには,人口学的パラメータの変動パターンを把握することが不可欠である.

本研究では,北海道帯広市の分断化された森林地域に生息するアカゲラDendrocopos majorを対象に,繁殖個体の行動を経年観察して人口学的パラメータの時空間的変動パターンを捉えるとともに,複数の空間スケールにわたって個体群維持機構を検討した.

まず,通年の行動圏スケールにおいて,繁殖期と冬期の採食ハビタット利用を明らかにした.アカゲラは繁殖期には多様な環境に営巣し、営巣木周辺で採食していた.一方,冬期には営巣木周辺に定住していたが,チョウセンゴヨウ種子を採食するため、最大で前年の営巣木から約1km離れた屋敷林にも頻繁に訪れていることを明らかにした.本調査地では,チョウセンゴヨウが冬期に安定して供給される高エネルギーで採食効率のよい食物資源として重要であると考えられた.

次に,行動圏から調査地のスケールにおいて,営巣個体の分布パターンを,なわばり性動物の分布を説明する理想専制分布モデルが予測するシナリオと比較した.このモデルでは,高質または先着の個体は高質のハビタットを独占する.このモデルでは,個体群密度が増加すると 1) 低質の営巣地が利用され,かつ,2) 低質営巣地の利用割合が増加することにより,個体群スケールで繁殖成績や生残率が悪化すると予測される.解析の結果,アカゲラは資源の多い森林面積率の高い場所を選択していることが示された.森林面積率の高い場所では,生残可能性は高まるが,繁殖成績は向上しなかった.その原因は,森林面積率の高い場所では他種や同種他個体からの干渉コストが増え,森林面積率の低い場所での採食や移動のコストの増加と相殺するためと考えられた.

さらに,分断化された森林地域のスケールにおいて,人口統計学的パラメータと個体群構造を推定し,一般に個体群動態に対する影響が大きいことが知られる冬の気候と食物資源量を考慮して,繁殖個体群の動態プロセスを推定した.その結果,調査地内の個体群の半数以上は,調査地外から出生分散してきた新規加入個体からなると予測された.ただし,冬に好まれる食物資源であるチョウセンゴヨウの結実量が少なくかつ厳冬の翌年には,新規加入個体が少ないこともわかった.一方,成鳥の生残率は気候条件にかかわらず,結実量と強い相関があった.したがって,冬の気候と食物資源量の組み合わせ効果が,若鳥と成鳥の生残や加入に異なる影響を及ぼすことによって翌年の個体群サイズが決定されると考えられる.

以上の結果より,分断化した森林地域におけるアカゲラの個体群維持機構は次のようであると考えられた.1)アカゲラは森林面積率の高い営巣可能地から好んで営巣する.2)どの営巣地でも高い繁殖成績をおさめられる.3) 好まれる営巣地では,好まれない営巣地よりも越冬生残できる可能性が高い.4)繁殖個体の冬の生残率は,定住した営巣地の質とチョウセンゴヨウの結実量によって決定される.5) 繁殖個体の死亡分を出生分散してきた新規加入個体が補償することによって,個体群サイズが維持される.6)食物資源が少ない厳冬の翌年には新規加入個体が少なく,成鳥の死亡を補償できずに個体群サイズが小さくなる.7)減少した個体群サイズは1年で回復するため,その際に新規加入個体の供給を連続した森林に依存する条件的ソース-シンク関係が成り立っている可能性がある.本研究の成果は、同じキツツキ類の希少種、ノグチゲラなどの個体群や生息地の保全にも応用できる可能性がある。

以上より、本研究は、分断化した森林地域におけるアカゲラの個体群維持の機構を解明し、関連の保全のあり方についても考察した重要な研究と考えられる。したがって、本研究は基礎、応用両面から学術上貢献するところが大きく、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25329