No | 124740 | |
著者(漢字) | 中川,奨麻 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカガワ,ショウマ | |
標題(和) | ブタ雌性配偶子の新規超低温保存法の開発 | |
標題(洋) | Development of Novel Cryopreservation Technique for Porcine Female Gamete | |
報告番号 | 124740 | |
報告番号 | 甲24740 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3450号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用動物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、発生工学研究の発展により、ブタやウシなどの大型家畜を含む哺乳類においても遺伝子組み換え個体の作出が多くの施設で行われている。しかし、家畜のような大型遺伝子組み換え個体を維持、保存するためには広大な施設、労力および費用などが掛かることから、これらの貴重な遺伝資源(雄性または雌性配偶子)を必要最低限の施設で安価に保存し続けられる超低温保存システムを確立することが重要である。家畜雄性配偶子(精子)の超低温保存システムは50年以上も前に確立されており、その後、これは世界中に広く普及し、超低温保存された精子を用いた人工授精により多くの産子が得られている。しかしながら、大型哺乳類の雌性遺伝資源(雌性配偶子:卵母細胞)は低温処理によって死滅してしまうため、未だ超低温保存法が確立していない。中でも、貴重な家畜の一つであるブタ卵母細胞は、低温感受性が他の家畜と比べて極めて高いため、安定した卵母細胞の超低温保存法は確立していない。ブタは臓器の大きさがヒトと似ているため、臓器移植用のドナーとして医学分野でも遺伝子組み換え個体の活用が期待されており、卵母細胞の超低温保存法の確立は発生工学分野だけでなく医療分野においても待ち望まれている。これまでに行われてきたブタ卵母細胞の超低温保存に関する研究は、卵巣内に極僅かしか存在していない排卵直前のステージにまで発育した卵母細胞のみを対象として試みられているにすぎない。ブタ卵巣内には、胎児期に有糸分裂を終えて減数分裂前期ディプロテン期で休止している卵母細胞が約70万個も存在しており、もし卵巣組織そのものあるいはこれに含まれる発育途上の卵胞-卵母細胞を超低温保存することが可能になれば、多数の卵母細胞を利用できるようになる。加えて、このような超低温保存技術が確立できヒトにも応用できれば、妊娠可能な女性が癌治療のために放射線治療や抗癌剤治療を受ける前に卵巣組織を超低温保存しておき、後日これから成熟した卵母細胞を得て、生殖に供することができるようになる。しかし、現在までのところ卵巣組織の超低温保存は、他の哺乳類と比較して様々な組織・細胞の超低温保存が容易なマウスにおいても未だ困難であり、ヒトや家畜などの大型哺乳類に応用する際には、新規な手法を組み入れた方法を開発しなければならない。さらに、超低温保存後に卵巣組織に含まれる発育途上の卵母細胞を体外で受精できるレベルまで発育および成熟させる手法も確立しなければならない。このような多くの技術的ハードルを越えて発育途上卵母細胞の超低温保存とその後の体外培養システムの確立を目標に、ブタ卵巣を材料として本研究を行った。 第一章では、食肉処理場で得た性成熟ブタ卵巣組織に含まれる発育途上卵母細胞の体外培養系を確立することを目的とした。発育途上卵母細胞は、前胞状卵胞 (2次卵胞:直径200~300 μm) および初期胞状卵胞 (初期3次卵胞直径301~400 μm) に含まれている。卵巣から卵胞を切り出してmembrane insert上に静置して3次元培養する方法 (membrane insert 3次元培養法) および従来からある96穴培養皿の底面に静置して培養する方法 (96穴培養法) を比較した。ともに培養液に卵胞刺激ホルモン (FSH) などを添加した培地中で14日間培養し、卵胞および卵母細胞直径を指標として添加効果を調べた。前胞状卵胞を、FSH (10および100 ng/ml) 添加培地を用いたmembrane insert 3次元培養法で14日間培養した場合、96穴培養法より卵胞の生存率が高かった。加えて、卵胞はその直径が339.3±40.0~438.9±32.4 μm まで成長し、かつ発育ステージの重要な指標である卵胞腔形成が観察できる3次卵胞にまで発育が進んだ。初期胞状卵胞でも、FSH (10および100 ng/ml)を添加した培地を用いた場合、同様にmembrane insert 3次元培養法の生存率が高くなり、卵胞直径 (635±36.3~685.6±18.1 μm)も96-well plate培養法 (403.3±48.0~525±63.4 μm)よりも有意に大きくなった。特にFSH 高容量 (100 ng/ml) 添加区においては高受精能が期待される卵母細胞に卵丘細胞が密に付着した卵丘細胞-卵母細胞複合体の形成される頻度が高かった。これらのことから、高容量のFSHを添加した培地を用いたmembrane insert 3次元培養法は、発育途上卵胞および卵母細胞の体外発育培養法として適していることが分かった。この結果をもとに、第二章の研究を進めた。 哺乳類の卵母細胞をガラス化法で超低温保存すると、卵母細胞内の細胞骨格が崩壊し、これが卵母細胞の死滅に大きく関与していると考えられている。最近、マウス卵母細胞において、細胞骨格阻害剤であるcytochalasin B (CB) やtaxol (TAX) をあらかじめ卵母細胞に取り込ませた後にガラス化保存すると、細胞骨格の崩壊を抑制でき、加温後に比較的良好な胚発生能を保持した卵母細胞が得られることが報告された。そこで第二章では、同様の効果が得られるか否かを調べた。ガラス化保存に必要な耐凍剤 (ガラス化溶液) の組成もガラス化保存後の生存性に大きく影響を及ぼすことが知られている。そこでまず初めに、ガラス化溶液の組成の検討を行った。Ethylene glycol (EG), dimethyl sulfoxid (DMSO)およびsucrose (Suc)を組み合わせた3種のガラス化溶液(VS30溶液:15% EG + 15% DMSO + 0.5 M Suc、EG30溶液:30 % EG + 0.5 M SucおよびVS40 よ溶液20% EG + 20% DMSO)を作成した。ブタ前胞状卵胞および初期胞状卵胞、さらにこれらから取り出した卵母細胞をこれらに浸漬した後ガラス化保存を行った。加温後、第一章で開発したmembrane insert 3次元培養法にて体外培養を行った。前者では卵胞直径と卵胞腔形成率、後者では卵母細胞の直径および生存率を指標にして各ガラス化溶液を評価した結果、EG30溶液が最も優れていた。次に、EG30溶液にCB (7.5 μg/ml) あるいはTAX (1 μM) を添加して、同様にガラス化保存後の成績を調べた。細胞骨格阻害剤添加にかかわらず加温後の卵胞および卵母細胞は全て死滅した。しかし、卵母細胞の卵核胞の形態は正常に保たれていた。このことから、細胞骨格阻害剤にはガラス化保存によって発生する障害を抑制する効果はないと考えられた。 上述のように、ブタ卵母細胞の卵核胞の形態はガラス化保存後でも正常に保たれていた。そこで第三章では、この卵核胞をガラス化保存することで雌性遺伝資源を保存するという手法の開発を進めた。即ち、成熟したブタ卵巣から前胞状 (preantral: PA)、初期胞状 (early antal: EA) 卵胞および充分に発育した排卵直前の胞状 (fully grown: FG) を切り出し、各々から卵母細胞を取り出した。マイクロマニュピレーターを装着した倒立顕微鏡を用い、核移植技術を応用して個々の卵母細胞から卵核胞を抜き取り、これを卵母細胞のガラス化保存と同様の方法でガラス化保存した。あらかじめ、新鮮なFG卵胞から取り出した卵母細胞の卵核胞を抜き取っておき、この卵母細胞の細胞膜と透明帯との間隙に加温後の卵核胞を挿入し、電気融合法により再構築卵母細胞を作出した (卵核胞移植)。この再構築卵母細胞を体外で成熟培養に供し、減数分裂の進行を指標として、卵核胞ガラス化保存・卵核胞移植法の有効性を評価した。成熟培養後、単為発生処理 (細胞に電気刺激を施して活性化を誘起する) を行い胚発生能の評価を行った。その結果、ブタPA、EAおよびFG卵胞由来卵母細胞から抜き取った卵核胞をガラス化保存し、加温後に排卵直前ステージまで発育した卵母細胞の卵核胞と入れ替えて再構築卵母細胞を作出し、それらに体外成熟培養および単為発生処理を行い、胚移植が可能な胚盤胞期胚にまで発生ステージが進んだ胚を作出することに世界で初めて成功した。このような複雑なプロセスが必要であるが、ブタ雌性遺伝資源をガラス化保存できるシステムを確立できた。またこれらの結果より、卵母細胞をガラス化保存した場合の障害は主に卵母細胞の卵細胞質に由来し、卵核胞はガラス化保存による障害を受けていないと考えられた。さらに、ブタにおいて世界で初めてGVTを行った卵母細胞から胚盤胞期胚を作出することに成功した。 このように本研究では、ブタ発育途中卵胞および卵母細胞の体外発育培養法として優れている高濃度FSH 添加培地・membrane insert 3次元培養法を開発できた。さらに、ブタ卵母細胞はマウスとは異なり、細胞骨格の崩壊を薬剤により阻止するだけではガラス化保存による障害を防ぐことが困難であることが明らかとなった。そこで、あらかじめ卵母細胞から卵核胞を抜き出しておき、この卵核胞をガラス化保存した後加温し、これを排卵直前のステージにまで発育した卵母細胞に移植 (卵核胞移植) することで、卵母細胞が持っていた遺伝子を保存できる新規超低温保存法を開発できた。 | |
審査要旨 | ブタなどの家畜の雄性配偶子(精子)の超低温保存システムは50年以上も前に確立され、世界中に広く普及して凍結精子を用いた人工授精によって多くの産子が得られてきている。しかし雌性配偶子(卵母細胞)は低温処理によって容易に死滅してしまうため、未だに超低温保存法が確立していない。中でも、重要な家畜であるブタの卵母細胞は他の家畜と比べて低温感受性が極めて高いため、卵母細胞の超低温保存法開発は困難を極め、未だに成功していない。 申請者は、はじめに食肉処理場で得た成熟ブタの卵巣内の発育途上卵胞に含まれる未成熟卵母細胞の体外成熟培養系を確立した。すなわち、卵巣から丁寧に切り出した直径200~300μmの二次卵胞をmembrane insert上に静置して卵胞刺激ホルモン(100ng/ml)などを添加した培地中で14日間培養するmembrane insert 3次元培養法を確立した。この手法によって、卵胞を直径600μm以上の三次卵胞にまで発育させ、この卵胞に含まれる卵母細胞の減数分裂を受精可能な段階(卵核胞が崩壊した成熟卵母細胞)にまで進行させることができるようになった。つぎに、このようにして成熟させた卵母細胞を超急速超凍結保存(ガラス化保存)する手法の開発を進めた。すなわち、卵母細胞を凍結保存すると細胞骨格が崩壊して死滅するので、これを抑制するcytochalasin Bやtaxolをあらかじめ卵母細胞に取り込ませておいてからガラス化保存することを試みたが、明確な生存性向上効果は認められなかった。しかし、この研究過程でガラス化溶液の改良を進め、30% ethylene glycolと0.5M sucroseを含むEG30溶液を用いることで卵母細胞の細胞質崩壊は防げないが卵核胞の凍結保存が可能になった。そこで、卵核胞をガラス化保存することで雌性遺伝子を保存し、これを新鮮な脱卵核胞した卵母細胞に移植して再生する新規な手法(卵核胞凍結保存・移植法)を開発した。すなわち、成熟ブタの卵巣から前胞状卵胞、初期胞状卵胞あるいは排卵直前胞状卵胞を切り出し、各々から卵母細胞を取り出してマイクロマニュピレーター装着倒立顕微鏡下に核移植技術を応用して卵核胞を抜き取った。これを卵母細胞を抜き取って空にした袋状の透明帯の中に挿入し、ガラス化保存に供した(卵核胞凍結保存)。あらかじめ新鮮な初期胞状卵胞あるいは排卵直前胞状卵胞から取り出した卵母細胞の卵核胞を抜き取っておき、この卵母細胞の細胞膜と透明帯との間隙に凍結融解後の卵核胞を挿入し、電気融合法によって融合させて再構築卵母細胞を作出した(卵核胞移植)。この再構築卵母細胞を体外で成熟培養した後、胚発生能を評価した。その結果、初期胞状卵胞あるいは排卵直前胞状卵胞の卵母細胞から抜き取った卵核胞をガラス化保存・融解後に排卵直前胞状卵胞の卵母細胞の卵核胞と入れ替えた再構築卵母細胞を胚移植可能な胚盤胞にまで発生ステージを進めることに世界で初めてを成功した。卵核胞の凍結保存には、このような複雑なプロセスが必要であるが、これまで不可能であったブタの雌性遺伝子資源を超低温保存できる一連のシステムを開発できた。また卵核胞の凍結保存に成功したことから、卵母細胞を凍結保存した際の凍結障害は細胞質に発生することも分かった。 以上のように画期的な新規技術の開発を含む申請者の研究によって、これまで不可能であったブタの雌性遺伝子資源を凍結保存して有効利用できるシステムが構築できた。申請者の研究業績をとりまとめた論文の内容および関連事項について試験を行った結果、審査委員一同が博士(農学)の学位を受けるに必要な学識を有する者と認め、合格と判定した。 | |
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