学位論文要旨



No 124741
著者(漢字) 西村,行雄
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,ユキオ
標題(和) ブタ卵の減数分裂過程におけるAurora Aの機能解析
標題(洋)
報告番号 124741
報告番号 甲24741
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3451号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 准教授 松本,芳嗣
 東京大学 准教授 田中,智
 東京大学 准教授 青木,不学
内容要旨 要旨を表示する

第一減数分裂前期で停止していた卵巣内の卵(GV期卵)は、卵成熟開始ホルモンの刺激により減数分裂を再開し、第二減数分裂中期で再停止する。この一連の過程を卵成熟という。この卵成熟における減数分裂再開が果たしてどのように行われているのか、その制御機構はこれまで多くの動物種で研究されており、機構の解明は、当研究室の主要な研究テーマの一つである。

これまでの報告によるとGV期卵の卵内には母性由来の大量のmRNAが翻訳抑制状態で蓄積されていることが知られている。これらのmRNAは、卵成熟進行に主要な働きを担っているMPFの構成因子であるCyclinBや、正常な成熟進行と密接な関係のあるMAPキナーゼカスケード、その上流因子であるMosを含んでいる。従って、これらmRNAの翻訳制御が減数分裂再開には極めて重要であると考えられる。しかし、哺乳類においてこれらの翻訳制御に関わる機構について未だほとんど明らかとなっていないのが現状である。

近年、アフリカツメガエルにおいては、分裂期キナーゼであるAurora Aが、この機構において主要な働きをしていることが報告された。卵内の母性mRNAはポリAテイルの短い状態で、翻訳抑制状態で蓄積されているが、これらのうちの一部は翻訳領域とポリAシグナル配列の間に相同性のあるCPE配列を有しており、ここにはCPEBという因子が結合している。卵成熟開始ホルモンの刺激によって活性化されたAurora Aは、このCPEBをリン酸化し、活性化させることで、3'末端へポリAポリメラーゼがリクルートされ、これらmRNAのポリA伸長を誘導する。このポリA伸長反応の結果、mRNAが翻訳活性化され、MosやCyclinBなどの発現が誘導されることが知られている。この転写後翻訳制御の機構は、アフリカツメガエルにおいて卵の正常な減数分裂再開に重要な働きを担っていることが知られている。しかし、哺乳類卵においてはAurora Aの翻訳制御における働きはマウスにおいてわずかに報告があるものの、ほとんど明らかとなっていない。また、マウスを初めとするげっ歯類は減数分裂再開において蛋白質合成が必須ではなく、哺乳類一般におけるこれらmRNAの翻訳制御機構の存在及び重要性を研究するにあたっては不向きである可能性が考えられる。

そこで、本研究では蛋白質合成が減数分裂の再開に必須なブタの卵を材料に用い、哺乳類卵減数分裂過程におけるAurora Aの存在及び機能について解析することを目的とした。

ブタのAurora A遺伝子はデータベースに登録されていなかったため、他種のAurora A遺伝子配列を元に、ブタのESTデータベース上で検索した。そして得られた配列を元にORF配列を含むようにプライマーを設計し、ブタ卵Total RNAからRT-PCRを行ったところ、予測されるサイズのPCR産物を得ることをできた。このシークエンス解析を行い、ヒト、マウス、アフリカツメガエルの配列と比較したところ、高い相同性が確認された。特にキナーゼドメインでは顕著に高い相同性が見られ、その機能の重要性が示唆された。次に卵減数分裂過程におけるAurora Aの存在をmRNAレベル、蛋白質レベルで確認した。RT-PCRの結果、Aurora Aは卵減数分裂過程を通して存在することが示された。また、ウエスタンブロッティングの結果、Aurora AはGV期で既に存在し、卵減数分裂過程を通して一定量存在することが示された。また、ポジティブコントロールとして用いたヒト乳癌細胞と発現量を比較したところ、著しく大量に存在することが明らかとなり、減数分裂において特有の重要な機能を担っている可能性が示唆された。

そこで、実際にブタ卵減数分裂過程でAurora Aを発現させた場合、どのような影響が現れるのか確認することにした。クローニングしたブタAurora A遺伝子配列を元にAurora A mRNAを合成し、GV期のブタ卵に顕微注入し、その後の減数分裂進行における影響をウエスタンブロッティング、核相観察、MPF活性測定により確認した。その結果、Aurora Aの過剰発現は確認されたものの、CPE配列を有するCyclinB1/B2の発現促進は見られなかった。また、CPE配列を有するMosの発現によりリン酸化されるRskを確認したところ、早期のリン酸化は見られなかった。さらに、MPFの早期活性化、核相観察による減数分裂再開の促進も見られなかった。

発現させたAurora Aは卵内において活性化されていない可能性が考えられたので、そこで次に卵内の活性制御環境に影響されない、恒常活性型のAurora A変異体の作製を試みた。アフリカツメガエルにおけるAurora Aの活性制御機構の知見を元にブタAurora Aにおける活性制御リン酸化サイトに相当する部位を検討し、恒常活性型ブタAurora A変異体を作製し、前述と同様に卵に発現させ影響を確認した。その結果、Rskの早期リン酸化は明確にはみられなかったものの、CyclinB1/B2の発現は、対照と比較したところ、それぞれ約12時間早い発現が確認された。また、MPF活性も対照と比べ早期に活性の上昇が見られ、核相観察の結果からも減数分裂再開が顕著に早まっていることが確認された。これらのことから、Aurora Aが減数分裂関連因子群の翻訳制御を通じて、減数分裂再開に機能することが哺乳類卵において初めて示された。また、Aurora Aが卵内においてリン酸化制御を受けている可能性が示唆された。

そこで、これらの結果を踏まえ、実際に内在性のAurora Aがブタ卵減数分裂に機能しているか確認するため、Aurora A機能阻害による卵減数分裂への影響を確認した。最初に、Aurora AアンチセンスRNAを注入し発現抑制による影響を確認したところ、予想に反し、CyclinB1の発現、Rskのリン酸化に影響は見られなかった。これは、Aurora Aは発現抑制により経時的な減少が見られたものの、GV期で既に豊富に存在しているために、減数分裂再開に影響を与えるほどのものではないためと考えられた。

そこで、高濃度dbcAMP添加培地で卵をGV期で維持した状態で、発現抑制により、Aurora Aの存在量を極めて減少させ、その後に成熟培養を行った場合の影響を確認した。その結果、意図どおりにAurora Aが極めて減少した条件を作り出すことができた。しかし、またしても予想と異なり、減数分裂進行には影響は見られず、CyclinB1/B2の発現及びRskのリン酸化にも有意な差は見られなかった。これは、ウエスタンブロッティングにおいてAurora Aの感光時間を長くすると、明らかなバンドが検出されるように、本実験系ではAurora Aを完全に枯渇させられないことによるものであると考えられた。そのため、次に、Aurora Aの作用基質であるCPEBからのアプローチでAurora Aの機能阻害を試みることにした。

これまでの知見により、CPEBにはAurora Aによる特異的リン酸化部位であるLDS/TR motifが存在することが報告されていた。そこで、ブタCPEB遺伝子を前述と同様にクローニングし、配列比較により検討したところ、これに相当する部位が確認された。この予測リン酸化部位をアラニンに置換したブタCPEB変異体を作製し、卵内に発現させ、その影響を確認した。その結果、対照と比較してCyclinB1/B2の明らかな発現低下が確認された。特にCyclinB1において顕著な発現低下が見られた。またRskのリン酸化にも遅れがみられた。さらに、減数分裂再開にも顕著な遅れがみられた。従って、CPEBのAurora A特異的リン酸化部位がmRNA翻訳には重要であることが示唆された。

そこで最後に、このCPEB発現条件において、さらにAurora Aを減少させることで、より完全なAurora Aの機能阻害を試みた。その結果、CyclinB1/B2については、劇的ではないものの、さらなる発現の低下が見られた。また、減数分裂再開もさらに顕著な遅れが確認された。これらの結果から、内在性Aurora Aが卵減数分裂に関わる因子群の翻訳制御に機能することが示された。また本研究により、ブタ卵におけるCPEBの存在が明らかとなり、哺乳類卵でもAurora Aによる活性制御を受けていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

哺乳類の卵巣内に多量に存在する卵は第一減数分裂前期(GV期)で細胞周期を停止しており、卵成熟開始ホルモンの刺激を受けると減数分裂を再開し、受精能を持つ成熟卵となる。この減数分裂の再開機構の解明は、生物学の主要な研究テーマの一つである。GV期卵の卵内には母性由来の大量のmRNAが翻訳抑制状態で蓄積されており、これらのmRNA翻訳制御が減数分裂再開には極めて重要であると考えられている。近年、アフリカツメガエルにおいて、分裂期キナーゼであるAurora Aが、卵成熟進行に重要な働きを担うCyclinBやMosなどのmRNAの翻訳に主要な働きをすることが報告された。しかし、哺乳類卵においてはAurora Aの翻訳制御、および卵の減数分裂再開に対する作用は明らかとなっていない。

本研究は蛋白質合成が減数分裂の再開に必須なブタ卵を材料に用い、哺乳類卵の減数分裂再開におけるAurora Aの機能について解析したものである。

第1章ではブタのAurora A遺伝子のクローニングとブタ卵減数分裂における存在を確認した。ブタ卵Total RNAを用いてRT-PCRを行ったところ、予測されるサイズのPCR産物を得られ、シークエンス解析の結果、ヒト、マウス、アフリカツメガエルの配列と高い相同性が確認され、その機能の重要性が示唆された。次に卵減数分裂過程におけるAurora Aの存在をmRNAと蛋白質レベルで確認し、Aurora AはGV期で既に存在し、卵減数分裂過程を通して一定量存在することを示した。また、対照のヒト乳癌細胞と比較し、著しく大量に存在することから、減数分裂特有の重要な機能を担っている可能性を示唆した。

第2章ではブタAurora Aを強制発現し卵減数分裂進行への影響を確認した。第1章で得た遺伝子配列を元にAurora A mRNAを合成し、ブタGV期卵に顕微注入して強制発現させたところブタ卵減数分裂再開の促進効果は見られなかった。発現させたAurora Aが卵内で活性化されていない可能性を考え、次にアフリカツメガエルAurora Aのリン酸化による活性制御の知見を元に、恒常活性型のブタAurora A変異体を作製し、これを卵に発現させた。その結果、CyclinB1/B2の発現は、対照と比較して約12時間早い発現が確認され、減数分裂再開も顕著に早まることを示した。この結果は、哺乳類卵においてAurora Aが減数分裂関連因子群の翻訳制御を通じて、減数分裂再開に機能することを示した初めてのものである。また、Aurora Aが卵内においてリン酸化制御を受けている可能性も示唆した。

第3章では内在性のブタAurora Aが生理的に機能している可能性を探ることとし、まずブタAurora AアンチセンスRNAをブタ卵に注入し発現抑制による影響を確認した。Aurora AはGV期で既に豊富に存在しているため、卵をGV期で維持した条件で十分に発現抑制し、Aurora A量を極めて減少させた後に成熟培養を行い影響を調べた。その結果、Aurora Aの減少条件を作り出すことはできたが、CyclinB1/B2、Mosの発現に有意な差は見られず、減数分裂進行にも影響は見られなかった。この原因は量的には有意な減少は見られるもののAurora Aの明らかなバンドが検出されたことから、この実験系では効果が現れるまでAurora Aを枯渇させられないことによると考えた。そこで次に、Aurora Aの作用基質であるCPEBの競合阻害によるAurora Aの機能阻害を試みた。ブタCPEB遺伝子を前述と同様にクローニングしこれを過剰発現させたところ、野生型CPEB発現では抑制作用は見られなかったものの、CPEBのAurora Aによる特異的リン酸化部位に変異を入れたCPEB変異体を卵内に発現させた結果、対照と比較してCyclinB1/B2の明らかな発現低下が確認され減数分裂再開にも顕著な遅れがみられた。さらに、変異型CPEB発現条件下でAurora Aを減少させることで、さらなるCychnB1/B2発現の低下が見られ、減数分裂再開もさらに顕著な遅れが確認された。これらの結果から、内在性Aurora Aが卵減数分裂に関わる因子群の翻訳制御に機能し、減数分裂の再開に働くことが哺乳類卵において初めて示唆された。さらに哺乳類卵においてもAurora Aの作用はCPEBのリン酸化による活性制御を介して発現されることが示唆された。

以上、本研究は哺乳類卵に対するAurora Aの機能を初めて解析し、減数分裂過程の制御に重要な作用をもつ可能性を示唆したものであり、生殖生物学分野における基礎研究として貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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