学位論文要旨



No 124737
著者(漢字) 横田,樹広
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,シゲヒロ
標題(和) 都市域における種多様性の保全・回復にむけた緑地構造の階層的分析とシナリオ評価への適用
標題(洋)
報告番号 124737
報告番号 甲24737
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3447号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 横張,真
 東京大学 准教授 大黒,俊哉
 東京大学 准教授 加藤,和弘
 東京大学 准教授 山本,勝利
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の目的

都市域における種多様性の保全・回復は、生物多様性の保全に向けた地域的取り組みとして重要性を増している。都市域における生物生息環境基盤の整備指針としては、これまでとくに種のメタ個体群の維持存続のため、コリドー整備等による生息地の連続性の確保が検討されてきた。一方、都市域全体で、広域的な環境の多様性を踏まえて種多様性を確保するための緑地環境整備の在り方に関しては、その基盤となる科学的かつ客観的な環境評価およびグランドデザインへの展開技術が不足し、体系的施策の構築に至っていない。

そこで本研究では、ランドスケープの水平的分布構造のうち、とくに景観構成の水平的な入れ子構造およびその空間的配置に着目し、都市域における種多様性に作用する緑地構造の要件を把握する。同時に、異なる緑地環境整備の立地や目標設定が種組成に与える影響を予測するシナリオ評価への適用を通じて、都市ランドスケープの体系的マネージメントへの展開のための知見を得ることを目的とする。

2.都市マトリクスにおけるランドスケープの水平的入れ子構造の把握

ランドスケープの水平的入れ子構造は、一定の空間スケールにおいて、都市のある領域における景観構成が別の領域における景観構成を包含する関係にある場合に成立する領域間の関係性である。本研究では、入れ子を指標とした緑地環境整備の立地選定の可能性について検討するため、東京都市圏を対象とし、都市圏全体およびその中で異なる景観構成要素を含む台地・丘陵地内部の2つのスケールで、都市マトリクスにおける景観構成の水平的入れ子とその形成要因を把握した。入れ子の把握のための空間ユニットの作成には、解像度の異なる人工衛星データのオブジェクト指向分析により、土地被覆の均質性の高い都市マトリクス領域(マトリクスセグメント)を抽出した。マトリクスセグメントを、セグメント内の植生・地形条件をもとに分類し、分類ごとに、セグメント内において植生・地形条件の均質性の高い環境類型の入れ子度をAtmar & Patterson (1995) によるNestedness Temperatureにより把握した。

その結果、東京都市圏スケールでは、台地上および隣接する低地面に位置するセグメントにおいて、環境類型の入れ子度が最も高い状態である一方で、森林周辺および都心部のセグメントで入れ子度が最も低く、丘陵地を中心としたセグメントにおける入れ子度は中間的であった。入れ子度が異なる下総台地と多摩丘陵の内部における下位スケールでの環境類型の入れ子は、代表的景観構成要素により特徴づけられ、下総台地では台地段丘または人工地形上の二次草地を、多摩丘陵では人工地形上の落葉広葉樹林を包含するセグメントで、入れ子度が最も高い。このことから、採草地・薪炭林等の里地・里山起源の二次的自然環境を一定規模包含しつつ、その改変による消失や質的変化が生じる過程で、都市マトリクス内のランドスケープの水平的入れ子が生じると考えられた。

3.都市ランドスケープの水平的入れ子構造の変化に伴う種組成変化の分析とシナリオ評価への適用

都市域の生物種組成に対するランドスケープの水平的入れ子の作用を把握するため、東京都市圏の一部を対象とし、マトリクスセグメントにおける景観構成の入れ子の変化と、鳥類営巣・繁殖状況の変化の関連性について分析した。種組成データは、1970年代・1990年代における東京都鳥類営巣・繁殖状況調査メッシュデータ(約1km四方)を使用した。

マトリクスセグメントを単位として、営巣・繁殖状況の変化について、類似傾向の種群ごとに、環境類型区分の入れ子度および関連する植生配置形態(緑地タイプ割合,植生多様度,樹林・草地からの平均最短距離,樹林-草地隣接長)の変化との関係を回帰木により分析した。その結果、限定的なセグメントでのみ営巣・繁殖が確認されている種群(ホトトギス・カッコウなど)以外について、関連するランドスケープ条件が抽出された。とくに、都市緑地の増加に伴い都市への適応が進む種群(コゲラ・メジロ,ヒヨドリ・シジュウカラなど)と、林縁・草地環境を利用しセグメントに応じて営巣・繁殖環境が減少傾向の種群(ホオジロ・モズなど)が、環境類型区分の入れ子の変化の影響を受け、マトリクスの景観構成に対する指標性が高いと考えられた。

上記をもとに、東京都市圏を対象として、緑地環境の整備や管理転換の増大に伴う樹林地拡大シナリオの評価を行った。異なるサイト(大規模公共施設,河川・水域沿い,耕作地隣接草地)における3タイプの樹林地創出シナリオと、農林地の管理転換(植林地の林相転換,条件不利農地の樹林化)による2タイプの樹林地復元シナリオの計5シナリオについて、種群ごとの鳥類営巣・繁殖レベルの変化を評価した結果、シナリオの対象立地や目標環境に応じた変化傾向が示された。とくに農地樹林化シナリオは、種群を問わず、復元される樹林地の自然立地条件を通じた作用が大きい。また、環境類型の入れ子と関連のあった上記種群でシナリオ間の傾向が相反した。都市緑地適応種群(コゲラ・メジロなど)に対しては、公共施設または河川水域等を軸とした市街地内における樹林地創出シナリオで、復元シナリオと同等レベルの増加傾向となり、効果的な立地選定を通じた樹林地創出がランドスケープスケールでの営巣・繁殖条件の向上効果を生じる可能性が示唆された。一方で、樹林地拡大に伴い、林縁・草地利用種群(ホオジロ・モズなど)の営巣・繁殖環境は総じて微減傾向となり、別途草地ランドスケープの保全・復元施策が必要と考えられた。これらより、とくにマトリクスにおける景観構成の入れ子と関連深い種群の営巣・繁殖環境の回復に対しては、ランドスケープレベルの保全・復元施策の配分バランスが重要であると考えられた。

4.台地・丘陵地内の小規模樹林における種組成に関連するマトリクス条件の分析とシナリオ評価への適用

台地・丘陵地ランドスケープ内の都市マトリクスにおける環境創出・復元が、地域のランドスケープ特性として種組成に作用する要件を抽出するため、台地・丘陵地内の小規模樹林における鳥類相と、周辺マトリクス領域のランドスケープ構造との関連について把握した。下総台地内と多摩丘陵内の小規模樹林各20(面積1~10ha)を対象に、鳥類種組成と樹林地周辺の環境類型区分の入れ子度および植生配置形態との関連について、樹林の植生構造(植生階層多様度,高木層植生多様度,低木層被度,舗装率)とあわせて分析した。種出現パターンの多様化の要因として、下総台地内では越冬期における樹林の高木層植生多様度および草地からの距離が,多摩丘陵内では営巣・繁殖期における樹林周辺の植生多様度および草地面積が挙げられ、下総台地に比べ多摩丘陵において、周辺ランドスケープ構造がより重要な要因として作用した。一方、基本となる種組成パターンの一部に差異が生じた要因として、台地内・丘陵地内ともに、樹林の植生構造に付随して、環境類型区分の入れ子および周辺の樹林・草地分布の影響が挙げられた。

上記をもとに、台地・丘陵地ランドスケープ内のマトリクス環境における樹林創出・復元シナリオに伴う対象樹林の種組成への作用を評価した。3.における5つの樹林地創出・復元シナリオによる樹林地周辺での植生環境変化の影響を適用した結果、下総台地内の都市マトリクスでは、河川・水域沿いおよび農地と一体となった樹林創出で、多摩丘陵内のマトリクスでは、農地と一体となった樹林創出または農地樹林化によって、樹林・林縁環境利用種群の拡大と草地環境利用種群の減衰が大きい結果となった。以上より、小規模残存樹林周辺において、里地・里山の景観構成が残る谷津・谷戸と一体となった樹林創出・復元は、景観構成の入れ子への影響が大きく、一定レベルの景観構成の入れ子を維持できる立地において樹林創出・復元を図ることで、均衡ある種組成の回復に寄与すると考えられた。

5.総合考察

都市マトリクスにおけるランドスケープの水平的入れ子は、広域ランドスケープレベルで景観構成と関連性が強い鳥類種群の営巣・繁殖環境成立要件として作用するとともに、台地・丘陵地ランドスケープ内において、小規模残存樹林における基本的な鳥類種組成の多様化に寄与するマトリクス要件にもなっていた。広域的な種多様性を戦略的に保全・回復するため、既に市街化が進んだ都市領域に加えて、今後都市の縮退等で人為的管理の低下に伴う環境の均質化が危惧される都市マトリクスにおいて、採草地・薪炭林等の里地・里山起源の景観構成要素を、単体としてではなく、地域ごとの景観構成を保つように一体的に保全する必要がある。また、将来的な土地利用においてこれらの利用・管理を創出するとともに、その改変が不可避の際は、積極的な土地条件の修復と植生回復による景観構成要素の創出・復元を行い、基盤となるランドスケープの再整備を図ることが重要となる。

本研究では、都市マトリクスの把握スケールに応じたシナリオ評価を通じて、種組成と関連性のあるランドスケープ要件を、緑地環境整備施策の検討に直接反映させることが可能であることを示した。サイトレベルの緑地創出・復元を効果的に配置することにより、景観構成との関連性の高い種群に対してランドスケープレベルの生息環境の向上効果が期待できる。そのための立地選定において、景観構成の水平的入れ子の観測は、人為影響の大きい都市ランドスケープの中で、復元目標となり得る景観構成要素を残した都市領域を抽出するうえで有効な指標と考えられた。一方、樹林環境拡大シナリオのみでは生物種群間で影響のトレードオフが生じる可能性も示唆され、グランドデザインにおいてランドスケープ間の均衡を図ることが重要である。そのためには、異なるスケールのランドスケープ構成の動的な関係性を明らかにするとともに、土地利用履歴に基づくランドスケープの地域的差異や社会環境要件も踏まえた施策シナリオ評価の在り方について検討することが今後の課題として挙げられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、都市域におけるランドスケープの水平的分布パターンの地域的差異に関して、都市領域の景観構成間の入れ子に着目し、生物種組成に作用する緑地構造の要件を把握するものである。また、異なる空間スケールにおいて、立地の異なる緑地環境整備シナリオの評価への適用を通じ、種多様性の保全・回復にむけた緑地環境整備における空間要件について把握している。

景観構成間の入れ子の分析にあたっては、地形および植生の等質な土地区分(以下、環境類型区分)を最小構成要素とし、土地被覆モザイクを形成する都市領域における環境類型区分の構成を分析対象とした。すなわち、一定の空間スケールにおいて、ある領域における環境類型区分の構成が、別の領域における構成を包含する関係にある場合に成立する関係性として、入れ子に注目するものである。ここで、土地被覆モザイクを形成する都市領域の単位として、オブジェクト指向画像分析による土地被覆セグメントを活用し、モザイク構造の類似する土地被覆セグメントの類型ごとに、景観構成間の入れ子の関係性を把握している。これにより、景観構成の異質性を捉える地形的骨格(たとえば小流域等の結節地域)が把握しにくい都市領域も含めて土地被覆モザイクを抽出し、類似する土地被覆モザイクにおける個々の環境類型区分の包含の有無から、景観構成の地域的特性を検討可能としている。

まず、東京都市圏を対象として、都市圏スケールと台地・丘陵地ランドスケープ内の2つのスケールで、土地被覆モザイクの類型ごとに、景観構成間の入れ子度とその形成要因を把握した。都市圏スケールで、土地被覆モザイクは地形区分をよく反映し、その景観構成の入れ子度は、土地条件に即した環境類型区分の共通性やランダム性に応じて異なるが、とくに台地周辺で高い結果を得た。また、台地・丘陵地ランドスケープ内では、里地・里山起源の二次草地や二次林を一定規模残しつつ、人工的な地形改変による環境類型区分の質的変化が生じた土地被覆セグメントにおいて、景観構成の入れ子度が高いことが示された。これらより、主に地形特性に応じた里地・里山由来の環境類型区分の改変パターンが、景観構成の入れ子に作用していることを把握した。

続いて、都市圏スケールの土地被覆セグメントの景観構成間の入れ子と生物種組成との関係について、既往の鳥類営巣・繁殖状況データを用いて分析した。その結果、都市への適応が進む種群および林縁・草地環境を利用する種群が、景観構成間の入れ子の変化をよく指標することが示された。異なる立地における樹林地創出と農林地の管理転換による樹林地復元よりなる5つのシナリオについて、種群ごとの営巣・繁殖環境の変化を評価した結果、とくに市街地を中心とした景観構成の入れ子度の低下に対して、上記種群の変動に差が生じる結果を得た。種群バランスの均衡を図るための創出・復元立地と創出環境の選定が必要であり、その際に景観構成間の入れ子が指標として有効と考えられた。

さらに、台地・丘陵地ランドスケープ内の土地被覆セグメントの景観構成間の入れ子と生物種組成の変化との関係について、下総台地・多摩丘陵地内の計40の小規模樹林における鳥類相をもとに分析した。その結果、周辺草地環境の分布状況に加えて、丘陵地内において樹林地周辺の景観構成間の入れ子度が作用し、ランドスケープ条件がより強く影響する結果を得た。ランドスケープ内の樹林創出・復元シナリオによる対象樹林の種組成への影響を評価した結果、台地内では、河川・水域沿いおよび農地と一体となった樹林創出で、丘陵地内では、農地と一体となった樹林創出または農地樹林化によって、種組成の均質化の傾向が大きい結果を得た。これより、現状においてある程度景観構成の入れ子が保たれた土地被覆セグメントでは、均質的な樹林創出・復元が入れ子の低下を生じ、種組成の一方向的変化を生じる可能性を示した。また、緑地環境整備にあたり創出・復元される環境類型に伴う景観構成間の入れ子の維持度を事前評価することが有益と考えられた。

以上要するに、本研究は、都市緑地整備がランドスケープ構成に与える質的作用を把握するうえで、景観構成間の入れ子の概念を提示し、土地被覆モザイクを単位として都市ランドスケープの復元・創出を図るための新しい方法論を提示した実践的研究である。これにより、ランドスケープ間およびランドスケープ内における都市域の土地被覆モザイクの地域的差異を解明し、生物種組成間の均衡を保ちつつ種多様性の保全・回復を図るための景観構成に関して、空間計画要件を提示した。さらに、都市緑地整備シナリオの評価への実践的適用プロセスを提供し、今後の都市緑地整備においてランドスケープの再生につながる施策オプションの検討に直接展開可能な空間解析結果を提供している。よって,審査委員一同は,博士(農学)の学位を与えるに値する論文であると判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25058