学位論文要旨



No 124744
著者(漢字) 矢口,邦雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤグチ,クニオ
標題(和) Netrin-G1とnetrin-G2の相互排他的発現の転写制御機構と意義に関する研究
標題(洋) Mechanisms underlying complementary expression patterns of netrin-G1 (Ntng1) and netrin-G2 (Ntng2) genes
報告番号 124744
報告番号 甲24744
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3454号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 客員教授 糸原,重美
内容要旨 要旨を表示する

高等動物が獲得した高次脳機能は、複雑な神経回路の形成と成熟、回路特異的な機能発現によってもたらされる。このような高次脳機能に関わる神経回路の特異性を生物がどのように獲得したかは、非常に興味深い。

Netrin-G1とnetrin-G2は、神経軸索誘導因子netrinのサブファミリー分子として近年同定された。古典的netrinは系統発生的に保存されており、軸索誘導分子の分泌型化学誘因物質である。しかしながらnetrin-Gsは古典的netrinとは異なる特徴を持ち、脊椎動物に固有であり、グリコシルフォスファチジルイノシトールアンカー型膜蛋白質として軸索上に存在し、それぞれ独立した受容体を持つ。netrin-G1とnetrin-G2は中枢神経系の異なる神経回路で相互排他的に発現する特徴を持つ。したがって、netrin-G1とnetrin-G2遺伝子は異なる神経回路で独立した機能を果たすと考えられる。ヒトnetrin-Gにおける統合失調症、躁鬱病、Rett症候群などの精神疾患に関与する可能性も示唆され、両遺伝子は脊椎動物における神経回路の複雑化と高次脳機能の獲得に関与した分子として注目される。Netrin-G1とnetrin-G2の神経回路相互排他的発現のメカニズムを解明することは、高等動物の高次脳機能を解明する上で大きな役割を果たすと考えられる。したがって、この相互排他的発現を明らかとするため転写制御領域の解析を行った。

第一章

Ntng1とNtng2の相互排他的な発現を詳細に調べるため、それぞれの翻訳開始点にレポーター遺伝子としてLacZを挿入したノックインマウスの発現パターン解析を行った。それによって、多くの領域でオーバーラップしない相互排他的な発現が観察された。特徴的な領域は視床と大脳皮質であり、視床ではNtng1が背側視床核で強く発現しているのに対し、Ntng2は手綱核、視床毛様核、視床前背側核で強く発現していた。大脳皮質においては、Ntng1は大脳皮質の5層で強く発現するのに対し、Ntng2は2/3,4,6層で強く発現していた。また、神経回路機能の観点から見た場合、Ntng1は背側視床、上丘、下丘、嗅球など情報のボトムアップ処理に関係する領域で強く発現していた。一方、Ntng2は皮質、海馬、手綱核、視床毛様核など、情報のトップダウン処理に関係する領域で強く発現していた。Ntng1とNtng2は脊椎動物における高次脳機能の分子進化に重要な役割を果たしていると考えられる。本章の成績は、次章の参照データを提供するものである。

第二章

Ntng1とNtng2の相互排他的発現の転写制御機構を調べるために、両遺伝子の翻訳開始点をカバーする約200kbの長さのBACクローンを入手し、レポーター遺伝子としてLacZを挿入したトランスジェニックマウスを作製し、発現パターンを解析した。その結果、両遺伝子ともに内在性遺伝子の発現パターンを示すBACクローンを同定した。

次に、両遺伝子のゲノム周辺領域についてマウスと脊椎動物種との比較ゲノム解析を行い、5つの進化的な高度保存領域を同定した。それらを指標としてBACクローンのゲノム配列を6つのセグメントに分け、それぞれの配列を欠失させたデリーションシリーズを作製し解析した。その結果、Ntng2については、それぞれのセグメントが異なった活性を有しており、特に転写開始点の上流85kbから上流45kbの領域に多くの広範な脳領域で活性を示す制御能を見いだした。さらに上流95kbから上流85kbの領域に、視床(内在性Ntng1発現領域)での発現を抑制するサイレンサーが存在する事が示唆された。Ntng2は上流95kbから下流100kbの約200kbの領域に発現領域特異性を決定する転写制御領域が散在し、その組み合わせで発現が制御されていることが分かった。Ntng1についてもセグメントごとに異なった活性が検出された。特に上流75kbから上流60kbの領域に多くの脳領域で活性を示す制御能を見いだした。Ntng1は上流75kbから下流42kbの約110kbに発現領域特異性を決定するエンハンサーが散在し、その組み合わせによって発現が制御されていることが分かった。

さらに、これらセグメントに存在する進化的な高度保存領域をヒートショック蛋白質のミニマムプロモーター付きのLacZレポーター遺伝子につなげたコンストラクトを用いてトランスジェニックマウスを作製し、エンハンサー活性を調べた。その結果、Ntng2は上流68kbに存在する大脳皮質6層を制御する約2kbのエンハンサー配列を同定した。また、Ntng1は上流65kbに背側視床核と大脳皮質を、上流50kbに背側視床核を制御する約2kbのエンハンサーを同定した。

これらの結果をまとめると、両遺伝子は上流と下流の広い範囲に散在する複数のエンハンサーによる発現の制御を受けている事が示唆される。またNtng2解析によって示唆されるNtng1発現領域のサイレンサーの存在を考えると、Ntng1とNtng2の相互排他的発現にサイレンサーを獲得したことの意味は大きい。また、両遺伝子ともに転写開始点から同程度の距離に強い発現活性を示す制御領域を持ち、さらにその領域内に相互排他的な発現の一つである皮質の発現を制御するエンハンサーが存在している。私は、Ntng1とNtng2が転写制御領域も含めて重複し、さらに進化の過程で転写制御領域に生じた機能の獲得と欠失により、相互排他的発現能を獲得し、高等動物に高次脳機能を付与したとの考えを提唱する。

審査要旨 要旨を表示する

neirin-G1とnetrin-G2は、神経軸索誘導因子netrinのサブファミリー分子として近年同定された。古典的netrinは系統発生的に保存されており、軸索誘導分子の分泌型化学誘因物質である。しかしながらnetrin-Gsは古典的netrinとは異なる特徴を持ち、脊椎動物に固有であり、グリコシルフォスファチジルイノシトールアンカー型膜蛋白質として軸索上に存在し、それぞれ独立した受容体を持つ。netrin-G1とnetrin-G2は中枢神経系の異なる神経回路で相互排他的に発現する特徴を持つ。したがって、netrin-G1とnetrin-G2遺伝子は異なる神経回路で独立した機能を果たすと考えられる。ヒトnetrin-Gにおける統合失調症、躁鬱病、Rett症候群などの精神疾患に関与する可能性も示唆され、両遺伝子は脊椎動物における神経回路の複雑化と高次脳機能の獲得に関与した分子として注目される。Netrin-G1とnetrin-G2の神経回路相互排他的発現のメカニズムを解明することは、高等動物の高次脳機能を解明する上で大きな役割を果たすと考えられる。したがって、この相互排他的発現を明らかとするため転写制御領域の解析を行った。

第一章

Ntng1とNtng2の相互排他的な発現を詳細に調べるため、それぞれの翻訳開始点にレポーター遺伝子としてLacZを挿入したノックインマウスの発現パターン解析を行った。それによって、多くの領域でオーバーラップしない相互排他的な発現が観察された。特徴的な領域は視床と大脳皮質であり、視床ではNtng1が背側視床核で強く発現しているのに対し、Ntng2は手綱核、視床毛様核、視床前背側核で強く発現していた。大脳皮質においては、Ntng1は大脳皮質の5層で強く発現するのに対し、Ntng2は2/3,4,6層で強く発現していた。また、神経回路機能の観点から見た場合、Ntng1は背側視床、上丘、下丘、嗅球など情報のボトムアップ処理に関係する領域で強く発現していた。一方、Ntng2は皮質、海馬、手綱核、視床毛様核など、情報のトップダウン処理に関係する領域で強く発現していた。Ntng1とNtng2は脊椎動物における高次脳機能の分子進化に重要な役割を果たしていると考えられる。本章の成績は、次章の参照データを提供するものである。

第二章

Ntng1とNtng2の相互排他的発現の転写制御機構を調べるために、両遺伝子の翻訳開始点をカバーする約200kbの長さのBACクローンを入手し、レポーター遺伝子としてLacZを挿入したトランスジェニックマウスを作製し、発現パターンを解析した。その結果、両遺伝子ともに内在性遺伝子の発現パターンを示すBACクローンを同定した。

次に、両遺伝子のゲノム周辺領域についてマウスと脊椎動物種との比較ゲノム解析を行い、5つの進化的な高度保存領域を同定した。それらを指標としてBACクローンのゲノム配列を6つのセグメントに分け、それぞれの配列を欠失させたデリーションシリーズを作製し解析した。その結果、Ntng2については、それぞれのセグメントが異なった活性を有しており、特に転写開始点の上流85kbから上流45kbの領域に多くの広範な脳領域で活性を示す制御能を見いだした。さらに上流95kbから上流85kbの領域に、視床(内在性Ntng1発現領域)での発現を抑制するサイレンサーが存在する事が示唆された。Ntng2は上流95kbから下流100kbの約200kbの領域に発現領域特異性を決定する転写制御領域が散在し、その組み合わせで発現が制御されていることが分かった。Ntng1についてもセグメントごとに異なった活性が検出された。特に上流75kbから上流60kbの領域に多くの脳領域で活性を示す制御能を見いだした。Ntng1は上流75kbから下流42kbの約110kbに発現領域特異性を決定するエンハンサーが散在し、その組み合わせによって発現が制御されていることが分かった。

さらに、これらセグメントに存在する進化的な高度保存領域をヒートショック蛋白質のミニマムプロモーター付きのLacZレポーター遺伝子につなげたコンストラクトを用いてトランスジェニックマウスを作製し、エンハンサー活性を調ベた。その結果、Ntng2は上流68kbに存在する大脳皮質6層を制御する約2kbのエンハンサー配列を同定した。また、Ntng1は上流65kbに背側視床核と大脳皮質を、上流50kbに背側視床核を制御する約2kbのエンハンサーを同定した。

これらの結果をまとめると、両遺伝子は上流と下流の広い範囲に散在する複数のエンハンサーによる発現の制御を受けている事が示唆される。またNtng2解析によって示唆されるNtng1発現領域のサイレンサーの存在を考えると、Ntng1とNtng2の相互排他的発現にサイレンサーを獲得したことの意味は大きい。また、両遺伝子ともに転写開始点から同程度の距離に強い発現活性を示す制御領域を持ち、さらにその領域内に相互排他的な発現の一つである皮質の発現を制御するエンハンサーが存在している。私は、Ntng1とNtng2が転写制御領域も含めて重複し、さらに進化の過程で転写制御領域に生じた機能の獲得と欠失により、相互排他的発現能を獲得し、高等動物に高次脳機能を付与したとの考えを提唱する。

したがって、審査委員一同は、本人が博士(農学)の資格を充分に有するとの結論に達した。

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